サダカ(sadaka, pl.sadaka)とは、スワヒリ語では「喜捨、施し、宗教的捧げ物、供犠」などを意味するが、ドゥルマでは、もっぱら墓場で徹夜の太鼓演奏などの後に、早朝に祖霊(k'oma[^k'oma])に対して行う、動物供犠を伴う饗宴を指す。これによって生者は死者に対して負っていた負債を返し、死者の怒りを鎮め、子孫たちの「つつがなきこと」を願う。この際に祖先に対して供される肉は塩を入れずに別鍋で調理され、子供たちによって墓場で食べ尽くされる。サダカは、すでに「熟した服喪(hanga ivu[^hanga ivu])」を終えた祖霊に対してしか行うことはできない。祖霊についての解説は浜本, 1992,「ドゥルマにおけるコマの観念」『九州人類学会報』Vol.20:30-51も見られたい。また1990年1月に行われたチャリの母方の祖父デレに対するサダカでもサダカについての基本的な説明がなされているので参照されたい。
今回のムリナの母に対するサダカについては、その開催理由など、ほとんど説明を受けていない。チャリの癒しの術を妨害しているものの一つが祖霊(k'oma)たちだった。1990年に祖父デレのサダカは終えたが、まだムリナの母親とチャリの祖母(祖父デレの妻)が残っている。ということで9月7日にムリナの母のサダカをするからおいで、ということだった。サダカ開催の詳しい理由は、当日墓場での語りのなかでわかるだろうとタカを括って、くわしく聞く努力を怠った。調査慣れは怖いね。
そして9月7日に予定されていたサダカは、その前日にキャンセルされた。予定変更は珍しいことではないので気にしなかったが、後で振り返ると、1991/09/06にチャリは自殺を企てていたのだった。そのことを1991/09/08、チャリが前夜に見た夢について打ちに行ったムラムロ占いで知って、びっくり。キャンセルはそのせいだったのだ。翌日さっそくチャリにかけられた妖術フュラモヨ(fyulamoyo[^fyulamoyo])に対する妖術返しの施術クブェンドゥラ(kuphendula[^kuphendula])が実施された。
その後、ムリナ夫妻は相変わらず施術に忙しい日々を送っていて、私はサダカの件は中止になったものと思っていた。がそうではなかった。1991/09/13、ムリナの屋敷に前日から滞在している女性患者のために憑依霊ムドエ(mudoe[^mudoe])の治療をするというので、朝早く(8時前)にムリナ宅を訪れると、すでに施術は終わり、患者も帰宅した後。いきなり、明日サダカに出発するから、必要な品物をキナンゴの町で調達する手伝いをしてくれ、と言われた。ちょっと急ですよ、急。そもそも突然のキャンセルは参加予定だったチャリのanamadzi[^mwanamadzi]たちにも完全には伝えられていなかったようだ。1月7日の早朝、mwanamadziの一人が支度を整えて私の小屋にやってきて、一緒に行こうと誘ってきたほどだ。キャンセルを教えると、ちょっと不機嫌そうに見えた。彼は、結局実施日には姿を見せなかった。
(from diary of Sept.13,1991, Fri, kpwisha[^kpwisha])[^diary]
Chariを自転車に乗せて3人でキナンゴへ。...Murinaとヤギを運ぶパーミットを取りに行く。係はラバイの男。キリフィの近くに住んでいるという。この間チャリはsadaka[^sadaka]に用いるunga[^unga] wa matsere[^tsere]の買い物。mufuko1は一つしか手に入らず、残りは unga wa kupima1を三袋分(ungaまで手に入りにくくなった。飢饉と物資不足)。mulunguの布[^nguo_nyiru]、nusu[^nusu] gora[^gora] 65シルとchidemu[^chidemu]も入手。.... ...Famauの店の前でキジヤモンゾのmuzee wa midzi[^cheamani]をしているNg...Mb....と Murinaが何か話し合っている。あとで何の話かと聞くとPonta(pseudonym)老人らを訴える件だという。とうとう決定的な一歩を踏み出してしまった。sadakaが済んだら、ということだが、どうなることやら。MurinaたちはPonta氏の土地にajeni[^mujeni]として住んでいるということだが、下手をするとこの土地にいられなくなる。
(from diary of Sept.14,1991, Sat, jumma[^juma])
8:00 Murinaのところへ。10時過ぎキナンゴに向かうGari ya Gandini2が通るのを見て出発。Murinaはchibanda cha koma[^chibanda_koma] に出発を告げ、戸口に水を少しずつ撒く。MurinaとChariと私、Murinaの妹Mwana....(Dza...)とその夫Mw....、Mekp....(Chariのmwanamadzi[^mwanamadzi]),大量の荷物とヤギ1匹。結局、歩いてキジヤモンゾの分岐点まで行き、バスを待つ。Mwache[^Mwache]で降りる。ここからは歩いて2時間くらいかかるという。....
こんな感じで出発したのだが、このあとちょっとしたハプニングが。バスを降りてまもなくチャリの体調が悪くなり、一歩も歩けなくなる。憑依霊の仕業(自分のヤギが供犠されることに怒った憑依霊ドゥルマ人(カシディ[^kasidi])だろうということで、ムリナがヤギを指さしつつ唱えごとをするが一向に良くならない。結局、チャリを病気にしていたのは憑依霊「白人(muzungu wa keya)」だったとわかる。ムリナの発案でチャリに私の重いバックパックを背負わせてみたら、とたんに元気になったので! この顛末は別ファイルで紹介している。
(1991/09/14の日記の続き)
....2時ごろ目的地のChi...(ムリナの兄)の屋敷に着く。Chi...の屋敷にはChi...の二人の妻とBeny.... とその妻がいる。....明日のsadakaに用いるkuni[^kuni]をキバンダサラまで買いに行く。3束で15シル。高い。キバンダサラはモンバサ街道に面した町で、そこまでは歩いて30分ほど。... 夜、ワリを食べながらMurinaとMw...、Chi...ら、Murina に対する妖術に関して議論する。荷物はドゥルマの習慣に従って、どこかに隠されてしまっているので、録音はできず。 Murinaは自分の屋敷の近くで葉の上にmuhaso[^muhaso]が乗っているのを見つけた。fyulamoyo[^fyulamoyo]の証拠であるという。ムラムロで確認し,Chariのkuphendula[^kuphendula]をしたことを語る。Chariは再び自分が見た夢の話をする。Chi...はMurinaがmutsaiを訴えると息巻くのを聞いて、むしろお前がその土地を去った方がよいと忠告。もっともである。がMurinaは聞かない。「もちろん私自身去る用意はできている。しかし私ははっきりさせたいだけだ。『お前たちはどんな風にして私の妻を殺すのか』と、『私の妻はどんな風に死ぬのか』と」 墓のところで夜明かしする予定であったが、草ぼうぼうで無理だとChi...が言うので、そのままChi...の屋敷の庭で寝る。外。寒い。
(from diary of Sept.15, 1991, Sun, kpwaluka[^kpwaluka])
朝6時頃、ヤギ(Magendore3)を連れて出発。すぐに着くものと高をくくっていたら、やたら遠い。以前屋敷があった場所の近く、ということで、睡眠不足で頭痛がするなかを一時間も歩いて、ようやく到着。女たちもjembe[^jembe]やtsoka[^tsoka]、kuni[^kuni]、unga[^unga]などを頭にのっけて次々到着。墓はMurinaの母と、Murinaの父の兄の妻の墓の二つだけ。
(1991/09/14のフィールドノートより)[^fieldnote] 11:00 Gari ya Gandini2で出発(「ジャコウネコの池」ジャンクション) 12:00 Mwache(Mavyonini)で下車 12:30 バスを降りて歩き始めてしばらくしてChariの調子が悪くなる (以下省略(ウェブ化に際して浜本による): チャリの憑依霊「ケヤの白人」がバックパックを背負いたがっていたエピソード) 14:00 Murinaの兄Mwachi....の屋敷に到着 14:20 明朝のsadakaに必要なkuni[^kuni]を買いに30分ほど離れたキバンダサラに行く 20:00 夕食(wari[^wari]とk'uk'u[^kuku]) MurinaはMwachi....に、先日来の出来事を説明。告発の是非をはかる。Mwachi....移住をアドバイス。ムリナ聞かない。
本来は墓場で夜を明かすのが正しいが、まだ草刈りが済んでおらず寝る場所がない、とのことで、ムリナの兄Mwachi....の屋敷の前庭で寝る。墓での太鼓演奏は予定なし。
06:00 墓に向かって出発
07:45 到着
各人、墓を耕しながら kugomba[^kugomba]
(その後のkugombaの書き起こしテクスト全文)
(DB2935-2975)
07:50 Mwachi....、ヤギを墓石に押し付けて kugomba
08:10 mbuzi[^mbuzi]をkutsinza[^kutsinza]し、墓にその血を注ぐ
kuni[^kuni]の準備完了
08:30 激しい雨で一時中断して木の下で雨宿り
お茶の用意ができる
10:00 nyama[^nyama] za k'oma[^koma]
mukono[^mukono], chiga[^chiga] 各6片ずつ(死者が女性であるため)
(もし死者が男性なら各5片ずつ)
wari[^wari] za k'oma
wari は chikaphu[^chikaphu]で供えられる
布、墓の上に広げ、四隅を杭で地面に打ち付ける
布の真ん中あたりをナイフで少し切り裂く(盗まれないように)
10:30 終了
若者3人が墓でwariを食べる
死者のための料理には塩が入っていない。死者に供えた残りの肉は若者によって
その場で食べてしまわれる。
集まった長老たちはuchi[^uchi]を飲む
12:30 別鍋で塩を入れて煮たスープ、ワリ完成
木の下で食べる。
13:30 屋敷に各人が持ち帰る肉(未調理)の分配
解散
パラグラフ冒頭の数字をクリックすると、対応するドゥルマ語テキストに飛びます。ブラウザの戻るで、戻って下さい。 2935 (人々は交代で墓を手鍬で耕して除草しつつ、死者に語りかける。) (最年長であるムリナ氏の兄Mwachi....が、開始の語りかけをする)
Mwachi....(Mwa): さて、ところで、私が最初に語りかけを差し上げさせていただきます。でも、やって来たのは、あなたに約束した語りかけをしにやって来たのは、ムリナとチャリです。ムリナ・ベンジンゴ、そうムリナはあなたのお父様そのものに他なりません。そう、今日彼はやって参りました、この者、この者です。では、どうか彼があなたのお母様とご一緒にいたしますお話に、耳をお傾け下さい。なぜなら、彼は、あなたのお母様を手に入れ、あなたの同意を得ようと参ったのです。 さて、ところで、ベンジンゴはの妻は一人ではありませんでした。彼は多くの妻をもっておりました。さて、ベンジンゴが持って参りましたお話に、どうか耳をお傾け下さい。 私はと言いますと、あのあなたもご存知のベモセです。私も、あなたがご存知の問題のためにここにやって来ました。でも今日、今は、ムリナです。ベンジンゴ・ムリナ、かつてはベレファニとも呼ばれていました。そう、ベンジンゴという名前ですが、彼は未だにンジンゴを(息子として)手に入れておりません。どうか彼がンジンゴを手に入れるよう力をお貸し下さい。このようにしてここに来ております、メンジンゴにどうか子供が生まれますように。 2936 Cha..(ムリナの父キメラの兄の息子=Murina's FBS=B, =Benyamvula:Cha): そもそもンジンゴはほんの少し前に亡くなったばかり。まだ1年たってません。ンジンゴが最年長ですね。あのベキドショさんの一族の甥(姉妹の息子)にあたります。さて、ムリナ、この人が今、やって来たわけです。 Murina's Father's Sister(氏名不詳Tsa): ねえ、私たちは苦難のなかにいるのよ、キョウダイ、何もしようがないほどよ。私たちは、まさに苦難の中にいます。私たちの中には、ここにまだ来れずにいる人たちもいるのよ、そもそも。だって、あれら男性(親族)たちすら、死に向かっているの。やって来たのは、最年少のムリナなのよ。チャカ(上の話し手とは別、ムリナの実の兄)でもないし、ベローチャでもない。ベローチャときたら、どこにいるかも私は知りません。でも、この子、この子は近くにおります。私は彼に会いました。つつがなきことを、ですよ。それこそ私たちが欲しいもの。私たちはつつがなさが欲しい。「彼らを捕まえてやる」などとおっしゃってはいけません。とんでもない。私どもは驚きのなかにおりました。「私が、まるで子供を産まなかったかみたいじゃない?(誰も世話をしてくれる子孫がいない)」(などとおっしゃらないで)。いいえ、いいえ、私たちはつつがなさが欲しいのです。もうお一人は、あなた大きいお母様(ムリナの父の兄の妻)、メムユゴさん。そうよ。あなた方は一緒にお暮らしになり、仲良くお過ごしでした。どうして、私たちが悲惨なのに、あなた方はそのことを話し合われないのですか?今は、そう、身体の健康を。孫たちのところで。孫たちの。
Cha..(Murina's FBS=B, =Benyamvula:Cha): あ、そうこのような時間にお話するつもりはありませんでした、あなた、お母さん。ムリナなのです。ムリナがやって来たのは、彼をここに来させることになった問題を抱えているからです。彼は、あなたに話してくれることでしょう。でも、私たちも、彼をもたらした難儀のなかにいます。彼が、話してくれるでしょう。あなた方は約束を交わしたんだから。すぐに、彼は私たちを解きほどいてくださいと、あなたに言うでしょう。 解きほどいてください、解きほどいてください、ムリナを解きほどいてください。ご主人様、ご主人様、おだやかに。ムリナが稼いで収入を得ますように。私も稼いで、収入を得ますように。別の人も稼いで、収入を得ますように。どうしてあらゆることが、外に(手の届かない所に)あるんでしょう。ああ、ご覧なさい。私は耕すのも左手です。そう私のこの腕は病気なんです。でもこのまま耕します。ご主人様、ご主人様、そうです。 Murina's FZ(Tsa): 彼をそっとしておいてやって下さい。道で(どこかに行く途中で)打たれたのが小康を得ますように。彼を放っておいてやって下さい。酒を飲みたくなる気持ちが高まったら、それを鎮めてやって下さい。病気はムルングの病気ではありません。彼の場合、酒を飲むことです。 Cha: ああ、その飲むことはですね、ご存知じゃないですか、お母さん(=FZ)、私が以前は酒飲みだったことを。
Murina's FZ(Tsa): 飲むこと、飲むこと、飲むこと。私の息子はいったいいつから、酒飲みになったんだろう、なんておっしゃらないでね。 Cha..(Murina's FBS=B, =Benyamvula:Cha): 私は飲むと、必ず下痢になるんだ。いったい誰が私がそんな風になるようにと祈った(呪詛した)ってんだよ。 Tsa: 彼が酒を飲めば、彼が下痢につかまってしまいますようにってね。「私は二ヶ月ばかり酒を止めましょう」と彼が言いますように。袋の中には物(お金)がどっさり溜まりますように。 Cha: 嘘です、嘘です。私が稼げば、収入を手に入れますように。私が私のヤシを植えたら、それが育ちますように。 Tsa: さあ、あなたのご主人をごらんなさいな。子供が生まれても、酒のせいで、子供を背負う背負い布を買ってあげようとも考えないような人よ。もう酒は飲まないようにお言いなさいな。 Cha: お金が沢山やってきますように。さてさてキョウダイ。 Murina(Mu): うう、さて、私はこんな時間にお話するつもりはありませんでした。私はあなた、お母さん、あなたのためにお話しているのです。あなたお母さん。お母さんは死にました。そしてあなたが亡くなったとき、私はまだずっと後ろの方にいました。私はまだ大人になっていませんでした。
Murina(Mu): (つづき)今では私も、自分の屋敷を作ることを学ぶようになりました。妻も手にいれました。さて、私にはかねてより財産もなく、お母さんに助けを乞いにも参りました。「お母さん、私を助けて下さい。私に妻を手に入れさせてください。私は悪い場所(悪い状態)にいます。」 私は(父に婚資を提供してもらって)ラバイの女性を娶らせてもらいました。その結婚は失敗に終わりました。私は別の女性を娶りました。ああ、もしかしたら、私には女性に人気(p'amvu[^pamvu])があったのでしょうか。でもどうやって婚資を手に入れたらよいものか、私にはわかりません。 さて、そう「海で奮闘する人は、手ぶらでは帰らない」諺解題と申します。私は「採石場近く」村に住んでいました。そこにンデグヮ・ワ・ムラブとその妻がやって来たのです。私は言います。「ねえ、あなた。貧しい者と貧しい者でお互いを養い合えないものでしょうか?」彼女は言いました。「もちろん養い合えるわよ。」私は彼女に言います。「私の今の困難は、私には妻がいないことです。あなたにも、努力家の夫がいない。私は努力家です。でも妻がいない。あなた、このご主人で良いのですか?私たちどうしで結婚しませんか?二人で努力しあったら、一緒に暮らして、楽になるのでは?」
[諺解題]: 「海で漁をする人は、努力して魚をとって、必ずや収獲を得るだろう」つまり「努力は報われる」という意味の諺だという。もともとはスワヒリ語の諺で "mgaagaa na upwa hali wali mkavu"「浜辺をうろつく者は、おかず抜きのご飯を食べることはない」が、ドゥルマでやや変形されて流通しているもの。
Murina(Mu): 彼女は言います。「ああ、全てはムルングがご存知のこと。ムルングに祈りましょう」と。ごらんください。そう彼女がチャリなのです。私にはチャリがいます。でも彼女はンデグヮ・ワ・ムラブの妻なのです。彼女を得、私どもは移転し、キナンゴにやって参りました。チャリは病気に苦しんでおりましたが、その病気がさらに重くなりました。おまけに人妻です。彼女は他人の婚資をもっています4。しかも病気なのです。というわけで私はやって参りました。友よ(死んだ母に対する呼びかけ)、あの私の(約束の)旅、あれです。私はあなたのために(墓の草を除草するために)耕しています。私は参りました。約束の日は今日です。 Woman(name unknown, maybe Memo..=mukaza MWachi....(W1): あなた方。あなたは私の友だちだったわよね、あなた。でも、どうして私の脚はひどく痛いの?私の腰もひどく痛い。首もひどく痛い。私をこんな目にあわせたものは、いったい何なの?誰のせいでもないですって?私自身のせいだと。どうか、私を放っておいてください。私を健康にしてください。さて、あなたがお亡くなりになったとき、私はまだ子供を産んでませんでした。今、私はあれらモセたちを産んでます。モセは家に置いてきました。でも一緒に来ればよかったわ。でもあなたは私をすっかりすっかり、(病気から)自由にしてくださるでしょう(字義通りには放っておいて下さるでしょう)。
Woman(name unknown, maybe Memo..=mukaza Mwachi....(W1):(つづき)どうか私が治りますように、ねえ、友だちの皆様方。あの子たち、私の子供たちのために、どうやって畑仕事をしろというの?腰を屈めることもできないのに?穏やかに。心臟も早打ちします。背中の真ん中の(に載っているように感じる重い)石は、いっこうに無くなってくれません。死ぬまで無くならないんじゃないかと言うほどよ。背中の真ん中の石です。ああ、今、友の皆さんが私を治るようにして下さいますように。お願い、治して!先日、私はここにいました。ここに来て墓を耕し(除草し)お話かけいたしました。でも無駄。あなたは私を治してはくださらない、お母さん。どんな風にこれをお始めになったの?私がお気にさわることを何かした?ねえ、私を治して下さいな、友よ。もう私は死にそう。心臟は早打ち。そして背中の真ん中。心臟は早打ち、背中にまで。(心臟は)突然破裂して、私にはどうすることもできないのよ。 Chari(C): さて、あなた、お母さん。私はあなたを知りません。なぜなら、あなたが亡くなったとき、私はいないのです。でもいないとしても、あなたの息子とは出あってました。ああ、それ以来というもの、まるでキラボに捕えられたかのようです。
Chari(C): (つづき)病気に捕えられること。病気とともにたくさんの日々を過ごしてきました。土を食べたりまで。(当時)私自身で、ここを訪れました。お話しに来ました。「私は道をあちこちさまよい歩いてきました。病気のせいで、腰を落ち着ける場所がないのです。そして、今もって、病気のままです」と。思いますに、私は乞い祈るために参ったのでしょう。私の願いは、お母さんに申し上げました。「...(雑音で聞き取れない)..私は癒しの術(uganga[^uganga])が欲しいのです。癒しの術ということでは、そう、私に力を与えて下さい」と。あなたは私に力を与えてくださいました。あなたの息子は施術師(muganga[^muganga])ですし、私も(今や)施術師です。そう、私は、私のこの癒しの術が、本当に、本当に現れ出てくるのを目にしたのです。 私は移住し、キナンゴに参りました。キナンゴに行って、私はキナンゴで見事にムブルガ(mburuga)を打って来ました。お金も手に入れました、私。私は一頭の牝山羊を買いました。それが本当に初めてのヤギでした。私は言いました。もしヤギを買って、そのヤギが出産したら、私はンゴマを打ちに参りますと。そうヤギは確かに出産しました、ありがとうございます。その結果、今こうして私はあなたにあなたのヤギをもって参ったのです。あなたの布(nguo)ももって参りました。
Chari(C):(つづき) 今、そう、私は癒しの術の繁盛がほしい。身体が解きほどかれますように。そう、私がいるところでも、私の姉たちがまだ子供を産んでいるのに、なのに私の腹は子供を産まなくなってしまった。ただの腹の病気なのです。私は治療してきましたが、もう疲れてしまいました。今、そう、どうか私の癒しの術を私のために解きほどいてください。これこそ私が私自身の心で考えていることです。私は、昔のように、病人たちがどしどし詰めかけてきて欲しいのです。それでこの方のお母さんにもヤギを買ってあげられるように。 さて今、このヤギはあなたの息子の嫁のヤギです。私です。あのヤギは私が買ったものです。そして私は、そのヤギが子供を産んだら、その子供ヤギをもってやって来ますと申し上げました。それがこのヤギです。私のために癒しの術を解きほどいてください。そして私の姉たちにもつつがなきことを。 Mwachi....(Mwa): それで終わりですか、お祖母さん(wawe5)? 他の人は耕さないんですか? Mwanak....(Murina's sister(MK)): 私は(結婚するまで)ここにはずっと暮らしていたわ。そして今、またここに戻ってきました。先日、そう私は幸運でした。だって、友人たちによってすでに耕されているんだもの([2941]でMwachi....の奥さんが先日ここを耕して身体の不調を訴えたと話していたのを受けての発言)。
Mwanak....(Murina's sister(MK)):(つづき)今日は、ねえ、私は尻尾(手鍬の柄のことをドゥルマ語では手鍬の尻尾(muchira wa jembe)という)を握ってます。ねえ、私はあなたの末っ子(最後の子供)よ。あなたはずっと産んできて、ついに飽きちゃって、後は私だけが残ったの。なのに今、どうして私にはもの(富)が手に入らないの?私はここに戻ってきました。私の子供たちは(病気が)良くならないし。私本人も健康じゃないし。収獲も、ないし。賃仕事(chipande6)も手に入らない。もうただの人よ。服(布)ももってません。 さあ、見てよ。どこかへお出かけしたいときには、(身体にまとう、少しはましな布を貸してくれるよう)他人に頼み込まなければならないんだから。こんな苦労は、どうかなしにしてください。道を歩いていて、カリンボのような人が財布を落とすのを見れますように。(それを拾って)布を買えますように。 あなたの孫たちはむこうにいます。あなたは彼らにもここに来て欲しいの?じゃあ、どうして彼らに目眩と頭痛を注ぎ込んで、彼らの顔がむくんでしまうように、彼らの頭を重たくしてしまわれるのですか?あなたの仕業ですよ。彼らも来てくれます。でもまずは彼らを解放してやってよ。ねえ、あなたは彼らにここに来て欲しい。でも彼らはここに来ても、あなたに何を差し上げることができるというの?あなたの義理の息子(mutsedza[^mutsedza]、つまり話者の夫)は、人から相手にしてもらえないのよ。あなたにお願いします。彼に人に好かれる魅力(p'amvu[^pamvu])を注ぎ込んでやってよ。
Mwanak....(MK): (つづき)とっても素敵な女性たちなのに、人は彼女らと結婚しない。義理の両親(その娘の両親)にうんざりしているからです。どうしてあなたは嫌なんですか?あなたです。あなたです。 さて、あなたがひどい目にあわせていた一人は、もう死にました。次はキティです。あなたは彼の目をふやけさせてしまいました。唯一健康な者はというと、彼には仕事がありません。あなたは彼をエダウチヤシ(mulala[^mulala])とともに放置なさった(エダウチヤシの葉でマットや籠を編むだけの仕事しかない)。エダウチヤシの製品は売れません。ねえ、彼を解きほどいてやって。彼にヤギを買わせてあげて。彼にそのヤギを連れてここに来させてやって。ヤギは小さいわ。それよりウシね。彼にウシをもって来させてやって。ミルク入りの紅茶用の濃いミルクを出す。あなたの布、誰が買うことになるんでしょう?彼本人が足の甲みたいに汚れているのに。上着も汚い。彼は石鹸ももっていない。ひどい仕打ちじゃない? ねえ、解きほどいて。死んだ者は後に子孫を残す者だと言うでしょ。なぜあなたは汚れにまみれた者を残すの?そう、あなたが解きほどいて、みんなが収入を得たら、あなたは家を建ててもらえるわ。手鍬で除草する仕事も、一休みよ。さあ、そう、私たちを解放して、私たちを解きほどいて、そう、つつがなきことを。
Mwanak....(MK): (つづき)トウモロコシが(一株に)8房ずつ実らせますように。石臼で挽いた(トウモロコシ粉の)ワリ[^wari]を食べるのは、男たちだけ。ああ、御覧なさい。それが「日本のワリ」と呼ばれているのを。ご存知かしら?さて、それはカリンボ(浜本)の住む白人の国からやってきたムロジ(mulozi[^mulozi])のワリよ(浜本注2026/10/14: 意味不明!)。脚の病気です。この人が、もし話していないとしても、彼の脚をそのままにしておかないで下さい。別の人たちは、コンベレザ(kombereza[^kombereza])に罹っています。罹ると、治りません。当人は、(祖霊に)語りかけることを嫌っています。それなら、もっと彼を苦しめてやってください。だってあなたに不当な仕打ちをしているんだから。でも、仲直りしてくださいね。だって皆さん全員おなじグループに属しているんだから。彼らを鞭打って、あなた方の子供たちを一緒に混ぜ合わせてください。彼らは互いの差し出す食事を拒みあい、嫌い合っています。どうか仲裁してください。Mwanak...がチョガさんと出会うことがあったら。言って下さい。あちらには私の一族がいると。そこではヤギが求められているので、ヤギを年長の母(母親の年上の姉妹)のところへ連れて行けと。そしてチョガがそれを拒絶しませんように。 (ムリナ氏の妹Mwanak...の語りかけ、終了。最後は、内輪の話しすぎて何言ってるのかよくわかりませんが...)
2947 (Mwachi....氏、ヤギを墓石に押し付けながら、語りかけ)
Mwachi....(Mwa): そう、「私は、はい、ヤギとともにやって参りましょう」(とムリナは言った)。そう、でももしかすると彼は忘れてしまったかも。なんとあなたは忘れはしなかった。あなたはしたたかに彼に思い出させてやった。そうですよね。今、このヤギがそれです。今、このヤギ、ムリナ本人とともに参りました。そしてチャリと。 チャリとムリナ、彼らがここに来た者で、あなたに言葉を述べるために参りました。私は、あなたの最初の子供ですので、あなたにお話しているような訳です。私はムベユにも語りかけをさせました。今、ムリナが申し上げましたすべての問題、すべてについて、ここにおります私ども全員に、お応えいただけますように。 稼ぎということでは、私たちが収入を得ますように。なぜなら、それあってこそ、物もたくさんやって来るだろうからです。 [カセットテープ交換] Mwa: ...さらにヤギをもってここに来たことがなかった者も、そう今日やって来ました。でも、私はヤギをもって来たことがあります。それどころか本物の服喪(熟した服喪(hanga ivu[^hanga ivu]))も私が主宰し、そこでウシまで屠りました。さて、今は乞い願うべき願い事、是非叶えてもらいたいことを持って、ここにやってきた来た本人の言うことを、お聞き届け下さい。彼があなたにお話します、お母さん。ご主人様、ご主人様、ここにやって来たすべての者を、どうかお解きほどき下さい。
Mwachi....(Mwa): (つづき) この者、難儀を経験してきた当人で、これからその問題を語ってくれるだろう本人ですが、その癒しの術を見るのが嫌いなゆえに、彼の癒しの術(uganga)を殺してやりたいという連中、そう、あなた、そいつらに怪異を見せてやってくださいよ、その者に。そしてその癒しの術を解きほどいてやってください。なぜなら(手に入る)物はたくさんだからです。さらに、どうか(妖術使いの)舌のあいだの軍隊アリとなって、ムリナの名前とともに(呪いの言葉の中で)口に出されるあらゆる言葉が、影を潜めてしまいますように。弱まりますように。そしてムリナが、その仕事を、喜びだけをもって、順調に続けていくように。つかもうとする物が、彼の手に入りますように。解きほどいてください。さあ、私のお話はここで終わります。本人が述べるだろうことを、ご傾聴ください。 Murina(Mu): さて、私はこのような時間にお話することもなかったでしょうに。私はあなたお母さんのために話しているのです。あなたお母さんのために話すとき、私という人間は、先ほど申し上げた通り、あなたは私が幼いときに、私を残していかれたのです。まだ妻を手に入れてはいませんでした。
Murina(Mu):(つづき) しかし私は妻を手に入れ始めます。あの妻を手に入れ始めました。そう、私は強力な種子を手に入れました。ラバイ人[^raphai]の種子です。あなたは疾っくに拒絶していたんですね。あなたはおっしゃる。「私の婚資ではラバイ人を娶らせません。」と。その妻とは何年ももたず、私たちは別れました。私たちは別れます。あなたの夫(ムリナの父キメラのこと)の狙いは、ラバイ人たちと結びつく狙いでした。そう、私たち(ムリナの死んだ母と、ムリナの父キメラ)は争い合いました。結果は、私が思いますに、(現在)私たちの屋敷には一人のラバイ人もおりません。ラバイ人たちは皆立ち去りました。父が望んだようにはならず。そしてあなたにとっては、あなたが望むとおりに。あなたの望みが勝利したわけですね。そこにはラバイ人はいません。さらにあなたの孫のなかにも、同じくラバイ人はいません。(父にとって)ラバイ人が産んだ子供は、私たちの一族の人間です。私たち(ムリナの死んだ母たち)は、その子がラバイ人たちのもとに帰ることを望みます。彼(父)の方では、その子は彼(父)のところに行くことを願います。なぜなら、その子は私たちの一族の人間なのですから。でも、どうでしょう? 私は妻を手に入れ、それはチャリ・ワ・マラウです。ムァニョータ氏族そのもの。私たちは結婚しました。
Murina(Mu):(つづき) 私たちには何もありません(非常に貧しかった)。この世界のなかにいるみたいで、そこにはいないみたいな(生きているようで、生きていないみたいな)。実に、実に困難な暮らしでした。私たちは、この世でお前は色々やったが、それらすべては失敗に終わるだろうとすら、言われました。さて、友よ、あなたはすでに死んでおられる。ああ、あなたが死んだのなら、私は今、どこから始めたらいいのでしょう、そしてどこに行けばよいのでしょう?私たちはここにやって参りました。乞い願いに参りました。お母さん、私たちを解きほどいてください。お母さん、私たちを援助して下さい。援助して下さい。この病気が身体より去っていきますように。癒しの術なら、出てまいりますように。ああ、さらにムブルガ占いにおいても。ムブルガに行って、私たちは(病気の原因が)癒しの術の祖霊のせいだとの結果を得ました。こうして私たちはここにやって来ました。 お母さん、私たちを解きほどいて、つつがなきことを今。そして私たちの(癒しの)仕事、それこそ私たちが欲しているものです。私たちの癒しの術が、解きほどかれますように。癒しの術が、順調に出てまいりますように。本当に癒しの術のせいであるなら、出てきますように。今、そう癒しの術が出てきますように。そして癒しの術が出てきたのを見れば、私たちは、真に仕事人となったわけです。さらに私たちはヤギを飼い育てます。だって、あなたはヤギと布の(を要求する)方だから。
Murina(Mu):(つづき) 私は感謝の思いです。アルハムドゥラーヒ、ラビナ、ラミーナ(Al-Hamdu Lillahi Rabbi Al-`Alamina「世界の主であるアッラーにこそ、すべての賛美が捧げられる。」)私たちはキナンゴに行き、まさしく仕事をいたしました。仕事をし、わたしたちは長老とすら呼ばれました。どうして今、長老という名前は去ってしまったのでしょうか。私は長老と呼ばれておりました。私は。長老であることは、髪の毛(白髪であること)が理由ではありません。長老であることは富によります。私はヤギをカリマティ(揚げ団子)であるかのように買いました。私は、人とはこんな風に稼ぐものなのだと知りました。あのあなたのヤギそのものも、私が買って、あなたに約束したヤギです。あなたの息子の妻が(占いで振り鳴らす)キティティ(chititi[^chititi])がもたらしたヤギです。チャリがです。彼女が彼女のお金で買ったのです。そのヤギこそ、彼女があなたに約束したヤギなのです。そのヤギの子供がこいつ(ヤギ)です。 こうして日時を約束したのですが、私たちはそれをキャンセルしました。そう約束の日時は死に、そして起き直します。そしてついに今私たちはヤギとともにやって参りました。今、そう、ヤギとともに参りました。ヤギをあなたに差し上げます。私はこのヤギを差し上げ、つつがなきことを願います。
Murina(Mu):(つづき) ああ、息子の妻を御覧なさい。身体が枯れ上がってます。もうまるで木の棒のよう。人間の身体がそんな風になることがありますか?もしあなたがそんな風に捕えなさった張本人なら。もしかしたら、私が治療するときに、薬(muhaso)を身体のなかに注入しましたが、それが病気とあわなかったのでしょうか。病気は、薬を忖度しませんから。今は、病気が薬を敬うようになりますように。彼女がたった一束(煎じて飲む草木の束)を(煎じて)飲むだけで、たとえそれがムスンドゥジ(musunduzi[^musunduzi])(の一束)であろうと、あのジョカ(joka[^joka])の病気がすっかり去って、彼女が子供を産むようになりますように。彼女が治りますように。そう、たとえ彼女が子供を持つことがないにせよ。なぜなら、もとより私は人の身体のなかに入って、中を調べたりはできませんから。でも、健康(uzima[^uzima])そのものがないのです。私たちは健康を、そして仕事の前進を欲します。なぜなら仕事(癒しの)こそが、人を見る(娶る)ものだからです(kazi ndiyo yilolayo atu7)。 Woman(Murina's FZ(Tsa)): 人間は買われません。見られる(娶られる)ものです。 Mu: 私はもう一人の妻を必要としています。婚資を支払って娶れますように。
Murina(Mu):(つづき) 人間は買われません。妻は買われるものだという連中は、まあ、間違っています。問題は相互理解であり、愛情であり、互いに好きあっていることの証しです。でも、購入することじゃありません。でも、まず婚資(mali)を手に入れることは、規則です。私に、もう一人、妻を手に入れさせて。この人(チャリ)に相棒をもたせるんですよ。これが手鍬を増やすということです、お母さん。つきましては、婚資です。 さて今、私がこのヤギをここで屠り、さらにここで私たちがそれを食べ、さらに私が向こう(キナンゴ)に着けば、私の仕事が、まさにまさに解かれてありますように。最初の頃のように、仕事をして過ごすことになりますように。昼間は、(ピング[^pingu]や大皿[^kombe]を)日が暮れるまで書き続け、日が暮れると600シリングを手にできますように。それを家に置いておき、やがて妻を娶って、屋敷に据え、私のものである子供たちを増やせますように。 そう、出産はムルングの領域です。私がいかに泣いて願おうと、ムルングがまずは私のことを考慮してくださらないと。ムルングだけがご存知のことです。
Murina(Mu):(つづき)
まず、このサダカの冒頭の語りでの人物の関係がわかりにくいと思うので、簡単に説明しておきたい。ドゥルマでは正式名称(クランでの名前)に加えて「子供名(dzina ra mwana)」があり、子供をもうけた男女は敬意を込めて後者で指示されることが普通である。第一子の名前に父親はbe(「~の父」を意味する)、母親はme(「~の母」を意味する)を付けてそれぞれ呼ばれるようになる。例えば、Kalimboという男の第一子がMweroという男児である場合、Kalimboは、BemweroあるいはBemwero Kalimboと呼ばれるようになる。厄介なのは、第一子を産む前から、第一子の名前がある意味決まっていることである。例えばKalimboは第一子が男児の場合はその子をMweroと名付け、第一子が女児の場合はNyamvulaと名付けることが期待されている。絶対ではないが、普通はそれに従う。なぜなら生まれてきた子供は、その父親のクランの上の世代(生まれてくる子供にとっては祖父の世代)の名前を付けられるべきで、その世代の複数ある名前(生まれてくる子どもの父親の父親やその兄弟(男児の場合)、姉妹(女児の場合)で名付けられるのが普通であり、その生まれ変わりといった明確な観念はないが、その名前の持ち主との一種の同一化を含んでいる。そして上の世代の名前をどういう順番でつけていくか、についてもクランごとに一定の規則がある。
もちろんこうした規則は絶対ではなく、名付ける男は特殊な事情があれば、ある程度自分の裁量で自分の子供の名前を決めることができる。女児の場合は、さらに名前の付け方の自由度は大きい。
結果として、あるクランのKalimboという男は、第一子に男児が産まれると、その子に自分の父親であるMweroの名前を与え、自分はBemweroとなる。これが通常ということになると、子供が生まれる前からその男の「子供名」はある程度決まっていることになる。
ムリナ氏のクランでは第一子に自分の父親ではなく、父親世代の最年長の兄弟の名前を付け、続いて産まれる男児に、順番に父の兄弟の長幼順に名前を与えていくという規則に従う。というわけでムリナ氏は、まだ自分自身の子供をもうけてはいないが、このサダカの語りの中では(男児が産まれるという前提で)ベンジンゴ(Benzingo)、ンジンゴの父という子供名で言及されている。ムリナ氏の父親の名前はキメラであるので、別のクランの規則でならその長男にはキメラの名を与え、自分自身はベキメラになるところである。
さらにややこしいことに、こうしたクラン名と子供名の他に、あだ名がある。あだ名は存命中のその人の振る舞いや特技などに基づいて付けられるものだが、生まれてくる子供は父親の上の世代の親族のクラン名を引き継ぐときに、同時にその名前の持ち主のあだ名も引き継ぐとされる。というわけでKalimboという男は、最初から子供名はBemweroかBenyamvulaであり、それに加えてンジレ(nzile)というあだ名まで持っているかも知れない。それは彼の属する小リニージの何代か前のKalimboが大きなウシの群れをもった「金持ち」で、ンジレ(ウシの尻尾の房)というあだ名をもっており、それを引き継いでいるからだ。彼自身は超貧乏なのに。
このようにドゥルマの名前システムはちょっと複雑だ。クラン名だけで済めばよいのだが、クラン固有の男性名の数には限りがあるため(というか少ない)、一つの大きな屋敷だけでもKalimboさんだらけということになり、「どのKalimboだ?」ということになるわけだ。どの父親から生まれたKalimboか、である程度絞れる。Komboの息子のKalimboか、Mweroの息子のKalimboか、等々。それでも駄目ならあだ名である。野心のある男なら、自分で編み出したあだ名で、自分が知られるようにと努力するかも知れない。恐ろしげな「薬」を制御できると称して、その薬の名前をあだ名として自称したり。
さてムリナ氏の兄Mwachi....さんが行っている最初の語りかけ2935のなかで、語りかける相手はムリナ氏の(そしてMwachi....氏の)母親Membeyu(別名Kavyonera)さんだが、ムリナ氏はベンジンゴ・ムリナと、つまり「ンジンゴの父ムリナ」と言及されている。ンジンゴという名前はムリナの父の兄弟の一人(長兄)の名前なのでベンジンゴはその父親、つまりムリナの母にとってはムリナの父(彼女の夫)の父、つまり義理の父(Bevyala)で、「お父さん」と呼びかける存在。というわけでベンジンゴ・ムリナは彼女の子供なのだが、ここでは「あなたのお父様そのもの」という風に言及されている。ややこしいでしょ。ムリナの妻であるチャリはムリナの母にとって「あなたのお母様」ということになる。
さてMwachi....さんは、このサダカの目的を端的に次のように述べている。「彼(ムリナ)はあなたのお母様を手に入れ(チャリと結婚し)、あなたの同意を得ようと参ったのです」。つまりムリナの母はムリナが結婚したことを報告されていなかったことで、怒り、ムリナたちに災いをもたらしていたのである。これはチャリの祖父デレが、最初に災いをもたらした際と同じ理由だ。どうも祖霊たちは、子孫が勝手に結婚しそれを知らせないときに、怒るようだ。
すでに1989年の時点でも、ムリナ夫婦の問題のひとつは、二人の間に子供ができないという問題だった。祖父デレもその原因だとされていた。ムリナの母メムベユも、同じ問題に責任があるとされている。「そう、ベンジンゴという名前ですが、彼は未だにンジンゴを(息子として)手に入れておりません」というわけである。
(次のパラグラフ2936で「ンジンゴが亡くなって、まだ一年経っていない」という発言が挟まれているので、どのンジンゴか(つまりムリナの兄弟たちの息子のなかにいるかもしれないンジンゴか、ムリナの父の兄弟のンジンゴか)ちょっと紛らわしいが、これは世代的にムリナ氏の父の長兄であるンジンゴ氏の話だろう。ムリナ氏の父キメラも、数年前に亡くなっている。続いてムリナ氏の叔母(ムリナの父の姉妹)が語り始めるが、彼女が挙げているチャカとベローチャはいずれもムリナ氏の実の兄たちで、今回のサダカには参加していない。二人ともモンバサに行ったきり戻ってこなくなった。しかもベローチャは行方不明であった。彼は後日(同年12月初め)モンバサの病院に入院したとの連絡が届き、12月19日に亡くなった。)