ムリナ夫妻、ムァダル氏の占い(mulamulo)に相談: 妖術告発の是非

目次

  1. 概要

  2. ムァダル氏のムラムロ占い(日本語訳)

  3. 考察・コメント

    1. ムブルガとムラムロ

    2. 今回のムラムロの相談内容

    3. 巻き込まれた人類学者

    4. 攻撃の動機

    5. 告発の行方

    6. さらなるややこしさ

  4. 注釈

概要

(from diary of 1991/9/8 Sun, kurimaphiri1)2

Murinaの父親のk'oma3に訪れられたという話。どうやらhanga ivu12を要求しているらしい。この件で急遽mulamulo16を打ちに行くことに。 キナンゴに行く途中でチャリがMurina相手に、詳しい夢の内容を話し始めたので、途中からだが録音させてもらう。...その足ですぐにムラムロを打つMwadalu氏のところへ行く。キナンゴといってもハズレの方で、ずいぶん遠い。Kad....のムラムロと同じ種類のもので、地面に棒を置き、灰をまく。口の中でもごもご唱えごと。棒の両端に灰をつけ、一方の端を胸の乳房の内側辺りにつけ、腕をのばして棒をそれに沿わせる。MurinaとChariの説明を聞いて、棒を数度、宙を切るように振り、その一方の端を胸に当て、もう一方の端が掌のどの位置に達するかで、イエスかノーになる。かなり作為的な操作が可能にみえる18。 それはともかく、祖霊の話はほとんどそっちのけで、妖術の話が中心。困ったのはMurinaが、Ponta(pseudonym)氏とその妻を妖術使いとして訴えようとしているらしいということ。実際に一旦このステップが踏み出されてしまうと、もう事はどちらか一方が破局を迎えるという形にしかならない。できれば止めて欲しい。

(from fieldnote of 1991/9/8)19

棒を腕の付け根にあて、腕に沿って延ばし、もう一方の先が掌のどの位置に届くかでyes/noの答えがでる。 棒の先が掌までしか届かなければulongo21、指より先になったらkpweli22

という訳で祖霊が夢に出てくる話だと高を括っていたのだが、話がなにやら不穏な方向に向かっていて、戸惑う。おまけに、ここでは深入りしないが(おそらく別ページで扱わざるを得ないだろう)、チャリがムリナに抱いている不信感にまで触れることがあって、この後どうなるのか困ってしまった一日になったのだった。

昨夜のチャリの夢をめぐるムァダル氏のムラムロ占い(日本語訳)

最初、挨拶を交わしてそのまま世間話をしているのかと油断していたら、いつのまにかムラムロが始まってしまっていた。という訳で、途中からの許可を得ての録音である。

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Murina(Mu): 問題がどっと出てきている。問題は山積み。病気(の問題)は後ろの方。でも病気の問題だというのなら、それもOK。ああ、話し始めて下さいな。 Mwadalu(Mw): あなた、匠の方、いったい何の問題なんでしょう。なぜ問題がどっと出てきているんでしょう。病気とその他の問題が拮抗しています。 Chari(C): じゃあ、私が説明しましょうか? Mu: 要するに、それらの問題を見てきたのは、他ならぬお前だものね。私の、私の方は一応脱している。私が対処して以来、奴らが今どのあたりにいて、何を考えているかだね、私の問題は。奴らは、今のところまだ私からは手を引いている。私の問題と言えば、そんなところ。でも私は、お前の方の問題が心配なんだよ。 Mw: なんとなれば、あなたは心配だからと。あなたは言う。いいや、行って見てもらおうと。なぜなら、あなたの気がかり、あなたの心配。 C: 私たちは二人そろって心配があるのよ。二人とも混乱まではまだ目にしてません。でもいろいろなことが、不調なのよ。

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Murina(Mu): あの連中がもう手を引いたのか、それとも、あのびっこ(gbwidi23)のように(ムリナの反撃のせいで脚を引きずりつつも)、この先さらに攻撃しようとしているのか。 Mwadalu(Mw): (妖術は)立ち去ったよ。あの連中は臆病者たちだ。 Mu: (私に対する攻撃を)さらに増やしたのでは? Chari(C): 先日も、何日か留守にしたあいだに、彼はやって来て屋敷の外れに(妖術の薬(muhaso24))撒き散らしをしたのよ。 Mu: ほらそこに、もう薬そのもの。私も私の対処術を施しましたよ。それが役に立ったか、役に立たなかったか、わかりませんがね。 (女性が立ち寄り、挨拶を交わす。ムァダル氏はムラムロの棒を操作する。口の中でもぐもぐと何かを問い、ムラムロの棒を振ってはその先が手のひらのどの辺りに届くか確認している)

Mw: 奴らは今ごろがっくりきているよ。ずいぶんやったのに。あなた方は3人になってたでしょ?(浜本を施術上の)子供にしたんでしょう?その事が奴らの頭を悩ませています。奴らは言っています。「あいつを打ち負かすことはできないんじゃないか」と。奴らはとても苦々しい思いでいますよ。今ごろ。 C: (ムリナに向かって)ねえ、私あなたになんて言った?(ムァダルに向かって)たった今、この人にそう言ったばかりなのよ。

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Mwadalu(Mw): この人(浜本)もその場にいる。彼は何のツタを掴もうとしているんだろうね25。私はその場にはいないけど。 Murina(Mu): (妖術使いたちに)問題が引き起こされたときから、今に至るまでね。 Mw: 今も、連中はがっくり来てますよ。あなたがたを駄目にする良い方策を求めているところ。でもまだ(手に入れていない)。 Chari(C): 駄目にする方策をまだ探し求めている、この人(浜本)が心変わりしてしまうようにと。 (ムァダル氏、ムラムロの棒を操作する) Mw: この人はここに留まろうと言っていますね。彼は朋友を手に入れた。 (ムァダル氏、ムラムロの棒を操作) Mw: だから、連中は脚をつっぱらせて痙攣している。 C: そもそも、彼の家は別の場所なのよ。私たちのこの土地には、ただやって来ているだけなの。 Mw: じゃあ、やって来るところを見られたのかい? Mu: でも、今住んでいるところは、私たちのこの土地なんだよ。

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Mwadalu(Mw): なるほど、彼は自分の住む場所をもっている。そして、もし彼が施術師と仲良くなると、お前さんは何かを乞うことになるだろうと見られている。連中は、そういうのが(そのようにしてお前が利益を得るのが)気に食わないんだね。だって、彼が来て、お前さんがなにか困っていると見ると、彼は助けてくれないだろうか? Chari(C): それはそれはよく(助けてくれるわ)。 Mw: その助けてもらえるってことが、連中には気に食わないんだよ。 Murina(Mu): 気に食わない、気に食わない。 (ムァダル氏、ムラムロ棒を操作) Mw: そこで連中はツァムラ(tsamula26)を、フュラモヨ・ジメネ(fyulamoyo27 dzimene28)、つまりンザイコ(nzaiko29)を置いたのさ。人々が順調に仲違いするようにとな。ツァムラはな、お前さん方がこちらをつかむなら、つかませてやる、でも事はうまくは運ばない、というものだ。 Mu: さて、(フュラモヨについては)私はすでにそれを始末した。ところで、私はできたのだろうか、それともフュラモヨに負けてしまったのだろうか。 (ムァダル氏、ムラムロ棒を操作) Mw: ねえ、お前さんがそれを見たとき、お前さんもショックだった。 (再度、ムラムロ棒を操作)

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Murina(Mu): 私はその日のうちにそれを始末したよ。そいつ(フュラモヨ)は翌日を迎えることはなかった。わたしに(そいつの始末が)できたのか、それとも失敗したのか?というのも、妻が先日(dzuzi30)危うくロープで首をつるところだったのを、この目で見たんだ。ああ、この人は、(妖術の薬に)捕らえられていたよ。 Chari(C): うう、うう。私は捕らえられなかったわよ。 Mu: ああ、なあ、それ(フュラモヨ)は、どんな具合いだい?...しかし、この人は縄を自分に括りつけていた。(フュラモヨ)は彼女をしっかり捕らえていたんじゃないかい? Mw: (ムラムロ棒を操作し続けながら)彼女はやられてしまっていた。やられてしまっていた。やられてしまっていた。薬液(vuo32)は浴びたかい、彼女。 Mu: それどころか、昨日はマヴァンダ(mavanda33)で彼女をなんども打ってあげたよ。つまりその不安を鎮める(字義通りには「冷やす」)ためにね。 Mw: 彼女の心臟は上がっていた(上の方にあった(u dzulu34))のかい? Mu: そう。 Mw: ああ、この奴らのフュラモヨは、人々が互いを悪い奴らだと罵り合うようにするものだ。なぜなら、もしお前の連れ合いがお前を叩くと、お前は腹をたてて、それこそしたたかに相手を殴るだろうから。

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Chari(C): あのね、昨日あいつらがここ(チャリたちの屋敷に)いるんだけど、私が眠っていると、彼らは夜通し死んだ人間たちに殴られてました。私は彼らを叩かなかったわ。彼らはこの人の母親に叩かれたの。でも昨日の昼間は、彼らは屋敷にはいなかった。 Mwadalu(Mw): (ムラムロ棒を操作した後で)女性二人だね。 Murina(Mu): あいつらは別の(妖術の薬(muhaso))を探しに行ったんだ。でも徒労におわるだろうね。だって、彼らがやって来たとしても、すぐに私がそれ(その薬)を冷してしまうからね。 C: そもそも先日、一人(二人の女性の夫=ポンタ(仮名)氏)が、二人(彼の二人の妻)相手に話し合っていたのよ。あいつらは彼らの「口(mulomo)35」(悪口=後出の「チャリが死ぬだろう」発言)を述べたの。私が思うに、その人(ポンタ(仮名))は以前から聞かされていたのよ。でも先日は、あいつらは(ポンタ(仮名)に)あからさまに口に出して言ってました。彼らには私が見えなかったから。 Mw: 「あの女、あの女」あいつらはその女にどこに行って欲しいのかな?彼女はその夫と暮らしているのに?

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Murina(Mu): 別れの挨拶をしようと?それとも、必要な品(妖術を掛けるのに必要な、犠牲者の持ち物の一部など)をもって立ち去ろうと?それが何か、私にはわからないが。 Chari(C): 今こそ、私は知りたいわ。「あなたはここキナンゴで死ぬでしょうよ。たとえ嫌でも」と、どうして彼女が言えるのか。さらに(私の)身体に彼らが注ぎ込んだ薬(妖術の)は何か。それを(その薬を)私は壊せないのか。あるいは、彼らは他の攻撃をいまだに探しているのか。というのも、あいつらは一昨日言ったんだもの。「お前はここキナンゴで死ぬでしょうよ、たとえ嫌でも」って。「こうして暮らしている今も、私は彼女が必ず死ぬって見ているわ」って。というわけで、(薬を)まだ探しているのか、それともその薬はすでに身体のなかに入っているのか。死ぬのは人間の定めと知ってるけれど、それは怖いことでしょ? Mwadalu(Mw):(ムラムロ棒操作後)そいつは今(妖術の薬を)探しているところだよ。でも今のところそいつには無理だ。 Woman(Mwadalu氏の家族の(W1)): そいつは愚か者よ。だって友人に向かって「あなたは死ぬだろう」と言うなんて。人がいつ死ぬのかなんて、人にはわからないものなのに(ムルングじゃあるまいし)。 Mw: (ムラムロ棒操作後)ああ、この人は死なないよ。この人は。 C: そして彼(ムリナ)もね。

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Murina(Mu): さて、じゃあ、そいつが(その目的を達することが)できるだろうか。 Mwadalu(Mw): (ごく短時間のムラムロ棒操作)お前さんが素早いからね、そいつは何もつかまないだろうね。 Chari(C): ところで、私は? Mu: 私はあの女を捕縛して、思い知らせてやる。そして必ず食べさせてやるよ(キラボ(chirapho36)を)、そいつに。 W1: その女をもし捕まえれば、彼女はそのまま(キラボを)食べに行くことになるわよ。 C: ああ、ああ、あなたは「あなたはキナンゴで死ぬ」(発言を)見たの? Mu: だって、彼女自身が一昨日私にそう言ったんだよ(そう言っているところを私は聞いた)。彼女には私はぜんぜん見えていない。彼女が見たのはこいつ(チャリ)だよ、私は後ろの方にいたんだ。 C: その「口」(うわさ話、悪口)が述べられたときに、連中は言ってます。あの白人(浜本)は占いを求めにやって来るよと。 Mw: (ムラムロ棒操作の後に)(妖術使いたちの言葉)「よし、奴(浜本)が遊び半分なら(無防備なら)、彼を痛い目にあわせてやる。そこにやってきて、奴が遊び半分なら、奴は痛い目にあうだろう。」

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Murina(Mu): 彼は傷つかないよ。彼はしっかり(妖術に対する)防御を施されているから。 Chari(C): だって彼女(妖術使いの女)は、あの晩、死んだ女性から杖で二回もぶたれたのよ。 Mu: 彼(浜本)は傷つかない。だって、彼自身が言ってるように、彼はモノ(妖術)に捕らえられないからね。 C: そいつは私の貧しい子供(浜本)を殺したがっている(妖術で)、と噂されてたわ。 Mwadalu(Mw): (ムラムロ棒を操作した後に)そいつの日はもうすぐだ。今の進行具合だと、そいつの日はすぐだ。だってそいつ(その女妖術使い)は、モノ(ムリナの愛)を巡って争っているんだから。手に入れる確信もないのに。 Woman(W1): 何を巡って争ってるって? Mw: そりゃ、お前... C: ああ、彼女は男がほしいだけよ。 Mw: まさにそういうこと。私は彼女がモノを巡って争ってるって言ったろう。そして...

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Murina(Mu): 彼女がその男(ムリナ)を好きになるがいいさ。彼女がその男に言い寄ったりすることはなかった。 Chari(C): ああ、そいつ(彼女)が「あいつ(チャリ)は死ぬだろう、そうすれば嫌でも私がこの場所を支配するわよ」って言ったとすれば。 Mu: 私は(彼女なんかに)用はない。 C: 「彼女は死ぬ、そしたら嫌でも私がその場所を支配するわ。」そうしたらあなたはどうするの? Mu: 私なら、彼女をチェアマン(cheamani37)のところに連れて行くさ。まず最初にふん縛ってやるが。その後で、チーフの法廷に、チーフの許可をもらってキラボ(chirapho36)に。彼女を妖術使いだとしっかり告発してやる。お前は私の妻を殺そうとしている、お前は。私は言うよ。彼女は何も言わないかも知れないが、私自身は言うよ。彼女とともに(キラボを)食べるのも、私本人だ。

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Mwadalu(Mw): (ムラムロ棒操作の後に) もし彼女(その女妖術使い)が先に進めば、(キラボに)捕えられるよ。彼女に同情してしまうくらいに。 Murina(Mu): 同情なんかするもんか。 Mw: お前さんが彼女を告発しさえすればね、彼女はもう血を流すことだろうよ。 Chari(C): いえ、いえ、妖術で彼女を告発することはね、妖術に関しては、彼女を告発する必要はないわ。彼女は、彼女の発した罵りの言葉だけで、もうアウトよ。「彼女はここキナンゴで死ぬでしょう、たとえ彼女が欲さなくても。彼女の病気は死ぬまで治らないわ39。」の言葉でね。 Mu: 「死ぬまで治らない、とはどういうことだ?お前はいったい何(どんな妖術の薬(mihaso24))を設置したんだ?なぜだ?私の妻が治ることはないというお前の言葉は、私の心を動転させる。お前のこの罵りは、...」(ムリナはここで、その女妖術使いを問い詰める様を自演している) C: さて、私は(この土地を)たち去るよう願われているのね。もしたち去らないとしたら、死ねばいいのにとね。つまり、彼女が欲しがっているのは、空きスペースよ(チャリがいなくなってムリナの妻の場所が空く)。 Mw: (ムラムロ棒を操作しながら)さて、彼女は人(ムリナ)を欲しがっている、そしてその人(ムリナ本人)は、気にもとめていない。

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Murina(Mu): はあ、このつきまとい、なんだってんだよ。 Chari(C): 果ては、死んだ人たちに叩きのめされることになる。 Mwadalu(Mw): (ムラムロ棒を操作した後に)お前さんは、同意していないんだよな。 Mu: 私にはなんの関係もない。なぜなら彼女になんの用もないからだ。 Mw: (その女妖術使いが)もしこの人(チャリ)を僚妻(wawe40)と呼ぶことになったら、(それでも)同意しないのかい?(つまりチャリとその女性を二人とも妻とする可能性について尋ねている) C: 彼女が、私を僚妻と呼ぶようになるって? Mu: そもそも私は彼女が嫌いなんだよ。彼女はだめだ。ほとんど私の人生を駄目にしそうになったんだから、彼女という人は。あんた、そもそも私を嫌ってるだろう、私をとことん嫌ってるだろう。 Woman(W1): つまり、以前、あなたの妻だったの、それとも? Mu: いつどこで俺の妻だったてんだよ!まったく何の関係もない人だよ。 W1: おお。私、あなたの昔の奥さんだと思ってたわ。もしかして最近離婚したとかと。

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Murina(Mu): ああ、言うなら魔物(majine41)だよ、あんた。 Woman(W1): (大笑い) Mwadalu(Mw): (ムラムロ棒を操作の後)この、僚妻(wawe yuyu)だけど、そいつ(女妖術使い)は、自分でそこに入り込もうとしている。つまりお前さん(チャリ)をこの人(ムリナ)と仲違いさせてね。でもこの人には彼女にとりあう気はない。 Chari(C): いえいえ、その仲違いにしてもね、私は自分の心(roho43)を鎮めるわ。仮に二人が好きあってるとしてすらね。でも、私は何も心配してないわ。彼女が私にすることなど何もない。私、普通、妻が夫を護ってあげるものなの?私の心(roho)こそ私が護ろうとするものよ。 Mw: (ムラムロ棒をごく短時間操作)でも、この人(ムリナ)にはその気がない。なんとなれば、仮にその気があるなら、そう、私は... C: ところで、あの(妖術使いの)仲間たち、夜通し(ムリナの母に)叩かれていた連中、あいつらだけど、例の青年(muvulana)、私たちが以前その施術上の子供だと言った人のことなんだけど、彼は彼女(女妖術使い)と友だちになった(性関係も含意)のよ。全員やって来て、やつら全員、ぶちのめされたわ。

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Murina(Mu): その若造がどの場所をもっているかって?同じ一味だよ。全員であの世に行けさ、あいつら。(妖術の)薬も、夫が調達している。 Chari(C): さらに、すぐに身分証明書の件がやって来る。皆、クワレ(Kwale44)まで行って身分証明書を受け取りに行く。そこに行って奴らと出遭ったら、そのまま場所(法廷)に突き出すわ、あいつらを。 Mu: 身分証明書はどこに行った? Mwadalu(Mw): (上のやり取りはスルーして、別の問いをムラムロ棒に諮る)さて、私たちの癒しの術は、後退するんだろうか。(ムラムロ棒操作)さらに、かれら二名は自分たち同士で口論する。 Mu: 奴らは罵り合うのか? Mw: お前さんは、お前さんの行こうと望む道を歩めば良い。お前さんの望むように。つまり、そいつを訴えたければ、お前さんはそいつをがっちり引っ掛けるさ。 Mu: そもそもそいつは法廷には現れないよ。出頭しないだろうよ。

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Mwadalu(Mw): (ムラムロ棒を操作しつつ)もしお前さんがそいつに来るようにと、まずは人を遣ってそいつに、チェアマンのところに来るように(白黒つけるために)と、言ったら、まあそいつはとっても怯えるだろうね。 Murina(Mu): その女(妖術使い)がかい? Mw: その女さ。来れば、チェアマンの(話し合いの)場で、問いただされることになる。もし拒絶しないとしても、論争は終わりにしましょうというだろうね。 Mu: もし彼女が拒めば、私はキラボに行こうと彼女に言うさ。 Chari(C): その件ではいろいろ話されているのを知ってるわ。彼女が言うには、ジラ(人名)のところに訴えられたなら、行きませんと。カンガ・ワ・ニャワのところでも、行きませんと。 Mu: 私としては、彼女を訴えるとしたら、彼女を逮捕して、彼女を連れて行きたい。私にとって重要なのは、真実を知ることだ。彼女を逮捕するさ。全部いっしょに。手錠で彼女を連れて行くのは、そいつ嫌がるよな。 Mw: 彼女が同意しなくても、もう行くだけだね。

2848

Murina(Mu): そいつの相棒も一緒にだな。あいつ、「ムリナは妖術使いだ。奴は彼女に『不思議のヘビ(nyoka wa tambo45』の妖術を仕掛けた」などと吹聴しているやつ。ああ、私は彼ら全員を、手錠で連行してやる。バス(taransipoti)に乗るときもな。というのも、万一奴らがチェアマンのところで勝ったとしても、私はやつらをチーフ(chifu)のところに連れて行ってやる。 Mw: そもそも、お前さんがこの問題を話しに行けば、やつらは、ここ屋敷内で話し合って終わりにしようと言うだろうね。 Mu: いや、いや、私はそれは嫌だ。チーフの所まで行く、そして次いでキラボ36に行かせよう。 Mw: (ムラムロ棒を操作)キラボはやつら避けるだろうね。やつらはキラボを嫌っている。なぜならもし自分たちがキラボに行くと、自分たちが捕まるとわかっているから。 Mu: ああ、だからこそ私はやつらをしっかり縛ってやりたい。私はなにがなんでも、やつらが私の妻に何をしたのか知りたいんだ。 Mw: お前さんが奴らを縛ったら、お前さんはやつらを仕留めたことにはなる。

2849

Mwadalu(Mw): (つづき)なぜなら、かれらはきっと一連のごたごたと手をきるからだ。もしお前さんが、やつらにお前さんを恐れるようにしたいなら、お前さんの言ったように、お前さんは頑張るだろう、そう頑張れば良い。果てはやつらが(牢屋に)ぶち込まれ、罰金を課されるようにも。やつらはますますお前さんを憎むことになる。なぜなら、人(妖術使い)がお前さんを追い求めているなら、そいつはお前さんの力を見定めるために追い求めているからだ。やつらは、この人(チャリ)との愛を破壊したがっている。 Murina(Mu): 私は、やつらが雇った施術師たち(実際に妖術攻撃をした妖術使いたち)に用がある。私がやつをキラボに連行したとしたら、私もいっしょにキラボに行くよ。やつらが(キラボに)捕らえられたら、私はやつらに問いただすさ。やつの(が雇った)術者たちのことを何もかも。口頭で喋らせてやる。その後は、それらの術者をやってやる。 Chari(C): でも彼らは呼ばれた(雇われた)だけの連中だ。あなたの(敵の)妖術使いは、彼(ポンタ(仮名)氏)よ。 Mw: (ムラムロ棒をちょっと操作した後) あれらの術者たちは入ってこないだろうよ。そうじゃなくて、お前さんの敵はあいつだよ。

2850

Mwadalu(Mw):(つづき) お前さん、もし私がお前さんに薬(muhaso24)(妖術に用いることができる)を所望したとする。私はあなたに言う。(その薬を)私に下さい。私は家に帰って、その先のことをします。私はお前さんにお金を差し出さないだろうか?お前さんも、お前さんにとって、その薬に何の用があるかというと、それで代金が得られるということじゃないかい?さて私はお前さんにお金を払い、立ち去る。私は自分の所(あるいはキラボの場)で、捕らえられたとする。私がこちらにやって来て、(薬を売ってくれた者に対して)何ができるっていうんだい?彼は(手に入れた代金の一部で)軽食堂(hoteli46)でお茶でも飲んで、ただ立ち去った。それだけだろ? (チャリは黙ってムァダル氏に3本の小枝を差し出す) Murina(Mu): さあ、私はね、今ややつらをとことん訴えてやりたい。チェアマンのところでやつらを訴えたい。そして、チェアマンのところが終わったら、私はチェアマンにすっかり(すべての経緯を)述べるつもりだ。 Mw: (ムラムロ棒を操作し、3本の枝のうち2本を示しながら)こいつとこいつ、お前さんがこの二人を捕まえたなら、二人は互いに罪をなすりつけあうよ。最後には、やつら、仲違いしてしまうんじゃなければ、続いていくかも知れない。でも、二人は二度と良い関係にはならないだろう。こいつとこいつは、こいつとも関係は良くない。

2851

Murina(Mu): じゃあ、もし私がやつらにそうしたら、そこ(牢屋や処罰)を終えた後に、やつらはまたその道に戻ってくる(再び私たちに妖術を掛ける)のだろうか?教えて欲しい。 Mwadalu(Mw): (ムラムロ棒を一度だけ操作)言っただろう?やつらはやって来て「何が悪かったのか教えてください。終わりにしましょう」って言う。お前さんにすでに言ったじゃないかい? Mu: 誰に間違いを詫びようって言うんだ?私は妖術使いと友達関係になるつもりはない。 Mw: (彼らは言うだろう)「お父さん47、もう終わりにしましょう。私が間違ってました。もう終わりにしましょう。」 Mu: いやいや、あいつら弟子たち(anamadzi48)は放っておけ。私は妖術使いの連中を問題にしている。 Mw: なに、妖術使いがこいつなんだよ。お前さんの(施術上の)子供と、この女性と。お前さんの弟子だった(施術上の)お前のこの子供。お前はそいつにモノ(自分たちに妖術を掛ける際に用いる媒体)を教えたんだよ。そしてこいつ、ここで最初にお前さんにわたしが与えた(妖術使いだと指摘した)こいつ(ポンタ(仮名)老人)。さらに、こいつも、密かな企みを裡にもっている。なぜならこいつこそ、連中のなかの男なんだから。そしていまでは互いに二度と口も聞かなくなってるよな。

2852

Murina(Mu): あの長老本人? Chari(C): そしてそいつは(薬、おそらくは妖術攻撃から身を守る薬を)しっかり噛み締めた。 Mu: 今のところ、私はこの女性、こいつをひねってやりたい(告発の被告にしたい)。この女をひねって、そして叩いてやりたい。 Mwadalu(Mw): お前さん、この女(ポンタ(仮名)氏の妻の一人)を捕まえるなら、こいつがこの人(ムリナ)にまとわりついていた張本人なのかい?まだ年若いガキじゃないか。 C: そいつよ。 Mw: (ムラムロ棒を一回だけ操作)おしゃべりな女。さてこいつと、こいつ。 C: こいつはその屋敷にいる息子の嫁、そしてこちらはあのトタン屋根の小屋にいる女。 Mw: 先日結婚式が行われた場所? C: そうよ。

2853

Mwadalu(Mw): (少しムラムロ棒を操作した後) ああ、この長老はあまり良い人じゃないな。 Murina(Mu): 全然、良い人なものか。 Mw: 見るといつも白いターバンを巻いている。危険な奴だ。(さらにムラムロ棒を操作する) でも奴らはお前には敵わないよ。奴らと対峙したら、奴らはお前さんを恐れるだろうよ。なぜなら、誰かがお前に危害を加えようとするのを見たら、「お前がそれ(大便)を出すときには、それを握ってはならない」諺解題って言うじゃないか。 Mu: なぜならもはや妖術ではなく、あとは互いに敵対しあうだけっていう訳? Mw: 奴らは、「あなたはどうなさるおつもりですか」と言う。「ねえ、その土地は他人に切り分けられるものでしょうか?(反語)」と59。 Chari(C): やつら死んじゃえ、死んじゃえ、死んじゃえ! Mu: 私がこだわっているのはたった一言だよ、ムァダルさん、「お前はここキナンゴで死ぬだろう、そして(その病気は死ぬまで)治らない」という言葉だ。

[諺解題]:「なにか事を起こそうとするなら、躊躇してはならない」という意味の諺だというのだが、なんだか汚えなあ。

2854

Mwadalu(Mw): それこそが奴らの言いぐさだよ。 Murina(Mu): その言いぐさによって、私ムリナは奴らをふん縛ってやる。私は絶対放っておかないぞ。私は問い詰めるぞ。それがたとえディストリクト・オフィサーの法廷であっても、私はそいつを問い詰める。たとえ(クワレの)治安判事裁判所であろうと。やはりそいつを問い詰めてやる。 Chari(C): 私の今の状態を理由にね。 Mu: 私自身は、妻の治療に専念しているけど、一向に良くなる気配もない。夜明けのたびに、彼女の口にするのはそれ(「私は死ぬでしょう」という言葉)だ。夜明けのたびに口にするのはそれだ。お前はいったい彼女に対して何をしたんだ!もし彼女がお前に負債があるというのなら、彼女が何を借りたんだ?言えよ。私がお前に払ってやる。なぜならこの人の主は、他ならぬ私だからだ。 Mw: (ムラムロ棒をひとしきり操作した後) ところで、お前さん、お前さんの心のなかでは、どのあたりのことを考えてるんだい。自分がそこにいるだろうという場所(これから住もうと考えている引っ越し先)、それはいったいどこだい? Mu: ああ、私のこの心は、いまだに、あちこち彷徨っているよ、キョウダイ。まだ模索しているんだ、だって...

2855

Mwadalu(Mw): そのこと(移転)について話していたのは、お前が感じている苦々しさのためだろう? Murina(Mu): でも私自身はまだ模索していたんだ。 Chari(C): 私自身としては、私を太らせてくれる太い太いキャッサバができる場所が、いいかな。 (以後、移転先のさまざまな選択肢についての語りがしばらく続く。翻訳は省略。他の父系クランの土地であっても、親族のつながりがあれば候補地に残っている。それぞれの地域に一長一短がある。DB2856~DB2858ではムリナの一族の土地も候補に挙がる。そのくだりは、ちょっと面白いので訳しておく。) 2856: Mwamoko周辺 Mwadalu(Mw): (ムラムロ棒を操作しつつ) お前さん、そちらの方は好まないのかい? Murina(Mu): どこのこと? Mw: お前さんたち一族の土地だよ。 Mu: あちらの私たちの場所なら好きだよ。でもその場所はね、そもそも、そこに行ったら長い年月そこに腰を据えて住むことが望ましいね。 2857 Murina(Mu):(つづき)長い年月腰を据えて住むということは、お前は自分の手でにぎる畑地をもっていなければならない、それでやっとそこに腰を落ち着けることができる。そこがすごい荒蕪地(nyika)だって知ってますか? Mwadalu(Mw): 人から聞いて知っているだけです。 Mu: いやあ、あの辺りはイボイノシシの都会(tauni)みたいなもんですよ、あそこは。 (どうやらムリナさんは田舎すぎるところは嫌みたいです。イボイノシシたちの都会ってイメージ、私は好きです。以下雑貨屋が手近に(イメージとして徒歩1時間以内に)あるかどうかのような話が続く。以下省略。)

2858

Mwadalu(Mw): (移転の話、つづき) というのも、移転先がどこも、良いところだとは思っちゃいけないのさ。お前さんは、自分を律しないとね。だって人というものは... Chari(C): さらにあなたが(移転先にと)考えているそこだって、ねえ、そこでトゲに刺されるってこともある。キナンゴの町でさえね。その先はというと、あなた、草履を忘れたりはしないでしょ。 Mw: 彼は忘れないよ。 (このやり取り、文字通り植生について語っているのか、どこに行っても妖術使いの危険はあるという話なのか、どちらともつかない。私には...) C: 今、念頭にある場所も、まずは誰かに先に行ってもらうことね。 Mw: 誰かに先に行ってもらって、お前さんが着いたときには、そこにはすでに誰か(身内が)いるようにね。そこに着いたときに、他人に頼らなくてもいいように。自分自身に頼れるように。というのもキョウダイたちの住んでいる土地からは遠く離れているんだから。

2858: チャリの見た夢の話に

Chari(C): ところであの方たち、やって来て、さらには私のために奴ら(チャリの敵の妖術使いと仲間たち)を叩いてくれた人たちにね、私はワリ(wari60)を与えて、食べてもらいました。その後で彼は回りを見回して言ったの。「ああ、あなたはヤギの糞がたくさんある場所に来たんだな。もし(妖術使いたち)に煩わされなかったら、金持ちになってただろうに。」

2859

Chari(C): (話を続けて)そして、その長老(ムリナの父)は立ち去るんだけど、私に10シリングをくれたの。彼(ムリナ)には紙幣で10シリング、私には硬貨で10シリングくれました。立ち去るときにまた言いました。「奥さん、このお金、さらに10シリングだよ。これらは私の編み籠(chikaphu)のお金。あちらはあんたの夫にあげたカザマ(大瓢箪一杯の酒)だ。ありがとう。お前さんとわしの息子は、しかと立ち去って、ここに参られた。ここは、もし揉め事がたくさんじゃなかったら、あんた方は金持ちになってただろうにな。」その長老はそう言って立ち去りました。立ち去るときにかれはそれらのお金を私に残していったの。そしてお金を稼ぎなさいって言ったのよ。 つまりお父さんは、ここに留まって稼ぎに励みなさいって言い聞かせに来たのね。それとも、私たちをここから今すぐ立ち退かすために来たのかしら。その辺りがわからないの。 Murina(Mu): 別の場所に引っ越して、そこで稼げというのか、それを知りたいね。

2860 (ムァダル氏、時間をかけてムラムロ棒を操作)

Mwadalu(Mw): まだここの屋敷にとどまるね。でもあいつら(妖術使いとその仲間たち)は、それを嫌っている。でも、屋敷にとどまる。ごらんよ、(このムラムロ棒が)何度やっても、この先まで出てくる。 Murina(Mu): もし私がやつらに計画したようにやったら、やつらは攻撃を諦めて、私に一息つかせてくれるだろうか。だって、私はやつらをふん縛ってやるつもりなんだから。 Mw: (ムラムロ棒を操作して)やつらは完全に負けるだろう。お前さんが彼らを縛りさえすれば、やつらは「ああ、こいつには敵わない」と思い知るからね。「なんと、こいつは打ち負かすことなどできない、おれたちはこいつを打ち負かせると思ってたんだが。」 Mu: 私の20シリングをもって、チェアマンのところへ行ってやる。「あんた」「はい」「先日、来るって言いましたよね。ほら、これがお金です。やつらを呼んで下さい。日曜日にここに呼んで欲しい。」やつらに問いただし、たぶん、彼(チェアマン)にこう言うことになるだろう。「ちょっと、あんた」「はい」「私に書面を書いて下さい。なぜならここで問題が終わりになったとは全然思えないからです。」

2861

Murina(Mu):(なおも話し続ける)「私はまったく納得していません。まったく気に入らなかった。だから、あなた私に書面を下さい。私に先に進ませてください。その後で、私はチーフのところに上告しに参ります。」 Mwadalu(Mw): ならやつらも、すみやかに捕まえておかないと。 Mu: ああ、もうやつらは押さえてるよ。さらにやつらをチーフの所に連れて行くさ。もしキラボ(chirapho36)の方に先に行けなかったとしてもね。ああ、「そいつを自由にしておけ、自由にしておけ」も、多額の賄賂が必要で、やつらには痛いこと。「お前は、死刑判決を下しているのさ。」あんたは「彼女は死ぬでしょう」(の言葉)とともに、歩む。「お前は自分で殺す判決をくだしたんだ」さあ、私はお前をまず法廷に訴えにいくことができる。なぜなら法廷では「彼女は死ぬでしょう」と言った人物の出頭が必要とされるから。なぜならお前は、自分で殺す判決を下したんだから。さて、おまえを法廷に置きに行けば、そこで私はお前を泣かせてやると思え。お前はひどく泣くことになるだろうさ。 Woman(W1):お前といっしょにいる人は、お前をほっておいているの? Chari(C): 私は悲しいのよ。私はもうまるで(激痩せして)棒みたいになっている。

2862

Woman(W1): あなたその悲しみのせいで、ますます命が縮まってるわよ。 Murina(Mu): ところで、これからこの人に、もう一度クブェンドゥラ(kuphendula61)するべきだろうか、それとも、昨日彼女に打って(枝の束を薬液に浸してそれで身体を打つ)、浴びてもらった私の薬液(vuo32)で、彼女の身体内部を冷やせたんだろうか。それとも、クブェンドゥラした方がいいんだろうか。 Mw:(ムラムロ棒を操作)フュラモヨ・ジメネ28だよ。赤い雄の若い鶏、さらにもし逆毛の鶏100があれば、さて、あなたは彼女を周回61してあげなければね。 Mu: それだけ?それとも(フュラモヨは)まだ充分冷やされていないのだろうか。 Mw: 今は、徹底的に彼女を洗って(薬液を浴びさせて)やらねば、そして... Chari(C): ところで小銭はないの?このお金をくずす小銭、もってる? Mw: それならありますよ。 C: これがくずせるのね! Mw: はい。 Mu: さて、子供を連れて帰ろうか(家事などを手伝ってくれる少女をしばらく借りて帰ることになっていた)? C: いいわよ。 Mu: あの少女を呼んでください。もう家に帰りますよ。屋敷には誰も人がいないんですよ。相談は終わりました。

考察・コメント

ムブルガとムラムロ

この地域には2つのタイプの「占い」がある。一つが憑依霊の施術師による占いムブルガ(mburuga)、もう一つがここで紹介するような憑依とは無関係の占いムラムロである。この2つの占いについてのやや理論的な考察としては、1993年の『民族学研究』への投稿論文「ドゥルマの占いにおける説明のモード」(『民族学研究』Vol.58(1):1-28)がある。当時の私のドゥルマ語力のせいで、ドゥルマ語テキストの翻訳部分に、誤訳や、訳語のいくつかが不適切、発言者を間違って割り当てている箇所があるなど、自分自身が読んでイヤになる点もあるが、この2つの占いが、相談者にとっての「問題」の位相の違いに応じた対照的なモードの占いであることはきちんと論じられていると思う。

ムブルガ(mburuga17)においては、相談者は占い師に一切の情報を与えず、占い師が憑依霊の助けを借りて、相談者の抱える問題をすべて述べ立てて行かねばならない。その占い師の語りに、相談者は、それが正しければ「タイレ(taire101)」と応え、間違っていれば否定する言葉を発し、それによって占い師の語りが結論に向かって構造化されていく。一方、ムラムロ(mulamulo16)においては、相談者が占い師に自分が抱えている問題を逐一語っていき、その認識の正しさや、事態に対してとる対処の是非を問い、占い師は自分の占い道具を操作して、相談者の問いにイエスかノーかの答えをだす。それを基に相談者と占い師は話し合いながら事態がどうであり、どのような対処がよいのかを導き出していく。

前者でイエスまたはノーのみを答えるのが相談者であるのに対し、後者では、占い道具の方が相談者の語りや問いにイエスまたはノーで答えるという、正反対の仕方で占いが進行していくのである。

簡単に言うと、さまざまな困難や不幸を経験してはいるが、それがどのような問題であるかがわかっていない相談者が、それらの困難や不幸の背後にある「問題」が何であるかを知り、その解決策を求めるのがムブルガであり、問題が何かをすでに知っている(つもりでいる)相談者が、自分すでに計画している対処の成否を知ろうとして赴くのがムラムロであると言うことができる。

今回のムラムロの相談内容

私はその日の朝にチャリから夢の話を聞いていた。ムリナの亡くなった両親の訪問を受けたという夢である。その後すぐにムァダル氏のムラムロに相談に出発したので、私はてっきりこの夢の内容を相談するのだとばかり思っていた。両親の訪問の意味を明らかにしようとしているのだと。だが、これに先立つ9月3日に今後の予定を聞いた際に、ムリナたちは近々、ムリナの母に対するサダカ(sadaka102)を開催すると知らされていたのだから、もはや改めてムリナの母の要求を確認する必要はなかったのであり、この日のムラムロ訪問が別の目的であることには気づいていてもおかしくないはず。鈍感な私だ。

いずれにせよ、その日の私にとっては意外なことに、二人の相談の中心テーマは、自分たちに妖術攻撃をしている近所の老人とその妻に対する妖術告発の是非であった。というか、ムリナはすでにそれをする固い決意をもっていたので、妖術告発を行うことが正しいことを確認するためのムラムロだったのである。告発の相手は、何ということか、他ならぬムリナたちに自分の土地に住むことを許してくれていた一族の長老なので、そんな人を告発して、結果がどうであれ、ただで済むわけがない。という訳で、このムラムロではムリナたちが最終的には別の土地に移り住まねばならないことを前提に、その移転先について相談することも目的の一つであったことがわかる。

実際にはムリナとチャリ夫婦は、今後の行動について自分たちでほとんど決めている状態であるように見えた。ムァダル氏ももっともらしくムラムロ棒を操作してみせているが、やっていることはというと、私の目には、単にムリナたちを元気づけたり応援したり、逆に逆にムリナたちの行為によってどんな事態が生じるかを語って、少し考え直させたりといった、単なる相談相手の役割を務めているだけのように、私には見えた。

ただ同じ屋敷に住んでいない非・親族相手の会話には絶対登場するわけのない、さもなければ私などに知りようのない、夫婦の私秘的な経験があけすけに語られており、驚きの連続だった。帰り道にこっそり聞かされたチャリのムリナに対する不信感(浮気の疑い)に関係したことも語られていたし(相手の女性からの一方的な恋慕として語られていたが)、チャリの自殺未遂の出来事も、妖術使いが誰であるかについても、包み隠さず語られていた。ムラムロ・オペレータに職業的な守秘義務はあったりするのだろうか。きっとあるんだと思いたい。

巻き込まれた人類学者

冒頭、ムリナはチャリに対する妖術攻撃が気がかりだと言う。実際、ムリナたちの屋敷への入口近くに怪しい薬(muhaso24)がこっそりと仕掛けられているのを目撃している。最初の質問は、それに対するムリナの対抗施術が成功したかどうかで、ムラムロはそれに対して、成功したとの答えを与えている。

妖術使いたちが焦っている原因の一つが浜本の存在だとされている。本人が眼の前にいるのに、おかまいなしに私のことを話している。ムリナたちは浜本の存在をムァダル氏に説明する。私が彼らの施術上の子供になっていること。おそらく浜本がムリナ夫婦にいろいろ援助しているに違いなく、それを妖術使いたちが忌々しく思っていること。そして浜本が心変わりして、いなくなるように、ムリナ夫婦を含む私たちが互いに仲違いして、ばらばらになってしまうようにと妖術フュラモヨ(fyulamoyo27)を仕掛けたのだと。

ムリナが発見したのはその仕掛けであり、ムリナは直ちに薬液(vuo32)と草木束(vanda33)で、それに対処したのだが、それが果たして成功したのかどうか、これが最も心配な点らしい。ムァダル氏はすでに成功したという答えを出したのだが、ムリナは、チャリが一昨日ロープで首吊り自殺を試みていたことを明らかにし、すでにフュラモヨに捕らえられてしまったのではないかと問う。

ムリナによると彼らを攻撃しているのは、彼らがその土地に住まわせてもらっているポンタ(仮名)老とその妻である。そして彼の妻はチャリに面と向かって「お前はここキナンゴで死ぬよ。たとえあんたが嫌でもね。」と言ったらしい。これが彼らに妖術使いの正体を確信させた。ムリナたちは彼女を捕まえて、毒の試罪法(chirapho36)に引き立ててやると鼻息荒い。

なぜ彼らはそこまで憎まれているのかの理由に、私が含まれているのは、なんだかいやだ。浜本の存在が、ムリナ夫婦に迷惑を掛けていることに今さらながら気づいてショックな私だが、金持ちの白人からなんらかの利益を得ているに違いない(違うってば)ということで、それを不愉快に思って、薬(muhaso)によってそれを台無しにしようと、実際に企て実行する者が存在することは確かなのだ。私とカタナ氏の自転車に、中に何かを包みこんだ黒い布が針で突き刺してあったのを私も目撃しているし、私の調査小屋へ通じる分かれ道にモノが埋め込まれているのも見た。調査小屋の水浴び囲いのなかにトグロ巻く人糞が鎮座していたこともあった(大便の妖術(utsai wa mavi)である)。

私が別の著書でも書いたように(浜本2014『信念の呪縛:ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌』p.123)、妖術の物語は2重の不在で特徴づけられる。誰かが突然死んだときなど、人々はそれを引き起こした妖術使いの存在を追及する。だが犠牲者が存在しているとき、それを引き起こした妖術使いなど実はいない。一方、憎い相手に災難を引き起こそうと、薬を使用する者は今述べたように実在する。しかしこうしたナンチャッテ妖術使いが実在しているときには、犠牲者はいない。だってそんな妖術に実際の効果があるわけはないから。犠牲者が実在しているときには、それを引き起こした妖術使いは不在で、妖術使いが実在して何かをしているときには、その犠牲となるものは不在である。

とにかく、妖術でなにかしてやろうという者は、実際にいるのである。というわけで何度かの妖術攻撃を受けても私は平気で歩き回っていたのだが、そのことで浜本が「無敵」だと思われていたとは、私も想定していなかった。ムリナさんまで私がどこかで妖術に対する防御施術を施されたに違いないと思っていたとは!

攻撃の動機

私のことはともかくとして、ムリナ夫妻に向けられた攻撃の動機には、別の側面もある。そちらの方がより厄介だ。この日チャリが見た夢の中で、ムリナ氏の死んだ母親から杖で打ち据えられた女性、ポンタ(仮名)氏の若い妻こそが妖術使いだという。そして彼女がチャリの死を望む理由とは、なんとムリナと結婚したがっているからというのだ。チャリの解釈では、その女妖術使いは、チャリをこの地から追放し、それができなければ殺して、自分がチャリに代わってムリナの妻になりたいと思っているという。ムリナは彼女になんの興味もないと言い放ち、彼女を縛って、まずはラロの長老の裁定の場に、ついでチーフの法廷に連行し、告発し、チーフの許可を得て毒の試罪法36に持ち込み、そこで自分もキラボ(chirapho36)を食べて白黒つけるすると息巻く。

息巻くムリナ氏に対し、ムァダルは彼女を訴えても、彼女は怯えて裁定の場に来ることを拒むだろうと、ムラムロ棒を操作して答える。なおも毒の試罪法キラボまで連れて行くと言うムリナに彼らはキラボを拒むだろうと、ムラムロ棒の結果を伝える。しかしムリナは譲らない。ムリナは妖術攻撃をかけてきているその女妖術使い(ポンタ(仮名)氏の若い妻)が、妖術の知識をもっているとは考えていない。彼女らが雇ったはずの妖術の施術師がおり、そいつ(ら)が実際に薬を提供している。彼らの名前を聞き出したいというのである。ムァダル氏は、それらの術者は単に金で薬を売っただけの関係だから、追及するなと諭す。

ムラムロ棒の出した答えという形はとっているが、私の目にはムァダル氏自身がムリナたちが追及を徹底することを、押し留めているように見えるのだが、そうなのだろうか。少し前の箇所で、ムァダル氏はムリナに彼女を第二夫人として娶る可能性を尋ねてすらいる。ただちに否定されているが。

告発の行方

チャリはムァダル氏に黙って3本の小枝を差し出す。それぞれがムリナたちが念頭においている3人の主要な攻撃者に対応しているらしい。ムァダル氏は、一人が女妖術使い、もう一人がチャリの施術上の子供、もう一人がポンタ(仮名)長老その人だと告げる。

ムリナ氏が計画通り、彼らを告発し、彼らが処罰を受けた後に、彼らはまた妖術を再開するだろうかとムリナは問う。ムァダル氏は彼らは許しを乞い、和解を願うだろうと繰り返す。だが、ムリナはそれを受け入れるつもりはない。チャリはその女妖術使いが、ポンタ(仮名)氏の結婚したばかりの若妻であること、そしてもう一人の女性がポンタ(仮名)氏の息子の妻(「ジャコウネコの池」にチャリたちが移り住んで最初の施術上の子供の一人103)であることを明かす。

和解の可能性がないなら、結果は予想がつく。ムリナたちは、客人として住むことを許されていただけであった。となるとその土地を立ち去るしかないことになるだろう。という訳で話題はムリナたちが引っ越していく移転先のことになる(一部、和訳を省略した)。すでにムリナたちも自分たちの移転先についていくつか候補を考えていることがわかる。

そして最後にチャリがその日に見た夢の話になる。ムリナの両親の訪問は何を意味しているのだろうか。彼らはムリナたちに、今の土地にとどまるよう言いに来たのか、それとも別の場所に引っ越すようにと言いに来たのだろうか。ムラムロ棒は、当分の間は今の土地にとどまることができると告げた。ムリナには敵を、上級審にまで訴えていく時間がある。

結局、ムァダルのムラムロ占いは、ムリナたちが当初からもっていたプラン、3人の妖術使い一味を、ラロ(lalo38)の長老による裁定に始まり、チーフの法廷を経て、州都の治安判事裁判所にまで追及していくことにゴーサインを出した格好になった。

最後にチャリのフュラモヨを治療するために、きちんとクブェンドゥラ(kuphendula61)するようにとのアドバイスを受けて、ムラムロは終了した。

ムラムロのアドバイスに従って、さっそく翌朝、ムリナによってチャリのフュラモヨに対するクブェンドゥラ施術が執り行われた。

さらなるややこしさ

なんだか、ややこしいことになっている。ムリナたちは、本気で隣人を妖術使いとして告発しようとしているようだ。おそらく隣人たちは、まさかそんなことになっているとは思ってもいないだろう。私の最初の反応は、巻き込まれたくないなぁ、というものだった。でも私自身もしっかり話の要素に入ってしまっている。ムラムロは、ムリナたちの確信を是認し、強硬な告発を思いとどまらせる動きはあったものの、全体計画を後押しする格好になった。

しかも、この日の帰り道に、私はさらにチャリから衝撃的な話を聞いてしまった。ムリナが、上述のムリナを欲しがっている女妖術使い(ポンタ(仮名)老人の若い妻)とすでに関係をもっているというのだ。ムリナが夜中に小屋を抜け出していくので、後を付けていくと、彼女と一緒になっていたというのだ。でもよく聞くと、そういう夢を見たということで、チャリがもっている憑依霊(どの霊かは、聞きそびれた)が教えてくれたのだという。やめて~。夢を浮気の証拠にされたら、たまりませんから~。だが、チャリはムリナと若妻との浮気を完全に確信している。もしかしたら彼女の自殺未遂は、妖術を掛けられたからというよりも、夫の浮気を「知った」からだとも思えるくらいだ。この時点で、ムリナはチャリがこうした疑惑をもっていることを知っていたのだろうか。ムラムロでしきりとあんな女には用はないと強調していたのも、振り返って考えてみたら怪しい。っていうか、いやいや、はっきり言って浮気はしてないでしょう。でも、もしかしたら....

ああ、いやだ、いやだ。そもそも妖術自体が、「想像された」隣人の悪意にすぎず、ムリナたちが実際に攻撃を受けているわけではない。これに実際にはおそらくは実行されていない夢見られた「不倫」が付け加わって、当事者たちの目にはすごく複雑に絡み合った事件が展開しているのだが、もしかすると「なんの事件も展開していない」可能性のほうが大きいのだ。 私はこの後、コストがかかるとか、地域の人々からの批判がとか、憑依霊はときどき嘘をつくって言ってたじゃないですかとか、なんとかブレーキをかけようと試みたのだが、事態は私の片言の努力にはお構いなしに、進んでいくのだった。

注釈


1 クリマビリ(kurimaphiri)。ドゥルマの4日で一周する週の第二日目。かつてはこの日も一夫多妻婚の妻たちは共同で夫の所有するメインの畑(dzumbe)で耕作せねばならなかった。詳しくはドゥルマの月日の数え方 ↩
2 調査日誌。プライベートな行動記録だが、フィールドノートから漏れている情報が混じっているので、後で記憶をたどり直すのに便利。調査に関わる部分の抜粋をウェブ上に上げることにした。記載内容に手を加えない方針なので、当時使用していた不適切な訳語などもそのまま用いている。例えば「呪医(muganga)」、「呪薬(muhaso)」。「呪」はないだろう。現在は「施術師、癒やし手、治療師」などを用いている。記述内容に著しい間違いがある場合には、注で訂正する。日記中のドゥルマ語の単語は、訳さずドゥルマ語のままとし、注をつけることにする。またいくつかの地名については、特定を避ける必要からその地名を字義通りの日本語に訳したものに置き換える。例えば Moyeniは「皆さん休憩してください」村といった具合に。人名は身近な人々についてはそのまま、他の人々については問題ありそうな場合は省略形(イニシャルのみとか)に変更。 ↩
3 コマ(k'oma)。「祖霊」。祖霊は夢に現れてさまざまなメッセージを子孫に伝える。祖霊は子孫に対して様々な要求を課し、それを夢にあらわれて伝える。無視していると災いを送ってくる。憑依の文脈では、祖先に強力な施術師がいた場合、その持ち霊を子孫が継承し、施術師になる場合が多い。祖霊自身がそれを要求しているのだとされる場合もある。祖霊の要求をすぐに叶えることができない場合は、夢を見た者は、明け方、あるいは夕刻に小屋の戸口(あるいは死者の墓で)クハツァ(kuhatsa4)という行為をおこなう。水で溶いたトウモロコシ粉を巻きながら、今は余裕がないので待ってほしいと祖霊に許しを乞うのである。子供を残した者のみが死後、祖霊になる。子供を残さずに死んだものは、埋葬の際に火がついている木の枝(直前に水に入れて火を消される)を、その背中側に置かれ、「お前は子供を残さずに死んだ。これがお前の子供だ。やって来て人に夢を見せるな」と唱えられる。k'omaという言葉はドゥルマ語では「夢」ndoso の同義語でもある(ディゴ語では「夢」の意味では用いられないようだが、ドゥルマ語にはない「狂気」という意味もある)。コマの観念についての概略は浜本, 1992,「ドゥルマにおけるコマの観念」『九州人類学会報』Vol.20:30-51参照。ちょっと古いけど。 ↩
4 クハツァ(ku-hatsa)。文脈に応じて「命名する kuhatsa dzina」、娘を未来の花婿に「与える kuhatsa mwana」、「祖霊に語りかける」、「祖霊の祝福を祈願する kuhatsa k'oma」、自分が無意識にかけたかもしれない「呪詛を解除する」、「カヤンバなどの開始を宣言する kuhatsa ngoma」などさまざまな意味をもつ。なんらかのより良い変化を作り出す言語行為を指す言葉と考えられる。憑依の文脈では、特定の霊の施術師になるための「外に出す(kulavya nze5)」ンゴマにおいて、その霊に固有の草木を折り取らせる最終テストの際に、見事に折り取った草木を主宰する施術師はクハツァして、テストに合格した者に正式に与える必要がある(これは後日、その他の草木を教える際にも繰り返される)。また、憑依霊を呼び出すンゴマ(カヤンバ)の場で、患者(ムウェレ(muwele6)がなかなか憑依状態に入らない(踊らない場合)があり、それが患者に対して心の中になにか怒り(ムフンド(mufundo11))をもっている親族(父母、夫など)がいるせいだとされることがある。その場合は、そうした怒りを感じている人に、その怒りの内容をすべて話し、唾液(あるいは口に含んだ水)を患者に対して吹きかけるという、呪詛の解除と同じ手続きがとられることがある。この行為もクハツァと呼ばれる。ンゴマやカヤンバにおいてムウェレが踊らない問題についてはリンク先を参照のこと。 ↩ ↩
5 ク・ラヴャ・コンゼ(ンゼ)(ku-lavya konze, ku-lavya nze)は、字義通りには「外に出す」だが、憑依の文脈では、人を正式に癒し手(muganga、治療師、施術師)にするための一連の儀礼のことを指す。人を目的語にとって、施術師になろうとする者について誰それを「外に出す」という言い方をするが、憑依霊を目的語にとってたとえばムルングを外に出す、ムルングが「出る」といった言い方もする。同じく「癒しの術(uganga)」が「外に出る」、という言い方もある。憑依霊ごとに違いがあるが、最も多く見られるムルング子神を「外に出す」場合、最終的には、夜を徹してのンゴマ(またはカヤンバ)で憑依霊たちを招いて踊らせ、最後に施術師見習いはトランス状態(kugolomokpwa)で、隠された瓢箪子供を見つけ出し、占いの技を披露し、憑依霊に教えられてブッシュでその憑依霊にとって最も重要な草木を自ら見つけ折り取ってみせることで、一人前の癒し手(施術師)として認められることになる。 ↩
6 ムウェレ(muwele)。その特定のンゴマがその人のために開催される「患者」、その日のンゴマの言わば「主人公」のこと。彼/彼女を演奏者の輪の中心に座らせて、徹夜で演奏が繰り広げられる。主宰する癒し手(治療師、施術師 muganga)は、彼/彼女の治療上の父や母(baba/mayo wa chiganga)7であることが普通であるが、癒し手自身がムエレ(muwele)である場合、彼/彼女の治療上の子供(mwana wa chiganga)である癒し手が主宰する形をとることもある。 ↩
7 憑依霊の癒し手(治療師、施術師 muganga)は、誰でも「治療上の子供(mwana wa chiganga)」と呼ばれる弟子をもっている。もし憑依霊の病いになり、ある癒し手の治療を受け、それによって全快すれば、患者はその癒し手に4シリングを払い、その癒やし手の治療上の子供になる。この4シリングはムコバ(mukoba8)に入れられ、施術師は患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者は、その癒やし手の「ムコバに入った」と言われる。こうした弟子は、男性の場合はムァナマジ(mwanamadzi,pl.anamadzi)、女性の場合はムテジ(muteji, pl.ateji)とも呼ばれる。これらの言葉を男女を問わず用いる人も多い。癒やし手(施術師)は、彼らの治療上の父(男性施術師の場合 baba wa chiganga)9や母(女性施術師の場合 mayo wa chiganga)10ということになる。弟子たちは治療上の親であるその癒やし手の仕事を助ける。もし癒し手が新しい患者を得ると、弟子たちも治療に参加する。薬液(vuo)や鍋(nyungu)の材料になる種々の草木を集めたり、薬液を用意する手伝いをしたり、鍋の設置についていくこともある。その癒し手が主宰するンゴマ(カヤンバ)に、歌い手として参加したり、その他の手助けをする。その癒し手のためのンゴマ(カヤンバ)が開かれる際には、薪を提供したり、お金を出し合って、そこで供されるチャパティやマハムリ(一種のドーナツ)を作るための小麦粉を買ったりする。もし弟子自身が病気になると、その特定の癒し手以外の癒し手に治療を依頼することはない。治療上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。治療上の子供は癒やし手に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る」という。 ↩ ↩ ↩
8 ムコバ(mukoba)。持ち手、あるいは肩から掛ける紐のついた手提げ、あるいは肩掛け編み袋。サイザル麻などで編まれたものが多い。憑依霊の癒しの術(uganga)では、施術師あるいは癒やし手(muganga)がその瓢箪や草木を入れて運んだり、瓢箪を保管したりするのに用いられるが、癒しの仕事を集約する象徴的な意味をもっている。自分の祖先のugangaを受け継ぐことをムコバ(mukoba)を受け継ぐという言い方で語る。また病気治療がきっかけで患者が、自分を直してくれた施術師の「施術上の子供」になることを、その施術師の「ムコバに入る(kuphenya mukobani)」という言い方で語る。患者はその施術師に4シリングを払い、施術師はその4シリングを自分のムコバに入れる。そして患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者はその施術師の「ムコバ」に入り、その施術上の子供になる。施術上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。施術上の子供は施術師に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る(kulaa mukobani)」という。施術師のムコバ(mukoba)には、施術に用いる装備品が入れられているだけでなく、施術から得られた収入も、すべてムコバに入れなければならない。そのお金は必要なものを購入する際には使うことができるが、黙って使用してはならず、必ず憑依霊たちにしかじかの目的に使う旨、許しを求めたうえでしか使用することはできない。 ↩ ↩ ↩
9 ババ(baba)は「父」。ババ・ワ・キガンガ(baba wa chiganga)は「治療上の(施術上の)父」という意味になる。所有格をともなう場合、例えば「彼の治療上の父」はabaye wa chiganga などになる。「施術上の」関係とは、特定の癒やし手によって治療されたことがきっかけで成立する疑似親族関係。詳しくは「施術上の関係」7を参照されたい。 ↩ ↩
10 マヨ(mayo)は「母」。マヨ・ワ・キガンガ(mayo wa chiganga)は「治療上の(施術上の)母」という意味になる。所有格を伴う場合、例えば「彼の治療上の母」はameye wa chiganga などになる。「施術上の」関係とは、特定の癒やし手によって治療されたことがきっかけで成立する疑似親族関係。詳しくは「施術上の関係」7を参照されたい。 ↩ ↩
11 ムフンド(mufundo)。フンド(fundo)は縄などの「結び目」であるが、心の「しこり」の意味でも用いられる。特に mufundo は人が自分の子供などの振る舞いに怒りを感じたときに心のなかに形成され、持ち主の意図とは無関係に、怒りの原因となった子供に災いをもたらす。唾液(あるいは口に含んだ水)を相手の胸(あるいは口中に)吹きかけることによって解消できる。この手続きをクハツァ(kuhatsa4)と呼ぶ。知らず知らずのうちに形成されているmufundoを解消するためには、抱いたかもしれない怒りについて口に出し、水(唾液)を自分の胸に吹きかけて解消することもできる。本人も忘れている取るに足らないしこりが、例えばンゴマやカヤンバで患者が踊ることを妨げることがある。muweleがいつまでたっても憑依されないときには、夫によるkuhatsaの手続きがしばしば挿入される。ムフンドは典型的には親から子へと発動するが、夫婦などそれ以外の関係でも生じるとも考えられている。 ↩
12 ハンガ・イヴ(hanga ivu)。直訳すると「熟した服喪」。死者のハンガ・イツィ「生(なま)の服喪」13の数年後に開催される。父系親族集団(ukulume14)はクラン(mbari)、ムランゴ(mulango, 「戸口」を意味する)、ニュンバ(nyumba, 「家、小屋」を意味する)、ムジ(mudzi15, 「屋敷」を意味する)に分節するが、ハンガ・イヴを開催するためにはニュンバレベルの話し合いで許しを得る必要がある。ハンガ・イブにはいくつものダンスや演奏集団が招待され(最近では車のバッテリで音響システムを駆動するディスコも人気だ)、主宰者の屋敷の周囲の広い敷地が会場になる。広い範囲から客が集まり、出店や簡易食堂なども出され、徹夜で賑わう。かつて(30年ほど以前)は、ハンガ・イヴを開催して初めて死者の財産や残された未亡人の相続が行われていた。死者の霊(祖霊 k'oma)に対する供犠は、ハンガ・イヴを開催したあとでしかできなかった(今日でも)。祖霊のもっとも執拗な要求は、早く自分のハンガ・イヴを開催せととの要求である。 ↩ ↩
13 ハンガ・イツィ(hanga itsi)。死者の埋葬後、クランごとに日数は異なるが、死者の親族は数日にわたる喪にに服する。これがハンガ・イツィ(hanga itsi, 直訳すると「生(なま)の服喪」)である。死者の屋敷の人びとや近親者(enye afererwa)はこの間、椅子、寝台の使用が禁止され、地面の上で起居する。大きな動作や大声も禁止され、すでに身内を失った経験のある者によって別火で調理された食事を食す。この間、アトゥイ(atuwi, sing.mutuwi)と呼ばれる弔問客たちは、死者の屋敷で賑やかに飲み食いし、連日屋敷の前広場では近隣の男女によってキフドゥ(chifudu)と呼ばれる卑猥な内容の歌と踊りが催される。最終日の「水に寝る日」の夜明けに死者の遺族たち(enye afererwa)は男女別に水場まで行列し、そこで水で洗い清められ、死者の配偶者は屋敷で「巣立ちkuuruswa」と呼ばれるてつづきにより、寝台と椅子の使用が解禁される。なお死者が憑依霊を多く持つ施術師であった場合は、服喪の期間中毎晩、キフドゥなどとは別に死者のもっていたムコバ(mukoba8)あるいは瓢箪子供を囲んでカヤンバが演奏される。このカヤンバも「お悔やみのカヤンバ(kayamba ra pore)」と呼ばれる。この「生の服喪」の数年後(残された集団の財力に依存する)、盛大な「熟した服喪 hanga ivu」が開かれる。かつては死者の財産や未亡人の相続は、熟した服喪の後に行われた。 ↩
14 ウクルメ(ukulume)。父系クラン。mbari ya kulume とも言う。母系クランは、ウクーチェ(ukuche)あるいはmbari ya kuche。ドゥルマはミジケンダの9グループのなかで、隣接するラバイと並んで二重単系出自のシステムをもつ。14ある父系クランはMwamweziおよびMurimaと呼ばれる二つのグループに分かれ、それぞれが7つのクランからなる。MurimaにはMwabeja, Mwanyota, Mwamukala, Mwalikuta, Mulaire, Mwachenda, Muchandaの7クラン、MwamweziにはMwadzine, Mwakai, Mwayawa, Muphande, Mwamundu, Mwatsangari, Mwachingodzaの7クランが属する。かつては父系的に継承されるのは土地とそこに生えている樹木、弓矢のみであった。家畜その他の動産はすべて母系相続されていた。 ↩
15 ムジ(mudzi)はドゥルマ社会における自律的な最も基礎的社会単位である。「屋敷」という日本語は裕福な家族が暮らす広い敷地をもつ大きな家屋のイメージであるが、mudzi(複数形 midzi)には家屋の大きさの含意はない。mudziの最小単位は一人の男性とその妻、子供からなり、居住のための小屋一つとその前庭、おそらくは家畜囲いがあるだけのものである。一夫多妻であれば、それぞれの妻が自分の小屋をもち、それらが前庭を取り巻く形で配置されている。さらにそれぞれの妻の息子たちが結婚し、自分の妻の小屋を父の小屋群の前庭の周辺にもつようになると、mudziの規模は大きくなる。兄弟たちは、父の死後も同じ場所に留まり、そこは父親の名前で「~のmudzi」と呼ばれ続ける。さらに孫の世代もということになると、mudziはほとんど集落、村と呼んでもおかしくないほどの規模になる。今日ではmudziの規模は小さくなる傾向にあるが、私が調査を始めた1980年代前半には、キナンゴの町とその近傍以外の地域では、こうした大きな規模のmudziが普通に見られた。そんな訳で「屋敷」という訳語は必ずしも違和感なく用いることができた。現在でもmudziが、その内部の問題を自分たちで解決する独立した自律的単位であることには変わりはなく、そうした自律した社会集団、周囲の世界(ブッシュ)とはっきり区別された小宇宙という意味で、「屋敷」という訳語を使い続けたいと思う。 ↩ ↩
16 ムラムロ(mulamulo)広く用いられている占いの一種。「裁く、裁定する」を意味する動詞ク・ラムラ(ku-lamula)に由来すると思われる。「占い」を意味するスワヒリ語ラムリ(ramli)とも関係か。憑依霊をもつ施術師によるムブルガ(mburuga17)においては相談者側は自らからほとんど情報を与えず、相談者の抱えている問題を占い師がすべて語ってみせねばならないのに対し、ムラムロにおいては相談者側が自分から問題を語り、イエス/ノーで答えられる問いを発する。それに対し占い師は、何らかの道具を操作して、客の問いにイエス/ノーのいずれかを応える。この2つの占いのタイプが、どのような問題に対応しているのかについて、詳しくは浜本満1993「ドゥルマの占いにおける説明のモード」『民族学研究』Vol.58(1) 1-28(リンク先は草稿版) を参照されたい。 ↩ ↩
17 ムブルガ(mburuga)。「占いの一種」。ムブルガをすることをドゥルマ語ではムブルガを「打つ(kupiga mburuga)」と表現する。相談者が占いに相談に行くことを婉曲的に「山に行く(kpwenda vilimani)」と言う言い方もある。ムブルガ(mburuga)は憑依霊の力を借りて行う占い。占いに行く者は、必ずしも病人、あるいはトラブルの当事者本人であるとは限らない。むしろ事情に詳しい代理人が行くのが普通である。客は占いをする施術師の前に黙って座り、何も言わない。占いの施術師は、まず問題を抱えているのが男性であるか女性であるか、大人であるか、子供であるかを当てねばならない。次に自ら患者(あるいは問題の当事者)の抱えている問題を、それが病気であれば、頭から始まって身体を巡るように逐一挙げていかねばならない。中にトウアズキ(t'urit'uri)の実を入れたキティティ(chititi)と呼ばれる小型瓢箪を振って憑依霊を呼び、それが教えてくれることを客に伝える。施術師の言うことが当たっていれば、客は「そのとおり taire」と応える。あたっていなければ、その都度、「まだそれは見ていない」などと言って否定する。施術師が首尾よく問題をすべてあげることができると、続いて治療法が指示される。最後に治療に当たる施術師が指定される。客は自分が念頭に置いている複数の施術師の数だけ、生木の小枝を折ってもってくる。施術師は一本ずつその匂いを嗅ぎ、そのなかの一本を選び出して差し出す。それが治療にあたる施術師である。それが誰なのかは施術師も知らない。その後、客の口から治療に当たる施術師の名前が明かされることもある。このムブルガに対して、ドゥルマではムラムロ(mulamulo)というタイプの占いもある。こちらは客のほうが自分から問題を語り、イエス/ノーで答えられる問いを発する。それに対し占い師は、何らかの道具を操作して、客の問いにイエス/ノーのいずれかを応える。この2つの占いのタイプが、どのような問題に対応しているのかについて、詳しくは浜本満1993「ドゥルマの占いにおける説明のモード」『民族学研究』Vol.58(1) 1-28 を参照されたい。 ↩ ↩
18 というか、棒の角度次第でイエス・ノーのどちらにもなるんじゃないか。 ↩
19 フィールドノートは帰国後テキストファイル化を進めているが、まだ完了していない。「フィールドノートより」の記述は、フィールドノートの記述をそのまま転記したものであるため、現地語や今日の観点では不適切と思われる訳語もそのままにしている。例えばnyunguを「壺」としたり、makokoteriを「呪文」としたり、muhasoを「呪薬」としたり、mugangaを「呪医」としたり、といったもの。「呪」はないだろう、「呪」は。現地語についてもあえて日本語に直さず注を付ける形で説明をつけることにする。なお記述における各セクションのタイトルや、項目のナンバリングはウェブ化に際してのものも含まれる。書き起こしテキストへの紐づけ、およびリンクも当然ウェブ化に際してのものである。画像やスケッチのキャプションもウェブ化の際のもの。植物名の同定はフィールドではできず、文献に基づく事後的な補筆である20。なお地名、人名についてはウェブ化に際して一定の配慮を施した。地名は、ドゥルマ語を字義通りの日本語に直して、例えばMwoyeni(Moyeni)村は「皆さん、お休みください」村といった具合に。人名は私とごく親しい関係になった数名の施術師とその弟子たち、近隣の友人たちを除いて、仮名またはイニシャルのみのような省略形を用いて書き直している。 ↩
20 カッコ内の学名は帰国後、同定可能だった分。フィールドワークの時点では、ただひたすら見分け能力の不足と、植物学の素養のなさを痛感するのみだった。帰国後の同定には下記の文献を参照した。1990年代以降のこれら一連の民族植物学研究には感謝しかない。すべてのドゥルマの(ましてや施術師たちの)草木の呼び名が同定可能だった訳ではないが。
Johnson, F., ed. 1971(originally 1939), Standard Swahili English Dictionary, London: Oxford University Press. (参照時にはSSEと略する)
Karisa, J.F., et.al. 2011, Mboga za Watu wa Pwani, Kilifi Utamaduni Conservation Group, Bioversity International
Kokwaro,J.O.,1993,Medicinal Plants of East Africa(Second ed.),Nairobi:Kenya Literature Bureau;
Maundu,P.,& B.Tengnasu eds.,2005,Useful trees and shrubs for Kenya,World Agroforestry Center;
Pakia,M. & J.A.Cooke,2003a, "The ethnobotany of the Midzichenda tribes of the coastal forest areas in Kenya: 1. General perspective and non-medicinal plant uses" South African Journal of Botany 69(3):370-381;
Pakia, M. & JA Cooke, 2003b, "The ethnobotany of the Midzichenda tribes of the coastal forest areas in Kenya: 2. Medicinal plant uses", South African Journal of Botany 69(3): 382–395;
Pakia, M., 2005, African Traditional Plant Knowledge Today: An ethnobotanical study of the Digo at the Kenya Coast, A dissertation submitted in fulfillment of the Requirements for the degree of a Doctor of Natural Science, at The Faculty of Biology, Chemistry and Geoscience, The University of Bayreuth, Germany; 2. Medicinal plant uses",South African Journal of Botany 2003, 69(3): 382–395; ↩
21 ウロンゴ(ulongo, pl.ulongo)。「嘘、虚偽」 ↩
22 クウェリ(kpweli, pl.kpweli)。「真実」 ↩
23 グゥィディ(gbwidi, pl.magbwidi)。「びっこ(chigbwidi, pl.vigbwidi)」のaugmentative。左右の脚の長さが違うせいで跛行する人。 ↩
24 ムハソ muhaso (pl. mihaso)「薬」、とりわけ、土器片などの上で焦がし、その後すりつぶして黒い粉末にしたものを指す。妖術(utsai)に用いられるムハソは、瓢箪などの中に保管され、妖術使い(および妖術に対抗する施術師)が唱えごとで命令することによって、さまざまな目的に使役できる。治療などの目的で、身体に直接摂取させる場合もある。それには、muhaso wa kusaka 皮膚に塗ったり刷り込んだりする薬と、muhaso wa kunwa 飲み薬とがある。muhi(草木)と同義で用いられる場合もある。10cmほどの長さに切りそろえた根や幹を棒状に縦割りにしたものを束ね、煎じて飲む muhi wa(pl. mihi ya) kunwa(or kujita)も、muhaso wa(pl. mihaso ya) kunwa(or kujita) として言及されることもある。このように文脈に応じてさまざまであるが、妖術(utsai)のほとんどはなんらかのムハソをもちいることから、単にムハソと言うだけで妖術を意味する用法もある。 ↩ ↩ ↩ ↩ ↩ ↩
25 ブグ(bugu)はブグブグ(bugubugu, pl.mabugubugu)の短縮。ツタ植物のシッサス(Cissus rotundifoliaまたはCissus sylvicola(Pakia&Cooke2003:394)。ドゥルマの起源伝承では最初の人間は天から、鎖あるいはツタのロープによって地上に落とされたとされている。ここでムァダル氏は私がいったいどういう「ツタ」(機縁、つながり)でこの地にやってきたんだろうと訝っている。 ↩
26 ツァムラ(tsamula, pl.tsamula)。妖術の一種で、離散の妖術。同じ屋敷で暮らす人々を仲違いさせ、屋敷を崩壊させてしまう。「(縺れた紐などを)ほぐす、(集まっている人や物を)分散する、(花などが)開く、双葉がでる」などを意味する動詞 ku-tsamulaから。フサ(fusa)の妖術とも言う。術をかけようとする者は、逆毛の鶏(kuku wa chidimu)を犠牲者の屋敷の中に生き埋めにし、翌朝掘り出す。鶏が生きていれば術はかかる。 ↩
27 フュラモヨ(fyulamoyo, pl.mafyulamoyo)。妖術の一種。ザイコ(zaiko)と呼ばれる薬によって掛けられる妖術。さまざまな症状を示す。特徴的な身体症状の一つが全身が痒くなって掻きむしること。しかし深刻なのはさまざまな「心理的」症状。動詞ク・フュラ(kufyula)は、「曲げる、(無理やり)向きを変えさせる」を意味し、モヨ(moyo)は「心、心臓」を意味する名詞。字義通り、人の心を変な方向に曲げてしまう妖術である。これにかかると、自分が居る場所が適切でないような気がして、どこかに行ってしまいたいような気がする、自己嫌悪、他人と一緒にいられない、などの異常な心的状態を呈する。学業不振、自殺、家庭内不和、離婚、新婦が逃げ出す、などはこの妖術のせいであるとされる。多くの種類がある。fyulamoyo renye, fyulamoyo ra p'ep'o,fyulamoyo ra dzimene, chimene chenye( mbayumbayu, mbonbg'e) etc.〔浜本, 2014:61-66を参照のこと〕 ↩ ↩ ↩ ↩
28 ジメネ(dzimene)。「憎む」を意味する動詞の再帰形ク・ジメナ(ku-dzimena)「自分を憎む、自己嫌悪する」に由来する。妖術フュラモヨ(fyulamoyo27)の一種で、これに捕らえられると、犠牲者は文字通り自己嫌悪に陥って自殺する。 ↩ ↩
29 ンザイコ(nzaiko)。妖術系の「薬(muhaso24)」の一種。フュラモヨ(fyulamoyo27)の妖術を人にかける際に用いるとされる。同じ「薬」が治療にも用いられる。全身の痒みが身体的な症状。 ↩
30 ズージ(dzuzi31)は「一昨日」を指す言葉だが、それ以前のちょっと前を指す「先日」くらいの意味で使われることもあるので、訳出に注意が必要。この件では、一昨日の1月6日にチャリに会ったときには、自殺未遂など考えられないほど普通だったので、私はおそらく私が今回「ジャコウネコの池」に来訪する以前の話かなと思っていた。がこのテキストでは、「昨日草木の束で治療した」などと言っているので、おそらく1月6日の出来事だと思われる。 ↩
31 ズージ(dzuzi)。文字通りには「一昨日」を指すが、それを含む以前のどこか近い過去もこの言葉で指される(その場合、訳は「先日」となるだろう)ので、コンテクストを押さえないと訳出が難しい言葉である。dzuzi dzuzi と重ねると「つい最近、ほんの少し前」の意味になる。dzuzi yenye も同様。dzuzi がカバーする範囲は、コンテクスト次第で、あるいは主観で、結構幅がある。例えば、憑依霊シェラが登場したのは dzuzi yenyeだ「ごく最近だ」というので、いつ頃かと聞くと1960年頃などと答えられたりする。昔からいる憑依霊に対比して比較的最近登場したという感じである。dzuziがカバーする範囲よりも遠い過去になるとカピンディ(kapindi)、ピンディ(pindi)が使われる。 ↩
32 ヴオ(vuo, pl. mavuo)。「薬液」、さまざまな草木の葉を水の中で揉みしだいた液体。草木を水のなかで揉みしだく動作をク・ヴガ(ku-vuga)という。薬液は、すすったり、phungo(葉のついた小枝の束)を浸して雫を患者にふりかけたり、それで患者を洗ったり、患者がそれをすくって浴びたり、といった形で用いる。 ↩ ↩ ↩ ↩ ↩
33 ヴァンダ(vanda, pl. mavanda)。草木(muhi)を束にしたもの。しばしば円環状に束ねたもので、それで皮膚を擦る。さまざまな治療に用いられる。 ↩ ↩
34 動転している様をドゥルマ語では心臟が「上にいった(u dzulu)」「(上で)ブラブラしている、ユラユラしている(unalewalewa)」などと表現する。 ↩
35 ムロモ(mulomo, pl.milomo)は「口」を意味する名詞であるが、ク・ゴンバ・ムロモ(ku-gomba mulomo, 字義通りには「口をしゃべる、口を述べる」)は、「悪口をいう、ののしる、悪意ある言葉を吐く、悪い噂を語る」といった意味になる。 ↩
36 キラボ(chirapho)の一種として「試罪法」として用いられるものがある。妖術告発で訴える側と訴えられた側のどちらもが譲らなかった場合に、どちらが正しいかを決める。チーフの法廷で告発し、決着がつかなかった場合に用いられる。未熟なパパイヤを4等分し、それに「薬」が塗られる。告発側と非告発側、及び無実であることが明らかである5歳前後の子供がそれぞれ一片ずつ与えられ、食べるよう言われる。告発、非告発側のいずれか一方の口が腫れ上がり、その主張が偽であることが判明する。真実を告白し、解除の薬をもらわないと死に至ると考えられている。詳しくは〔浜本満,2014,『信念の呪縛:ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌』九州大学出版会、pp.68-78、第6章〕を参照のこと。 ↩ ↩ ↩ ↩ ↩ ↩ ↩
37 チェアマニ(cheamani, pl.cheamani)。「チェアマン(chairman)」だが、通常は village chairman の意味で用いられる。ケニアの行政単位としての village=sublocation ではなく、そのさらに下位のドゥルマ語でラロ(lalo)と呼ばれる近隣集団のドゥルマ語でmusewamidzi(aka muzewamidzi「諸屋敷の長老」スワヒリ語で muzee wa miji)と呼ばれる世話役に当たる。近隣で起きたトラブルや紛争は、彼が招集する地区の長老たちの集会で議論され、裁定される。この裁定に不満がある場合には、サブ・ロケーションの長サブ・チーフの法廷で、さらにそこでも決着がつかない場合は、ロケーションの長チーフの法廷で審議されることになる。ケニアの地域行政38は2010年の憲法改正により大きな変更があったが、その新旧対照については以下の図を御覧いただきたい。
↩ ↩
38 ケニアの地方行政区画は2010年に大きく改定されたが、私の調査期間の多くは旧制度のもとで実施されたため、ここでの地名などは旧制度とりわけ1995年(この年にキナンゴ・ディヴィジョンがサンブル・ディヴィジョンとキナンゴ・ディヴィジョンの二つに分割された)以前の区分に基づいている。8つあったプロヴィンスの一つ Coast Provinceに属する6つのディストリクト(Kilifi, Kwale, Lamu, Mombasa, Taita Taveta, Tana River)の一つ Kwale District、その4つのDivisions(Kinango, Matuga, Kubo, Msambweni)の一つ Kinango Division、それを構成する9つのロケーションのうち、Kinango Location, Ndavaya Location, Puma Locaitonの3つが私の主な行動範囲であり、それ以外の地域には2~3日の短期間の訪問のみ。各ロケーションはさらに複数のサブ・ロケーションに分かれていた。クワレ・ディストリクトの首府クワレには中央から任命されたディストリクト・コミッショナーのオフィス、キナンゴ・ディヴィジョンの中心地キナンゴの町には同じくディストリクト・オフィサーのオフィスがあった。各ロケーションは政府に任命されたチーフがおり、サブロケーションにはサブ・チーフが行政官として任命されていた。サブロケーションの下にはドゥルマ語でラロ(lalo, pl.malalo)と呼ばれる地域区分があった。私が「村」と呼んでいるのがこれで、実際には行政機構はそなわっておらず、単に独立した「屋敷mudzi15」の集まりにすぎず、各ラロにひとりの近隣で選ばれた「諸屋敷の長老 muzee wa midzi」がいたが、大きな権限は無く世話人的な存在であった。人々はこの長老をしばしばチェアマニ(cheamani37)と呼んでいた。Village Chairmanの意味だという。
1983年の調査は、Puma locationの「青い芯のトウモロコシ」と呼ばれるラロのペレの屋敷と呼ばれる屋敷が、1986~1987年の家族連れでの調査はキナンゴの町なかに借りた一軒家(後にキナンゴの町の郵便局となった)が、1989年以降は同じくキナンゴ・サブ・ロケーションの「ジャコウネコの池」と呼ばれるラロの調査小屋が、後にカタナ氏が結婚した後は彼の開いた新しい屋敷が、私の調査の拠点となった。
2010年の憲法改正により地域行政のシステムも変化したが、次の表に新旧の対応関係を示す。
。ただしドゥルマではサブロケーションより下位の単位であるラロが日々の生活では重要で、地域の長老たちによりさまざまな紛争が話し合われる最小の単位となっているので私はこのラロを引き続き「村」と呼ぶことにしている。新行政システムではかつてのサブロケーションがvillageに対応するとされているが、それとはズレた用法になる。例えば「青い芯のトウモロコシ」や「ジャコウネコの池」を私は村と呼んでいるが、それはラロであり、サブロケーションよりも下の単位(公式には存在しない単位)になる。実はその下にさらに名前のある単位があるが、それは地図にも表れない単位なので私は「地区」ととりあえず呼んでいる。 ↩ ↩
39 カウチェタ(kauchet'a)。ク・チェタ(ku-chet'a)は矢などを「半分に折る」という意味の動詞だが、病気に関する次のような諺の中でよく知られている。"uu ni wa mutsungula kaucheta paka dzulu ya tsulu."「これ(この病気)はムツングラのそれ(矢)だ。土盛りの上に着くまで折れることはない。」ムツングラの木で作った矢が柔軟で抜けないように、この病気は死ぬまで治らない。土盛りとはここでは墓のこと。ここからkauchet'a というと病気が死ぬまで治らないという表現になる。 ↩
40 ムカカジ(mukakazi, pl.akakazi)「僚妻」。一夫多妻婚において、自分の夫の他の妻をムカカジと呼ぶ。僚妻どうしは互いを親しさを込めて(実際に親しいかどうかは別として)「お祖母ちゃん(wawe)」と呼びあう。 ↩
41 マジネ(majine)はジネ(jine)の複数形。イスラム系の妖術。イスラムの導師に依頼して掛けてもらうという。コーランの章句を書いた紙を空中に投げ上げるとそれが魔物jineに変化して命令通り犠牲者を襲うなどとされ、人(妖術使い)に使役される存在である。自らのイニシアティヴで人に憑依する憑依霊のジネ(jine)と、一応区別されているが、あいまい。フィンゴ(fingo42)のような屋敷や作物を妖術使いから守るために設置される埋設呪物も、供犠を怠ればジネに変化して人を襲い始めるなどと言われる。 ↩ ↩ ↩ ↩
42 フィンゴ(fingo, pl.mafingo)。私は「埋設薬」という翻訳を当てている。(1)妖術使いが、犠牲者の屋敷や畑を攻撃する目的で、地中に埋設する薬(muhaso24)。(2)妖術使いの攻撃から屋敷を守るために屋敷のどこかに埋設する薬。いずれの場合も、さまざまな物(例えば妖術の場合だと、犠牲者から奪った衣服の切れ端や毛髪など)をビンやアフリカマイマイの殻、ココヤシの実の核などに詰めて埋める。一旦埋設されたフィンゴは極めて強力で、ただ掘り出して捨てるといったことはできない。妖術使いが仕掛けたものだと、そもそもどこに埋められているかもわからない。それを探し出して引き抜く(ku-ng'ola mafingo)ことを専門にしている施術師がいる。詳しくは〔浜本満,2014,『信念の呪縛:ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌』九州大学出版会、pp.168-180〕。妖術使いが仕掛けたフィンゴだけが危険な訳では無い。屋敷を守る目的のフィンゴも同様に屋敷の人びとに危害を加えうる。フィンゴは定期的な供犠(鶏程度だが)を要求する。それを怠ると人々を襲い始めるのだという。そうでない場合も、例えば祖父の代の誰かがどこかに仕掛けたフィンゴが、忘れ去られて魔物(jine41)に姿を変えてしまうなどということもある。この場合も、占いでそれがわかるとフィンゴ抜きの施術を施さねばならない。 ↩
43 ロホ(roho pl.maroho)。「心」「心臓」。p'umuzi(息)を蓄えておくところだと言う人もいる。モヨ(moyo)は「心」の意味でも「心臓」の意味でも等しく用いる。 ↩
44 クワレ(Kwale)。クワレは、ケニアのクワレ・カウンティ(調査時点ではクワレ・ディストリクト)の行政中心地。 ↩
45 ニョカ・ワ・タンボ(nyoka wa tambo)。「不思議のヘビ」妖術の一種。妖術使いは木で作ったヘビの形をしたものを隠し持っている。それで触れられると、毒ヘビに噛まれたのと同様に、その日のうちに死ぬのだという。触れられても、気が付かない。その後、何かが皮膚を這い回るように感じたり、トゲが刺さったように感じる。直ちに死なないとしても、触れられた箇所がただれたようになる。治らずにやがて死に至る。あるいは人は、切り株に蹴つまずく。または、草の葉で切れる。または木のトゲにささる。しかし、実はそれらはすべて「不思議のヘビ」nyoka wa tamboであり、ヘビに噛まれたと同様に死んでしまう。 ↩
46 ホテリ(hoteli, pl.hoteli)。お茶や揚げパン、チャパティや軽食を提供する安食堂。宿泊施設ではない。2~3人くらいしか入れない店から、数十人の客が入れる店まで、その規模はさまざま。 ↩
47 施術上の親子関係。ムリナ・チャリ夫婦の施術上の子供(mwanamadzi48)もムリナたちに敵対する妖術使いの一人だった。 ↩
48 ムァナマジ(mwanamadzi, pl.anamadzi)。施術師の施術上の子供(mwana wa chiganga49)のなかでも、施術の際に助手を務める者。ムァナマジは男性の助手、ムテジ(muteji58)は女性の助手という区別があるが、ムァナマジは男女の区別無く使用される傾向にある。 ↩ ↩ ↩
49 ムァナ・ワ・キガンガ(mwana wa chiganga)。憑依霊の癒し手(治療師、施術師 muganga)は、誰でも「治療上の(施術上の)子供(mwana wa chiganga, pl. ana a chiganga)」と呼ばれる弟子をもっている。もし憑依霊の病いになり、ある癒し手の治療を受け、それによって全快すれば、患者はその癒し手に4シリングを払い、その癒やし手の治療上の子供になる。この4シリングはムコバ(mukoba8)に入れられ、施術師は患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者は、その癒やし手の「ムコバに入った」と言われる。こうした弟子は、男性の場合はムァナマジ(mwanamadzi,pl.anamadzi)、女性の場合はムテジ(muteji, pl.ateji)とも呼ばれる。これらの言葉を男女を問わず用いる人も多い。癒やし手(施術師)は、彼らの治療上の父(男性施術師の場合 baba wa chiganga)9や母(女性施術師の場合 mayo wa chiganga)10ということになる。これら弟子たちは治療上の親であるその癒やし手の仕事を助ける。もし癒し手が新しい患者を得ると、弟子たちも治療に参加する。薬液(vuo32)や鍋(nyungu50)の材料になる種々の草木を集めたり、薬液を用意する手伝いをしたり、鍋の設置についていくこともある。その癒し手が主宰するンゴマ(カヤンバ)5356に、歌い手として参加したり、その他の手助けをする。その癒し手のためのンゴマ(カヤンバ)が開かれる際には、薪を提供したり、お金を出し合って、そこで供されるチャパティやマハムリ(一種のドーナツ57)を作るための小麦粉を買ったりする。もし弟子自身が病気になると、その特定の癒し手以外の癒し手に治療を依頼することはない。治療上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。治療上の子供は癒やし手に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る」という。 ↩ ↩
50 ニュング(nyungu)。nyunguとは土器製の壺のような形をした鍋で、かつては煮炊きに用いられていた。このnyunguに草木(mihi)その他を詰め、火にかけて沸騰させ、この鍋を脚の間において座り、すっぽり大きな布で頭から覆い、鍋の蒸気を浴びる(kudzifukiza; kochwa)。それが終わると、キザchiza51、あるいはziya(池)のなかの薬液(vuo)を浴びる(koga)。憑依霊治療の一環の一種のサウナ的蒸気浴び治療であるが、患者に対してなされる治療というよりも、患者に憑いている霊に対して提供されるサービスだという側面が強い。https://www.mihamamoto.com/research/mijikenda/durumatxt/pot-treatment.htmlを参照のこと ↩ ↩ ↩ ↩
51 キザ(chiza)。憑依霊のための草木(muhi主に葉)を細かくちぎり、水の中で揉みしだいたもの(vuo=薬液)を容器に入れたもの。患者はそれをすすったり浴びたりする。憑依霊による病気の治療の一環。室内に置くものは小屋のキザ(chiza cha nyumbani)、屋外に置くものは外のキザ(chiza cha konze)と呼ばれる。容器としては取っ手のないアルミの鍋(sfuria)が用いられることも多いが、外のキザには搗き臼(chinu)が用いられることが普通である。屋外に置かれたものは「池」(ziya52)とも呼ばれる。しばしば鍋治療(nyungu50)とセットで設置される。 ↩ ↩ ↩
52 ジヤ(ziya, pl.maziya)。「池、湖」。川(muho)、洞窟(pangani)とともに、ライカ(laika)、キツィンバカジ(chitsimbakazi),シェラ(shera)などの憑依霊の棲み処とされている。またこれらの憑依霊に対する薬液(vuo32)が入った搗き臼(chinu)や料理鍋(sufuria)もジヤと呼ばれることがある(より一般的にはキザ(chiza51)と呼ばれるが)。 ↩
53 ンゴマ(ngoma)。「太鼓」あるいは太鼓演奏を伴う儀礼。木の筒にウシの革を張って作られた太鼓。または太鼓を用いた演奏の催し。憑依霊を招待し、徹夜で踊らせる催しもンゴマngomaと総称される。太鼓には、首からかけて両手で打つ小型のチャプオ(chap'uo, やや大きいものをp'uoと呼ぶ)、大型のムキリマ(muchirima)、片面のみに革を張り地面に置いて用いるブンブンブ(bumbumbu,mbumbumbu)などがある。ンゴマでは異なる音程で鳴る大小のムキリマやブンブンブを寝台の上などに並べて打ち分け、旋律を出す。熟練の技が必要とされる。チャプオは単純なリズムを刻む。憑依霊の踊りの催しには太鼓よりもカヤンバkayambaと呼ばれる、エレファントグラスの茎で作った2枚の板の間にトゥリトゥリの実(t'urit'uri54)を入れてジャラジャラ音を立てるようにした打楽器の方が広く用いられ、そうした催しはカヤンバあるいはマカヤンバと呼ばれる。もっとも、使用楽器によらず、いずれもンゴマngomaと呼ばれることも多い。特に太鼓だということを強調する場合には、そうした催しは ngoma zenye 「本当のngoma」と呼ばれることもある。また、そこでは各憑依霊の持ち歌が歌われることから、この催しは単に「歌(wira55)」と呼ばれることもある。 ↩ ↩
54 ムトゥリトゥリ(mut'urit'uri)。和名トウアズキ。憑依霊ムルング他の草木。Abrus precatorius(Pakia&Cooke2003:390)。その実はトゥリトゥリと呼ばれ、カヤンバ楽器(kayamba)や、占いに用いる瓢箪(chititi)の中に入れられる。別名 mutsongo。 ↩ ↩
55 ウィラ(wira, pl.miira, mawira)。「歌」。しばしば憑依霊を招待する、太鼓やカヤンバ56の伴奏をともなう踊りの催しである(それは憑依霊たちと人間が直接コミュニケーションをとる場でもある)ンゴマ(53)、カヤンバ(56)と同じ意味で用いられる。 ↩ ↩
56 カヤンバ(kayamba)。憑依霊に対する「治療」のもっとも中心で盛大な機会がンゴマ(ngoma)あるはカヤンバ(makayamba)と呼ばれる歌と踊りからなるイベントである。どちらの名称もそこで用いられる楽器にちなんでいる。ンゴマ(ngoma)は太鼓であり、カヤンバ(kayamba, pl. makayamba)とはエレファントグラスの茎で作った2枚の板の間にトゥリトゥリの実(t'urit'ti54)を入れてジャラジャラ音を立てるようにした打楽器で10人前後の奏者によって演奏される。実際に用いられる楽器がカヤンバであっても、そのイベントをンゴマと呼ぶことも普通である。カヤンバ治療にはさまざまな種類がある。また、そこでは各憑依霊の持ち歌が歌われることから、この催しは単に「歌(wira55)」と呼ばれることもある。
↩ ↩ ↩
57 ハムリ(hamuri, pl. mahamuri)。(ス)hamriより。一種のドーナツ、揚げパン。アンダジ(andazi, pl. maandazi)に同じ。 ↩
58 ムテジ(muteji, pl.ateji)。施術師の施術上の子供(mwana wa chiganga49)のなかでも、施術の際に助手を務める者。ムァナマジ(mwanamadzi48)は男性の助手、ムテジ(muteji58)は女性の助手という区別もあるが、ムァナマジは男女の区別無く使用される傾向にある。 ↩ ↩
59 この発言の意味はわかりにくいと思うので、その背景を簡単に説明しておきたい。ケニアでは独立以降、土地の個人登記のプロセスが進行しているが、ドゥルマの地域では1980年代に入ってもこのプロセスはほとんど進んでいなかった。つまりほとんどの土地は個人ではなく、クラン(父系クランあるいはその土地を最初に開いた父系クランの分枝(大リニージ、小リニージ))が所有するもの、という形をとっていた。もちろんやがてやって来る個人登記を見据えて、さまざまな動きが始まってはいた。
従来は同じクランでありさえすれば、人は関係は相当離れていても、同じクランが土地を所有している場所で住み、その土地のクランの長老の許可を得て、自由に土地を耕すことができた。さらに14ある父系クランは7つずつの2グループ(Amoto および Amweziと呼ばれる)に分かれていたが、同じグループに属していれば、murima umwengaと呼ばれ、異なるクランの成員であっても互いの土地を耕すことができるという慣行もあった。
また、ヤギとヤシ酒をその土地の長老に差し出すことで、異なるクランの人間のみならず異民族の人間も「客人mujeni」として土地を耕し屋敷を据える権利を手に入れることができた。彼らの子孫はそのまま何代にもわたってその土地に住み続けることができた。人口に対して土地が無尽蔵なほど広かった時代には、このように人々はかなり自由に移動を繰り返していたのである。
私が調査を始めた1980年代はじめには、状況は少しずつ変わり始めていた。やがてこの地域にも及んでくるだろう土地の個人登記を前に、これらの「客人」や「客人」の子孫たちを自クランの土地から追い出そうという動きや、一地域に住む異なるクランが互いにどちらが正当な所有者でどちらが「客人」であるかを巡って争うケースなど、土地を巡る紛争が散見されるようになってきた。また個人は自由に土地を売ることはできないが、地域の長老たちの許しが得られれば、自分が現に占有している土地の一部を金銭と引き換えに、他人に売却する慣行も見られるようになった。現金の必要性が高まるにつれて、土地の売却は現金を手に入れる手っ取り早い方法になりつつあった。裁判費用とか子供の学資とかのよほど正当な理由がない限り長老たちの許しを得ることは困難であったが。また個人登記がいずれは「やって来る」ことを見込んで、先見の明がある人々は、クランの他の成員の要求にさらされない土地に対する恒久的権利を、こうした取引で手に入れ始めた。
2010年代に入ってもこの地方の土地の個人登記はまだ完成していない。しかしすでにある程度の土地が、正式登記が始まる前にこうした先見の明のある人々によって所有権が確定されている今、残ったクラン所有の土地をめぐる紛争はかつてなく激化し、裁判のみならず、グループ間の妖術合戦や実際の殺人すらも起きている。
私の調査が集中していた1980年代から1990年代なかばあたりまでは、土地がクランの集団所有だという観念がまだまだ強かったが、すでに「客人」がヤギとヤシ酒で手に入れた土地占有権については、すでに若干不安定なものになりつつあった。そこで上記の「土地は他人に切り分けて与えるわけにはいかない」という発言は、土地は所有者クランのものなので、他人に完全に切り分けて譲ることはできない、従って所有者である自分たちは「客人」であるあなた方を追い出すことができるのだ、という含意をもつことになる。
私の調査小屋も、その土地を所有するMクランの分枝にヤギとヤシ酒(現金に換算して)を支払い、小屋を取り巻くほんの小さい区画だけを手に入れて建てたものであった。従来であれば、私は家族連れでケニアに移住し、この小屋に末永く何代にもわたって住み続けることもできたであろうに。しかし時代はすでに変わりつつあった。
カタナ氏は当時から個人登記がやがて来ることを見据えており、Mクランから当時は完全なブッシュだった10エーカーほどの土地を現金購入して彼個人の所有にするプランをもっていた。私もそれをサポートし、カタナ氏は1989年に自分個人の土地を確保した。これは先見の明というしかなかった。1998年3月から2003年3月まで、私はドゥルマを再訪することができなかった。私がもう来ないだろうと思われたのかどうかはわからないが、案の定というか、2000年代に入るなり、カタナ氏は調査小屋とその周囲の土地から出ていくよう言われてしまったという。この仕打ちにカタナ氏は憤慨したが、事を荒立てることなく、すでに手に入れていたブッシュを開いてそこに新たな家を建てたのであった。2003年、何も知らずにやって来た私は、当てにしていた懐かしの小屋があったはずの場所がただの畑になっているのを見て愕然とした。これ以降はカタナくんが建てた新しい家に居候するかたちで安心して快適な調査を継続することができた。カタナ氏の先見の明に救われたわけである。 ↩
60 ワリ(wari)。トウモロコシの挽き粉で作った練り粥。ドゥルマの主食。水を沸騰させ、そこに少量の粉を入れて撹拌し、やや粘りが出た所に、どっさり粉を入れて力いっぱい練る。大きな皿に盛って、各自が手で掴み取り、手の中で丸めてスープなどに浸して食する。スワヒリ語でウガリ(ugali)と呼ばれるものと同じ。スワヒリ語ではワリ(wari)は米飯を指す。ドゥルマ語では米飯はムテレ(mutele)あるいはムブンガ(muphunga)と呼ぶ。 ↩
61 ク・ブェンドゥラ(ku-phendula)は「裏返す、ひっくり返す」の意味の動詞。「薬」muhasoによる妖術の治療法の最も一般的なやり方。基本的には、妖術の施術師(muganga wa utsai)は、妖術使いが用いたのと同じ「薬」をもちいて、その「薬」に対して自らの命令で妖術使いが与えた攻撃命令を上書きしてやる、というものである。具体的には、妖術使いが薬(muhaso)を用いて道などに罠を仕掛け、そこを通ったターゲットを罠でとらえ妖術をかけるように、施術師は同じ薬で地面の上に目に見えるように罠を描き、患者にそれをまたがせ(あるいは踏ませ)、その罠の上に座らせ、患者を再び薬の罠に捕らえさせたうえで、鶏の羽毛をむしりながらその患者を周回しつつ薬に患者を解き放つよう上書き命令を下すというやり方である。詳しくは〔浜本 2014, chap.4〕を参照のこと。他にも、さまざまなやり方が、妖術の異なる種類に応じて、存在する。ニューニ(nyuni62)の治療においてもこの言葉が用いられることがある。 ↩ ↩ ↩
62 ニューニ(nyuni)。「キツツキ」。道を進んでいるとき、この鳥が前後左右のどちらで鳴くかによって、その旅の吉凶を占う。ここから吉凶全般をnyuniという言葉で表現する。(行く手で鳴く場合;nyuni wa kumakpwa 驚きあきれることがある、右手で鳴く場合;nyuni wa nguvu 食事には困らない、左手で鳴く場合;nyuni wa kureja 交渉が成功し幸運を手に入れる、後で鳴く場合;nyuni wa kusagala 遅延や引き止められる、nyuni が屋敷内で鳴けば来客がある徴)。またnyuniは「上の霊 nyama wa dzulu63」と総称される鳥の憑依霊、およびそれが引き起こす子供の引きつけを含む様々な病気の総称(ukongo wa nyuni)としても用いられる。(nyuniの病気には多くの種類がある。施術師によってその分類は異なるが、例えば nyuni wa joka:子供は泣いてばかり、wa nyagu(別名 mwasaga, wa chiraphai):手脚を痙攣させる、その他wa zuni、wa chilui、wa nyaa、wa kudusa、wa chidundumo、wa mwaha、wa kpwambalu、wa chifuro、wa kamasi、wa chip'ala、wa kajura、wa kabarale、wa kakpwang'aなど。これらの「上の霊」のなかには母親に憑いて、生まれてくる子供を殺してしまうものもおり、それらは危険な「除霊」(kukokomola)の対象となる。 ↩ ↩ ↩ ↩ ↩ ↩ ↩ ↩
63 ニャマ・ワ・ズル(nyama wa dzulu, pl. nyama a dzulu)。「上の動物、上の憑依霊」。ニューニ(nyuni、直訳するとキツツキ62)と総称される、主として鳥の憑依霊だが、ニューニという言葉は乳幼児や、この病気を持つ子どもの母の前で発すると、子供に発作を引き起こすとされ、忌み言葉になっている。したがってニューニという言葉の代わりに婉曲的にニャマ・ワ・ズルと言う言葉を用いるという。多くの種類がいるが、この病気は憑依霊の病気を治療する施術師とは別のカテゴリーの施術師が治療する。時間があれば別項目を立てて、詳しく紹介するかもしれない。ニャマ・ワ・ズル「上の憑依霊」のあるものは、女性に憑く場合があるが、その場合も、霊は女性をではなく彼女の子供を病気にする。病気になった子供だけでなく、その母親も治療される必要がある。しばしば女性に憑いた「上の霊」はその女性の子供を立て続けに殺してしまうことがあり、その場合は除霊(kukokomola64)の対象となる。 ↩ ↩ ↩
64 ク・ココモラ(ku-kokomola)。「除霊する」。憑依霊を2つに分けて、「身体の憑依霊 nyama wa mwirini65」と「除去の憑依霊 nyama wa kuusa66」67と呼ぶ呼び方がある。ある種の憑依霊たちは、女性に憑いて彼女を不妊にしたり、生まれてくる子供をすべて殺してしまったりするものがある。こうした霊はときに除霊によって取り除く必要がある。ペポムルメ(p'ep'o mulume71)、カドゥメ(kadume83)、マウィヤ人(Mawiya84)、ドゥングマレ(dungumale87)、ジネ・ムァンガ(jine mwanga96)、トゥヌシ(tunusi97)、ツォビャ(tsovya99)、ゴジャマ(gojama86)などが代表例。しかし除霊は必ずなされるものではない。護符pinguやmapandeで危害を防ぐことも可能である。「上の霊 nyama wa dzulu63」あるいはニューニ(nyuni「キツツキ」62)と呼ばれるグループの霊は、子供にひきつけをおこさせる危険な霊だが、これは一般の憑依霊とは別個の取り扱いを受ける。これも除霊の主たる対象となる。動詞ク・シンディカ(ku-sindika「(戸などを)閉ざす、閉める、閉め出す」)、ク・ウサ(ku-usa「除去する」)、ク・シサ(ku-sisa「(客などを)送っていく、見送る、送り出す(帰り道の途中まで同行して)、殺す」)も同じ除霊を指すのに用いられる。スワヒリ語のku-chomoa(「引き抜く」「引き出す」)から来た動詞 ku-chomowa も、ドゥルマでは「除霊する」の意味で用いられる。ku-chomowaは一つの霊について用いるのに対して、ku-kokomolaは数多くの霊に対してそれらを次々取除く治療を指すと、その違いを説明する人もいる。 ↩ ↩ ↩ ↩ ↩ ↩ ↩ ↩
65 ニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini, pl. nyama a mwirini)「身体の憑依霊」。除霊(kukokomola64)の対象となるニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa, pl. nyama a kuusa)「除去の憑依霊」との対照で、その他の通常の憑依霊を「身体の憑依霊」と呼ぶ分類がある。通常の憑依霊は、自分たちの要求をかなえてもらうために人に憑いて、その人を病気にする。施術師がその霊と交渉し、要求を聞き出し、それを叶えることによって病気は治る。憑依霊の要求に応じて、宿主は憑依霊のお気に入りの布を身に着けたり、徹夜の踊りの会で踊りを開いてもらう。憑依霊は宿主の身体を借りて踊り、踊りを楽しむ。こうした関係に入ると、憑依霊を宿主から切り離すことは不可能となる。これが「身体の憑依霊」である。こうした霊を除霊することは極めて危険で困難であり、事実上不可能と考えられている。 ↩ ↩
66 ニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa, pl. nyama a kuusa67)。「除去の憑依霊」。憑依霊のなかのあるものは、女性に憑いてその女性を不妊にしたり、その女性が生む子供を殺してしまったりする。その場合には女性からその憑依霊を除霊する(kukokomola64)必要がある。これはかなり危険な作業だとされている。イスラム系の霊のあるものたち(とりわけジネと呼ばれる霊たち41)は、イスラム系の妖術使いによって攻撃目的で送りこまれる場合があり、イスラム系の施術師による除霊を必要とする。妖術によって送りつけられた霊は、「妖術の霊(nyama wa utsai)」あるいは「薬の霊(nyama wa muhaso)」などの言い方で呼ばれることもある。ジネ以外のイスラム系の憑依霊(nyama wa chidzomba70)も、ときに女性を不妊にしたり、その子供を殺したりするので、その場合には除霊の対象になる。ニャマ・ワ・ズル(nyama wa dzulu, pl.nyama a dzulu63)「上の霊」あるいはニューニ(nyuni62)と呼ばれる多くは鳥の憑依霊たちは、幼児にヒキツケを引き起こしたりすることで知られており、憑依霊の施術師とは別に専門の施術師がいて、彼らの治療の対象であるが、ときには成人の女性に憑いて、彼女の生む子供を立て続けに殺してしまうので、除霊の対象になる。内陸系の霊のなかにも、女性に憑いて同様な危害を及ぼすものがあり、その場合には除霊の対象になる。こうした形で、除霊の対象にならない憑依霊たちは、自分たちの宿主との間に一生続く関係を構築する。要求がかなえられないと宿主を病気にするが、友好的な関係が維持できれば、宿主にさまざまな恩恵を与えてくれる場合もある。これらの大多数の霊は「除去の憑依霊」との対照でニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini, pl. nyama a mwirini65)「身体の憑依霊」と呼ばれている。 ↩
67 クウサ(ku-usa)。「除去する、取り除く」を意味する動詞。転じて、負っている負債や義務を「返す」、儀礼や催しを「執り行う」などの意味にも用いられる。例えば祖先に対する供犠(sadaka)をおこなうことは ku-usa sadaka、婚礼(harusi)を執り行うも ku-usa harusiなどと言う。クウサ・ムズカ(muzuka)あるいはミジム(mizimu)とは、ムズカに祈願して願いがかなったら云々の物を供犠します、などと約束していた場合、成願時にその約束を果たす(ムズカに「支払いをする(ku-ripha muzuka)」ともいう)ことであったり、妖術使いがムズカに悪しき祈願を行ったために不幸に陥った者が、それを逆転させる措置(たとえば「汚れを取り戻す」68など)を行うことなどを意味する。 ↩ ↩ ↩ ↩
68 ノンゴ(nongo)。「汚れ」を意味する名詞だが、象徴的な意味ももつ。ノンゴの妖術 utsai wa nongo というと、犠牲者の持ち物の一部や毛髪などを盗んでムズカ69などに隠す行為で、それによって犠牲者は、「この世にいるようで、この世にいないような状態(dza u mumo na dza kumo)」になり、何事もうまくいかなくなる。身体的不調のみならずさまざまな企ての失敗なども引き起こす。治療のためには「ノンゴを戻す(ku-udza nongo)」必要がある。「悪いノンゴ(nongo mbii)」をもつとは、人々から人気がなくなること、何か話しても誰にも聞いてもらえないことなどで、人気があることは「良いノンゴ(nongo mbidzo)」をもっていると言われる。悪いノンゴ、良いノンゴの代わりに「悪い臭い(kungu mbii)」「良い臭い(kungu mbidzo)」と言う言い方もある。 ↩ ↩
69 ムズカ(muzuka)。特別な木の洞や、洞窟で霊の棲み処とされる場所。また、そこに棲む霊の名前。ムズカではさまざまな祈願が行われる。地域の長老たちによって降雨祈願が行われるムルングのムズカと呼ばれる場所と、さまざまな霊(とりわけイスラム系の霊)の棲み処で個人が祈願を行うムズカがある。後者は祈願をおこないそれが実現すると必ず「支払い」をせねばならない。さもないと災が自分に降りかかる。妖術使いはしばしば犠牲者の「汚れ68」をムズカに置くことによって攻撃する(「汚れを奪う」妖術)という。「汚れを戻す」治療が必要になる。 ↩
70 ニャマ・ワ・キゾンバ(nyama wa chidzomba, pl. nyama a chidzomba)。「イスラム系の憑依霊」。イスラム系の霊は「海岸の霊 nyama wa pwani」とも呼ばれる。イスラム系の霊たちに共通するのは、清潔好き、綺麗好きということで、ドゥルマの人々の「不潔な」生活を嫌っている。とりわけおしっこ(mikojo、これには「尿」と「精液」が含まれる)を嫌うので、赤ん坊を抱く母親がその衣服に排尿されるのを嫌い、母親を病気にしたり子供を病気にし、殺してしまったりもする。イスラム系の霊の一部には夜女性が寝ている間に彼女と性交をもとうとする霊がいる。男霊(p'ep'o mulume71)の別名をもつ男性のスディアニ導師(mwalimu sudiani72)がその代表例であり、女性に憑いて彼女を不妊にしたり(夫の精液を嫌って排除するので、子供が生まれない)、生まれてくる子供を全て殺してしまったり(その尿を嫌って)するので、最後の手段として危険な除霊(kukokomola)の対象とされることもある。イスラム系の霊は一般に獰猛(musiru)で怒りっぽい。内陸部の霊が好む草木(muhi)や、それを炒って黒い粉にした薬(muhaso)を嫌うので、内陸部の霊に対する治療を行う際には、患者にイスラム系の霊が憑いている場合には、このことについての許しを前もって得ていなければならない。イスラム系の霊に対する治療は、薔薇水や香水による沐浴が欠かせない。このようにきわめて厄介な霊ではあるのだが、その要求をかなえて彼らに気に入られると、彼らは自分が憑いている人に富をもたらすとも考えられている。 ↩
71 ペーポームルメ(p'ep'o mulume)。ムルメ(mulume)は「男性」を意味する名詞。男性のスディアニ Sudiani、カドゥメ Kadumeの別名とも。女性がこの霊にとり憑かれていると,彼女はしばしば美しい男と性交している夢を見る。そして実際の夫が彼女との性交を求めても,彼女は拒んでしまうようになるかもしれない。夫の方でも勃起しなくなってしまうかもしれない。女性の月経が終ったとき、もし夫がぐずぐずしていると,夫の代りにペポムルメの方が彼女と先に始めてしまうと、たとえ夫がいくら性交しようとも彼女が妊娠することはない。施術師による治療を受けてようやく、彼女は妊娠するようになる。その治療が功を奏さない場合には、最終的に除霊(ku-kokomola64)もありうる。逆に女性のスディアニもいて、こちらは夢の中で男性を誘惑し、不能にする。 ↩ ↩ ↩
72 スディアニ(sudiani)。スーダン人だと説明する人もいるが、ザンジバルの憑依を研究したLarsenは、スビアーニ(subiani)と呼ばれる霊について簡単に報告している。それはアラブの霊ruhaniの一種ではあるが、他のruhaniとは若干性格を異にしているらしい(Larsen 2008:78)。もちろんスーダンとの結びつきには言及されていない。スディアニには男女がいる。厳格なイスラム教徒で綺麗好き。女性のスディアニは男性と夢の中で性関係をもち、男のスディアニは女性と夢の中で性関係をもつ。同じふるまいをする憑依霊にペポムルメ(p'ep'o mulume, mulume=男)がいるが、これは男のスディアニの別名だとされている。いずれの場合も子供が生まれなくなるため、除霊(ku-kokomola)してしまうこともある(DB 214)。スディアニの典型的な症状は、発狂(kpwayuka)して、水、とりわけ海に飛び込む。治療は「海岸の草木muhi wa pwani」73による鍋(nyungu50)と、飲む大皿と浴びる大皿(kombe82)。白いローブ(zurungi,kanzu)と白いターバン、中に指輪を入れた護符(pingu79)。 ↩
73 ムヒ(muhi、複数形は mihi)。植物一般を指す言葉だが、憑依霊の文脈では、治療に用いる草木を指す。憑依霊の治療においては霊ごとに異なる草木の組み合わせがあるが、大きく分けてイスラム系の憑依霊に対する「海岸部の草木」(mihi ya pwani(pl.)/ muhi wa pwani(sing.))、内陸部の憑依霊に対する「内陸部の草木」(mihi ya bara(pl.)/muhi wa bara(sing.))に大別される。冷やしの施術や、妖術の施術74においても固有の草木が用いられる。muhiはさまざまな形で用いられる。搗き砕いて香料(mavumba75)の成分に、根や木部は切り彫ってパンデ(pande76)に、根や枝は煎じて飲み薬(muhi wa kunwa, muhi wa kujita)に、葉は水の中で揉んで薬液(vuo)に、また鍋の中で煮て蒸気を浴びる鍋(nyungu50)治療に、土器片の上で炒ってすりつぶし黒い粉状の薬(muhaso, mureya)に、など。ミヒニ(mihini)は字義通りには「木々の場所(に、で)」だが、施術の文脈では、施術に必要な草木を集める作業を指す。 ↩
74 ウガンガ(uganga)。癒やしの術、治療術、施術などという訳語を当てている。病気やその他の災に対処する技術。さまざまな種類の術があるが、大別すると3つに分けられる。(1)冷やしの施術(uganga wa kuphoza): 安心安全に生を営んでいくうえで従わねばならないさまざまなやり方・きまり(人々はドゥルマのやり方chidurumaと呼ぶ)を犯した結果生じる秩序の乱れや災厄、あるいは外的な事故がもたらす秩序の乱れを「冷やし」修正する術。(2)薬の施術(uganga wa muhaso): 妖術使い(さまざまな薬を使役して他人に不幸や危害をもたらす者)によって引き起こされた病気や災厄に対処する、妖術使い同様に薬の使役に通暁した専門家たちが提供する術。(3)憑依霊の施術(uganga wa nyama): 憑依霊によって引き起こされるさまざまな病気に対処し、憑依霊と交渉し患者と憑依霊の関係を取り持ち、再構築し、安定させる癒やしの術。 ↩
75 マヴンバ(mavumba)。「香料」。憑依霊の種類ごとに異なる。乾燥した草木や樹皮、根を搗き砕いて細かくした、あるいは粉状にしたもの。イスラム系の霊に用いられるものは、スパイスショップでピラウ・ミックスとして購入可能な香辛料ミックス。 ↩ ↩
76 パンデ(pande, pl.mapande)。草木の幹、枝、根などを削って作る護符77。穴を開けてそこに紐を通し、それで手首、腰、足首など付ける箇所に結びつける。
↩ ↩ ↩
77 「護符」。憑依霊の施術師が、憑依霊によってトラブルに見舞われている人に、処方するもので、患者がそれを身につけていることで、苦しみから解放されるもの。あるいはそれを予防することができるもの。ンガタ(ngata78)、パンデ(pande76)、ピング(pingu79)、ヒリジ(hirizi80)、ヒンジマ(hinzima81)など、さまざまな種類がある。ピング(pingu)で全部を指していることもある。憑依霊ごとに(あるいは憑依霊のグループごとに)固有のものがある。勘違いしやすいのは、それを例えば憑依霊除けのお守りのようなものと考えてしまうことである。施術師たちは、これらを憑依霊に対して差し出される椅子(chihi)だと呼ぶ。憑依霊は、自分たちが気に入った者のところにやって来るのだが、椅子がないと、その者の身体の各部にそのまま腰を下ろしてしまう。すると患者は身体的苦痛その他に苦しむことになる。そこで椅子を用意しておいてやれば、やってきた憑依霊はその椅子に座るので、患者が苦しむことはなくなる、という理屈なのである。「護符」という訳語は、それゆえあまり適切ではないのだが、それに代わる適当な言葉がないので、とりあえず使い続けることにするが、霊を寄せ付けないためのお守りのようなものと勘違いしないように。 ↩ ↩ ↩
78 ンガタ(ngata)。護符77の一種。布製の長方形の袋状で、中に薬(muhaso),香料(mavumba),小さな紙に描いた憑依霊の絵などが入れてあり、紐で腕などに巻くもの、あるいはライカのンガタが代表的であるが、帯状の布のなかに薬などを入れてひねって包み、そのまま腕などに巻くものなど、さまざまなものがある。 ↩
79 ピング(pingu)。薬(muhaso:さまざまな草木由来の粉)を布などで包み、それを糸でぐるぐる巻きに球状に縫い固めた護符77の一種。厳密にはそうなのだが、護符の類をすべてピングと呼ぶ使い方も広く見られる。
↩ ↩
80 ヒリジ(hirizi, pl.hirizi)。スワヒリ語では、コーランの章句を書いて作った護符を指す。革で作られた四角く縫い合わされた小さな袋状の護符で、コーランの章句が書かれた紙などが折りたたまれて封入されている。紐が通してあり、首などから掛ける。ドゥルマでも同じ使い方もされるが、イスラムの施術師が作るものにはヒンジマ(hinzima81)という言葉があり、ヒリジは、ドゥルマでは非イスラムの施術師によるピングなどの護符を含むような使い方も普通にされている。
↩ ↩
81 ヒンジマ(hinzima, pl. hinzima)。革で作られた四角く縫い合わされた小さな袋状の護符で、コーランの章句が書かれた紙などが折りたたまれて封入されている。紐が通してあり、首などから掛ける。イスラム教の施術師によって作られる。スワヒリ語のヒリジ(hirizi)に当たるが、ドゥルマではヒリジ(hirizi80)という語は、非イスラムの施術師が作る護符(pinguなど)も含む使い方をされている。イスラムの施術師によって作られるものを特に指すのがヒンジマである。 ↩ ↩
82 コンベ(kombe)は「大皿」を意味するスワヒリ語。kombe はドゥルマではイスラム系の憑依霊の治療のひとつである。陶器、磁器の大皿にサフランをローズウォーターで溶いたもので字や絵を描く。描かれるのは「コーランの章句」だとされるアラビア文字風のなにか、モスクや月や星の絵などである。描き終わると、それはローズウォーターで洗われ、瓶に詰められる。一つは甘いバラシロップ(Sharbat Roseという商品名で売られているもの)を加えて、少しずつ水で薄めて飲む。これが「飲む大皿 kombe ra kunwa」である。もうひとつはバケツの水に加えて、それで沐浴する。これが「浴びる大皿 kombe ra koga」である。文字や図像を飲み、浴びることに病気治療の効果があると考えられているようだ。 ↩
83 カドゥメ(kadume)は、ペポムルメ(p'ep'o mulume)、ツォビャ(tsovya)などと同様の振る舞いをする憑依霊。共通するふるまいは、女性に憑依して夜夢の中にやってきて、女性を組み敷き性関係をもつ。女性は夫との性関係が不可能になったり、拒んだりするようになりうる。その結果子供ができない。こうした点で、三者はそれぞれの別名であるとされることもある。護符(ngata)が最初の対処であるが、カドゥメとツォーヴャは、取り憑いた女性の子供を突然捕らえて病気にしたり殺してしまうことがあり、ペポムルメ以上に、除霊(kukokomola)が必要となる。 ↩ ↩
84 マウィヤ(Mawiya)。民族名の憑依霊、マウィヤ人(Mawia)。モザンビーク北部からタンザニアにかけての海岸部に居住する諸民族のひとつ。同じ地域にマコンデ人(makonde85)もいるが、憑依霊の世界ではしばしばマウィヤはマコンデの別名だとも主張される。ともに人肉を食う習慣があると主張されている(もちデマ)。女性が憑依されると、彼女の子供を殺してしまう(子供を産んでも「血を飲まれてしまって」育たない)。症状は別の憑依霊ゴジャマ(gojama86)と同様で、母乳を水にしてしまい、子供が飲むと嘔吐、下痢、腹部膨満を引き起こす。女性にとっては危険な霊なので、除霊(ku-kokomola)に訴えることもある。 ↩
85 マコンデ(makonde)。民族名の憑依霊、マコンデ人(makonde)。別名マウィヤ人(mawiya)。モザンビーク北部からタンザニアにかけての海岸部に居住する諸民族のひとつで、マウィヤも同じグループに属する。人肉食の習慣があると噂されている(デマ)。女性に憑依して彼女の産む子供を殺してしまうので、除霊(ku-kokomola)の対象とされることもある。 ↩
86 ゴジャマ(gojama)。憑依霊の一種、ときにゴジャマ導師(mwalimu gojama)とも語られ、イスラム系とみなされることもある。狩猟採集民の憑依霊ムリャングロ(Muryangulo/pl.Aryangulo)と同一だという説もある。ひとつ目の半人半獣の怪物で尾をもつ。ブッシュの中で人の名前を呼び、うっかり応えると食べられるという。ブッシュで追いかけられたときには、葉っぱを撒き散らすと良い。ゴジャマはそれを見ると数え始めるので、その隙に逃げれば良いという。憑依されると、人を食べたくなり、カヤンバではしばしば斧をかついで踊る。憑依された人は、人の血を飲むと言われる。彼(彼女)に見つめられるとそれだけで見つめられた人の血はなくなってしまう。カヤンバでも、血を飲みたいと言って子供を追いかけ回す。また人肉を食べたがるが、カヤンバの席で前もって羊の肉があれば、それを与えると静かになる。ゴジャマをもつ者は、普段の状況でも食べ物の好みがかわり、蜂蜜を好むようになる。また尿に血や膿が混じる症状を呈することがある。さらにゴジャマをもつ女性は子供がもてなくなる(kaika ana)かもしれない。妊娠しても流産を繰り返す。その場合には、雄羊(ng'onzi t'urume)の供犠でその血を用いて除霊(kukokomola64)できる。雄羊の毛を縫い込んだ護符(pingu)を女性の胸のところにつけ、女性に雄羊の尾を食べさせる。 ↩ ↩
87 ドゥングマレ(dungumale)。母親に憑いて子供を捕らえる憑依霊。症状:発熱mwiri moho。子供泣き止まない。嘔吐、下痢。nyama wa kuusa(除霊ku-kokomola64の対象になる)67。黒いヤギmbuzi nyiru。ヤギを繋いでおくためのロープ。除霊の際には、患者はそのロープを持って走り出て、屋敷の外で倒れる。ドゥングマレの草木: mudungumale=muyama88 ↩ ↩ ↩
88 ムヤマ(muyama)。ムルング(mulungu89)の草木、ドゥングマレ(dungumale87)、ニューニ(nyuni62)の草木。Croton megalocarpus, in Giriama(Maundu&Tengnas2005:182)。'The Duruma use the roots and leaves as medicines for convulsions, gastric lesions and inflamation, while the Giriama use them to treat spiritual ailments.'(Pakia&Cooke2003b:389)ムラガパラ(mulagapala95)に同じとも。 ↩ ↩
89 ムルング(mulungu)。ムルングはドゥルマにおける至高神で、雨をコントロールする。憑依霊のムァナムルング(mwanamulungu)90との関係は人によって曖昧。憑依霊につく「子供」mwanaという言葉は、内陸系の憑依霊につける敬称という意味合いも強い。一方憑依霊のムルングは至高神ムルング(女性だとされている)の子供だと主張されることもある。私はムァナムルング(mwanamulungu)については「ムルング子神」という訳語を用いる。しかし単にムルング(mulungu)で憑依霊のムァナムルングを指す言い方も普通に見られる。このあたりのことについては、ドゥルマの(特定の人による理論ではなく)慣用を尊重して、あえて曖昧にとどめておきたい。 ↩ ↩
90 ムァナムルング(mwanamulungu)。「ムルング子神」と訳しておく。憑依霊の名前の前につける"mwana"には敬称的な意味があると私は考えている。しかし至高神ムルング(mulungu)と憑依霊のムルング(mwanamulungu)の関係については、施術師によって意見が分かれることがある。多くの人は両者を同一とみなしているが、天にいるムルング(女性)が地上に落とした彼女の子供(女性)だとして、区別する者もいる。いずれにしても憑依霊ムルングが、すべての憑依霊の筆頭であるという点では意見が一致している。憑依霊ムルングも他の憑依霊と同様に、自分の要求を伝えるために、自分が惚れた(あるいは目をつけた kutsunuka)人を病気にする。その症状は身体全体にわたる。その一つに人々が発狂(kpwayuka)と呼ぶある種の精神状態がある。また女性の妊娠を妨げるのも憑依霊ムルングの特徴の一つである。ムルングがこうした症状を引き起こすことによって満たそうとする要求は、単に布(nguo ya mulungu と呼ばれる黒い布 nguo nyiru (実際には紺色))であったり、ムルングの草木を水の中で揉みしだいた薬液を浴びることであったり(chiza51)、ムルングの草木を鍋に詰め少量の水を加えて沸騰させ、その湯気を浴びること(「鍋nyungu」)であったりする。さらにムルングは自分自身の子供を要求することもある。それは瓢箪で作られ、瓢箪子供と呼ばれる91。女性の不妊はしばしばムルングのこの要求のせいであるとされ、瓢箪子供をムルングに差し出すことで妊娠が可能になると考えられている92。この瓢箪子供は女性の子供と一緒に背負い布に結ばれ、背中の赤ん坊の健康を守り、さらなる妊娠を可能にしてくれる。しかしムルングの究極の要求は、患者自身が施術師になることである。ムルングが引き起こす症状で、すでに言及した「発狂kpwayuka」は、ムルングのこの究極の要求につながっていることがしばしばである。ここでも瓢箪子供としてムルングは施術師の「子供」となり、彼あるいは彼女の癒やしの術を助ける。もちろん、さまざまな憑依霊が、癒やしの仕事(kazi ya uganga)を欲して=憑かれた者がその霊の癒しの術の施術師(muganga 癒し手、治療師)となってその霊の癒やしの術の仕事をしてくれるようになることを求めて、人に憑く。最終的にはこの願いがかなうまでは霊たちはそれを催促するために、人を様々な病気で苦しめ続ける。憑依霊たちの筆頭は神=ムルングなので、すべての施術師のキャリアは、まず子神ムルングを外に出す(徹夜のカヤンバ儀礼を経て、その瓢箪子供を授けられ、さまざまなテストをパスして正式な施術師として認められる手続き)ことから始まる。 ↩ ↩ ↩
91 ムァナ・ワ・ンドンガ(mwana wa ndonga)。ムァナ(mwana, pl. ana)は「子供」、ンドンガ(ndonga)は「瓢箪」。「瓢箪の子供」を意味する。「瓢箪子供」と訳すことにしている。瓢箪の実(chirenje)で作った子供。瓢箪子供には2種類あり、ひとつは施術師が特定の憑依霊(とその仲間)の癒やしの術(uganga)をとりおこなえる施術師に就任する際に、施術上の父と母から授けられるもので、それは彼(彼女)の施術の力の源泉となる大切な存在(彼/彼女の占いや治療行為を助ける憑依霊はこの瓢箪の姿をとった彼/彼女にとっての「子供」とされる)である。一方、こうした施術師の所持する瓢箪子供とは別に、不妊に悩む女性に授けられるチェレコchereko(ku-ereka 「赤ん坊を背負う」より)とも呼ばれる瓢箪子供92がある。瓢箪子供の各部の名称については、図94を参照。 ↩ ↩
92 チェレコ(chereko)。「背負う」を意味する動詞ク・エレカ(kpwereka)より。不妊の女性に与えられる瓢箪子供91。子供がなかなかできない(ドゥルマ語で「彼女は子供をきちんと置かない kaika ana」と呼ばれる事態で、連続する死産、流産、赤ん坊が幼いうちに死ぬ、第二子以降がなかなか生まれないなども含む)原因は、しばしば自分の子供がほしいムルング子神90がその女性の出産力に嫉妬して、その女性の妊娠を阻んでいるためとされる。ムルング子神の瓢箪子供を夫婦に授けることで、妻は再び妊娠すると考えられている。まだ一切の加工がされていない瓢箪(chirenje)を「鍋」とともにムルングに示し、妊娠・出産を祈願する。授けられた瓢箪は夫婦の寝台の下に置かれる。やがて妻に子供が生まれると、徹夜のカヤンバを開催し施術師はその瓢箪の口を開け、くびれた部分にビーズ ushangaの紐を結び、中身を取り出す。夫婦は二人でその瓢箪に心臓(ムルングの草木を削って作った木片mapande76)、内蔵(ムルングの草木を砕いて作った香料75)、血(ヒマ油93)を入れて「瓢箪子供」にする。徹夜のカヤンバが夜明け前にクライマックスになると、瓢箪子供をムルング子神(に憑依された妻)に与える。以後、瓢箪子供は夜は夫婦の寝台の上に置かれ、昼は生まれた赤ん坊の背負い布の端に結び付けられて、生まれてきた赤ん坊の成長を守る。瓢箪子どもの血と内臓は、切らさないようにその都度、補っていかねばならない。夫婦の一方が万一浮気をすると瓢箪子供は泣き、壊れてしまうかもしれない。チェレコを授ける儀礼手続きの詳細は、浜本満, 1992,「「子供」としての憑依霊--ドゥルマにおける瓢箪子供を連れ出す儀礼」『アフリカ研究』Vol.41:1-22を参照されたい。 ↩ ↩
93 ニョーノ(nyono)。ヒマ(mbono, mubono)の実、そこからヒマの油(mafuha ga nyono)を抽出する。さまざまな施術に使われるが、ヒマの油は閉経期を過ぎた、かつ夫と死別して夫がいない女性によって抽出されねばならない。ムルングの瓢箪子供には「血」としてヒマの油が入れられる。雨乞いにかつて用いられていたヒマの油も閉経期を過ぎた助成によって抽出されたものが用いられていた。死別の条件はなし。 ↩
94 ンドンガ(ndonga)。瓢箪chirenjeを乾燥させて作った容器。とりわけ施術師(憑依霊、妖術、冷やしを問わず)が「薬muhaso」を入れるのに用いられる。憑依霊の施術師の場合は、薬の容器とは別に、憑依霊の瓢箪子供 mwana wa ndongaをもっている。内陸部の霊たちの主だったものは自らの「子供」を欲し、それらの霊のmuganga(癒し手、施術師)は、その就任に際して、医療上の父と母によって瓢箪で作られた、それらの霊の「子供」を授かる。その瓢箪は、中に心臓(憑依霊の草木muhiの切片)、血(ヒマ油、ハチミツ、牛のギーなど、霊ごとに定まっている)、腸(mavumba=香料、細かく粉砕した草木他。その材料は霊ごとに定まっている)が入れられている。瓢箪子供は施術師の癒やしの技を手助けする。しかし施術師が過ちを犯すと、「泣き」(中の液が噴きこぼれる)、施術師の癒やしの仕事(uganga)を封印してしまったりする。一方、イスラム系の憑依霊たちはそうした瓢箪子供をもたない。例外が世界導師とペンバ人なのである(ただしペンバ人といっても呪物除去のペンバ人のみで、普通の憑依霊ペンバ人は瓢箪をもたない)。瓢箪子供については〔浜本 1992〕に詳しい(はず)。
↩
95 ムラガパラ(mulagap'ala, pl.milagap'ala)。トウダイグサ科の草木、Croton pseudopulchellus(Pakia&Cooke2003b:389)、muyama88とも呼ばれる。ムルング8990、ドゥングマレ(dungumale87)、ニューニ(nyuni62)の草木。 ↩
96 ジネ・ムァンガ(jine mwanga)。イスラム系の憑依霊ジネの一種。別名にソロタニ・ムァンガ(ムァンガ・サルタン(sorotani mwanga))とも。ドゥルマ語では動詞クァンガ(kpwanga, ku-anga)は、「(裸で)妖術をかける、襲いかかる」の意味。スワヒリ語にもク・アンガ(ku-anga)には「妖術をかける」の意味もあるが、かなり多義的で「空中に浮遊する」とか「計算する、数える」などの意味もある。形容詞では「明るい、ギラギラする、輝く」などの意味。昼夜問わず夢の中に現れて(kukpwangira usiku na mutsana)、組み付いて喉を絞める。症状:吐血。女性に憑依すると子どもの出産を妨げる。ngataを処方して、出産後に除霊 ku-kokomolaする。 ↩
97 トゥヌシ(tunusi)。ヴィトゥヌシ(vitunusi)とも。憑依霊の一種。別名トゥヌシ・ムァンガ(tunusi mwanga)。イスラム系の憑依霊ジネ(jine41)の一種という説と、ニューニ(nyuni62)の仲間だという説がある。女性がトゥヌシをもっていると、彼女に小さい子供がいれば、その子供が捕らえられる。ひきつけの症状。白目を剥き、手足を痙攣させる。女性自身が苦しむことはない。この症状(捕らえ方(magbwiri))は、同じムァンガが付いたイスラム系の憑依霊、ジネ・ムァンガ98らとはかなり異なっているので同一視はできない。除霊(kukokomola64)の対象であるが、水の中で行われるのが特徴。 ↩
98 ムァンガ(mwanga)。憑依霊の名前。「ムァンガ導師 mwalimu mwanga」「アラブ人ムァンガ mwarabu mwanga」「ジネ・ムァンガ jine mwanga」あるいは単に「ムァンガ mwanga」と呼ばれる。「スルタン(sorotani)」、「スルタン・ムァンガ」も同じ憑依霊か。イスラム系の憑依霊。昼夜を問わず、夢の中に現れて人を組み敷き、喉を絞める。主症状は吐血。子供の出産を妨げるので、女性にとっては極めて危険。妊娠中は除霊できないので、護符(ngata)を処方して出産後に除霊を行う。また別に、全裸になって夜中に屋敷に忍び込み妖術をかける妖術使いもムァンガ mwangaと呼ばれる。kpwanga(=ku-anga)、「妖術をかける」(薬などの手段に訴えずに、上述のような以上な行動によって)を意味する動詞(スワヒリ語)より。これらのイスラム系の憑依霊が人を襲う仕方も同じ動詞で語られる。 ↩
99 ツォビャ(tsovya)。子供を好まず、母親に憑いて彼女の子供を殺してしまう。夜、夢の中にやってきて彼女と性関係をもつ。ニューニ62の一種に加える人もいる。鋭い爪をもった憑依霊(nyama wa mak'ombe)。除霊(kukokomola64)の対象となる「除去の霊nyama wa kuusa67」。see p'ep'o mulume71, kadume83
tsovyaの別名とされる「内陸部のスディアニ」の絵 ↩
100 クク(k'uk'u)。「鶏」一般。雄鶏は jogolo(pl. majogolo)。'k'uk'u wa kundu' 赤(茶系)の鶏。'k'uk'u mweruphe' 白い鶏。'k'uk'u mwiru' 黒い鶏。'k'uk'u wa chidimu' 逆毛の鶏、'k'uk'u wa girisi' 首の部分に羽毛のない鶏、'k'uk'u wa mirimiri' 細かい混合色(黒地に白や茶の細かい斑点)、'k'uk'u wa chiphangaphanga' カタグロトビのような模様の毛色(白、黒、灰色)の鶏など。 ↩
101 タイレ(taire)。2つの意味で用いられる間投詞。(1)施術の場で、その場にいる人々の注意を喚起する言葉として。複数形taireniで複数の人々に対して用いるのが普通。「ご傾聴ください」「ごらんください」これに対して人々は za mulungu「ムルングの」と応える。(2)占いmburugaにおいて施術師の指摘が当たっているときに諮問者が発する言葉として。「その通り」。 ↩
102 サダカ(sadaka, pl.sadaka)。スワヒリ語では sadaka は「喜捨、施し、宗教的捧げ物、供犠」などを意味するが、ドゥルマでは、墓場で徹夜の太鼓演奏などの後に、早朝に祖霊に対して行う、動物供犠を伴う饗宴を指す。これによって生者は死者に対して負っていた負債を返し、死者の怒りを鎮め、子孫たちの「つつがなきこと」を願う。この際に祖先に対して供される肉は塩を入れずに別鍋で調理され、子供たちによって墓場で食べ尽くされる。サダカは、すでに「熟した服喪(hanga ivu12)」を終えた祖霊に対してしか行うことはできない。サダカの様子については浜本, 1992,「ドゥルマにおけるコマの観念」『九州人類学会報』Vol.20:30-51。 ↩
103 チャリのこの日見た夢のなかでも、やって来た妖術使いと仲間たちは、ポンタ(仮名)とその妻、それに施術上の子供、その他であるが、この施術上の子供は、ポンタ(仮名)氏の息子の嫁で、この土地でのチャリの最初の施術上の子供の一人とされている女性である。1989年のチャリの「月のカヤンバ(kayamba ra mwezi)」でも、チャリの補佐役を果たしていた。また施術上の子供は夢の中にも登場しているが、男性であり、ここではポンタ(仮名)の若い妻の「友人」(愛人の含意)と語られている。 ↩