ムリナとチャリ、muzukaで祈願する

08/01/1990 Mon, kurimaphiri

目次

  1. 概要

    1. 「外に出す」ンゴマを終えて

    2. 突発性「ムズカ祈願」

  2. ムズカ祈願(和訳テキスト)

  3. 考察・コメント

    1. 妖術使いはムズカで他人の不幸を祈願する

    2. 通常の解除法

    3. チャリたちのやり方

  4. 注釈

概要

「外に出す」ンゴマを終えて

チャリとムリナの夫妻にとっての一大行事であった、チャリのもつライカ(laika1)、シェラ(shera13)、憑依霊ディゴ人(mudigo21)、デナ(dena89)の4人の霊を「外に出す」ンゴマは、ハイテンションのうちに終了。私はチャリ夫妻と彼らの施術上の子供たちを「ジャコウネコの池」に送り届けた後に、そのままレンタカーを返却にモンバサに走った。安宿で倒れるように寝た翌朝、レンタカーを返すと、買い出しの後、その日のうちにバスで「ジャコウネコの池」に戻った。その翌朝、ムリナたちを訪問すると、朝からさっそく占いの客が来ていた。その後も、毎日のように占いや施術の客が夫妻を訪れており、彼らの施術の仕事は順調に見えた。

しかし二人にとってかなりの高額出費となったムァモコでの「外に出す」ンゴマの成否については、2回にわたって私を交えてなされた「反省会」からも伺われるように、二人は次第に不満を持ち始めていたように思う。

さらに、このンゴマの準備(というか他の憑依霊たちへの周知)を目的に11月に開かれた月のカヤンバでも繰り返し表面化した問題、チャリがムリナと一緒になって以来、子供を産んでいない(あるいは、妊娠しても子供が腹の中で消失してしまう?)という問題、それに関係していると思われるチャリのおそらく消化器系の不具合も、この「外に出す」ンゴマで解決することが期待されていた。もちろんこの問題の背後には、憑依霊以外にも、チャリたちをねたむ妖術の関与も疑われていた。(さらにこの時点では、まだ私は知らなかった、チャリとムリナの祖霊たちの介入も疑われていたのだが)。それは(ワタシ的には当然)このンゴマでは解決するはずがない問題だった。というか、私の目にはそのンゴマは、チャリとムリナの夫妻が抱えている問題が解決「しない」ことを説明する十分過ぎる理由を、自ら進んで提供するためのものであるかのようにすら見えた。

チャリがもっている多数の憑依霊たちは、その内の誰かが要求をかなえられ、ついには仕事を与えられる(外に出される)ことに嫉妬し、それを妨害しようとすらする者たちがいることになっている(だからンゴマに先立って、これらの憑依霊たちを説得しておく必要がある)。おまけに、知らない間にやって来ている未知の憑依霊が、自分のもつ要求を先にかなえてもらおうと邪魔をしてくる可能性がいつもある。まるで憑依霊たちは、患者の問題が簡単に解決しないための理由を提供するために登場しているかのようだ。

そして、これに加えて嫉妬深い隣人たちの妖術の可能性、自分たちが長く無視されていると怒っている祖霊たちがいるのだ。

おまけに、せっかく溜まっていた資金を使い果たすは、ヤギや鶏を盛大に屠らねばならないはで、がっくり減った富にもかかわらず、ンゴマ自体が失敗していたかもしれないなんて。

案の定、ンゴマの後もチャリの体調に大きな好転は見られなかった。施術の客は変わらず来ていたが施術に支払われる対価は、物価にはほとんど関係なく伝統的な料金が支配していたので(ケニア・シリングは1983年当時の1シリング=20円から、1986年には1シリング=7円に下落していたにも関わらず、一回の占いの対価はずっと後まで2シリングだった)、施術を通じての収入の増加はそう期待できない。

1月3日にはムリナとチャリは、私とカタナ氏、施術上の子供たちを招待してヤギを屠って振る舞った。これは「誓いのヤギ(mbuzi ya hati)」で、チャリの「外に出す」ンゴマが無事終了したらヤギを屠ると誓いをたてていたムリナが、それを果たすために開いたものだった。施術とは関係がないということで、カタナ君も喜んで参加、私とふたりでヤギの皮剥ぎを行った。1月6日~7日は科研費チームのモンバサでの研究会。私は7日の夜、調査地に戻り、翌朝再びムリナ宅を訪問した。

(1990年1月8日の日記より97)

午前中チャリの所へいくと muzuka48 に行ったという。行ってみるとちょうど祈願を始める所であった。チャリは上下とも真白なドレスを着ている。ムリナがスワヒリ語+「アラビア語」で祈願した後、チャリがドゥルマ語で祈願する。白い雄鶏を屠殺、その切り離された頭部と右足を muzuka の中に置く。雄鶏の血を振りまき、生米を撒く。

突発性「ムズカ祈願」

このムズカ祈願は前もって予定されていたものではなかった。ムズカに対するチャリの唱えごとの中にも、はっきり述べられているように、チャリの夢の中で、彼女の持ち霊がこのムズカを見せ、最近の問題が、近隣の誰かがこのムズカでチャリたちが何も手に入れることがないようにと、全員の健康が損なわれるようにと祈願したのだと教えてくれた、というのである。そこで急遽、それに対する対抗祈願をすることになったという訳。

そもそもムズカとはどういう場所なのか。あまり熱心に調査していないので申し訳ないのだが、例えば施術師たちによるムズカについての雑談などから、その一端がうかがわれるだろう。そのページで少し考察したように、ムズカはおそらく(まったく推測の域を出ないのだが)かつては森(伝統的なカヤ(kaya98)とか)の中の聖所で、長老たちが共同体にかかわる様々な祈願、とりわけ雨を支配する神ムルングに降雨祈願を行う場所だったと思われる。後背地のミジケンダ諸集団が分散する過程で、それぞれの地域で降雨祈願に限らず、よろず個人的な祈願を行うことができる場所ともなり(後者は海岸部のイスラム教徒の社会で見られる洞窟などの祈願所とも重なりあうのだろう)、よろず祈願には、当然妖術使いや他人を妬む個人による悪しき祈願(ライバルの没落を願うみたいな)も含まれるだろう(と想像される)結果、妖術使いたち御用達な、ちょっと怪しい場所にもなってきた。

同時に、ムズカに棲む「主」の正体は、海岸部の祈願所のように主としてイスラム系の霊だということになってきたが、もともとバオバブの虚穴や水辺の洞窟、淵を棲み処と考えられていたライカやキツィンバカジがそのまま主とされたり、相変わらずいざという場合の降雨祈願の場所(おそらくムルングなどが「主」)だとされたり、混沌とした状況。ライカに商売繁盛を祈願したり、キツィンバカジに誰かの不幸を祈願したりというのは、どうにも筋違いだし、彼らは(ムルングも含め)イスラム系の霊とは相容れないのだが、そのあたりが曖昧なままで、なにやら訳のわからないちょっと怖い場所になっている、というあたりが現状なのだろう(いい加減なこと言うなよ>私)。 その結果、地域の長老ならぬ施術師たちにとっても、いまやムズカは、そこに棲む憑依霊との交渉(キブリを返してもらうとか)や、妖術使いの悪しき祈願をキャンセルする施術やらで、いろいろ関わらざるを得ない場所になっている、みたいな。

というわけで、この日も、持ち霊によってムズカでの妖術使いによる悪しき祈願について知らされたチャリたちが、急遽、その悪しき祈願をキャンセルしようと突発的に、カウンター祈願を行うことになったというわけである。

チャリたちにとって、これはけっして初めてのことではない。彼らと知り合って、2週間目に私はチャリが施術師になったきっかけの出来事や、「ジャコウネコの池」に移り住んだ経緯を話してもらっているが、すでにそこでも「ジャコウネコの池」の住人の誰かからの妖術攻撃を受けた経験を語っている。同じムズカでの悪しき祈願である。1988年のことらしい。もちろん、その妖術使いが誰であるのかは、チャリたちは「知っている」が、そこでは(今回の場合と同様)明かされていない。

以下の翻訳テキストは、こうした背景をもつものとして読んでいただけると幸いだ。

ムズカ祈願(日本語訳)

各パラグラフの冒頭の数字をクリックすると対応するドゥルマ語(またはスワヒリ語)テキストに飛びます。

1854 (スワヒリ語での祈願)

Murina(Mu): ...このような時間に来ることもなかったでしょう。私はここに苦難と憂慮のせいで参りました。そしてこれらこそ私が今苦しんでおります困難です。私の困難とは他でもありません、病気と私の生きる糧です。何者かが私の生きる糧を封じようとしているのです。しかし私は申します。もしその者がここに来たなら、あなたは平安なるムハンマドのために「アラーの他にアラーなし」の言葉をお受け入れくださいと。 (「アラビア語」風の言葉で祈願を続ける。書き起こし不可能) (スワヒリ語に戻る) それは絶対だめです、旦那さま。それは絶対だめです、旦那様。私は自分を覆うものを開くためにやって参りました。覆うものとは何でしょうか?それは闇です。私のために70と7の扉を開けてください。慈悲の扉を開けてください。キブラの扉を開けてください。メッカの扉を開けてください。そして、私のために繁栄の扉を開けて下さい。スムハディ(意味不明)の、また洞窟に御座す御主人様がた、北99の、そして小雨季の、そして南の方々、皆さま。さて今こうして、私はあなた洞窟の人(Mupanga)に申し上げます。私はあなたにこのご馳走を持ってきました。

1855

Murina(Mu): さて、正直に言いますが、もし私の仕事が、本当に解きほどかれたのがわかりましたら、私はあなたのために、誠に誠に山のような雄鶏をお届けに参りましょう。また、あなたのカップとともに。私はあなたを忘れません。今それを探し求めておりますが、まだ手には入れておりません。ですから、なおいっそう私に力をお与え下さい。いっそう私に私の幸運をお与え下さい。そして、私の子供たちがいるところ、私のヤギがいるところ、私の妻がいるところ、私の畑があるところ、私にさらに一層の健やかさをお与えください。あらゆるものを、私の鶏がいるところ、すべての鶏を昼に夜にお見守りください。 私につきまとい、搾取する者は、その時、その者をして自分自身から搾取させてください。私たちには罪はありません。私たちは自分自身で得た糧を食べております。私たちは全能の神の慈悲を祈り求めます。私たちが善を祈り求めることを望まぬ者には、その時、その者をして自分自身から搾取させて下さい。あなたご自身で、彼の罪をご覧になれるでしょう。私どもには罪はございません。私たちは全能の神によって私たち自身が得た糧を食べております。シャイルラー・ルラーヒ。 (ムリナ氏は、再び書き起こし不可能な彼のなんちゃって「アラビア語」での唱えごとに戻る)

1856 (続いて、チャリがドゥルマ語による唱えごとを行う)

Chari(C): うう。私はこのような時間にお話しすることはなかったでしょう。私がお話しするのは、心配のせいなのです。私の身体について私が抱いている心配です。この私は、病気とともに歩んできています。今も、自分自身を見ると病人です。そう、もう私はこの世にいないと人が語るほどです。私は病気とともに彷徨いたしました。そして病気は、祖先のもっていた癒しの術が現れたものとわかりました。この祖先がもっていた癒しの術を、私自身が招いたわけではありません。祖先そのものの癒しの術です、この病気は。さて、私は彷徨い歩きました。最初はマリアカーニ100、そして「採石場の場所」村、はてはラバイ101の土地まで。どこにも私たちの屋敷はもてませんでした。そして私たちの屋敷をここキナンゴ(より正確にはキナンゴ・サブ・ロケーション103、「ジャコウネコの池」ラロ、ムバ...地区)で手に入れたのです。ここキナンゴで屋敷を手に入れた頃、そう、なんと癒しの術には順調に寄付が寄せられました(多くの報酬が得られた)。でも、人が鶏を買っているのを見られると、その人は嫉妬されるのです。 こんな風にお話ししたくはありません。しかしその者は、計略をもって屋敷を出ると、ここに来てその言葉を縷々述べて、私の屋敷の生きる糧を封じるのです。私は、つつがなきことだけを祈願します。私は、私の仕事(が順調であることを)祈願します。でももし、その者がここに来たり、「彼ら稼ぐ者たちが、何も手に入れませんように。彼らが仔ヤギを手に入れたら、その仔山羊が死にますように」と語るとしたら。

1857

Chari(C): 「彼らが仔ヤギを手に入れ、それが妊娠したら、流産しますように。そして彼女本人も、すべての出産を流してしまい、子供を持てませんように」と。さて、今、ごらんください。残されたのはただの幻影(picha105)。この腹のなかで子供がうごくのです。なのに妊娠は、消えてしまいます。腹の中には、胎児が脚をつっぱらせるように揺する者がいます。それが胎児なのか、何者かが故意にそうしたことを引き起こしているのか、私たちにはわかりません。もしここにやって来た者が、「あの女はここに、こうした状態のままでいるように、彼女の生きる糧がここで現状のままであるように」と語ったのであれば。 私は人に対して罪を犯していません。私のしていることは、この癒しの術そのものによって、生きる糧を手に入れることです。そしてこの癒しの術も、私が招いたものではありません。それは私たちの一族の(が病気を通して私に強いた)癒しの術なのです。それを追い払うことなどできないものなのです。さらに私は、(ムズカのような)特別な場所に赴き、私の隣人が富を手に入れませんようになどと語ったりいたしません。私は、誰もがそれぞれ富を手に入れて欲しい。私はただ私がつつがなきこと、私の夫とわが子たちともどもつつがなきことを祈願いたします。 ここにやって来て、「私は彼女が、その家で家族の者ともども、すっかり覆われてしまうよう(無力で何もなしえぬよう(bububu106))願います」と語った者、その者こそ罪人というべき者です。皆様方もその者をご覧になるでしょう。私たちは、ここキナンゴにやって来てこのかた、他人に対して罪を犯しておりません。

1858

Chari(C): 私たちは、いまだ、他人に対して悪しきことを祈願したことはございません。私たちは、私たちの家でのつつがなきことを祈願いたします。私たちは家で食べる食事を調えます。生活の糧は自ずとやって来ます。なのに私たちは妬まれているのです。今、もし人がここにやって来て、「あの者たちが、この世にいながら、この世にいないかのようでありますように」と言うのであれば。 さて、癒しの術を先日、私は「外に出し」に行ってまいりましたことを報告いたします。その癒しの術が、上々に輝きますことを願います。稼ぎ、物(財)を手に入れ、物が家に満ちる、それらの物こそが、より大きな家族をもたらすものではないでしょうか。 今日、私たちは家に癒しの術をもっております。でも癒しの術は、物をもたらしません。私たちはいったい何によって救われるのでしょうか?私たちのお金は出ていくばかりで、戻っては来ません。今、私は乞い願いにまいりました。私たちの行います祈願は、もし人がここに来て、あのようなことを祈願し、(その祈願が成就した場合に差し出す)何かを約束していたのであれば、私はそれを今払ってしまいます。そして、お金が順調にやってくるのがわかれば、私はあなた方のご馳走をあらためて差し上げに参ります。私は同じく白い雄鶏を持ってまいります。それもとっても大きい鶏を。この鶏のことではありません。

1859

Chari(C): この鶏は、お願いのための鶏です。私は、(チャリたちを、あるいはチャリたちの汚れ(nongo47)を)置きにやって来たそいつに代わって、(彼の願いの)成就の代価を払ってしまいます。その者が女性であるのか、男性であるのか、私たちは知りません。でも私たちは、その者が置きにやって来たことを知っているのです。ときに、私は眠っていると、夢で教えられるのです。私はムズカを(夢で)見せられました。そのムズカは他ではありません。まさにここの洞窟そのものです。 今こうして、私は解きほどきに参りました。まずは私のヤギたちからはじめ、私の鶏たちです。鶏たちは以前のように満ち満ちることは二度となくなっています。果ては、私自身、健康はもはやありません。そして私の夫も、つつがなさはない。今はただ、病気だけが前に進んでいくのです。子供たちもそろって元気をなくしています(字義通りには「生き返えりません」)。もし、その者が家全体に対して悪しき唱えごとをしたせいであるのなら、私は、そうすべてを解きほどきに参りました。 ヤギたちがいるところ、鶏たちがいるところ、そして私自身とわが子たちと、私の夫がいるところ、私たち全員がつつがなきことを。 これで終わりです。私が言いたいことは以上です。そして私の癒しの術が順調に進みますよう望みます。 (ムリナ、白い雄鶏を屠る)

1860

Chari(C): ムズカにぎっちりと置かれてしまったのよね。 Murina(Mu): ちょっとカリンボ、通してくれるかい? Hamamoto(H): ああ、ごめんなさい。 C: このお米はここにばら撒けばいいの?さあ、皆様方、今日は皆さまはここで生のお米を召し上がります。次に参りますときには、私は煮た本物のワリ(wari108)をもって来ますね。そしてあなた方の鶏といっしょに。でも今日はこれを召し上がれ。私には罪はありません。罪人は、ここに呪詛しにやって来た奴らです。これでいいの? Mu: そのナイフを貸して。そいつはしっかり終わらせておかないと。

考察・コメント

妖術使いはムズカで他人の不幸を祈願する

チャリは、夢の中で彼女に憑いている霊から、何者かがこのムズカでチャリの家族の破滅を祈願したと教えられた。そしてその朝、すぐに準備を整え、ムズカでの対抗祈願を行った。単純明快なシチュエーションである。

ところで人はどんな風にしてムズカで他人の幸福を台無しにすることができるのだろうか。ただムズカにやってきて、相手の不幸を祈願する言葉を発するだけだろうか。チャリがパラグラフ[1859]で用いている置きにやって来る(kudza ika)という表現が、実際に妖術使いがやる行為に言及している。目的語抜きに用いられているこの表現は、何を置きに来るのか、については語っていない。「私(犠牲者)をムズカに置きに来た」あるいは「私の汚れ(nongo47)をムズカに置きに来た」と具体的(?)に述べることもあるが、単に目的語を明示せず「置きにやって来た」で何をしたのかが聞き手にはわかるようになっている。

つまり妖術使いは、ターゲットの持ち物、衣服の切れ端、毛髪、寸借した小銭などを密かにムズカに持っていき(この行為を「汚れを持っていく(ku-wala nongo109)」という)、ムズカの中に置き(この行為が犠牲者、あるいはその汚れをムズカに「置く(kpwika)」行為である)、ターゲットの不幸を祈願する。それによってターゲットは、チャリの表現にもあるように「この世にいながら、この世にいないかのような(dza u mumo dza kamo)」つまり生きているとも生きていないともつかない状態になる。そう祈願するのである。ムズカを異界と現世とのゲートウェイだと想像すると、なんとなく腑に落ちる表現ではあるが、人々がそう想像しているかどうかはわからない。

この妖術の怖いところは、その手軽さである。これを行うためには何か特別の妖術のための「薬(muhaso)」を苦労して入手する必要もなければ、そうした薬を発動させるための特別な唱えごとを知っている必要もない。やろうと思えば誰にでも、ズブの素人にでもできる妖術だけに厄介だ。

ムズカでの祈願は、それが成就すると、必ずその対価を払い(ku-ripha muzuka, ku-usa muzuka46)に来ないといけない。それは白い雄鶏や白いヤギの供犠であったりする。さもないと祈願した者自身に不幸が見舞う。

通常の解除法

占いの中で「汚れの妖術」が言及されることは、稀ではない。チャリは占いで、相談者の問題の原因を主として憑依霊によるものと語ることが多い。しかし相談者が、納得しない場合には、しばしば妖術のなかでも「汚れの妖術」を指摘する(ちなみに、次に多いのは「フュラモヨ(fyulamoyo110)」である)。ありふれており、上で述べたように手軽で、なおかつ同じ理由から犯人である妖術使いの探索、告発へと簡単にはつながっていかないのが良いのかもしれない。 チャリが占いの中で「汚れの妖術」に触れた一例として、すでに訳出したもののなかから一つ挙げておこう。この占いでも、前半はもっぱら憑依霊が問題になっているが、相談者がそれだけで納得せず「おまけの占い」まで求めて来たため、妖術についての語りが始まっている。誰かが汚れを奪ってムズカに置いたことが指摘され、汚れを取り戻すやり方が指示されている。自分たちでムズカで祈願した後に、ムズカの塵芥その他を自分で集めておいて、施術師を呼んでそれで「汚れを取り戻し」てもらうように、というものである。 「汚れの妖術(utsai wa nongo)」にかけられていると占いでわかった者は、妖術系の施術師に「汚れを戻す(ku-udza nongo)」を依頼する。施術師は最寄りの(必ずしも妖術使いが「汚れ」を置きに行ったムズカでなくても、任意のムズカで犠牲者の汚れを取り戻すことができると考えられている(都合良すぎ?)。ムズカに溜まった落ち葉や塵芥(フフト fufuto111)を採集し、それを様々な冷しの草木などを配合した薬液に加え、それで犠牲者を洗ってやる。あるいはフフトを燻してその煙を犠牲者に浴びさせる。これが通常の施術である。

チャリたちのやり方

この種のムズカ利用の妖術の通常の解除方法とは、一味違ったやり方をチャリたちはとっている。ちょっと意表を突かれた感じがある。

ムリナの唱えごとは、とりわけそのなんちゃってアラビア語の部分が全く理解不可能なのでなんとも言えないが、妖術使いに対抗する部分では、やや抽象的な形で自分たちに悪をなそうと(つまり自分たちの手に入れるものを奪おうと)つきまとっている者(妖術使い)自身から奪って下さいという内容の祈願になっている。しかし全体としては、自分たちの仕事や健康を祈願し、それが成就すれば、その対価の支払いとして今差し上げた鶏以上の素晴らしいご馳走を差し上げます、というものである。

それに対して、チャリの祈願は直面している問題について一層具体的に描写している点が特徴である。そして自分たちは、他人の不幸を願ったりしたことはないと繰り返し、強調している。しかし、何と言ってもチャリの祈願の驚くべき特徴は、妖術使いが行った祈願に対抗するそのやり方である。チャリたちの不幸を祈願した妖術使いは、もしそれが成就した暁にはムズカにその対価の支払いにやってこなければならない。チャリはなんとその支払を、妖術使いに代わって自分たちが今支払ってしまうというのだ。そうすればムズカの主は、今後、今以上に妖術使いの祈願を実行する意味を失ってしまう。おそらくこれは、妖術使いの攻撃を、憑依霊が夢で教えてくれたおかげで、妖術使いの祈願が真に深刻な実害をもたらす前に対処できたということなのだろう。もう妖術使いの願いがかなったことにして、今、対価の支払いをしてしまう。そしてチャリたちの仕事の繁栄と健康を求める祈願でいわば上書きし、そちらが成就した暁にはその対価の支払いとしてもっと盛大なご馳走をしましょうと約束しているわけである。

ああ、こんなやり方がありうるんだ、と私は意表を突かれ、目からウロコが落ちたような気分だった。施術師たちの創意工夫は馬鹿にできない。私の日々の問題解決には応用できそうにないのが残念だが。

注釈


1 ライカ(laika, pl. malaika)、ラライカ(lalaika)とも呼ばれる。複数形はマライカ(malaika)で、スワヒリ語では「天使」(単複ともにmalaika)の意味になるのだが、関係ないかも。ライカにはきわめて多くの種類がいる。多いのは「池」の住人(atu a maziyani)。キツィンバカジ(chitsimbakazi2)は、単独で重要な憑依霊であるが、池の住人ということでライカの一種とみなされる場合もある。ある施術師によると、その振舞いで三種に分れる。(1)ムズカのライカ(laika wa muzuka3) ムズカに棲み、人のキブリ(chivuri10)を奪ってそこに隠す。奪われた人は朝晩寒気と頭痛に悩まされる。 laika tunusi40など。(2)「嗅ぎ出し」のライカ(laika wa kuzuzwa) 水辺に棲み子供のキブリを奪う。またつむじ風の中にいて触れた者のキブリを奪う。朝晩の悪寒と頭痛。laika mwendo77,laika mukusi78など。(3)身体内のライカ(laika wa mwirini) 憑依された者は白目をむいてのけぞり、カヤンバの席上で地面に水を撒いて泥を食おうとする laika tophe79, laika ra nyoka79, laika chifofo82など。(4) その他 laika dondo83, laika chiwete84=laika gudu85), laika mbawa86, laika tsulu87, laika makumba88=dena89など。三種じゃなくて4つやないか。治療: 屋外のキザ(chiza cha konze56)で薬液を浴びる、護符(ngata34)、「嗅ぎ出し」施術(uganga wa kuzuza12)によるキブリ戻し。深刻なケースでは、瓢箪子供を授与されてライカの施術師になる。
2 キツィンバカジ(chitsimbakazi)。別名カツィンバカジ(katsimbakazi)。空から落とされて地上に来た憑依霊。ムルングの子供。ライカ(laika)の一種だとも言える。mulungu mubomu(大ムルング)=mulungu wa kuvyarira(他の憑依霊を産んだmulungu)に対し、キツィンバカジはmulungu mudide(小ムルング)だと言われる。男女あり。女のキツィンバカジは、背が低く、大きな乳房。laika dondoはキツィンバカジの別名だとも。「天空のキツィンバカジ(chitsimbakazi cha mbinguni)」と「池のキツィンバカジ(chitsimbakazi cha ziyani)」の二種類がいるが、滞在している場所の違いだけ。キツィンバカジに惚れられる(achikutsunuka)と、頭痛と悪寒を感じる。占いに行くとライカだと言われる。また、「お前(の頭)を破裂させ気を狂わせる anaidima kukulipusa hata ukakala undaayuka.」台所の炉石のところに行って灰まみれになり、灰を食べる。チャリによると夜中にやってきて外から挨拶する。返事をして外に出ても誰もいない。でもなにかお前に告げたいことがあってやってきている。これからしかじかのことが起こるだろうとか、朝起きてからこれこれのことをしろとか。嗅ぎ出しの施術(uganga wa kuzuza)のときにやってきてku-zuzaしてくれるのはキツィンバカジなのだという。
3 ライカ・ムズカ(laika muzuka)。ライカ・トゥヌシ(laika tunusi)の別名。トゥヌシは洞窟などのムズカの主。またライカ・ヌフシ(laika nuhusi4)、ライカ・パガオ(laika pagao)、ライカ・ムズカは同一で、3つの棲み処(池、ムズカ(洞窟)、海(baharini))を往来しており、その場所場所で異なる名前で呼ばれているのだともいう。ライカ・キフォフォ(laika chifofo)もヌフシの別名とされることもある。
4 ライカ・ヌフシ(laika nuhusi)、ヌフシ(nuhusi)はスワヒリ語で「不運」を意味する。ドゥルマ語の「驚かせる」(ku-uhusa)に由来すると説明する人もいる。ヌフシはまたムァムニィカ同様、内陸部と海を往復する霊であるともされる。その通り道は婉曲的に「悪い人の道njira ya mutu mui(mubaya)」と呼ばれ、そこに屋敷などを構えていると病気になると言われる。ある解釈では、ヌフシは海で人に取り憑いた場合は、海のパガオ(ライカ・パガオ(laika pagao5))が憑いているなどと言われるが、単にヌフシの別名に過ぎない。ライカ・ムズカ(laika muzuka3)もヌフシの別名。ムズカに滞在中に取り憑いた際の名前である。その証拠に、この3つは同じ症状を引き起こす。つまり「口がきけなくなる」という症状。霊がその気になれば喋れるのだが、その気がなければ、誰とも口をきかない。
5 ライカ・パガオ(laika pagao)。海辺で取り憑くライカ。ライカ・ヌフシ(laika nuhusi4)の別名。ジネ・パガオ(jine pagao)という名前で、ジネ(jine6)に数えられることも。
6 ジネ(jine, pl. majine)。イスラムでいうところのジン(精霊)。スワヒリ語ではjini。ドゥルマの憑依霊の世界では、イスラム系の憑依霊の一グループで、犠牲者の血を奪うことを特徴とする。血を奪う手段によって、さまざまな種類があり、ジネ・パンガ(panga)は長刀(panga(ス))で、ジネ・マカタ(makata)はハサミ(makasi(ス))で、ジネ・キペンバ(chipemba)はカミソリの刃(wembe)で、ジネ・バラ・ワ・キマサイ(jine bara wa chimasai)は槍で、ジネ・シンバ(またはツィンバ)(jine simba/tsimba)はライオン(tsimba)の鋭い爪で、といった具合に。ジネ・ンゴンベ(jine ng'ombe)はウシ(ng'ombe)が屠殺されるときのように喉を切り裂かれて血が奪われる。ジネ・ムヮンガ(jine mwanga)は犠牲者を組み敷き首を絞めることによって。一方、こうした自らの意思で宿主にとり憑く憑依霊としてのジネとは別に、より邪悪なイスラムの妖術によって作り出されるジネ7もあるとされる。コーランの章句を書いた紙を空中に投げると、それが魔物に変わり、命令通りに犠牲者を殺す。
7 マジネ(majine)はジネ(jine)の複数形。イスラム系の妖術。イスラムの導師に依頼して掛けてもらうという。コーランの章句を書いた紙を空中に投げ上げるとそれが魔物jineに変化して命令通り犠牲者を襲うなどとされ、人(妖術使い)に使役される存在である。自らのイニシアティヴで人に憑依する憑依霊のジネ(jine)と、一応区別されているが、あいまい。フィンゴ(fingo8)のような屋敷や作物を妖術使いから守るために設置される埋設呪物も、供犠を怠ればジネに変化して人を襲い始めるなどと言われる。
8 フィンゴ(fingo, pl.mafingo)。私は「埋設薬」という翻訳を当てている。(1)妖術使いが、犠牲者の屋敷や畑を攻撃する目的で、地中に埋設する薬(muhaso9)。(2)妖術使いの攻撃から屋敷を守るために屋敷のどこかに埋設する薬。いずれの場合も、さまざまな物(例えば妖術の場合だと、犠牲者から奪った衣服の切れ端や毛髪など)をビンやアフリカマイマイの殻、ココヤシの実の核などに詰めて埋める。一旦埋設されたフィンゴは極めて強力で、ただ掘り出して捨てるといったことはできない。妖術使いが仕掛けたものだと、そもそもどこに埋められているかもわからない。それを探し出して引き抜く(ku-ng'ola mafingo)ことを専門にしている施術師がいる。詳しくは〔浜本満,2014,『信念の呪縛:ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌』九州大学出版会、pp.168-180〕。妖術使いが仕掛けたフィンゴだけが危険な訳では無い。屋敷を守る目的のフィンゴも同様に屋敷の人びとに危害を加えうる。フィンゴは定期的な供犠(鶏程度だが)を要求する。それを怠ると人々を襲い始めるのだという。そうでない場合も、例えば祖父の代の誰かがどこかに仕掛けたフィンゴが、忘れ去られて魔物(jine7)に姿を変えてしまうなどということもある。この場合も、占いでそれがわかるとフィンゴ抜きの施術を施さねばならない。
9 ムハソ muhaso (pl. mihaso)「薬」、とりわけ、土器片などの上で焦がし、その後すりつぶして黒い粉末にしたものを指す。妖術(utsai)に用いられるムハソは、瓢箪などの中に保管され、妖術使い(および妖術に対抗する施術師)が唱えごとで命令することによって、さまざまな目的に使役できる。治療などの目的で、身体に直接摂取させる場合もある。それには、muhaso wa kusaka 皮膚に塗ったり刷り込んだりする薬と、muhaso wa kunwa 飲み薬とがある。muhi(草木)と同義で用いられる場合もある。10cmほどの長さに切りそろえた根や幹を棒状に縦割りにしたものを束ね、煎じて飲む muhi wa(pl. mihi ya) kunwa(or kujita)も、muhaso wa(pl. mihaso ya) kunwa(or kujita) として言及されることもある。このように文脈に応じてさまざまであるが、妖術(utsai)のほとんどはなんらかのムハソをもちいることから、単にムハソと言うだけで妖術を意味する用法もある。
10 キヴリ(chivuri)。人間の構成要素。いわゆる日本語でいう霊魂的なものだが、その違いは大きい。chivurivuriは物理的な影や水面に写った姿などを意味するが、chivuriと無関係ではない。chivuriは妖術使いや(chivuriの妖術11)、ある種の憑依霊によって奪われることがある。人は自分のchivuriが奪われたことに気が付かない。妖術使いが奪ったchivuriを切ると、その持ち主は死ぬ。憑依霊にchivuriを奪われた人は朝夕悪寒を感じたり、頭痛などに悩まされる。chivuriは夜間、人から抜け出す。抜け出したchivuriが経験することが夢になる。妖術使いによって奪われたchivuriを手遅れにならないうちに取り返す治療がある。chivuriの妖術については[浜本, 2014『信念の呪縛:ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌』九州大学出版,pp.53-58]を参照されたい。また憑依霊によって奪われたchivuriを探し出し患者に戻すku-zuza12と呼ばれる手続きもある。詳しくは別項を参照されたい。
11 キブリの妖術(utsai wa chivuri)。人のキブリ10は妖術使いによっても奪われうる。イスラム系の妖術では妖術使いの使い魔となっている魔物(majine7)その他の手段によって犠牲者のキブリを呼び込む。自分を呼ぶ声が聞こえて、それにうっかり返事すると、その瞬間に犠牲者のキブリは妖術使いに捕らえられてしまう。妖術使いによって捕らえられたキブリは水を張った容器の水面にその人の姿として映し出される。それを妖術使いが切ると、その瞬間に人は死ぬ。非イスラムのドゥルマ的妖術においては、妖術使いは自分の身近な親族(とりわけ母や姉妹などの女性親族)を(妖術によって)殺害し手に入れた親族のキブリを閉じ込めた瓢箪をもっている。これが「キブリの瓢箪(ndonga ya chivuri)」と呼ばれるものである。閉じ込められたキブリは妖術使いの命令に従って、別の犠牲者のキブリを呼び込む。ここでも犠牲者は自分の名前が呼ばれているのを聞き、思わず返事した瞬間に、そのキブリは妖術使いの瓢箪のなかに取り込まれる。西遊記で似たような話しを読んだような。妖術使いは取り込んだキブリをじっくり痛めつけるが、最後にはそれを「切る」ことで犠牲者に死をもたらす。これら妖術使いに対抗する妖術を治療する施術師がいるが、これらの施術師も「キブリの瓢箪」をもっている。自分のもっているキブリの瓢箪を使って、妖術使いに捕まえられているキブリを取り返すのである。キブリは施術師の瓢箪の中に取り込まれ、そこから犠牲者の体内に戻される。問題は、妖術使いに対抗するキブリの施術師がもっている瓢箪も、彼自身が自分の女性親族を殺して作ったものだとされている点である。というわけでキブリの妖術に対抗する施術師もある意味、妖術使いと同じ穴のムジナだという側面をもつ。というわけでいずれにしてもキブリの瓢箪は怖い瓢箪なのである。

彼女の亡夫は名高い妖術系の施術師であった。彼がもっていたキブリの瓢箪。彼の術は強力で危険であったため、子供たちはだれもそれを相続したがらなかった。
12 クズザ(ku-zuza)は「嗅ぐ、嗅いで探す」を意味する動詞。憑依霊の文脈では、もっぱらライカ(laika)等の憑依霊によって奪われたキブリ(chivuri10)を探し出して患者に戻す治療(uganga wa kuzuza)のことを意味する。ライカ(laika1)やシェラ(shera13)などいくつかの憑依霊は、人のキブリ(chivuri10)つまり「影」あるいは「魂」を奪って、自分の棲み処に隠してしまうとされている。キブリを奪われた人は体調不良に苦しみ、占いでそれがこうした憑依霊のせいだと判明すると、キブリを奪った霊の棲み処を探り当て、そこに行って奪われたキブリを取り戻し、身体に戻すことが必要になる。その手続が「嗅ぎ出し」である。それはキツィンバカジ、ライカやシェラをもっている施術師によって行われる。施術師を取り囲んでカヤンバを演奏し、施術師はこれらの霊に憑依された状態で、カヤンバ演奏者たちを引き連れて屋敷を出発する。ライカやシェラが患者のchivuriを奪って隠している洞穴、池や川の深みなどに向かい、鶏などを供犠し、そこにある泥や水草などを手に入れる。出発からここまでカヤンバが切れ目なく演奏され続けている。屋敷に戻り、手に入れた泥などを用いて、取り返した患者のキブリ(chivuri)を患者に戻す。その際にもカヤンバが演奏される。キブリ戻しは、屋内に仰向けに寝ている患者の50cmほど上にムルングの布を広げ、その中に手に入れた泥や水草、睡蓮の根などを入れ、大量の水を注いで患者に振りかける。その後、患者のキブリを捕まえてきた瓢箪の口を開け、患者の目、耳、口、各関節などに近づけ、口で吹き付ける動作。これでキブリは患者に戻される。その後、屋外に患者も出てカヤンバの演奏で踊る。それがすむと、屋外に患者も出てカヤンバの演奏で踊る。クズザ単独で行われる場合は、この後、患者は、再びキブリをうばわれることのないようにクツォザ(kutsodza33)を施され、ンガタ34を与えられる。やり方の細部は、施術師によってかなり異なる。
13 シェラ(shera, pl. mashera)。憑依霊の一種。laikaと同じ瓢箪を共有する。同じく犠牲者のキブリを奪う。症状: 全身の痒み(掻きむしる)、ほてり(mwiri kuphya)、動悸が速い、腹部膨満感、不安、動悸と腹部膨満感は「胸をホウキで掃かれるような症状」と語られるが、シェラという名前はそれに由来する(ku-shera はディゴ語で「掃く」の意)。シェラに憑かれると、家事をいやがり、水汲みも薪拾いもせず、ただ寝ることと食うことのみを好むようになる。気が狂いブッシュに走り込んだり、川に飛び込んだり、高い木に登ったりする。要求: 薄手の黒い布(gushe)、ビーズ飾りのついた赤い布(ショールのように肩に纏う)。治療:「嗅ぎ出し(ku-zuza)12、クブゥラ・ミジゴ(kuphula mizigo 重荷を下ろす14)と呼ばれるほぼ一昼夜かかる手続きによって治療。イキリク(ichiliku16)、おしゃべり女(chibarabando17)、重荷の女(muchet'u wa mizigo18)、気狂い女(muchet'u wa k'oma19)、狂気を煮立てる者(mujita k'oma20)、ディゴ女(muchet'u wa chidigo30、長い髪女(mwadiwa31)などの多くの別名をもつ。男のシェラは編み肩掛け袋(mukoba32)を持った姿で、女のシェラは大きな乳房の女性の姿で現れるという。
14 憑依霊シェラに対する治療。シェラの施術師となるには必須の手続き。シェラは本来素早く行動的な霊なのだが、重荷(mizigo15)を背負わされているため軽快に動けない。シェラに憑かれた女性が家事をサボり、いつも疲れているのは、シェラが重荷を背負わされているため。そこで「重荷を下ろす」ことでシェラとシェラが憑いている女性を解放し、本来の勤勉で働き者の女性に戻す必要がある。長い儀礼であるが、その中核部では患者はシェラに憑依され、屋敷でさまざまな重荷(水の入った瓶や、ココヤシの実、石などの詰まった網籠を身体じゅうに掛けられる)を負わされ、施術師に鞭打たれながら水辺まで進む。水辺には木の台が据えられている。そこで重荷をすべて下ろし、台に座った施術師の女助手の膝に腰掛けさせられ、ヤギを身体じゅうにめぐらされ、ヤギが供犠されたのち、患者は水で洗われ、再び鞭打たれながら屋敷に戻る。その過程で女性がするべきさまざまな家事仕事を模擬的にさせられる(薪取り、耕作、水くみ、トウモロコシ搗き、粉挽き、料理)、ついで「夫」とベッドに座り、父(男性施術師)に紹介させられ、夫に食事をあたえ、等々。最後にカヤンバで盛大に踊る、といった感じ。まさにミメティックに、重荷を下ろし、家事を学び直し、家庭をもつという物語が実演される。またシェラの癒やしの術を外に出すンゴマにおいても、「重荷下ろし」はその重要な一部として組み込まれている。
15 ムジゴ(muzigo, pl.mizigo)。「荷物」「重荷」。
16 イキリクまたはキリク(ichiliku)。憑依霊シェラ(shera13)の別名。シェラには他にも重荷を背負った女(muchet'u wa mizigo)、長い髪の女(mwadiwa=mutu wa diwa, diwa=長い髪)、狂気を煮たてる者(mujita k'oma)、高速の女((mayo wa mairo) もともととても素速い女性だが、重荷を背負っているため速く動けない)、気狂い女(muchet'u wa k'oma)、口軽女(chibarabando)など、多くの別名がある。無駄口をたたく、他人と折り合いが悪い、分別がない(mutu wa kutsowa akili)といった属性が強調される。
17 キバラバンド(chibarabando)。「おしゃべりな人、おしゃべり」。shera13の別名の一つ。「雷鳴」とも結びついている。唱えごとにおいて、Huya chibarabando, musindo wa vuri, musindo wa mwaka.「あのキバラバンド、小雨季の雷鳴、大雨季の雷鳴」と唱えられている。おしゃべりもけたたましいのだろう。
18 ムチェツ・ワ・ミジゴ(muchet'u wa mizigo)。「重荷の女」。憑依霊シェラ13の別名。治療には「重荷下ろし」のカヤンバ(kayamba ra kuphula mizigo)が必要。重荷下ろしのカヤンバ
19 ムチェツ・ワ・コマ(muchet'u wa k'oma)。「きちがい女」。憑依霊シェラ13の別名ともいう。
20 ムジタ・コマ(mujita k'oma)。「狂気を煮立てる者」。憑依霊シェラ(shera13)の別名の一つ。憑依霊ディゴ人(ムディゴ(mudigo21))の別名ともされる。
21 ムディゴ(mudigo)。民族名の憑依霊、ディゴ人(mudigo)。しばしば憑依霊シェラ(shera=ichiliku)もいっしょに現れる。別名プンガヘワ(pungahewa, スワヒリ語でku-punga=扇ぐ, hewa=空気)、ディゴの女(muchet'u wa chidigo)。ディゴ人(プンガヘワも)、シェラ、ライカ(laika)は同じ瓢箪子供を共有できる。症状: ものぐさ(怠け癖 ukaha)、疲労感、頭痛、胸が苦しい、分別がなくなる(akili kubadilika)。要求: 紺色の布(ただしジンジャjinja という、ムルングの紺の布より濃く薄手の生地)、癒やしの仕事(uganga)の要求も。ディゴ人の草木: muphorong'ondo22, mupweke23, mutundukula24, mupera(mpera25), manga26, mbibo(mubibo27), mukanju(mkanju28)
22 ムゴロゴンド(mung'orong'ondo)、ムルングおよび憑依霊ディゴ人、シェラ、ライカの草木。同じ(だと思うのだが)植物は、施術師によってはムロゴンド(murong'ondo)、ムブォロゴンド(muphorong'ondo)などとも呼ばれている。特徴的な照りのある大きな葉があり、ゴバンノアシの仲間、おそらくBarringtonia racemosa。樹皮を剥いで潰したものが魚をとる毒として用いられるということからも、これに違いない。
23 ムプェケ(mupweke)。憑依霊ディゴ人、シェラの草木。英名Rigid star-berry。Diospyros squarrosa、ドゥルマでの別名はムズング・ムホ(mudzungu muho)(Pakia&Cooke2003:389)。これに対し、Maundu&TengnasはムプェケをDiospyros mespiliformis、英名African Ebonyとしている(Maundu&Tengnas2005:199)。
24 ムトゥンドゥクラ(mut'undukula, pl.mit'undukula)。タロウ・ウッド、イエロー・プラム。Ximenia americana(Pakia&Cooke2003:380)。憑依霊ディゴ人、マンダーノの草木。葉を煮たものは目の薬になる; 実 t'undukula は食用になる。一方別の箇所では、Dichapetalum zenkeri(Pakia&Cooke2003b:389)とされている。別の植物が同じ名前で呼ばれているということか。
25 ムペラ(mpera, pl.mipera)。muperaと発音する人も。グァヴァの木。Psidium guajava(Maundu&Tengnas2005:362)。内陸部の草木(muhi wa bara)の一つ。
26 マンガ(manga)。キャッサバ(Manihot esculenta)。ドゥルマでは手のかからない救荒食物として栽培されている。ディゴで好まれている食物の一つ。憑依霊ディゴ人、その他シェラなどディゴ系の憑依霊に憑依されたドゥルマ女性もキャッサバを好むようになる。憑依霊ディゴ人の草木。
27 ムビボ(mbibo, pl.mibibo(mubibo, pl. mibibo))。カシューナッツの木。別名 mukanju(mkanju)28、muk'orosho(mkorosho)29。Anacardium occidentals(Maundu&Tengnas2005:98)。カシューナッツの実自体はk'oroshoと呼ばれる。内陸部の草木(muhi wa bara)として「鍋」の成分の一つに。
28 ムカンジュ(mukanju, pl.mikanju(mkanju, pl.mikanju))。カシューナッツの木。mbibo27を見よ。
29 ムコロショ(mukorosho, pl.mikorosho)。カシューナッツの木。mbibo27を見よ。
30 ムチェツ・ワ・キディゴ(muchet'u wa chidigo)。「ディゴ女」。憑依霊シェラ13の別名。あるいは憑依霊ディゴ人(mudigo21)の女性であるともいう。
31 ムヮディワ(mwadiwa)。「長い髪の女」。憑依霊シェラの別名のひとつともいう。ディワ(diwa)は「長い髪」の意。ムヮディワをマディワ(madiwa)と発音する人もいる(特にカヤンバの歌のなかで)。mayo mwadiwa、mayo madiwa、nimadiwaなどさまざまな言い方がされる。
32 ムコバ(mukoba)。持ち手、あるいは肩から掛ける紐のついた手提げ、あるいは肩掛け編み袋。サイザル麻などで編まれたものが多い。憑依霊の癒しの術(uganga)では、施術師あるいは癒やし手(muganga)がその瓢箪や草木を入れて運んだり、瓢箪を保管したりするのに用いられるが、癒しの仕事を集約する象徴的な意味をもっている。自分の祖先のugangaを受け継ぐことをムコバ(mukoba)を受け継ぐという言い方で語る。また病気治療がきっかけで患者が、自分を直してくれた施術師の「施術上の子供」になることを、その施術師の「ムコバに入る(kuphenya mukobani)」という言い方で語る。患者はその施術師に4シリングを払い、施術師はその4シリングを自分のムコバに入れる。そして患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者はその施術師の「ムコバ」に入り、その施術上の子供になる。施術上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。施術上の子供は施術師に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る(kulaa mukobani)」という。施術師のムコバ(mukoba)には、施術に用いる装備品が入れられているだけでなく、施術から得られた収入も、すべてムコバに入れなければならない。そのお金は必要なものを購入する際には使うことができるが、黙って使用してはならず、必ず憑依霊たちにしかじかの目的に使う旨、許しを求めたうえでしか使用することはできない。
33 ク・ツォザ・ツォガ(ku-tsodza tsoga)。妖術の治療などにおいて皮膚に剃刀で切り傷をつけ(ku-tsodza)、そこに薬(muhaso)を塗り込む行為。ツォガ(tsoga)は薬を塗り込まれた傷。ある種の憑依霊は、とりわけ憑依霊ドゥルマ人や多くのイスラム系の憑依霊は、自分の憑いている者がこうして黒い薬を塗り込まれることを嫌う。したがって施術には前もって憑依霊の同意を取って行う必要がある。そうせずにクツォザすることは患者を一層重篤にする。
34 ンガタ(ngata)。護符35の一種。布製の長方形の袋状で、中に薬(muhaso),香料(mavumba),小さな紙に描いた憑依霊の絵などが入れてあり、紐で腕などに巻くもの、あるいはライカのンガタが代表的であるが、帯状の布のなかに薬などを入れてひねって包み、そのまま腕などに巻くものなど、さまざまなものがある。
35 「護符」。憑依霊の施術師が、憑依霊によってトラブルに見舞われている人に、処方するもので、患者がそれを身につけていることで、苦しみから解放されるもの。あるいはそれを予防することができるもの。ンガタ(ngata34)、パンデ(pande36)、ピング(pingu37)、ヒリジ(hirizi38)、ヒンジマ(hinzima39)など、さまざまな種類がある。ピング(pingu)で全部を指していることもある。憑依霊ごとに(あるいは憑依霊のグループごとに)固有のものがある。勘違いしやすいのは、それを例えば憑依霊除けのお守りのようなものと考えてしまうことである。施術師たちは、これらを憑依霊に対して差し出される椅子(chihi)だと呼ぶ。憑依霊は、自分たちが気に入った者のところにやって来るのだが、椅子がないと、その者の身体の各部にそのまま腰を下ろしてしまう。すると患者は身体的苦痛その他に苦しむことになる。そこで椅子を用意しておいてやれば、やってきた憑依霊はその椅子に座るので、患者が苦しむことはなくなる、という理屈なのである。「護符」という訳語は、それゆえあまり適切ではないのだが、それに代わる適当な言葉がないので、とりあえず使い続けることにするが、霊を寄せ付けないためのお守りのようなものと勘違いしないように。
36 パンデ(pande, pl.mapande)。草木の幹、枝、根などを削って作る護符35。穴を開けてそこに紐を通し、それで手首、腰、足首など付ける箇所に結びつける。
37 ピング(pingu)。薬(muhaso:さまざまな草木由来の粉)を布などで包み、それを糸でぐるぐる巻きに球状に縫い固めた護符35の一種。厳密にはそうなのだが、護符の類をすべてピングと呼ぶ使い方も広く見られる。
38 ヒリジ(hirizi, pl.hirizi)。スワヒリ語では、コーランの章句を書いて作った護符を指す。革で作られた四角く縫い合わされた小さな袋状の護符で、コーランの章句が書かれた紙などが折りたたまれて封入されている。紐が通してあり、首などから掛ける。ドゥルマでも同じ使い方もされるが、イスラムの施術師が作るものにはヒンジマ(hinzima39)という言葉があり、ヒリジは、ドゥルマでは非イスラムの施術師によるピングなどの護符を含むような使い方も普通にされている。
39 ヒンジマ(hinzima, pl. hinzima)。革で作られた四角く縫い合わされた小さな袋状の護符で、コーランの章句が書かれた紙などが折りたたまれて封入されている。紐が通してあり、首などから掛ける。イスラム教の施術師によって作られる。スワヒリ語のヒリジ(hirizi)に当たるが、ドゥルマではヒリジ(hirizi38)という語は、非イスラムの施術師が作る護符(pinguなど)も含む使い方をされている。イスラムの施術師によって作られるものを特に指すのがヒンジマである。
40 ライカ・トゥヌシ(laika tunusi)。ヴィトゥヌシ(vitunusi)は「怒りっぽさ」。トゥヌシ(tunusi)は人々が祈願する洞窟など(muzuka)の主と考えられている。別名ライカ・ムズカ(laika muzuka)、ライカ・ヌフシ。症状: 血を飲まれ貧血になって肌が「白く」なってしまう。口がきけなくなる。(注意!): ライカ・トゥヌシ(laika tunusi)とは別に、除霊の対象となるトゥヌシ(tunusi)がおり、混同しないように注意。ニューニ(nyuni41)あるいはジネ(jine)の一種とされ、女性にとり憑いて、彼女の子供を捕らえる。子供は白目を剥き、手脚を痙攣させる。放置すれば死ぬこともあるとされている。女性自身は何も感じない。トゥヌシの除霊(ku-kokomola)は水の中で行われる(DB 2404)。
41 ニューニ(nyuni)。「キツツキ」。道を進んでいるとき、この鳥が前後左右のどちらで鳴くかによって、その旅の吉凶を占う。ここから吉凶全般をnyuniという言葉で表現する。(行く手で鳴く場合;nyuni wa kumakpwa 驚きあきれることがある、右手で鳴く場合;nyuni wa nguvu 食事には困らない、左手で鳴く場合;nyuni wa kureja 交渉が成功し幸運を手に入れる、後で鳴く場合;nyuni wa kusagala 遅延や引き止められる、nyuni が屋敷内で鳴けば来客がある徴)。またnyuniは「上の霊 nyama wa dzulu42」と総称される鳥の憑依霊、およびそれが引き起こす子供の引きつけを含む様々な病気の総称(ukongo wa nyuni)としても用いられる。(nyuniの病気には多くの種類がある。施術師によってその分類は異なるが、例えば nyuni wa joka:子供は泣いてばかり、wa nyagu(別名 mwasaga, wa chiraphai):手脚を痙攣させる、その他wa zuni、wa chilui、wa nyaa、wa kudusa、wa chidundumo、wa mwaha、wa kpwambalu、wa chifuro、wa kamasi、wa chip'ala、wa kajura、wa kabarale、wa kakpwang'aなど。これらの「上の霊」のなかには母親に憑いて、生まれてくる子供を殺してしまうものもおり、それらは危険な「除霊」(kukokomola)の対象となる。
42 ニャマ・ワ・ズル(nyama wa dzulu, pl. nyama a dzulu)。「上の動物、上の憑依霊」。ニューニ(nyuni、直訳するとキツツキ41)と総称される、主として鳥の憑依霊だが、ニューニという言葉は乳幼児や、この病気を持つ子どもの母の前で発すると、子供に発作を引き起こすとされ、忌み言葉になっている。したがってニューニという言葉の代わりに婉曲的にニャマ・ワ・ズルと言う言葉を用いるという。多くの種類がいるが、この病気は憑依霊の病気を治療する施術師とは別のカテゴリーの施術師が治療する。時間があれば別項目を立てて、詳しく紹介するかもしれない。ニャマ・ワ・ズル「上の憑依霊」のあるものは、女性に憑く場合があるが、その場合も、霊は女性をではなく彼女の子供を病気にする。病気になった子供だけでなく、その母親も治療される必要がある。しばしば女性に憑いた「上の霊」はその女性の子供を立て続けに殺してしまうことがあり、その場合は除霊(kukokomola43)の対象となる。
43 ク・ココモラ(ku-kokomola)。「除霊する」。憑依霊を2つに分けて、「身体の憑依霊 nyama wa mwirini44」と「除去の憑依霊 nyama wa kuusa4546と呼ぶ呼び方がある。ある種の憑依霊たちは、女性に憑いて彼女を不妊にしたり、生まれてくる子供をすべて殺してしまったりするものがある。こうした霊はときに除霊によって取り除く必要がある。ペポムルメ(p'ep'o mulume50)、カドゥメ(kadume60)、マウィヤ人(Mawiya61)、ドゥングマレ(dungumale64)、ジネ・ムァンガ(jine mwanga73)、トゥヌシ(tunusi74)、ツォビャ(tsovya76)、ゴジャマ(gojama63)などが代表例。しかし除霊は必ずなされるものではない。護符pinguやmapandeで危害を防ぐことも可能である。「上の霊 nyama wa dzulu42」あるいはニューニ(nyuni「キツツキ」41)と呼ばれるグループの霊は、子供にひきつけをおこさせる危険な霊だが、これは一般の憑依霊とは別個の取り扱いを受ける。これも除霊の主たる対象となる。動詞ク・シンディカ(ku-sindika「(戸などを)閉ざす、閉める、閉め出す」)、ク・ウサ(ku-usa「除去する」)、ク・シサ(ku-sisa「(客などを)送っていく、見送る、送り出す(帰り道の途中まで同行して)、殺す」)も同じ除霊を指すのに用いられる。スワヒリ語のku-chomoa(「引き抜く」「引き出す」)から来た動詞 ku-chomowa も、ドゥルマでは「除霊する」の意味で用いられる。ku-chomowaは一つの霊について用いるのに対して、ku-kokomolaは数多くの霊に対してそれらを次々取除く治療を指すと、その違いを説明する人もいる。
44 ニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini, pl. nyama a mwirini)「身体の憑依霊」。除霊(kukokomola43)の対象となるニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa, pl. nyama a kuusa)「除去の憑依霊」との対照で、その他の通常の憑依霊を「身体の憑依霊」と呼ぶ分類がある。通常の憑依霊は、自分たちの要求をかなえてもらうために人に憑いて、その人を病気にする。施術師がその霊と交渉し、要求を聞き出し、それを叶えることによって病気は治る。憑依霊の要求に応じて、宿主は憑依霊のお気に入りの布を身に着けたり、徹夜の踊りの会で踊りを開いてもらう。憑依霊は宿主の身体を借りて踊り、踊りを楽しむ。こうした関係に入ると、憑依霊を宿主から切り離すことは不可能となる。これが「身体の憑依霊」である。こうした霊を除霊することは極めて危険で困難であり、事実上不可能と考えられている。
45 ニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa, pl. nyama a kuusa46)。「除去の憑依霊」。憑依霊のなかのあるものは、女性に憑いてその女性を不妊にしたり、その女性が生む子供を殺してしまったりする。その場合には女性からその憑依霊を除霊する(kukokomola43)必要がある。これはかなり危険な作業だとされている。イスラム系の霊のあるものたち(とりわけジネと呼ばれる霊たち7)は、イスラム系の妖術使いによって攻撃目的で送りこまれる場合があり、イスラム系の施術師による除霊を必要とする。妖術によって送りつけられた霊は、「妖術の霊(nyama wa utsai)」あるいは「薬の霊(nyama wa muhaso)」などの言い方で呼ばれることもある。ジネ以外のイスラム系の憑依霊(nyama wa chidzomba49)も、ときに女性を不妊にしたり、その子供を殺したりするので、その場合には除霊の対象になる。ニャマ・ワ・ズル(nyama wa dzulu, pl.nyama a dzulu42)「上の霊」あるいはニューニ(nyuni41)と呼ばれる多くは鳥の憑依霊たちは、幼児にヒキツケを引き起こしたりすることで知られており、憑依霊の施術師とは別に専門の施術師がいて、彼らの治療の対象であるが、ときには成人の女性に憑いて、彼女の生む子供を立て続けに殺してしまうので、除霊の対象になる。内陸系の霊のなかにも、女性に憑いて同様な危害を及ぼすものがあり、その場合には除霊の対象になる。こうした形で、除霊の対象にならない憑依霊たちは、自分たちの宿主との間に一生続く関係を構築する。要求がかなえられないと宿主を病気にするが、友好的な関係が維持できれば、宿主にさまざまな恩恵を与えてくれる場合もある。これらの大多数の霊は「除去の憑依霊」との対照でニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini, pl. nyama a mwirini44)「身体の憑依霊」と呼ばれている。
46 クウサ(ku-usa)。「除去する、取り除く」を意味する動詞。転じて、負っている負債や義務を「返す」、儀礼や催しを「執り行う」などの意味にも用いられる。例えば祖先に対する供犠(sadaka)をおこなうことは ku-usa sadaka、婚礼(harusi)を執り行うも ku-usa harusiなどと言う。クウサ・ムズカ(muzuka)あるいはミジム(mizimu)とは、ムズカに祈願して願いがかなったら云々の物を供犠します、などと約束していた場合、成願時にその約束を果たす(ムズカに「支払いをする(ku-ripha muzuka)」ともいう)ことであったり、妖術使いがムズカに悪しき祈願を行ったために不幸に陥った者が、それを逆転させる措置(たとえば「汚れを取り戻す」47など)を行うことなどを意味する。
47 ノンゴ(nongo)。「汚れ」を意味する名詞だが、象徴的な意味ももつ。ノンゴの妖術 utsai wa nongo というと、犠牲者の持ち物の一部や毛髪などを盗んでムズカ48などに隠す行為で、それによって犠牲者は、「この世にいるようで、この世にいないような状態(dza u mumo na dza kumo)」になり、何事もうまくいかなくなる。身体的不調のみならずさまざまな企ての失敗なども引き起こす。治療のためには「ノンゴを戻す(ku-udza nongo)」必要がある。「悪いノンゴ(nongo mbii)」をもつとは、人々から人気がなくなること、何か話しても誰にも聞いてもらえないことなどで、人気があることは「良いノンゴ(nongo mbidzo)」をもっていると言われる。悪いノンゴ、良いノンゴの代わりに「悪い臭い(kungu mbii)」「良い臭い(kungu mbidzo)」と言う言い方もある。
48 ムズカ(muzuka)。特別な木の洞や、洞窟で霊の棲み処とされる場所。また、そこに棲む霊の名前。ムズカではさまざまな祈願が行われる。地域の長老たちによって降雨祈願が行われるムルングのムズカと呼ばれる場所と、さまざまな霊(とりわけイスラム系の霊)の棲み処で個人が祈願を行うムズカがある。後者は祈願をおこないそれが実現すると必ず「支払い」をせねばならない。さもないと災が自分に降りかかる。妖術使いはしばしば犠牲者の「汚れ47」をムズカに置くことによって攻撃する(「汚れを奪う」妖術)という。「汚れを戻す」治療が必要になる。
49 ニャマ・ワ・キゾンバ(nyama wa chidzomba, pl. nyama a chidzomba)。「イスラム系の憑依霊」。イスラム系の霊は「海岸の霊 nyama wa pwani」とも呼ばれる。イスラム系の霊たちに共通するのは、清潔好き、綺麗好きということで、ドゥルマの人々の「不潔な」生活を嫌っている。とりわけおしっこ(mikojo、これには「尿」と「精液」が含まれる)を嫌うので、赤ん坊を抱く母親がその衣服に排尿されるのを嫌い、母親を病気にしたり子供を病気にし、殺してしまったりもする。イスラム系の霊の一部には夜女性が寝ている間に彼女と性交をもとうとする霊がいる。男霊(p'ep'o mulume50)の別名をもつ男性のスディアニ導師(mwalimu sudiani51)がその代表例であり、女性に憑いて彼女を不妊にしたり(夫の精液を嫌って排除するので、子供が生まれない)、生まれてくる子供を全て殺してしまったり(その尿を嫌って)するので、最後の手段として危険な除霊(kukokomola)の対象とされることもある。イスラム系の霊は一般に獰猛(musiru)で怒りっぽい。内陸部の霊が好む草木(muhi)や、それを炒って黒い粉にした薬(muhaso)を嫌うので、内陸部の霊に対する治療を行う際には、患者にイスラム系の霊が憑いている場合には、このことについての許しを前もって得ていなければならない。イスラム系の霊に対する治療は、薔薇水や香水による沐浴が欠かせない。このようにきわめて厄介な霊ではあるのだが、その要求をかなえて彼らに気に入られると、彼らは自分が憑いている人に富をもたらすとも考えられている。
50 ペーポームルメ(p'ep'o mulume)。ムルメ(mulume)は「男性」を意味する名詞。男性のスディアニ Sudiani、カドゥメ Kadumeの別名とも。女性がこの霊にとり憑かれていると,彼女はしばしば美しい男と性交している夢を見る。そして実際の夫が彼女との性交を求めても,彼女は拒んでしまうようになるかもしれない。夫の方でも勃起しなくなってしまうかもしれない。女性の月経が終ったとき、もし夫がぐずぐずしていると,夫の代りにペポムルメの方が彼女と先に始めてしまうと、たとえ夫がいくら性交しようとも彼女が妊娠することはない。施術師による治療を受けてようやく、彼女は妊娠するようになる。その治療が功を奏さない場合には、最終的に除霊(ku-kokomola43)もありうる。逆に女性のスディアニもいて、こちらは夢の中で男性を誘惑し、不能にする。
51 スディアニ(sudiani)。スーダン人だと説明する人もいるが、ザンジバルの憑依を研究したLarsenは、スビアーニ(subiani)と呼ばれる霊について簡単に報告している。それはアラブの霊ruhaniの一種ではあるが、他のruhaniとは若干性格を異にしているらしい(Larsen 2008:78)。もちろんスーダンとの結びつきには言及されていない。スディアニには男女がいる。厳格なイスラム教徒で綺麗好き。女性のスディアニは男性と夢の中で性関係をもち、男のスディアニは女性と夢の中で性関係をもつ。同じふるまいをする憑依霊にペポムルメ(p'ep'o mulume, mulume=男)がいるが、これは男のスディアニの別名だとされている。いずれの場合も子供が生まれなくなるため、除霊(ku-kokomola)してしまうこともある(DB 214)。スディアニの典型的な症状は、発狂(kpwayuka)して、水、とりわけ海に飛び込む。治療は「海岸の草木muhi wa pwani」52による鍋(nyungu55)と、飲む大皿と浴びる大皿(kombe59)。白いローブ(zurungi,kanzu)と白いターバン、中に指輪を入れた護符(pingu37)。
52 ムヒ(muhi、複数形は mihi)。植物一般を指す言葉だが、憑依霊の文脈では、治療に用いる草木を指す。憑依霊の治療においては霊ごとに異なる草木の組み合わせがあるが、大きく分けてイスラム系の憑依霊に対する「海岸部の草木」(mihi ya pwani(pl.)/ muhi wa pwani(sing.))、内陸部の憑依霊に対する「内陸部の草木」(mihi ya bara(pl.)/muhi wa bara(sing.))に大別される。冷やしの施術や、妖術の施術53においても固有の草木が用いられる。muhiはさまざまな形で用いられる。搗き砕いて香料(mavumba54)の成分に、根や木部は切り彫ってパンデ(pande36)に、根や枝は煎じて飲み薬(muhi wa kunwa, muhi wa kujita)に、葉は水の中で揉んで薬液(vuo)に、また鍋の中で煮て蒸気を浴びる鍋(nyungu55)治療に、土器片の上で炒ってすりつぶし黒い粉状の薬(muhaso, mureya)に、など。ミヒニ(mihini)は字義通りには「木々の場所(に、で)」だが、施術の文脈では、施術に必要な草木を集める作業を指す。
53 ウガンガ(uganga)。癒やしの術、治療術、施術などという訳語を当てている。病気やその他の災に対処する技術。さまざまな種類の術があるが、大別すると3つに分けられる。(1)冷やしの施術(uganga wa kuphoza): 安心安全に生を営んでいくうえで従わねばならないさまざまなやり方・きまり(人々はドゥルマのやり方chidurumaと呼ぶ)を犯した結果生じる秩序の乱れや災厄、あるいは外的な事故がもたらす秩序の乱れを「冷やし」修正する術。(2)薬の施術(uganga wa muhaso): 妖術使い(さまざまな薬を使役して他人に不幸や危害をもたらす者)によって引き起こされた病気や災厄に対処する、妖術使い同様に薬の使役に通暁した専門家たちが提供する術。(3)憑依霊の施術(uganga wa nyama): 憑依霊によって引き起こされるさまざまな病気に対処し、憑依霊と交渉し患者と憑依霊の関係を取り持ち、再構築し、安定させる癒やしの術。
54 マヴンバ(mavumba)。「香料」。憑依霊の種類ごとに異なる。乾燥した草木や樹皮、根を搗き砕いて細かくした、あるいは粉状にしたもの。イスラム系の霊に用いられるものは、スパイスショップでピラウ・ミックスとして購入可能な香辛料ミックス。
55 ニュング(nyungu)。nyunguとは土器製の壺のような形をした鍋で、かつては煮炊きに用いられていた。このnyunguに草木(mihi)その他を詰め、火にかけて沸騰させ、この鍋を脚の間において座り、すっぽり大きな布で頭から覆い、鍋の蒸気を浴びる(kudzifukiza; kochwa)。それが終わると、キザchiza56、あるいはziya(池)のなかの薬液(vuo)を浴びる(koga)。憑依霊治療の一環の一種のサウナ的蒸気浴び治療であるが、患者に対してなされる治療というよりも、患者に憑いている霊に対して提供されるサービスだという側面が強い。https://www.mihamamoto.com/research/mijikenda/durumatxt/pot-treatment.htmlを参照のこと
56 キザ(chiza)。憑依霊のための草木(muhi主に葉)を細かくちぎり、水の中で揉みしだいたもの(vuo=薬液)を容器に入れたもの。患者はそれをすすったり浴びたりする。憑依霊による病気の治療の一環。室内に置くものは小屋のキザ(chiza cha nyumbani)、屋外に置くものは外のキザ(chiza cha konze)と呼ばれる。容器としては取っ手のないアルミの鍋(sfuria)が用いられることも多いが、外のキザには搗き臼(chinu)が用いられることが普通である。屋外に置かれたものは「池」(ziya57)とも呼ばれる。しばしば鍋治療(nyungu55)とセットで設置される。
57 ジヤ(ziya, pl.maziya)。「池、湖」。川(muho)、洞窟(pangani)とともに、ライカ(laika)、キツィンバカジ(chitsimbakazi),シェラ(shera)などの憑依霊の棲み処とされている。またこれらの憑依霊に対する薬液(vuo58)が入った搗き臼(chinu)や料理鍋(sufuria)もジヤと呼ばれることがある(より一般的にはキザ(chiza56)と呼ばれるが)。
58 ヴオ(vuo, pl. mavuo)。「薬液」、さまざまな草木の葉を水の中で揉みしだいた液体。草木を水のなかで揉みしだく動作をク・ヴガ(ku-vuga)という。薬液は、すすったり、phungo(葉のついた小枝の束)を浸して雫を患者にふりかけたり、それで患者を洗ったり、患者がそれをすくって浴びたり、といった形で用いる。
59 コンベ(kombe)は「大皿」を意味するスワヒリ語。kombe はドゥルマではイスラム系の憑依霊の治療のひとつである。陶器、磁器の大皿にサフランをローズウォーターで溶いたもので字や絵を描く。描かれるのは「コーランの章句」だとされるアラビア文字風のなにか、モスクや月や星の絵などである。描き終わると、それはローズウォーターで洗われ、瓶に詰められる。一つは甘いバラシロップ(Sharbat Roseという商品名で売られているもの)を加えて、少しずつ水で薄めて飲む。これが「飲む大皿 kombe ra kunwa」である。もうひとつはバケツの水に加えて、それで沐浴する。これが「浴びる大皿 kombe ra koga」である。文字や図像を飲み、浴びることに病気治療の効果があると考えられているようだ。
60 カドゥメ(kadume)は、ペポムルメ(p'ep'o mulume)、ツォビャ(tsovya)などと同様の振る舞いをする憑依霊。共通するふるまいは、女性に憑依して夜夢の中にやってきて、女性を組み敷き性関係をもつ。女性は夫との性関係が不可能になったり、拒んだりするようになりうる。その結果子供ができない。こうした点で、三者はそれぞれの別名であるとされることもある。護符(ngata)が最初の対処であるが、カドゥメとツォーヴャは、取り憑いた女性の子供を突然捕らえて病気にしたり殺してしまうことがあり、ペポムルメ以上に、除霊(kukokomola)が必要となる。
61 マウィヤ(Mawiya)。民族名の憑依霊、マウィヤ人(Mawia)。モザンビーク北部からタンザニアにかけての海岸部に居住する諸民族のひとつ。同じ地域にマコンデ人(makonde62)もいるが、憑依霊の世界ではしばしばマウィヤはマコンデの別名だとも主張される。ともに人肉を食う習慣があると主張されている(もちデマ)。女性が憑依されると、彼女の子供を殺してしまう(子供を産んでも「血を飲まれてしまって」育たない)。症状は別の憑依霊ゴジャマ(gojama63)と同様で、母乳を水にしてしまい、子供が飲むと嘔吐、下痢、腹部膨満を引き起こす。女性にとっては危険な霊なので、除霊(ku-kokomola)に訴えることもある。
62 マコンデ(makonde)。民族名の憑依霊、マコンデ人(makonde)。別名マウィヤ人(mawiya)。モザンビーク北部からタンザニアにかけての海岸部に居住する諸民族のひとつで、マウィヤも同じグループに属する。人肉食の習慣があると噂されている(デマ)。女性に憑依して彼女の産む子供を殺してしまうので、除霊(ku-kokomola)の対象とされることもある。
63 ゴジャマ(gojama)。憑依霊の一種、ときにゴジャマ導師(mwalimu gojama)とも語られ、イスラム系とみなされることもある。狩猟採集民の憑依霊ムリャングロ(Muryangulo/pl.Aryangulo)と同一だという説もある。ひとつ目の半人半獣の怪物で尾をもつ。ブッシュの中で人の名前を呼び、うっかり応えると食べられるという。ブッシュで追いかけられたときには、葉っぱを撒き散らすと良い。ゴジャマはそれを見ると数え始めるので、その隙に逃げれば良いという。憑依されると、人を食べたくなり、カヤンバではしばしば斧をかついで踊る。憑依された人は、人の血を飲むと言われる。彼(彼女)に見つめられるとそれだけで見つめられた人の血はなくなってしまう。カヤンバでも、血を飲みたいと言って子供を追いかけ回す。また人肉を食べたがるが、カヤンバの席で前もって羊の肉があれば、それを与えると静かになる。ゴジャマをもつ者は、普段の状況でも食べ物の好みがかわり、蜂蜜を好むようになる。また尿に血や膿が混じる症状を呈することがある。さらにゴジャマをもつ女性は子供がもてなくなる(kaika ana)かもしれない。妊娠しても流産を繰り返す。その場合には、雄羊(ng'onzi t'urume)の供犠でその血を用いて除霊(kukokomola43)できる。雄羊の毛を縫い込んだ護符(pingu)を女性の胸のところにつけ、女性に雄羊の尾を食べさせる。
64 ドゥングマレ(dungumale)。母親に憑いて子供を捕らえる憑依霊。症状:発熱mwiri moho。子供泣き止まない。嘔吐、下痢。nyama wa kuusa(除霊ku-kokomola43の対象になる)46。黒いヤギmbuzi nyiru。ヤギを繋いでおくためのロープ。除霊の際には、患者はそのロープを持って走り出て、屋敷の外で倒れる。ドゥングマレの草木: mudungumale=muyama65
65 ムヤマ(muyama)。ムルング(mulungu66)の草木、ドゥングマレ(dungumale64)、ニューニ(nyuni41)の草木。Croton megalocarpus, in Giriama(Maundu&Tengnas2005:182)。'The Duruma use the roots and leaves as medicines for convulsions, gastric lesions and inflamation, while the Giriama use them to treat spiritual ailments.'(Pakia&Cooke2003b:389)ムラガパラ(mulagapala72)に同じとも。
66 ムルング(mulungu)。ムルングはドゥルマにおける至高神で、雨をコントロールする。憑依霊のムァナムルング(mwanamulungu)67との関係は人によって曖昧。憑依霊につく「子供」mwanaという言葉は、内陸系の憑依霊につける敬称という意味合いも強い。一方憑依霊のムルングは至高神ムルング(女性だとされている)の子供だと主張されることもある。私はムァナムルング(mwanamulungu)については「ムルング子神」という訳語を用いる。しかし単にムルング(mulungu)で憑依霊のムァナムルングを指す言い方も普通に見られる。このあたりのことについては、ドゥルマの(特定の人による理論ではなく)慣用を尊重して、あえて曖昧にとどめておきたい。
67 ムァナムルング(mwanamulungu)。「ムルング子神」と訳しておく。憑依霊の名前の前につける"mwana"には敬称的な意味があると私は考えている。しかし至高神ムルング(mulungu)と憑依霊のムルング(mwanamulungu)の関係については、施術師によって意見が分かれることがある。多くの人は両者を同一とみなしているが、天にいるムルング(女性)が地上に落とした彼女の子供(女性)だとして、区別する者もいる。いずれにしても憑依霊ムルングが、すべての憑依霊の筆頭であるという点では意見が一致している。憑依霊ムルングも他の憑依霊と同様に、自分の要求を伝えるために、自分が惚れた(あるいは目をつけた kutsunuka)人を病気にする。その症状は身体全体にわたる。その一つに人々が発狂(kpwayuka)と呼ぶある種の精神状態がある。また女性の妊娠を妨げるのも憑依霊ムルングの特徴の一つである。ムルングがこうした症状を引き起こすことによって満たそうとする要求は、単に布(nguo ya mulungu と呼ばれる黒い布 nguo nyiru (実際には紺色))であったり、ムルングの草木を水の中で揉みしだいた薬液を浴びることであったり(chiza56)、ムルングの草木を鍋に詰め少量の水を加えて沸騰させ、その湯気を浴びること(「鍋nyungu」)であったりする。さらにムルングは自分自身の子供を要求することもある。それは瓢箪で作られ、瓢箪子供と呼ばれる68。女性の不妊はしばしばムルングのこの要求のせいであるとされ、瓢箪子供をムルングに差し出すことで妊娠が可能になると考えられている69。この瓢箪子供は女性の子供と一緒に背負い布に結ばれ、背中の赤ん坊の健康を守り、さらなる妊娠を可能にしてくれる。しかしムルングの究極の要求は、患者自身が施術師になることである。ムルングが引き起こす症状で、すでに言及した「発狂kpwayuka」は、ムルングのこの究極の要求につながっていることがしばしばである。ここでも瓢箪子供としてムルングは施術師の「子供」となり、彼あるいは彼女の癒やしの術を助ける。もちろん、さまざまな憑依霊が、癒やしの仕事(kazi ya uganga)を欲して=憑かれた者がその霊の癒しの術の施術師(muganga 癒し手、治療師)となってその霊の癒やしの術の仕事をしてくれるようになることを求めて、人に憑く。最終的にはこの願いがかなうまでは霊たちはそれを催促するために、人を様々な病気で苦しめ続ける。憑依霊たちの筆頭は神=ムルングなので、すべての施術師のキャリアは、まず子神ムルングを外に出す(徹夜のカヤンバ儀礼を経て、その瓢箪子供を授けられ、さまざまなテストをパスして正式な施術師として認められる手続き)ことから始まる。
68 ムァナ・ワ・ンドンガ(mwana wa ndonga)。ムァナ(mwana, pl. ana)は「子供」、ンドンガ(ndonga)は「瓢箪」。「瓢箪の子供」を意味する。「瓢箪子供」と訳すことにしている。瓢箪の実(chirenje)で作った子供。瓢箪子供には2種類あり、ひとつは施術師が特定の憑依霊(とその仲間)の癒やしの術(uganga)をとりおこなえる施術師に就任する際に、施術上の父と母から授けられるもので、それは彼(彼女)の施術の力の源泉となる大切な存在(彼/彼女の占いや治療行為を助ける憑依霊はこの瓢箪の姿をとった彼/彼女にとっての「子供」とされる)である。一方、こうした施術師の所持する瓢箪子供とは別に、不妊に悩む女性に授けられるチェレコchereko(ku-ereka 「赤ん坊を背負う」より)とも呼ばれる瓢箪子供69がある。瓢箪子供の各部の名称については、図71を参照。
69 チェレコ(chereko)。「背負う」を意味する動詞ク・エレカ(kpwereka)より。不妊の女性に与えられる瓢箪子供68。子供がなかなかできない(ドゥルマ語で「彼女は子供をきちんと置かない kaika ana」と呼ばれる事態で、連続する死産、流産、赤ん坊が幼いうちに死ぬ、第二子以降がなかなか生まれないなども含む)原因は、しばしば自分の子供がほしいムルング子神67がその女性の出産力に嫉妬して、その女性の妊娠を阻んでいるためとされる。ムルング子神の瓢箪子供を夫婦に授けることで、妻は再び妊娠すると考えられている。まだ一切の加工がされていない瓢箪(chirenje)を「鍋」とともにムルングに示し、妊娠・出産を祈願する。授けられた瓢箪は夫婦の寝台の下に置かれる。やがて妻に子供が生まれると、徹夜のカヤンバを開催し施術師はその瓢箪の口を開け、くびれた部分にビーズ ushangaの紐を結び、中身を取り出す。夫婦は二人でその瓢箪に心臓(ムルングの草木を削って作った木片mapande36)、内蔵(ムルングの草木を砕いて作った香料54)、血(ヒマ油70)を入れて「瓢箪子供」にする。徹夜のカヤンバが夜明け前にクライマックスになると、瓢箪子供をムルング子神(に憑依された妻)に与える。以後、瓢箪子供は夜は夫婦の寝台の上に置かれ、昼は生まれた赤ん坊の背負い布の端に結び付けられて、生まれてきた赤ん坊の成長を守る。瓢箪子どもの血と内臓は、切らさないようにその都度、補っていかねばならない。夫婦の一方が万一浮気をすると瓢箪子供は泣き、壊れてしまうかもしれない。チェレコを授ける儀礼手続きの詳細は、浜本満, 1992,「「子供」としての憑依霊--ドゥルマにおける瓢箪子供を連れ出す儀礼」『アフリカ研究』Vol.41:1-22を参照されたい。
70 ニョーノ(nyono)。ヒマ(mbono, mubono)の実、そこからヒマの油(mafuha ga nyono)を抽出する。さまざまな施術に使われるが、ヒマの油は閉経期を過ぎた、かつ夫と死別して夫がいない女性によって抽出されねばならない。ムルングの瓢箪子供には「血」としてヒマの油が入れられる。雨乞いにかつて用いられていたヒマの油も閉経期を過ぎた助成によって抽出されたものが用いられていた。死別の条件はなし。
71 ンドンガ(ndonga)。瓢箪chirenjeを乾燥させて作った容器。とりわけ施術師(憑依霊、妖術、冷やしを問わず)が「薬muhaso」を入れるのに用いられる。憑依霊の施術師の場合は、薬の容器とは別に、憑依霊の瓢箪子供 mwana wa ndongaをもっている。内陸部の霊たちの主だったものは自らの「子供」を欲し、それらの霊のmuganga(癒し手、施術師)は、その就任に際して、医療上の父と母によって瓢箪で作られた、それらの霊の「子供」を授かる。その瓢箪は、中に心臓(憑依霊の草木muhiの切片)、血(ヒマ油、ハチミツ、牛のギーなど、霊ごとに定まっている)、腸(mavumba=香料、細かく粉砕した草木他。その材料は霊ごとに定まっている)が入れられている。瓢箪子供は施術師の癒やしの技を手助けする。しかし施術師が過ちを犯すと、「泣き」(中の液が噴きこぼれる)、施術師の癒やしの仕事(uganga)を封印してしまったりする。一方、イスラム系の憑依霊たちはそうした瓢箪子供をもたない。例外が世界導師とペンバ人なのである(ただしペンバ人といっても呪物除去のペンバ人のみで、普通の憑依霊ペンバ人は瓢箪をもたない)。瓢箪子供については〔浜本 1992〕に詳しい(はず)。
72 ムラガパラ(mulagap'ala, pl.milagap'ala)。トウダイグサ科の草木、Croton pseudopulchellus(Pakia&Cooke2003b:389)、muyama65とも呼ばれる。ムルング6667、ドゥングマレ(dungumale64)、ニューニ(nyuni41)の草木。
73 ジネ・ムァンガ(jine mwanga)。イスラム系の憑依霊ジネの一種。別名にソロタニ・ムァンガ(ムァンガ・サルタン(sorotani mwanga))とも。ドゥルマ語では動詞クァンガ(kpwanga, ku-anga)は、「(裸で)妖術をかける、襲いかかる」の意味。スワヒリ語にもク・アンガ(ku-anga)には「妖術をかける」の意味もあるが、かなり多義的で「空中に浮遊する」とか「計算する、数える」などの意味もある。形容詞では「明るい、ギラギラする、輝く」などの意味。昼夜問わず夢の中に現れて(kukpwangira usiku na mutsana)、組み付いて喉を絞める。症状:吐血。女性に憑依すると子どもの出産を妨げる。ngataを処方して、出産後に除霊 ku-kokomolaする。
74 トゥヌシ(tunusi)。ヴィトゥヌシ(vitunusi)とも。憑依霊の一種。別名トゥヌシ・ムァンガ(tunusi mwanga)。イスラム系の憑依霊ジネ(jine7)の一種という説と、ニューニ(nyuni41)の仲間だという説がある。女性がトゥヌシをもっていると、彼女に小さい子供がいれば、その子供が捕らえられる。ひきつけの症状。白目を剥き、手足を痙攣させる。女性自身が苦しむことはない。この症状(捕らえ方(magbwiri))は、同じムァンガが付いたイスラム系の憑依霊、ジネ・ムァンガ75らとはかなり異なっているので同一視はできない。除霊(kukokomola43)の対象であるが、水の中で行われるのが特徴。
75 ムァンガ(mwanga)。憑依霊の名前。「ムァンガ導師 mwalimu mwanga」「アラブ人ムァンガ mwarabu mwanga」「ジネ・ムァンガ jine mwanga」あるいは単に「ムァンガ mwanga」と呼ばれる。「スルタン(sorotani)」、「スルタン・ムァンガ」も同じ憑依霊か。イスラム系の憑依霊。昼夜を問わず、夢の中に現れて人を組み敷き、喉を絞める。主症状は吐血。子供の出産を妨げるので、女性にとっては極めて危険。妊娠中は除霊できないので、護符(ngata)を処方して出産後に除霊を行う。また別に、全裸になって夜中に屋敷に忍び込み妖術をかける妖術使いもムァンガ mwangaと呼ばれる。kpwanga(=ku-anga)、「妖術をかける」(薬などの手段に訴えずに、上述のような以上な行動によって)を意味する動詞(スワヒリ語)より。これらのイスラム系の憑依霊が人を襲う仕方も同じ動詞で語られる。
76 ツォビャ(tsovya)。子供を好まず、母親に憑いて彼女の子供を殺してしまう。夜、夢の中にやってきて彼女と性関係をもつ。ニューニ41の一種に加える人もいる。鋭い爪をもった憑依霊(nyama wa mak'ombe)。除霊(kukokomola43)の対象となる「除去の霊nyama wa kuusa46」。see p'ep'o mulume50, kadume60
tsovyaの別名とされる「内陸部のスディアニ」の絵
77 ライカ・ムェンド(laika mwendo)。動きの速いことからムェンド(mwendo)と呼ばれる。mwendoという語はスワヒリ語と共通だが、「速度、距離、運動」などさまざまな意味で用いられる。唱えごとの中では「風とともに動くもの(mwenda na upepo)」と呼びかけられる。別名ライカ・ムクシ(laika mukusi)。すばやく人のキブリを奪う。「嗅ぎ出し」にあたる施術師は、大急ぎで走っていって,また大急ぎで戻ってこなければならない.さもないと再び chivuri を奪われてしまう。症状: 激しい狂気(kpwayuka vyenye)。
78 ライカ・ムクシ(laika mukusi)。クシ(kusi)は「暴風、突風」。キククジ(chikukuzi)はクシのdim.形。風が吹き抜けるように人のキブリを奪い去る。ライカ・ムクセ(laika mukuse)とも。ライカ・ムェンド(laika mwendo) の別名。
79 ライカ・トブェ(laika tophe)。トブェ(tophe)は「泥」。症状: 口がきけなくなり、泥や土を食べたがる。泥の中でのたうち回る。別名ライカ・ニョカ(laika ra nyoka)、ライカ・マフィラ(laika mwafira80)、ライカ・ムァニョーカ(laika mwanyoka81)、ライカ・キフォフォ(laika chifofo)。
80 ライカ・ムァフィラ(laika mwafira)、fira(mafira(pl.))はコブラ。laika mwanyoka、laika tophe、laika nyoka(laika ra nyoka)などの別名。
81 ライカ・ムァニョーカ(laika mwanyoka)、nyoka はヘビ、mwanyoka は「ヘビの人」といった意味、laika chifofo、laika mwafira、laika tophe、laika nyokaなどの別名
82 ライカ・キフォフォ(laika chifofo)。キフォフォ(chifofo)は「癲癇」あるいはその症状。症状: 痙攣(kufitika)、口から泡を吹いて倒れる、人糞を食べたがる(kurya mavi)、意識を失う(kufa,kuyaza fahamu)。ライカ・トブェ(laika tophe)の別名ともされる。
83 ライカ・ドンド(laika dondo)。dondo は「乳房 nondo」の aug.。乳房が片一方しかない。症状: 嘔吐を繰り返し,水ばかりを飲む(kuphaphika, kunwa madzi kpwenda )。キツィンバカジ(chitsimbakazi2)の別名ともいう。
84 ライカ・キウェテ(laika chiwete)。片手、片脚のライカ。chiweteは「不具(者)」の意味。症状: 脚が壊れに壊れる(kuvunza vunza magulu)、歩けなくなってしまう。別名ライカ・グドゥ(laika gudu)
85 ライカ・グドゥ(laika gudu)。ku-gudula「びっこをひく」より。ライカ・キウェテ(laika chiwete)の別名。
86 ライカ・ムバワ(laika mbawa)。バワ(bawa)は「ハンティングドッグ」。病気の進行が速い。もたもたしていると、血をすべて飲まれてしまう(kunewa milatso)ことから。症状: 貧血(kunewa milatso)、吐血(kuphaphika milatso)
87 ライカ・ツル(laika tsulu)。ツル(tsulu)は「土山、盛り土」。腹部が土丘(tsulu)のように膨れ上がることから。
88 マクンバ(makumba)。憑依霊デナ(dena89)の別名。
89 デナ(dena)。憑依霊の一種。ギリアマ人の長老であるとされるが、8つの頭をもった大蛇という姿もとる。ギリアマ老人としてはヤシ酒と牛乳を好む。別名マクンバ(makumbaまたはmwakumba)。突然の旋風に打たれると、デナが人に「触れ(richimukumba mutu)」、その人はその場で倒れ(このあたりはライカ1と同じモード)、身体のあちこちが「壊れる」のだという。瓢箪子供に入れる「血」はヒマの油ではなく、バター(mafuha ga ng'ombe)とハチミツで、これはマサイの瓢箪子供と同じ(ハチミツのみでバターは入れないという施術師もいる)。症状:発狂、木の葉を食べる、腹が腫れる、脚が腫れる、脚の痛みなど、ニャリ(nyari90)との共通性あり。治療はアフリカン・ブラックウッド(muphingo)ムヴモ(muvumo/Premna chrysoclada)ミドリサンゴノキ(chitudwi/Euphorbia tirucalli)の護符(pande36)と鍋。ニャリの治療もかねる。要求:鍋、赤い布、嗅ぎ出し(ku-zuza)の仕事。ニャリといっしょに出現し、ニャリたちの代弁者として振る舞う。ニャリも人の姿と蛇の姿をもつが、施術師によっては、ニャリは蛇なので言葉を喋れない。そこでデナがニャリたちの代弁者となると説明する人もいる。でもデナも蛇なんですが。
90 ニャリ(nyari)。憑依霊のグループ。内陸系の憑依霊(nyama a bara)だが、施術師によっては海岸系(nyama a pwani)に入れる者もいる(夢の中で白いローブ(kanzu)姿で現れることもあるとか、ニャリの香料(mavumba)はイスラム系の霊のための香料だとか、黒い布の月と星の縫い付けとか、どこかイスラム的)。カヤンバの場で憑依された人は白目を剥いてのけぞるなど他の憑依霊と同様な振る舞いを見せる。実体はヘビ。症状:発狂、四肢の痛みや奇形。要求は、赤い(茶色い)鶏、黒い布(星と月の縫い付けがある)、あるいは黒白赤の布を継ぎ合わせた布、またはその模様のシャツ。鍋(nyungu)。さらに「嗅ぎ出し(ku-zuza)12」の仕事を要求することもある。ニャリはヘビであるため喋れない。Dena89が彼らのスポークスマンでありリーダーで、デナが登場するとニャリたちを代弁して喋る。また本来は別グループに属する憑依霊ディゴゼー(digozee91)が出て、代わりに喋ることもある。ニャリnyariにはさまざまな種類がある。ニャリ・ニョカ(nyoka): nyokaはドゥルマ語で「ヘビ」、全身を蛇が這い回っているように感じる、止まらない嘔吐。よだれが出続ける。ニャリ・ムァフィラ(mwafira):firaは「コブラ」、ニャリ・ニョカの別名。ニャリ・ドゥラジ(durazi): duraziは身体のいろいろな部分が腫れ上がって痛む病気の名前、ニャリ・ドゥラジに捕らえられると膝などの関節が腫れ上がって痛む。ニャリ・キピンデ(chipinde): ku-pindaはスワヒリ語で「曲げる」、手脚が曲がらなくなる。ニャリ・キティヨの別名とも。ニャリ・ムァルカノ(mwalukano): lukanoはドゥルマ語で筋肉、筋(腱)、血管。脚がねじ曲がる。この霊の護符pande36には、通常の紐(lugbwe)ではなく野生動物の腱を用いる。ニャリ・ンゴンベ(ng'ombe): ng'ombeはウシ。牛肉が食べられなくなる。腹痛、腹がぐるぐる鳴る。鍋(nyungu)と護符(pande)で治るのがジネ・ンゴンベ(jine ng'ombe)との違い。ニャリ・ボコ(boko): bokoはカバ。全身が震える。まるでマラリアにかかったように骨が震える。ニャリ・ボコのカヤンバでの演奏は早朝6時頃で、これはカバが水から出てくる時間である。ニャリ・ンジュンジュラ(junjula):不明。ニャリ・キウェテ(chiwete): chiweteはドゥルマ語で不具、脚を壊し、人を不具にして膝でいざらせる。ニャリ・キティヨ(chitiyo): chitiyoはドゥルマ語で父息子、兄弟などの同性の近親者が異性や性に関する事物を共有することで生じるまぜこぜ(maphingani/makushekushe)がもたらす災厄を指す。ニャリ・キティヨに捕らえられると腰が折れたり(切断されたり)=ぎっくり腰、せむし(chinundu cha mongo)になる。胸が腫れる。
91 ディゴゼー(digozee)。憑依霊ドゥルマ人の一種とも。田舎者の老人(mutumia wa nyika)。極めて年寄りで、常に毛布をまとう。酒を好む。ディゴゼーは憑依霊ドゥルマ人の長、ニャリたちのボスでもある。ムビリキモ(mubilichimo92)マンダーノ(mandano93)らと仲間で、憑依霊ドゥルマ人の瓢箪を共有する。症状:日なたにいても寒気がする、腰が断ち切られる(ぎっくり腰)、声が老人のように嗄れる。要求:毛布(左肩から掛け一日中纏っている)、三本足の木製の椅子(紐をつけ、方から掛けてどこへ行くにも持っていく)、編んだ肩掛け袋(mukoba)、施術師の錫杖(muroi)、動物の角で作った嗅ぎタバコ入れ(chiko cha pembe)、酒を飲むための瓢箪製のコップとストロー(chiparya na muridza)。治療:憑依霊ドゥルマの「鍋」、煙浴び(ku-dzifukiza 燃やすのはボロ布または乳香)。
92 ムビリキモ(mbilichimo)。民族名の憑依霊、ピグミー(スワヒリ語でmbilikimo/(pl.)wabilikimo)。身長(kimo)がない(mtu bila kimo)から。憑依霊の世界では、ディゴゼー(digozee)と組んで現れる。女性の霊だという施術師もいる。症状:脚や腰を断ち切る(ような痛み)、歩行不可能になる。要求: 白と黒のビーズをつけた紺色の(ムルングの)布。ビーズを埋め込んだ木製の三本足の椅子。憑依霊ドゥルマ人の瓢箪に同居する。
93 マンダーノ(mandano)。憑依霊。mandanoはドゥルマ語で「黄色」。女性の霊。つねに憑依霊ドゥルマ人とともにやってくる。独りでは来ない。憑依霊ドゥルマ人、ディゴゼー、ムビリキモ、マンダーノは一つのグループになっている。施術師によっては、マンダーノをレロニレロ94とともにディゴ系の霊とする、あるいはシェラ13の別名だとするなど、見解の違いもある。症状: 咳、喀血、息が詰まる。貧血、全身が黄色くなる、水ばかり飲む。食べたものはみな吐いてしまう。要求: 黄色いビーズと白いビーズを互違いに通した耳飾り、青白青の三色にわけられた布(二辺に穴あき硬貨(hela)と黄色と白のビーズ飾りが縫いつけられている)、自分に捧げられたヤギ。草木: mutundukula、mudungu
94 レロニレロ(rero ni rero)。レロ(rero)はドゥルマ語で「今日」を意味する。憑依霊シェラ(shera13)の別名ともいう。施術師によっては、憑依霊ドゥルマ人のグループに入れる者もいる。その場合は男性の霊とされる。一日のうちに、ビーズ飾り作り、嗅ぎ出し(kuzuza12)、カヤンバ(kayamba)、「重荷下ろし(kuphula mizigo)14」、「外に出す(ku-lavya konze95)まですべて済ませてしまわねばならないことから「今日は今日だけ(rero ni rero)」と呼ばれる。シェラ自体も、比較的最近になってドゥルマに入り込んだ霊だが、それをことさらにレロニレロと呼んで法外な治療費を要求する施術師たちを、非難する昔気質の施術師もいる。草木: mubunduki96
95 ク・ラヴャ・コンゼ(ンゼ)(ku-lavya konze, ku-lavya nze)は、字義通りには「外に出す」だが、憑依の文脈では、人を正式に癒し手(muganga、治療師、施術師)にするための一連の儀礼のことを指す。人を目的語にとって、施術師になろうとする者について誰それを「外に出す」という言い方をするが、憑依霊を目的語にとってたとえばムルングを外に出す、ムルングが「出る」といった言い方もする。同じく「癒しの術(uganga)」が「外に出る」、という言い方もある。憑依霊ごとに違いがあるが、最も多く見られるムルング子神を「外に出す」場合、最終的には、夜を徹してのンゴマ(またはカヤンバ)で憑依霊たちを招いて踊らせ、最後に施術師見習いはトランス状態(kugolomokpwa)で、隠された瓢箪子供を見つけ出し、占いの技を披露し、憑依霊に教えられてブッシュでその憑依霊にとって最も重要な草木を自ら見つけ折り取ってみせることで、一人前の癒し手(施術師)として認められることになる。
96 ムブンドゥキ(mubunduki)。Bourreria nemoralis(Pakia&Cooke2003b:388)。憑依霊レロ・ニ・レロ(rero ni rero94)の草木。
97 調査日誌。プライベートな行動記録だが、フィールドノートから漏れている情報が混じっているので、後で記憶をたどり直すのに便利。調査に関わる部分の抜粋をウェブ上に上げることにした。記載内容に手を加えない方針なので、当時使用していた不適切な訳語などもそのまま用いている。例えば「呪医(muganga)」、「呪薬(muhaso)」。「呪」はないだろう。現在は「施術師、癒やし手、治療師」などを用いている。記述内容に著しい間違いがある場合には、注で訂正する。日記中のドゥルマ語の単語は、訳さずドゥルマ語のままとし、注をつけることにする。またいくつかの地名については、特定を避ける必要からその地名を字義通りの日本語に訳したものに置き換える。例えば Moyeniは「皆さん休憩してください」村といった具合に。人名は身近な人々についてはそのまま、他の人々については問題ありそうな場合は省略形(イニシャルのみとか)に変更。
98 カヤ(kaya)。カヤとはミジケンダの諸集団がガラ人(mugala)やクァヴィ人(mukpwaphi)、マサイ(masai)などの牧畜民の襲撃に備えて、海岸にそった山脈に19世紀まで形成して暮らしていた要塞村のことである。今日ではいずれも深い森林になっている。ドゥルマでは、今日カヤは機能していないが、カヤの森の木は伐採してはならないという禁止がある。いくつかの父系氏族は1950年代くらいまでは、かつて死者はカヤに埋葬していたと主張する。またカヤの中では長老の集会がそこで行われ、人肉を食べていたと語るものもいるが、かつての最上位年齢組の長老たち(ngambi)の集会について、こうした誤解をしているだけだろう。隣接するギリアマではカヤは儀礼場として機能しているとも言われる。ディゴ語ではカヤ(kaya)という言葉は、こうした意味での他に、単に「家、屋敷」(ドゥルマ語ではムジ(mudzi, pl.midzi)に当たる)の意味でも用いられている。
99 このくだりはムリナのスワヒリ語の間違い、ドゥルマ語との混同などが含まれている可能性があり判断が難しい。まず kazikazini だが、スワヒリ語のkaskaziniの間違いであれば「北」、だがドゥルマ語だとすると「乾季」。続いて、vuliniだがスワヒリ語にはこの語はないが、vuli であればスワヒリ語で「小雨季」もしドゥルマ語だと vurini となるが「北」の意味になる。vuri であれば「小雨季」。次の mwakani はドゥルマ語だとすると「南」スワヒリ語だと「次の年」、mwaka であればドゥルマ語では「大雨季、年」スワヒリ語だと「年」になる。
100 マリアカーニ。モンバサ街道沿いの町およびその周辺を指す。ドゥルマ人、ギリアマ人、カンバ人が混住する。
101 ラバイ(raphai)。ミジケンダ102を構成する9ある下位集団の一つ。ドゥルマに隣接する。ドゥルマと同様に父系・母系両方の出自集団をもつ。ムラバイ(muraphai, pl.araphai)は「ラバイ人」、キラバイ(chiraphai)は「ラバイ語」あるいは「ラバイ風、ラバイ流」を意味する。
102 ミジケンダ(midzichenda)は直訳すると「9つの屋敷(村)」を意味し、過去においてミジケンダを構成する9集団のそれぞれがカヤ(Kaya=ディゴ語で屋敷(村)を意味する)と呼ばれる要塞村に暮らしていたことに由来する。9つの民族集団は、シュングワヤ(Shungwaya)伝承と呼ばれる共通の起源伝承をもっている。言語的にも近く、それぞれの集団の言語どうしでもかなりな程度の相互理解が可能である。ミジケンダには、ディゴ(Digo)、ドゥルマ(Duruma)、ギリアマ(Giriama, Giryama)、ラバイ(Rabai, Raphai)、カウマ(Kauma)、リベ(Ribe)、カンベ(Kambe)、ジハナ(Jibana, Dzihana)、チョーニィ(Chonyi)が属している。
103 ケニアの地方行政区画は2010年に大きく改定されたが、私の調査期間の多くは旧制度のもとで実施されたため、ここでの地名などは旧制度とりわけ1995年(この年にキナンゴ・ディヴィジョンがサンブル・ディヴィジョンとキナンゴ・ディヴィジョンの二つに分割された)以前の区分に基づいている。8つあったプロヴィンスの一つ Coast Provinceに属する6つのディストリクト(Kilifi, Kwale, Lamu, Mombasa, Taita Taveta, Tana River)の一つ Kwale District、その4つのDivisions(Kinango, Matuga, Kubo, Msambweni)の一つ Kinango Division、それを構成する9つのロケーションのうち、Kinango Location, Ndavaya Location, Puma Locaitonの3つが私の主な行動範囲であり、それ以外の地域には2~3日の短期間の訪問のみ。各ロケーションはさらに複数のサブ・ロケーションに分かれていた。クワレ・ディストリクトの首府クワレには中央から任命されたディストリクト・コミッショナーのオフィス、キナンゴ・ディヴィジョンの中心地キナンゴの町には同じくディストリクト・オフィサーのオフィスがあった。各ロケーションは政府に任命されたチーフがおり、サブロケーションにはサブ・チーフが行政官として任命されていた。サブロケーションの下にはドゥルマ語でラロ(lalo)と呼ばれる地域区分があった。私が「村」と呼んでいるのがこれで、実際には行政機構はそなわっておらず、単に独立した「屋敷mudzi104」の集まりにすぎず、各ラロにひとりの近隣で選ばれた「諸屋敷の長老 muzee wa midzi」がいたが、大きな権限は無く世話人的な存在であった。1983年の調査は、Puma locationの「青い芯のトウモロコシ」と呼ばれるラロのペレの屋敷と呼ばれる屋敷が、1986~1987年の家族連れでの調査はキナンゴの町なかに借りた一軒家(後にキナンゴの町の郵便局となった)が、1989年以降は同じくキナンゴ・サブ・ロケーションの「ジャコウネコの池」と呼ばれるラロの調査小屋が、後にカタナ氏が結婚した後は彼の開いた新しい屋敷が、私の調査の拠点となった。
104 ムジ(mudzi)はドゥルマ社会における自律的な最も基礎的社会単位である。「屋敷」という日本語は裕福な家族が暮らす広い敷地をもつ大きな家屋のイメージであるが、mudzi(複数形 midzi)には家屋の大きさの含意はない。mudziの最小単位は一人の男性とその妻、子供からなり、居住のための小屋一つとその前庭、おそらくは家畜囲いがあるだけのものである。一夫多妻であれば、それぞれの妻が自分の小屋をもち、それらが前庭を取り巻く形で配置されている。さらにそれぞれの妻の息子たちが結婚し、自分の妻の小屋を父の小屋群の前庭の周辺にもつようになると、mudziの規模は大きくなる。兄弟たちは、父の死後も同じ場所に留まり、そこは父親の名前で「~のmudzi」と呼ばれ続ける。さらに孫の世代もということになると、mudziはほとんど集落、村と呼んでもおかしくないほどの規模になる。今日ではmudziの規模は小さくなる傾向にあるが、私が調査を始めた1980年代前半には、キナンゴの町とその近傍以外の地域では、こうした大きな規模のmudziが普通に見られた。そんな訳で「屋敷」という訳語は必ずしも違和感なく用いることができた。現在でもmudziが、その内部の問題を自分たちで解決する独立した自律的単位であることには変わりはなく、そうした自律した社会集団、周囲の世界(ブッシュ)とはっきり区別された小宇宙という意味で、「屋敷」という訳語を使い続けたいと思う。
105 ピチャ(picha, pl.picha)。「写真、絵」もちろん英語の pictureから来ている。しかしピチャは単なる「写真、絵」だけではなく、「模型」「模像」さらには「コピー」実体を欠いた「幻影」の意味も持つ。たとえば、私は帰国する際に施術師チャリから瓢箪子供をプレゼントされたことがあるが、このときチャリは「この瓢箪は、なかに心臟(削って作った木片)も血(ヒマの油)も薬(muhaso9)も入ってないただのピチャだから、心配しなくて良い」と言ってくれた。
106 ブー(buu)。何かに覆われてしまったさま、覆い隠されるさまを表す擬態語。ブーの代わりにンブー(mbuu)、あるいはブブブ(bububu)も用いられる。ku-finikira「(布などで)カバーする、覆う」やku-binikiza「蓋をする、覆う」などの動詞を伴う場合もある。覆われてしまった者は、無力で何事(仕事も)もうまくいかなくなる。pheeまたはpee107との対比で用いられる。こちらを「明」とするとbuuまたはmbuuは「暗」に当たる。
107 ブゥエー(phee yiyi-)。「小康、回復」。ブゥエーの代わりにペー(pee)を使ってもよい。同じ意味にバハ(baha, yiyi-)。"homa rangu rihenda phee. 私のマラリアは少し収まった= homa rangu rihenda baha"。pheeまたはpeeは、しばしばbuuまたはmbuu106との対比で用いられる。後者が「暗」だとすると前者は「明」になる。
108 ワリ(wari)。トウモロコシの挽き粉で作った練り粥。ドゥルマの主食。水を沸騰させ、そこに少量の粉を入れて撹拌し、やや粘りが出た所に、どっさり粉を入れて力いっぱい練る。大きな皿に盛って、各自が手で掴み取り、手の中で丸めてスープなどに浸して食する。スワヒリ語でウガリ(ugali)と呼ばれるものと同じ。スワヒリ語ではワリ(wari)は米飯を指す。ドゥルマ語では米飯はムテレ(mutele)あるいはムブンガ(muphunga)と呼ぶ。
109 クワラ・ノンゴ(ku-wala nongo)。クワラ(ku-wala)は「持ってくる、取ってくる、連れて来る」などを意味する動詞。ノンゴ(nongo47)は「汚れ」。クワラ・ノンゴは「汚れをもってくる」の意味で、妖術の一種。妖術使いは犠牲者の持ち物、毛髪などを盗んでムズカ(muzuka48)(あるいは蟻塚、墓場、かつて道のあった場所など)に置いてくる。それによって犠牲者にはさまざまな災難が降りかかる。治療は「ノンゴを(犠牲者に)返してやる」ことによって行う。一々「汚れ」という代わりに、誰それさんはムズカにもって行かれた( sb. wawalwa muzukani)、ムズカに置かれてきた(kpwenda ikpwa muzukani)などと言うだけでも通じる。
110 フュラモヨ(fyulamoyo, pl.mafyulamoyo)。妖術の一種。ザイコ(zaiko)と呼ばれる薬によって掛けられる妖術。さまざまな症状を示す。特徴的な身体症状の一つが全身が痒くなって掻きむしること。しかし深刻なのはさまざまな「心理的」症状。動詞ク・フュラ(kufyula)は、「曲げる、(無理やり)向きを変えさせる」を意味し、モヨ(moyo)は「心、心臓」を意味する名詞。字義通り、人の心を変な方向に曲げてしまう妖術である。これにかかると、自分が居る場所が適切でないような気がして、どこかに行ってしまいたいような気がする、自己嫌悪、他人と一緒にいられない、などの異常な心的状態を呈する。学業不振、自殺、家庭内不和、離婚、新婦が逃げ出す、などはこの妖術のせいであるとされる。多くの種類がある。fyulamoyo renye, fyulamoyo ra p'ep'o,fyulamoyo ra dzimene, chimene chenye( mbayumbayu, mbonbg'e) etc.〔浜本, 2014:61-66を参照のこと〕
111 フフト(fufuto, pl. mafufuto)。ムズカ48に溜まった枯れ葉やゴミ。これらを持ち帰って燻し(kufukiza112)などの施術に用いる。妖術使いが奪ったとされる犠牲者の汚れを取り戻す際に必要な手続き。
112 ク・フキザ(ku-fukiza)。「煙を当てる、燻す」。kudzifukizaは自分に煙を当てる、燻す、鍋の湯気を浴びる。ku-fukiza, kudzifukiza するものは「鍋nyungu」以外に、乳香ubaniや香料(さまざまな治療において)、洞窟のなかの枯葉やゴミ(mafufuto)(力や汚れをとり戻す妖術系施術 kuudzira nguvu/nongo)、池などから掴み取ってきた水草など(単に乾燥させたり、さらに砕いて粉にしたり)(laikaやsheraの施術)、ぼろ布(videmu)(憑依霊ドゥルマ人などの施術)などがある。