1991年8月末、約1年半ぶりのドゥルマ再訪。すっかり荒れた調査小屋をなんとか快適な状態に戻し、モンバサで自転車や生活用品など必要な品物をそろえ、「ジャコウネコの池」の人々と再会の挨拶の日々と思いきや、チャリとムリナの施術師夫婦に挨拶に行ったら、いきなりその日の夜の徹夜のカヤンバと、容赦ない楽しいフィールドの日々が始まった。カヤンバの翌々日、その日のカヤンバについて聞きたいことがあってチャリを尋ねると、「ジャコウネコの池」のご近所のルヴノさんが、チャリのところでライカの施術を受けているところだった。
ライカにはいろいろな種類があるが、いずれのライカの場合も、クズザ(kuzuza)、あるいは「嗅ぎ出し」施術がもっとも重要な施術となる。ただしある占いの中でも語られているように、それにはカヤンバ奏者達による演奏や、多くの必要とされる品々(chiryangona1)を用意するなど、費用がかさむ。というわけで、とりあえず当面の症状をなくすための暫定的な応急治療(hamehame2)だけをしておくという場合が多い。それは、ここでルヴノに対して施された、飲む薬(muhaso wa kunwa6、あるいは煎じる草木(mihi ya kujita7))、浴びるための薬液(vuo19)、それに腕に巻くンガタ(ngata12)と呼ばれる護符からなる施術である。浴びるための薬液は、少し本格的な治療であれば、屋内にアルミの鍋などのなかに作られる「小屋のキザ(chiza cha nyumbani)」と、屋外に設置される彩色を施された搗き臼に、三色(黒(紺)、赤、白)の布切れを結んだムコネ(mukone20)の木の枝を渡し、周囲にカンエンガヤツリ(mukangaga21)を差した「屋外のキザ(chiza cha konze)あるいは屋外の池(ziya)」の2種類を朝夕に浴びるというものになる。ここでルヴノに差し出されたのは屋内で浴びるだけの薬液である。
(from diary Sept.04, 1991)27
...チャリのところへ行くとLuvunoが来ており,laika muzuka28の治療。Luvunoは生まれてこの方nyama31に悩まされたことなどなかったのに、と言う。病院に合計して5週間も入院していたのに良くならない。chitswa59 na peho60、kuphaphika61が主な症状。 mihi ya kujita62、mihi ya koga63 を用意してもらい、makokoteri64を受けて帰る。mihi7の説明を少し受ける。
(Sept. 04, 1991のフィールドノートのメモ+既知の情報) ルヴノは「ジャコウネコの池」村の主要クランの一つであるムァニョータの一族の、最長老であった故Z...氏の末娘。Z...は1990年に老齢と病により亡くなった。彼女の母もすでに亡くなっている。 占いへは彼女の「母mesomo68」(故Z氏の妻の一人)が行った。占いには必ずしも病人本人が行くとは限らない(というかむしろ稀)69。その結果彼女の症状がライカ・ムズカによるものだとされた。施術師にはチャリが選ばれた70。ルヴノはチャリのところにもこの「母」に同伴されて来ていた。
(Sept. 04, 1991のfieldnoteより抜粋)71 Luvuno自身の説明
3ヶ月病気。Coast General Hospital73に3週間、Kinango Hospital74に2週間。 昨日は嘔吐のせいで眠れなかった peho, chitswa kuluma kpwenda(翻訳1) 7人目の子供を出産(1ヶ月半前)、妊娠7ヶ月の早産、子供は健康 7人の子供のうち生き残っているのは5人。上の子は6歳。 自分はうまれてこのかた、nyama31に憑かれたことはない。これがはじめて。 mburuga69にはmesomo68が行った。私は行っていない。 単にmalaikaとしか聞いていないmalaikaのここでの意味。
翻訳1 悪寒(peho)、頭痛が止まらない(chitswa kuluma kpwenda) malaika意味 これは私の何の霊にとり憑かれているのか(ni nyama wani akuyugaye?)という問いに対する答え。malaikaはライカ(laika)の複数形だが、彼女のような憑依と縁のなかった人はしばしば憑依霊一般をさしてmalaikaと言うことがある。「単に憑依霊だとしか聞いていない」ということだと思う。同伴していた「母(mesomo68)」(Z...氏の妻の一人)が、占いの結果と必要な治療についてすでに詳しくチャリに説明済みである。私が到着したときには、施術の準備がすでに始められていた。チャリによると占いは特定のライカ、ライカ・ムズカ(laika muzuka28)を指摘していたという。
(Sept. 04, 1991のfieldnoteより抜粋)71
mihi ya kujita62
musinda madzi 未同定, (mulungu75, laika76のmuhi7)
川の中の石の間に根を張り、川が水で一杯になっている間は生えないが、水が去ると芽をふく
mwalimu dunia113のmuhi7でもある
mwerekera 未同定, (mulunguのmuhi)
bulushi tsaka120, (mulungu, mwalimu dunia, mupemba121, rohani123, sudiani44, bulushi124のmuhi)
murindaziya126, (mulungu のmuhi)
09:15 Luvuno 太陽を背に両手両脚を広げて立ち、地面にできた影の頭、手、足など各部分から土を少しずつとる
→ ngata12の材料になる

フィールドノートからのスキャンなので落書きレベルで、何のことかわからないかも知れないが、地面に映った影である。バツ印のところの土をほんの少しずつ採り集める。
他の材料: chilongozi127の根、mavumba9 ga laika(キナンゴの商店で売られているもの(香辛料のミックス)+ matoro128などのmihi ya laika7をつき砕いたもので、mavumba9の瓢箪に作り置かれている)、ライカの mwana wa ndonga129の中身(蜂蜜とmihaso)
ngata は今日は作らない。明日作って巻いてあげる。
10:00 makokoteriの後、mihi ya kujitaと、chiza17用のmihi130を与えて帰らせる。
mulunguとmalaika76のmihiは共通、maana ameyao ni mulungu131
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2733 (ライカの薬液、煎じる草木、ンガタ(ngata12)を差し出すための、チャリの唱えごと)
Chari(C): さて、おだやかに、おだやかに。私はこのような時間にお話することもなかったでしょう。私はルヴノのためにお話しいたします。ルヴノは病気そのものです。彼女が言うには、「私は病人です。頭痛、寒け、嘔吐、水ばかり飲む病気です。そう、私は病院を巡りました、私は。でもその薬剤は、飲んでも、ハズレです。私自身がおもいつく限りのことも、同様にことごとく外れ。私自身、もう死んでしまおうと考えるほどでした。そこで私は言われたのです。『チャリのところへ行っておいでなさい。行って、薬液とンガタをもらっておいで。もしかしてライカのせいなんだったら、そのようにすることね。だって、ライカこそ、嘔吐させ、心臟(のトラブル)を引き起こす張本人、ライカこそ、頭痛と悪寒の張本人、胸を内に圧し潰す張本人、水を飲む張本人だのだから』と。 さて、おだやかに、私は彼女にあなたがたのための薬液と、ンガタと、薬を与えます。私はあなた方皆さんに申し上げます。私は、北の皆さまに、南の皆さまに、東と西の皆さまに、蔓草木132の皆さま、ニェンゼの小池133の皆さまに、お祈りいたします。
2734 (唱えごと、つづき)
Chari(C): さらに、私は子神ドゥガ134、子神トロ128、子神マユンガ135、子神ムカンガガ21、キンビカヤ136、あなたがた池を蹂躙する皆さまに、お祈りいたします。 子神ムルング・マレラ137、子神ムルングジ138。私は、ゾンボ山139の皆さまにお祈りいたします。ニョーニ(nyonyi140)の皆さまにお祈りいたします。子神ニョーニにお祈りいたします。私は皆さん全員に、マレレ141の方々全員にお祈りいたします。キンベーブォ(Chimbepho142)の皆さまに、果てはマカンガ(makanga143)の皆さまに、皆さま全員にお祈りいたします。 さて、皆さまおだやかに、おだやかに、私は皆さまの足元に身を投げ出しています。今、私はルヴノのつつがなきことを望みます。私は彼女にンガタ(ngata12)を与えます、あなたムルング子神、ペーポー子神(mwana p'ep'o32)、憑依霊バラワ人144、サンズワ145、憑依霊バルーチ人124、憑依霊クァビ人149、天空のキツィンバカジ(chitsimbakazi cha mbinguni77)、池のキツィンバカジ(chitsimbakazi cha ziyani)、地下世界のペーポーコマ(p'ep'ok'oma wa kuzimu150)、池のペーポーコマ(p'ep'ok'oma wa ziyani)、あなた憑依霊ガラ人159、憑依霊ボニ人160、憑依霊ダハロ人161、憑依霊コロンゴ人162、憑依霊コロメヤ人164、あなたドゥングマレ52、ジム167、キズカ168、憑依霊ドエ人154、ドエ人またの名をムリマンガオ、奴隷169、そのまたの名を憑依霊ンギンド人163。
2735 (唱えごとつづき)
Chari(C): 皆さまのあいだにいる、あなたデナ106とニャリ107、キユガアガンガ176、ルキ177、ムビリキモ109、カレ178とガーシャ179、レロニレロ111、あなたマンダノ(mandano110)、あなたプンガヘワ子神180。 あなた憑依霊ディゴ人88とイキリク83もご一緒に。皆さん、ライカの皆さん、私は皆さまに、おしずまりくださいと申します。あなたジネ・バラ・ワ・キマサイ181と、あなたゴロゴシ182、またの名をンガイ183もいらっしゃる。ンガイ、またの名は憑依霊カンバ人184、カヴィロンド人166、マウィヤ人49、ナンディ人165、ムマニェマ人185。 どうかおだやかに、おだやかに。私は「おだやかに」を言うために参りました。あなた憑依霊ペンバ人121とロハニ123、憑依霊アラブ人118、コーラン導師186もおられる。ジキリ187、ジキリ・マイティ188、ジキリ・マウラーナ189、ジネ・マウラーナ190、ジネ・バハリ191もおられる。私は皆さまにおしずまりくださいと申します。 私は癒やし手192ではありません。癒やし手はムルング75です。私のすることはと言えば、平安の手を置き、小指の爪に退いて、そこに腰を下ろし、このように大人しくしていることです。そう私は皆さまに平安を差し上げます、私のキョウダイの皆さま。この者をどうかお受け取りください。この者ここを出た後、行って薬を飲み、薬液を浴びますように。そしてこのンガタ(ngata12)。
2736 (唱えごとつづき)
Chari(C): さすれば、彼女が嘔吐しませんように。嘔吐することは、立ち去り、水を大量に飲むことも、去り、頭痛と悪寒も、立ち去り、肋骨が押しひしがれることも、去りますように。彼女が自分の仕事をこなしていけますように。そう、彼女自身が、軽快したと感じますように。そうして、彼女が(金銭的)余裕を得て、本格的な治療が調えられることになり、「嗅ぎ出し」をしてもらいにやってこれますように。でも今は、そうです、御主人様、どうか彼女から手を引いてあげてください。
ライカに限らず、憑依霊による病気の治療のなかで最初の施術は、ここで紹介したような、問題の憑依霊をとりあえずおとなしくさせるための薬の処方と、ンガタなどの護符の差し出しである。これらの施術に関しては、実際にやっていることはどの憑依霊の施術であれ、そう大きく違う点はない。もちろん憑依霊ごとに使用する草木は異なってくる。それをきちんと記録するという勤勉さが私にあれば、と思うが、そもそも使用する植物の同定の段階でお手上げに近く(ごくわずかの植物を除いては、何度教えられても正しい植物を掴み取る私の能力は一向に改善しなかった)、そのせいか、ついそれなりにいろいろ見どころ、発見のある開催頻度のより低い、ンゴマやカヤンバ、鍋治療といったものに大きな関心を注ぐことになった。
と、いきなり言い訳がましいのだが、煎じ薬や、薬液の処方、護符作りとその差し出しとかには、頻繁に目にするがゆえの手抜き調査になってしまっていた。今回のルヴノのケースも、翌日ンガタを腕に巻いてもらうはずだったのだが、ンガタ装着は他の機会にいやというほど見ていたので、つい別のインタビューを優先してパスしてしまった。というわけで施術としては9月4日に見たものがすべてになってしまった。
とは言うものの、ご近所さんのこと、ルヴノ自身にはその後も何度か会う機会があり、病気のその後についても聞くことができた。9月10日、ルヴノがモンバサに行くためのバス代を借りにやってきた。
(Sept.10, 1991のfieldnoteより) 【Luvunoのlaika治療その後】Luvuno wa Z...
Luvuno はChariの治療を受けたものの、結局vuo19も浴びず、mihi7も飲んでいない。 上腕につけたngata12も切ってしまったと言う。 治療の夜、彼女は夢を見たという。夢の中に一人の男が現れて、Luvunoになぜお前はngataを着けているのかと聞いた。お前は治らないだろう。また mihiについても utsijite, na utsoge na vuo riri(翻訳3)。Luvunoはそこで目が覚め、ngataを切り落としてしまったという。 現在 yupata baha chidide(翻訳4)。
翻訳3「煎じてはならない。またこの薬液を浴びてはならない」 翻訳4「彼女は少し回復した」
チャリさんがせっかく施術しても、薬は飲まず、浴びず、護符も着けずでは、効果がなかったとすら言えないですね。でも夢にやって来たのは、正体不明だが、何か憑依霊的なやつだ。ルヴノさんがビビったのも仕方がない。
約1ヶ月後に、再びルヴノさんに会った。 (Oct.9, 1991の日誌より)
夕方、水浴びを終えてふと西の空をみると線で引いたような月を見る。mwezi ulumbwa。明日はjumma ra mweziになる193。... 月を見ているとLuvunoがモンバサへのバス代の借金...返しに来る。返済する初めてのドゥルマ人。父親のZ...が死んで以来、自分はとても頼りなく感じているという。彼女はZ...氏と彼女の母とのあいだの末っ子で(姉はもう年配の女性M..でMazoraのMunyazi170の屋敷の近所に嫁いでいる)、母はすでに亡くなっている。「ジャコウネコの池」にはいづらいと。継母mesomo68とその子供たちしかいない、と不満を口にする。 リコーニ194で部屋を借りて働いていたのだが、先日子供が生まれたのでもう普通のまともな職には就けそうにない。...Luvunoはlaikaのngataとmuduruma156,shera80のpingu13をしている。結局は憑依霊の治療に戻った模様。施術師はチャリとは別。
何度も言い訳がましいが、ここでのフィールドノートの記述は、あまりにも簡単でお粗末である。他の機会にも何度も見て、見慣れすぎていた施術のせいだが、いざ紹介しようとすると、なんとどれ一つとして徹底した記述がなされたものがない! 例えばンガタの作成についても何度も立ち会ってるのに、ほとんど書かれていない。サボり過ぎだぞ>私。 というわけで、現在の私の知識で説明してしまってもよいのだが、たまたま別の機会に、施術師ムァインジ師が、まったくほんの話の成り行きでライカのンガタの作り方を説明しているくだりがあるので、そこにリンクを貼っておきたい。「外に出す」ンゴマの際に手渡される4つの瓢箪について語っているのだが、その際にライカの患者を得た場合に、それらをどんな風に使ってンガタを作成するかを例に話してくれている。上記のリンクに含まれる DB1894~DB1896で丁寧に説明してくださっている。クズザの後のピングの作り方については、チャリたちのやり方とちょっと違っているが、ンガタについてはこの説明どおり。出来上がったンガタは唱えごととともに患者の右上腕部に巻きつけられる。一連のページで何度か指摘したように、このンガタ(一応「護符」の一種だとしているが)を、憑依霊除けのお守りのようなものと考えてはならない。それは憑依霊に差し出された「椅子(chihi)」であるというのが施術師たちの見解である。椅子がないせいで、やって来た憑依霊が患者の身体のどこかに腰を下ろしてしまう。その結果、患者はさまざまな症状に苦しむことになるのである。椅子を差し出して、そこにおすわりいただくだけで、患者は苦しみから少し解放される、これがンガタやピングなどの役割である。
あらゆる憑依霊の応急治療には必ず「飲む薬(muhaso wa kunwa)」、あるいは「飲む草木(mihi ya kunwa)」「煎じる草木(mihi ya kujita)」などさまざまな名前で呼ばれるものが伴う。こうした経口摂取する「薬」は、抗生物質のように患者に憑いている憑依霊に「対する」「対抗する」ものというよりは、彼らの<ための>「薬」「草木」であることを強調しておきたい。それはやって来た憑依霊に対する「饗応」の一形態である。それらは当該の憑依霊が好む香りを持ったご馳走である。患者がゆくゆくは施術師になってくれることを要求するほどに患者に惚れ(kutsunuka)た憑依霊が、患者に最初に示す(夢のなかで)のは、自分の「草木」である。多くの施術師は、自分が人から教授される前に、夢のなかで憑依霊によって草木を示してもらい、目が覚めたら実際にブッシュに取りに行ったという経験を、ちょっと得意そうに話す。自分を攻撃する材料をわざわざ教えてくれる憑依霊がいるとすれば、なかなか殊勝なやつだが、本来「利己的」な憑依霊にそんなことが期待できるわけがない。憑依霊は自分の好物がなにかを教えに来ているのである。 さらなる饗応の形態が「鍋」であり、最終形態がンゴマである。
薬液(vuo)についても補足しておこう。これも憑依霊に対する「おもてなし」の一種であることは、わざわざ付け加えるまでもないだろう。ライカの治療においては、実は浴びる薬液を入れたキザは、小屋の中と屋外の二箇所に作られるのが正式である。「小屋の中のキザ(chiza cha nyumbani)」は小屋の北西の隅に置かれる。一方、「外のキザ(chiza cha konze)」あるいは「池(ziya)」は小屋の前庭の木の下や、別の小屋の軒先などに設置される。中の薬液の成分は同じで、煎じる薬に用いた草木(煎じる薬ではもっぱら幹や根、茎などの硬い部分が用いられる)と同じ草木の葉が用いられる。水のなかで揉み砕いて少しぬめりのある液を作る。朝晩、小屋のなかで浴びたのちに、小屋の外で浴びる。このルヴノの事例のように、応急治療(hamehame)として施される際には、薬液は小屋の中のみである。
こうした応急治療で症状が改善されたなら、ライカの草木とンガタに反応があったということで、病気の主がライカであったことが確かになる。そこから本格的な治療コースが始まる(あるいは良くなってよかったね、で放置される)ことになる。しかしライカが患者に関わっていることは間違いないということで、次に同じような症状が現れた場合には、彼女がもっているライカがその候補になることは必然である。
「生まれてこのかた」憑依霊に悩まされたことがないというルヴノさんだが、チャリの治療を試す前にやめてしまった。しかしそのきっかけは夢に現れた何者かの言葉だった。1ヶ月後、ルヴノは別の施術師から処方された、ライカのンガタに加えて憑依霊ドゥルマ人(muduruma156)とシェラ(shera80)のピング(pingu13)をしっかり身につけていた。憑依霊ドゥルマ人はかなりたちの悪いやつで、自分より先に他の憑依霊が対応されることが我慢ならないという、いやな特徴をもっている。もしかして夢に出てきたのはこいつではないだろうか。こんな風に、応急治療から人はいつのまにか憑依霊の物語群にしっかり入り込んでいくのだ、かもしれない。
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tsovyaの別名とされる「内陸部のスディアニ」の絵 ↩
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