ライカ(laika, pl. malaika)、ラライカ(lalaika)とも呼ばれる。複数形はマライカ(malaika)で、スワヒリ語では「天使」(単複ともにmalaika)の意味になるのだが、関係ないかも。ライカにはきわめて多くの種類がいる。多いのは「池」の住人(atu a maziyani)。キツィンバカジ(chitsimbakazi1)は、単独で重要な憑依霊であるが、池の住人ということでライカの一種とみなされる場合もある。
ある施術師によると、その振舞いでいくつかに分れる。
ムズカのライカ(laika wa muzuka)
ムズカに棲み、人のキブリ(chivuri2)を奪ってそこに隠す。奪われた人は朝晩寒気と頭痛に悩まされる。ライカ・トゥヌシ(laika tunusi)など。
「嗅ぎ出し」のライカ(laika wa kuzuzwa)
水辺に棲み子供のキブリを奪う。またつむじ風の中にいて触れた者のキブリを奪う。朝晩の悪寒と頭痛。ライカ・ムェンド(laika mwendo)、ライカ・ムクシ(laika mukusi)など。
身体内のライカ(laika wa mwirini)
憑依された者は白目をむいてのけぞり、カヤンバの席上で地面に水を撒いて泥を食おうとする ライカ・トブェ(laika tophe)、ライカ・ニョカ(laika nyoka)、ライカ・キフォフォ(laika chifofo)など。
その他
ライカ・ドンド(laika dondo)、ライカ・キウェテ(laika chiwete=ライカ・グドゥ(laika gudu))、ライカ・バワ(laika mbawa)、ライカ・ツル(laika tsulu)、ライカ・マクンバ(laika makumba)など。
ライカには多くの種類がある。以下に簡単な説明を。唱えごとの中に登場するだけで、よく実体がわからないものもある。覚えても何の役にも立たないし、テストにも絶対出ないので、悪しからず。
ライカ・ブブ(laika bubu)
ブブ(bubu)はスワヒリ語で「聾唖者」を意味する名詞。症状は口がきけなくなること。 2.ライカ・キフォフォ(laika chifofo) キフォフォ(chifofo)は「癲癇」あるいはその症状。症状: 痙攣(kufitika)、口から泡を吹いて倒れる、人糞を食べたがる(kurya mavi)、意識を失う(kufa,kuyaza fahamu)。ライカ・トブェ(laika tophe)の別名ともされる。
ライカ・キグェンゴ(laika chigbwengo)
別表記としてライカ・キブェンゴ(laika chibwengo)、ライカ・キブェング(laika chibwengu)。 ライカ・キグェングェレ(laika chigbwengbwele)、ライカ・ヌフシ(laika nuhusi)、ライカ・グドゥ(laika gudu)などはその別名ともいう。スワヒリ語のキブェンゴ(kibwengo)は辞書では「大木や海に棲む悪霊」と定義されている。Caplan,1975によるとMabwenguは憑依しない海の精霊だと述べられている(Caplan,A.P., 1975, Choice and Constraint in a Swahili Community: Property, Hierarchy and Cognatic Descent on the East African Coast, Routledge, p.112)
ライカ・キウェテ(laika chiwete)
片手、片脚のライカ。chiweteは「不具(者)」の意味 症状: 脚が壊れに壊れる(kuvunza vunza magulu)、歩けなくなってしまう。 別名ライカ・グドゥ(laika gudu)。キウェテ・ブンブワジ(chiwete bumbuwazi)もライカ・キウェテの中に数える施術師もいる。ブンブワジは「考えること、覚えることができない精神状態」スワヒリ語のku-bumbuaza「驚かす、混乱させる」より。
ライカ・ドンド(laika dondo)
ドンド(dondo)は「乳房 nondo」の augmentative form。乳房が片一方しかない姿で現れるという。 症状: 嘔吐を繰り返し,水ばかりを飲む(kuphaphika, kunwa madzi kpwenda )。キツィンバカジ(chitsimbakazi1)の別名ともいう。
ライカ・グドゥ(laika gudu)
動詞ク・グドゥラ(ku-gudula)「びっこをひく」より。ライカ・キウェテ(laika chiwete)の別名ともいう。
カヌンドゥ(kanundu)
ライカ(laika)の一種とする人もいるので、ここに挙げておく。ヌンドゥ(nundu)という語には「コウモリ(ka-はdiminutive)」以外にも「瘤」の意味もある。ライカ・キヌンドゥ(laika chinundu「瘤のライカ」)というライカもいるので、同じものかも知れない。ただカヌンドゥは、コウモリと同じように尻で後退りすることからそう言うのだと説明する人もいる。一方ライカ・キヌンドゥについてはライカ・パガオの(それゆえライカ・ヌフシ、ライカ・ムズカの)別名だという人もいて、もしそうならカヌンドゥとは別物だということになる。
ライカ・ジャロ(laika jaro)、ライカ・マジャロ(laika majaro)とも
ジャロ(jaro)は「旅」を意味するチャロ(charo)のaugmentative、その複数形がmajaro。このライカは休むことを知らず、ひたすら旅を続ける(mutu ariye kaoya, jaro kpwenda tu.)。ライカ・ムェンド(laika mwendo)の別名ともいう。
ライカ・ムバワ(laika mbawa)
バワ(bawa, pl.mabawa)は「ハンティングドッグ(Lycaon pictus)」。病気の進行が速い。もたもたしていると、血をすべて飲まれてしまう(kunewa milatso)ことから。 症状: 貧血(kunewa milatso)、吐血(kuphaphika milatso)
ライカ・ムカンガ(mukanga)
唱えごと、歌のなかで言及されるのみ。ムカンガという名詞は、憑依霊ルキ(luki89の歌の中でも登場する。ムカンガガ(mukangaga90)の間違いかとも思ったが、何度も出てくるので別物だろう。植物としてはドゥルマにはこの名前の植物はない。ただ隣接するカンバ人のあいだではムカンガは果樹の一種(Garcinia livingstonei)として知られている(Maundu&Tengnas2005:248)。ドゥルマ地域にも分布しているらしいが、ドゥルマ名は mfungatanzu(ibid.)。しかし別の論文ではmufungatsandzuはHaplocoelum inoploeum(Pakia&Cooke2003:381)とされており、こうなると私にはお手上げ。
ライカ・ムカンガガ(laika mukangaga)
ムカンガガ(mukangaga)は水辺に群生するイネ目カヤツリグサ科の植物。ドゥルマでは伝統的な屋根ふきの材料。戸外のキザ(chiza cha konze)を池に見立てて、その周りに植えられたり(ただ地面に差すだけだが)する。
ライカ・ムクンバ(laika makumba)
憑依霊デナ(dena60)の別名であるともいう。これに触れられる(ku-kumbwa)と,気が狂って病気になり、「嗅ぎ出し」(ku-zuza)が必要になる。
ライカ・ムクシ(laika mukusi)
クシ(kusi)は「暴風、突風」。キククジ(chikukuzi)はクシのdiminutive。「つむじ風」。風が吹き抜けるように人のキブリ(chivuri2)を奪い去る。ライカ・ムクセ(laika mukuse)とも。ライカ・ムェンド(laika mwendo) の別名だともいう。
ライカ・ムユユヒコ(laika muyuyuhiko)
「乳房から薄い乳がだらだら流れる、びゅるびゅる流れる様」を表す動詞ク・ユユヒカ(ku-yuyuhika)より。唱えごとのなかで名前が挙げられるのみで、詳しい属性や振る舞いなどは不明。ただ母親にライカがとり憑いている場合、母乳が変質して子供に害を及ぼすと言われており、それとの連想もありそうだ。
ライカ・ムズカ(laika muzuka)
ライカ・トゥヌシ(laika tunusi)の別名ともいう。トゥヌシは洞窟などのムズカの主。またライカ・ヌフシ(laika nuhusi)、ライカ・パガオ(laika pagao)、ライカ・ムズカは同一で、3つの棲み処(池、ムズカ(洞窟)、海(baharini))を往来しており、その場所場所で異なる名前で呼ばれているのだともいう。ライカ・キフォフォ(laika chifofo)もヌフシの別名とされることもある。
ライカ・ムァフィラ(laika mwafira)
フィラ fira(mafira(pl.))はコブラ。mwaを前につけると人間を意味するので、コブラ人間ということになるだろうか。laika mwanyoka、laika tophe、laika nyoka(laika ra nyoka)などの別名。
ライカ・ムァニョーカ(laika mwanyoka)
nyoka(pl. nyoka) は「ヘビ」、mwanyoka は「ヘビの人」といった意味。laika chifofo、laika mwafira、laika tophe、laika nyokaなどの別名ともいう。
ライカ・ムェンド(laika mwendo)
動きの速いことからムェンド(mwendo)と呼ばれる。mwendoという語はスワヒリ語と共通だが、「速度、距離、運動」などさまざまな意味で用いられる。唱えごとの中では「風とともに動くもの(mwenda na upepo)」と呼びかけられる。別名ライカ・ムクシ(laika mukusi)。すばやく人のキブリを奪う。「嗅ぎ出し」にあたる施術師は、大急ぎで走っていって,また大急ぎで戻ってこなければならない。さもないと再び chivuri を奪われてしまう。基本は人のキブリ奪うことであるが(キブリを奪われた人は頭痛、嘔吐などを経験し、朝晩悪寒を感じるという)、人を宿主としてとり憑くこともあり、その場合は激しい狂気(kpwayuka vyenye)を呈する。
ライカ・ヌフシ(laika nuhusi)
ヌフシ(nuhusi)はスワヒリ語で「不運」を意味する。ドゥルマ語の「驚かせる」(ku-uhusa)に由来すると説明する人もいる。ヌフシはまたムァムニィカ同様、内陸部と海を往復する霊であるともされる。その通り道は婉曲的に「悪い人の道njira ya mutu mui(mubaya)」と呼ばれ、そこに屋敷などを構えていると病気になると言われる。ある解釈では、ヌフシは海で人に取り憑いた場合は、海のパガオ(ライカ・パガオ(laika pagao))が憑いているなどと言われるが、単にヌフシの別名に過ぎない。ライカ・ムズカ(laika muzuka)もヌフシの別名。ムズカに滞在中に取り憑いた際の名前である。その証拠に、この3つは同じ症状を引き起こす。つまり「口がきけなくなる」という症状。霊がその気になれば喋れるのだが、その気がなければ、誰とも口をきかない。
ライカ・ニョカ(laika nyoka)
ニョカ(nyoka)は「蛇」。ライカ・ムァフィラ(laika mwafira)、ライカ・ムァニョカ(laika mwanyoka)などの別名とされる。
ライカ・パガオ(laika pagao)
海辺で取り憑くライカ。ライカ・ヌフシ(laika nuhusi)の別名。ジネ・パガオ(jine pagao)という名前で、ジネ(jine12)に数えられることも。
ライカ・トブェ(laika t'ophe)
トブェ(t'ophe, pl.mat'ophe)は「泥」。 取り憑かれた場合、口がきけなくなり、泥や土を食べたがる。泥の中でのたうち回るなどの振る舞いを見せる。別名ライカ・ニョカ(laika ra nyoka)、ライカ・マフィラ(laika mwafira)、ライカ・ムァニョーカ(laika mwanyoka)、ライカ・キフォフォ(laika chifofo)。
ライカ・ツル(laika tsulu)
ツル(tsulu, pl.tsulu)は「土山、盛り土」。腹部が土丘(tsulu)のように膨れ上がることから。
ライカ・トゥヌシ(laika tunusi)
ヴィトゥヌシ(vitunusi)は「怒りっぽさ」。トゥヌシ(tunusi)は人々が祈願する洞窟など(muzuka)の主と考えられている。別名ライカ・ムズカ(laika muzuka)、ライカ・ヌフシ。症状: 血を飲まれ貧血になって肌が「白く」なってしまう。口がきけなくなる。ライカ・トゥヌシ(laika tunusi)とは別に、除霊の対象となるトゥヌシ(tunusi)がおり、ややこしい。こちらは、ニューニ(nyuni14)あるいはジネ(jine)の一種とされ、女性にとり憑いて、彼女の子供を捕らえる。子供は白目を剥き、手脚を痙攣させる。放置すれば死ぬこともあるとされている。女性自身は何も感じない。トゥヌシの除霊(ku-kokomola)は水の中で行われる。一方、ライカ・トゥヌシはムズカの主(ライカ・ムズカの別名とされるし)とされるが、こうしたムズカに住んでいるのはイスラム系のジネだと主張する人もおり、そうなると池系のライカとは本来異質なカテゴリーの霊だということになる。
ライカ・ズズ(laika zuzu)
ズズ(-zuzu)は「愚かな」を意味する形容詞。属性などについては不明。ライカ・ズズによって奪われたキブリを戻す「嗅ぎ出し」を得意とする施術師がいるという話を1993年に聞く。この施術師は通常の「嗅ぎ出し」とは異なり屋敷内ですべてを行った。川にも池にもムズカにも行くことなく屋敷の庭に据えたchizaに奪われたキブリを呼び戻して瓢箪に入れ、それを患者に戻すという施術。
ルキ(luki)
憑依霊の一種。唱えごとの中ではデナ60、ニャリ61、ムビリキモ63などと並列して言及されるが、施術師によってはライカ(laika)の一種だとする者もいる。症状は発狂(kpwayuka)であるが、黒い(ムルングの紺色の)布(nguo nyiru ya mulungu)を要求し、この霊を外に出した施術師は「嗅ぎ出し(kuzuza)」の施術を行うことができるなどライカ的な要素も濃厚である。通常、ライカとはまったく別カテゴリーの霊だとされるデナやニャリもライカの一種だという主張もあり、グレーゾーンだ。
稀にではあるが、人はライカを目撃してしまうことがある。それを人に告げると、その人は死んでしまうという。しかしもっと普通には、ライカを目撃した人は口がきけなくなってしまうという。
1983/07/16のフィールドノートより
chitsimbakazi1、ichiliku69、laika(chitsimbakaziの別名?) この3種は人に姿を見せることがある。
laikaは一本脚。ぐうぜんichilikuやlaikaを目撃すると、人は家に帰っても口がきけなくなり、眠ったようになる。これは深刻で、人々はただちにkayambaを開くことを決める。
K...の祖母 M...は、laikaを見て2ヶ月間、口がきけなくなった。mugangaの治療と makayambaの結果、口がきけるようになった。その後彼女自身、mugangaになった。 しかしこの事件のせいで、彼女の口はいまだに少し歪んでいる。
1987/07/01のフィールドノートより
E...によるとchikukuzi(つむじ風)のなかには laika がいる。これに触れると chivuri を奪われる。子供は小指を突き立てて、つむじ風の方へ向け、それで方向を変えようとする。
(1989/11/02 のフィールドノートより) K...の娘U...の急病について
U... wa K... はprimary school96在学中に妊娠させられ、学校を中退して相手の青年のもとに嫁いだが、婚資が結局支払われず、最近父の屋敷に連れ戻され、今では 父の屋敷で生後一年たらずの子供とともに暮している。
彼女が昨日から状態が悪いとの連絡を受け見舞いに行く。
昨日(Nov.1)、発熱。激しい頭痛を訴える。 今日になって、人が何かを尋ねても何も答えず黙ったまま。 父が占い(mulamulo97)に諮った結果、laika tunusi13のせいだということになり、ngata30を処方された。 私が名前を呼びかけると、いったんこちらを向くが、その後挨拶しても何も応えないし、何かを問いかけてもまったく返事がない。不機嫌そうにじっと見るだけである。
(1989/11/03 の追記) 夕方 muganga99が来て、vuo37の入ったziya ra koga100を据えるというので、いったん帰宅。後日、クズザのカヤンバ(kayamba ra kuzuza7)が行われるという。 夕方になっても mugangaは来ず、彼女の父が mugangaを呼びに行くが、21:00現在まだ戻ってきていない。
発病の詳しい経緯について父のk...から聞いたもの。
U...がまだ夫のもとにいたとき jumma[^jumma] の日に mutsunga102 を採りにいった。そのとき彼女は見知らぬ男から「何を採っているのか」と尋ねられ、「mutsunga wa utsungu103」だと答えると、その男は「誰にもそのことを言わないように」と言って姿を消したという。
屋敷に戻るやいなや、彼女は倒れ意識を失った。ただちに呪医が呼ばれ、ngata30 を処方され、achitaphukpwa104. 彼女は良くなった。
一昨日、彼女が家の中にいるとき、chikukuzi105がその小屋の屋根の草を剥ぎとっていった。mulamulo97でもこのことは指摘された。mulamuloによって改めて思い出された出来事である。
近所のG...老によると wakati wa vuri106 は多くの p'ep'o108 が徘徊する季節だと言われている。かつては屋敷に通じる道の端に mikangaga90 を植え、白と赤の matsere113、tunguja114、灰で作っただんご(mukahe wa ivu ra moho)を置いて、屋敷をこれらの vuri の nyama から守ったものである。今日ではこうしたことはほとんど行われていないので、多くの人々がこれら vuri106の nyama110の犠牲になっている。
とりわけjumma の日は、多くの p'ep'o108 が munda115 を徘徊する日である。この日にmutsunga wa utsungu103を採りに行くと p'ep'o に捕えられると言われている。うつ伏せに倒れて口がきけなくなる。jumma の日に畑仕事をしても同じことになる。また jumma の日に畑仕事をすると雨が降らなくなってしまうとも言われている。
ライカの施術を指示する占いの事例(他にもいろいろ指示しているけど)
薬液の処方、護符(ngata30)
応急治療(hamehame)として行われる
屋内のキザ(chiza cha nyumbani ムルング子神のための)と戸外のキザ(chiza cha konze35 ライカ、シェラ、憑依霊ディゴ人のための)での薬液浴びをセットで行う
水系の霊たちはみんなムルング(ムルング子神)が産んだ子供たちだから、母とセットで治療されねばならない 同時に護符ンガタ(ngata)の装着もなされる場合もある 後日(資金等が許せば)下記のキブリ戻しを行う必要がある
カヤンバ演奏を伴う、やや大掛かりな施術。ンガタの授与も同時に行われる場合もある
「外に出す」ンゴマ
最終的には他の憑依霊たちと同様に、ライカたちの要求は宿主自身が施術師になり、ライカの仕事をするようになること(ライカに仕事を与えてやることと同義)である
これは外に出すンゴマ(ngoma ya kulavya nze)という施術師就任の大掛かりなンゴマを必要とする。このンゴマによってライカの瓢箪子供を与えられる。通常はライカと同時にシェラ(shera66)、憑依霊ディゴ人も外に出され、同じ瓢箪子供を共有する。
ライカの草木(mihi ya laika)
残念ながら、すべての草木を網羅したというにはほど遠い。またライカの薬液や煎じ薬には、ムルングの草木もしばしばいっしょに加えられる。チャリによると「ムルングとライカたちの草木は共通、だってライカたちの母はムルングなんだもの(maana ameyao ni mulungu)」とのこと(1991/09/04のフィールドノートより)
煎じ薬(mihi ya kujita, mihaso ya kujita)にはこれらの草木の根が用いられる(ムルングの草木等とともに) 薬液(vuo37)は戸外に置かれた搗き臼などに入れて「池(ziya36)」とされたり、応急治療ではアルミの鍋などに入れられて屋内で浴びられることもある。 ンガタ(ngata30)は、ライカの瓢箪の中身(ライカの草木を砕いた香料(mavumba)、草木を炭化させた薬(muhaso)、蜂蜜)の他に、地面に投影した患者の影の土、などを少量ムルングの布に巻き、上腕部などに縛りつける。
なお、草木ではないが、クズザ(kuzuza7)などにおいてライカに対して屠られる動物は、白い鶏(k'uk'u mweruphe)である。
chilongozi キロンゴジ(chilongozi, pl.vilongozi)。浮草の一種。ムルング、ライカ、シェラの草木。Water Lettuce= pistia stratiotes。スイレン(toro116)、ンダゴ(ndago117)とともにムルングの薬muhasoの材料となる。ライカのンガタ(ngata30)には、その根がシェラの香料(睡蓮と商店で買える香料)とともに入れられる。
mubambakofi ムバンバコフィ(mubambakofi)、世界導師(mwalimu dunia119)の草木。Afzelia quanzensis(Pakia&Cooke2003b:390)マメ科の木。根は鍋、及びmuhaso wa kujita。葉はvuoに。(ライカの煎じ薬には加えられる)
mudzengatsongo ムゼンガツォンゴ(mudzengatsongo, pl. midzengatsongo)。英名tassel berry(Antidesma venosum(Pakia&Cooke2003a:378))。ムジェンガツォンゴ(mujengatsongo)とも。ライカ、シェラの草木
mufungatsandzu ムフンガツァンズ(mufungatsandzu, pl.mifungatsandzu)。Garcinia livingstonei(Maundu&Tengnas2005:248)。Maundu&Tengnas2005にはこの木のディゴ語の名称Mufunga tanzuのみが記されているが、同じ木と見て間違いあるまい。しかしPakia&Cookeによるとmufungatsandzuは Haplocoelum inoploeumだとされている(Pakia&Cooke2003a:381)ので、断定はできない。根は薬用とされているが、主に薪か建築資材として用いられている木である。果実は可食。憑依霊の施術師はこの木を草木としてあげていないが、この木のカンバ語名であるmukanga123は憑依霊ライカのひとりの名前 laika mukanga に現れている。
mujenga tsongo ムジェンガツォンゴ(mujenga tsongo)。mudzengatsongo125を見よ。Antidesma venosum(Maundu&Tengnas2005:104); 果実は可食、根は有毒。ライカ(laika)、シェラ(shera)の草木
mukangaga ムカンガガ(mukangaga, pl.mikangaga)水辺に生える葦のような草木, 正確にはカンエンガヤツリ Cyperus exaltatus、屋根葺きに用いられる(Pakia2003a:377)。ムルングやライカなど水辺系(池系)の憑依霊(achina maziyani)の薬液をキザ(chiza35)、池(ziya36)として据える際に、その周りに植える(地面に差し込む)など頻繁に用いられる。またムカンガガ子神(mwana mukangaga)は、憑依霊ムルング(mwanamulungu91)の別名の一つである。
mukonjwe ムコンジウェ(mukonjwe)、別名ムツァカムホ(mutsaka muho)126。ライカ(laika)の草木。Jacquemontia ovalifolia(Karisa2011:42)。川や池のほとりに生えている。おかず(mutsunga)になる。スワヒリ語のmkonjo(狩猟用の槍)に形が似ていることからというが...。
mukuyu ムクユ(mukuyu)。野生のイチジク。Ficus sur(Maundu&Tengnas2005:238)。ライカ(laika)、シェラ(shera)の草木。
mung'orong'ondo ムゴロゴンド(mung'orong'ondo)、ムルングおよび憑依霊ディゴ人、シェラ、ライカの草木。同じ(だと思うのだが)植物は、施術師によってはムロゴンド(murong'ondo)、ムブォロゴンド(muphorong'ondo)、ムォロゴンド(muorong'ondo)などとも呼ばれている。特徴的な照りのある大きな葉があり、ゴバンノアシの仲間、おそらくBarringtonia racemosa。樹皮を剥いで潰したものが魚をとる毒として用いられるということからも、これに違いない。
musinda madzi ムシンダ・マジ(musinda-madzi, pl.misinda-madzi)。ムルング、ライカの草木。世界導師の草木でもある。未同定。ク・シンダ(ku-sinda)は「耐える、時間を過ごす、留まる」を意味する動詞。madziは「水」。この草木は川の中の石の間に根を張り、川が水で一杯になっている間は生えないが、水が去ると芽をふくという植生で知られている。というわけでMyrothamnus flabellifoliusのような気がする。自信はまったくないが。
mutsaka muho ムツァカムホ(mutsaka muho)、別名ムコンジウェ(mukonjwe127)。ライカ(laika)の草木。詳しくはmukonjwe127を見よ。
muwa ムワ(muwa, pl.miwa)。サトウキビ。シェラ(shera)の「重荷下ろし」のchiryangona128の一つ、ライカ(laika)のクズザ(kuzuza7)にも用いられる。
mwambalu ムァンバル(mwambalu, pl.myambalu)。Strophanthus kombe(Pakia&Cooke2003b:387)。ライカの草木。ただしこの名称はギリアマ語であり、ドゥルマ語ではmudzigandeと言うらしい(ibid.)。
toro トロ(toro, pl.matoro)。Nypmhoides forbesiana(Pakia2005:72)。私が見たのは紫色の花をつけたNymphaea nouchaliだったように思うが。ライカ(laika)、憑依霊ディゴ人(mudigo)、シェラの草木(shera)。「睡蓮子神(mwana matoro)」はムルング(mulungu, mwanamulungu91)の別名。(Pakia&Cooke2003bは Stylochaeton salaamicus(Pakia&Cooke2003b:387)という学名を現地で toro nyikaと呼ばれる植物に与えている。私は調査期間中 toro nyikaという名称には遭遇していないし、見た目もまったく toro とは似ても似つかない。)
「嗅ぎ出し」施術事例
最初の調査地「青い芯のトウモロコシ」村で、はじめて憑依霊によって奪われたキブリ2を探し出し、取り戻す施術が存在することを知った。カヤンバがあるということで、見に行ったところ「嗅ぎ出しのカヤンバ」だったという、いきなりの遭遇。
「ジャコウネコの池」村。ワタシ的には「嗅ぎ出しのカヤンバ」は、音楽付きのパントマイムみたいな感じで、言語資料的にはあまり魅力的ではなかったので、肝心の水場への行進をパスしたり、途中で帰ったりみたいな、気のない調査をしていた。これはなんとなく行進にもついていき、最初から最後まで見た初めての事例。
チャリの「重荷下ろし」とシェラ、ディゴ人、ライカを「外に出す」ンゴマ: 屋敷での嗅ぎ出し
施術師チャリが、新たにライカ、シェラ、ディゴ人について癒やしの術を「外に出す」、つまりそれらの憑依霊に関する施術師に就任する大規模なカヤンバが開かれた。「嗅ぎ出し」、徹夜のカヤンバ、シェラに対する「重荷下ろし」を2日間かけて実施。その中で行われた「嗅ぎ出し」は、屋敷内から一歩も外に出ない、つまり水場までのキブリ探しの過程を一切含まないものだった。私が見た中でも、もっとも異色というか型破りの「嗅ぎ出し」であった。
マフフの屋敷における出産祈願の瓢箪子供を差し出すカヤンバにおける嗅ぎ出し
施術師チャリが3週間前に「外に出」して施術師にしたトゥシェを助手として行った瓢箪子供を差し出すカヤンバでの「嗅ぎ出し」施術。日記部分の写真、および、フィールド・ノートにおける手順の簡単な紹介(言語データなし)
施術師チャリによる「嗅ぎ出し」。かつてチャリの「施術上の子供129」だったが離反した女性施術師に対する内輪のカヤンバ。施術上の親子関係に潜む潜在的葛藤が明るみに出る。小屋の中での処理について、できるだけきちんとデータをとった。
日記、及び、フィールドノート、ドゥルマ語による書き起こしテキスト(翻訳なし)のみ。聾唖の少年をめぐる施術。彼の障がいが母親に憑いているライカのせいであるとされた。しかし、ムウェレ(患者の母)が全く踊らなかったので、その原因究明のなかで、ターゲットを間違った父のムフンド(mufundo138)が明らかに。
ドゥルマ人男性施術師による「嗅ぎ出し」だが、コーランを使う「イスラム風味」。でも作業そのものは普通のクズザだ。ライカとシェラで合計2回もキブリ探しを行う。「事故」により録音資料紛失でフィールドノートの記録のみなのだが、変わり種の嗅ぎ出し事例として紹介しておきたい。

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tsovyaの別名とされる「内陸部のスディアニ」の絵 ↩
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