施術師(癒し手 muganga)の日々

施術師になる

施術師のところにいる霊たち

施術師の仕事

弟子を施術師にする

トゥシェを施術師にするまで

1991年の調査では、ChariとMurinaの夫婦との再会を最も楽しみにしていたのだが、どうやら二人にとっては、多難な一年になりそうだった。ここでは詳しくは述べるわけには行かないが、すでに昨年から近隣のある人物に自分たちに妖術をかけているという疑いをもっており、それがいよいよ正式に訴えるところまで進んでいた。下手をすると当地から彼ら自身が追い出される危険もある。やめて欲しいと思った。

また1989年にシェラとライカ、およびデナの癒しの術を「外に出した」のだが、それでも一向にチャリの病気が良くならず、昨年中に、べつの施術師によって再度「外に出し」なおしたのだが、それも失敗だったということで(このあたりもふたりが妖術告発に向かおうとする背景の一部である)、今年はさらに別の施術師のもとでシェラとライカの癒しの術を「外に出す」手続きをやり直そうとしていた。

そんななかで、二人は彼らの弟子(施術上の子供 mwana wa chiganga)の一人から、自分のためにムルングと世界導師とドゥルマ人の癒しの術を「外に出して」欲しいという依頼を受けていた。私が調査地に到着したときには、そのプロセスはすでに進行しつつあった。

 

  1. トゥシェ施術師就任のンゴマ1の前の鍋2治療

    1. 施術師就任のンゴマを前にした憑依霊ドゥルマの鍋治療

    2. 就任ンゴマ直前の「招待の鍋(nyungu ya kurongesha)」

  2. トゥシェ、呪医就任の夜

    1. トゥシェ(ウマジ)を「外に出す」ンゴマ

  3. トゥシェの「癒しの術(uganga)」を妖術返し(kuphendula4)する

  4. トゥシェに憑依霊の草木5伝授

    1. 癒やしの術伝授の一日

  5. トゥシェのお仕事

    1. トゥシェの初仕事:施術上の母チャリに世界導師7の鍋を差し出す

    2. トゥシェ、ンゴマでチャリの助手を務める

     

注釈


1 木の筒にウシの革を張って作られた太鼓。または太鼓を用いた演奏の催し。憑依霊を招待し、徹夜で踊らせる催しもngomaと総称される。憑依霊の踊りの催しにはngomaよりもカヤンバkayambaと呼ばれる、エレファントグラスの茎で作った2枚の板の間にmuturituriの実を入れてガラガラ音を立てるようにした打楽器の方が広く用いられ、そうした催しはカヤンバあるいはマカヤンバと呼ばれるが、使用楽器によらず、いずれもngomaと呼ばれることが多い。特に太鼓だということを強調する場合には、そうした催しは ngoma zenye 「本当のngoma」と呼ばれる。
2 nyunguとは土器製の壺のような形をした鍋で、かつては煮炊きに用いられていた。このnyunguに草木(mihi)その他を詰め、火にかけて沸騰させ、この鍋を脚の間において座り、すっぽり大きな布で頭から覆い、鍋の蒸気を浴びる(kudzifukiza; kochwa)。それが終わると、キザchiza3、あるいはziya(池)のなかの薬液(vuo)を浴びる(koga)。憑依霊治療の一環の一種のサウナ的蒸気浴び治療であるが、患者に対してなされる治療というよりも、患者に憑いている霊に対して提供されるサービスだという側面が強い。概略はhttps://www.mihamamoto.com/research/mijikenda/durumatxt/pot-treatment.htmlを参照のこと
3 憑依霊のための草木(muhi主に葉)を細かくちぎり、水の中で揉みしだいたもの(vuo=薬液)を容器に入れたもの。患者はそれをすすったり浴びたりする。憑依霊による病気の治療の一環。室内に置くものは小屋のキザ(chiza cha nyumbani)、屋外に置くものは外のキザ(chiza cha konze)と呼ばれる。容器としては取っ手のないアルミの鍋(sfuria)が用いられることも多いが、外のキザには搗き臼(chinu)が用いられることが普通である。屋外に置かれたものは「池」(ziya)とも呼ばれる。しばしば鍋治療(nyungu)とセットで設置される。
4 「薬」muhasoによる妖術の治療法の最も一般的なやり方。妖術の施術師(muganga wa utsai)は、妖術使いが用いたのと同じ「薬」をもちいて、その「薬」に対して自らの命令で施術師(治療師)が与えた攻撃命令を上書きしてする、というものである。詳しくは〔浜本 2014, chap.4〕を参照のこと。
5 ムヒ(muhi、複数形は mihi)。治療に用いる草木。憑依霊の治療においては霊ごとに異なる草木の組み合わせがあるが、大きく分けてイスラム系の憑依霊に対する「海岸部の草木」(mihi ya pwani(pl.)/ muhi wa pwani(sing.))、内陸部の憑依霊に対する「内陸部の草木」(mihi ya bara(pl.)/muhi wa bara(sing.))に大別される。冷やしの施術や、妖術の施術6においても固有の草木が用いられる。
6 癒やしの術、治療術、施術などという訳語を当てている。病気やその他の災に対処する技術。さまざまな種類の術があるが、大別すると3つに分けられる。(1)冷やしの施術(uganga wa kuphoza): 安心安全に生を営んでいくうえで従わねばならないさまざまなやり方・きまり(人々はドゥルマのやり方chidurumaと呼ぶ)を犯した結果生じる秩序の乱れや災厄、あるいは外的な事故がもたらす秩序の乱れを「冷やし」修正する術。(2)薬の施術(uganga wa muhaso): 妖術使い(さまざまな薬を使役して他人に不幸や危害をもたらす者)によって引き起こされた病気や災厄に対処する、妖術使い同様に薬の使役に通暁した専門家たちが提供する術。(3)憑依霊の施術(uganga wa nyama): 憑依霊によって引き起こされるさまざまな病気に対処し、憑依霊と交渉し患者と憑依霊の関係を取り持ち、再構築し、安定させる癒やしの術。
7 世界導師8、内陸bara系9であると同時に海岸pwani系10であるという2つの属性を備えた憑依霊。別名バラ・ナ・プワニ(bara na pwani「内陸部と海岸部」)。キナンゴ周辺ではあまり知られていなかったが、Chariがやってきて、にわかに広がり始めた。ヘビ。イスラムでもあるが、瓢箪子供をもつ点で内陸系の霊の属性ももつ。
8 チャリ、ムリナ夫妻によると ilimu dunia(またはelimu dunia)は世界導師(mwalimu dunia7)の別名で、きわめて強力な憑依霊。その最も顕著な特徴は、その別名 bara na pwani(内陸部と海岸部)からもわかるように、内陸部の憑依霊と海岸部のイスラム教徒の憑依霊たちの属性をあわせもっていることである。しかしLambek 1993によると東アフリカ海岸部のイスラム教の学術の中心地とみなされているコモロ諸島においては、ilimu duniaは文字通り、世界についての知識で、実際には天体の運行がどのように人の健康や運命にかかわっているかを解き明かすことができる知識体系を指しており、mwalimu duniaはそうした知識をもって人々にさまざまなアドヴァイスを与えることができる専門家を指し、Lambekは、前者を占星術、後者を占星術師と訳すことも不適切とは言えないと述べている(Lambek 1993:12, 32, 195)。もしこの2つの言葉が東アフリカのイスラムの学術的中心の一つである地域に由来するとしても、ドゥルマにおいては、それが甚だしく変質し、独自の憑依霊的世界観の中で流用されていることは確かだといえる。
9 非イスラム系の霊は一般に「内陸部の霊 nyama wa bara」と呼ばれる。
10 イスラム系の霊は「海岸の霊 nyama wa pwani」とも呼ばれる。