08/01/1990 Mon, kurimaphiri
チャリとムリナの夫妻にとっての一大行事であった、チャリのもつライカ(laika1)、シェラ(shera13)、憑依霊ディゴ人(mudigo21)、デナ(dena89)の4人の霊を「外に出す」ンゴマは、ハイテンションのうちに終了。私はチャリ夫妻と彼らの施術上の子供たちを「ジャコウネコの池」に送り届けた後に、そのままレンタカーを返却にモンバサに走った。安宿で倒れるように寝た翌朝、レンタカーを返すと、買い出しの後、その日のうちにバスで「ジャコウネコの池」に戻った。その翌朝、ムリナたちを訪問すると、朝からさっそく占いの客が来ていた。その後も、毎日のように占いや施術の客が夫妻を訪れており、彼らの施術の仕事は順調に見えた。
しかし二人にとってかなりの高額出費となったムァモコでの「外に出す」ンゴマの成否については、2回にわたって私を交えてなされた「反省会」からも伺われるように、二人は次第に不満を持ち始めていたように思う。
さらに、このンゴマの準備(というか他の憑依霊たちへの周知)を目的に11月に開かれた月のカヤンバでも繰り返し表面化した問題、チャリがムリナと一緒になって以来、子供を産んでいない(あるいは、妊娠しても子供が腹の中で消失してしまう?)という問題、それに関係していると思われるチャリのおそらく消化器系の不具合も、この「外に出す」ンゴマで解決することが期待されていた。もちろんこの問題の背後には、憑依霊以外にも、チャリたちをねたむ妖術の関与も疑われていた。(さらにこの時点では、まだ私は知らなかった、チャリとムリナの祖霊たちの介入も疑われていたのだが)。それは(ワタシ的には当然)このンゴマでは解決するはずがない問題だった。というか、私の目にはそのンゴマは、チャリとムリナの夫妻が抱えている問題が解決「しない」ことを説明する十分過ぎる理由を、自ら進んで提供するためのものであるかのようにすら見えた。
チャリがもっている多数の憑依霊たちは、その内の誰かが要求をかなえられ、ついには仕事を与えられる(外に出される)ことに嫉妬し、それを妨害しようとすらする者たちがいることになっている(だからンゴマに先立って、これらの憑依霊たちを説得しておく必要がある)。おまけに、知らない間にやって来ている未知の憑依霊が、自分のもつ要求を先にかなえてもらおうと邪魔をしてくる可能性がいつもある。まるで憑依霊たちは、患者の問題が簡単に解決しないための理由を提供するために登場しているかのようだ。
そして、これに加えて嫉妬深い隣人たちの妖術の可能性、自分たちが長く無視されていると怒っている祖霊たちがいるのだ。
おまけに、せっかく溜まっていた資金を使い果たすは、ヤギや鶏を盛大に屠らねばならないはで、がっくり減った富にもかかわらず、ンゴマ自体が失敗していたかもしれないなんて。
案の定、ンゴマの後もチャリの体調に大きな好転は見られなかった。施術の客は変わらず来ていたが施術に支払われる対価は、物価にはほとんど関係なく伝統的な料金が支配していたので(ケニア・シリングは1983年当時の1シリング=20円から、1986年には1シリング=7円に下落していたにも関わらず、一回の占いの対価はずっと後まで2シリングだった)、施術を通じての収入の増加はそう期待できない。
1月3日にはムリナとチャリは、私とカタナ氏、施術上の子供たちを招待してヤギを屠って振る舞った。これは「誓いのヤギ(mbuzi ya hati)」で、チャリの「外に出す」ンゴマが無事終了したらヤギを屠ると誓いをたてていたムリナが、それを果たすために開いたものだった。施術とは関係がないということで、カタナ君も喜んで参加、私とふたりでヤギの皮剥ぎを行った。1月6日~7日は科研費チームのモンバサでの研究会。私は7日の夜、調査地に戻り、翌朝再びムリナ宅を訪問した。
(1990年1月8日の日記より97)
午前中チャリの所へいくと muzuka48 に行ったという。行ってみるとちょうど祈願を始める所であった。チャリは上下とも真白なドレスを着ている。ムリナがスワヒリ語+「アラビア語」で祈願した後、チャリがドゥルマ語で祈願する。白い雄鶏を屠殺、その切り離された頭部と右足を muzuka の中に置く。雄鶏の血を振りまき、生米を撒く。
このムズカ祈願は前もって予定されていたものではなかった。ムズカに対するチャリの唱えごとの中にも、はっきり述べられているように、チャリの夢の中で、彼女の持ち霊がこのムズカを見せ、最近の問題が、近隣の誰かがこのムズカでチャリたちが何も手に入れることがないようにと、全員の健康が損なわれるようにと祈願したのだと教えてくれた、というのである。そこで急遽、それに対する対抗祈願をすることになったという訳。
そもそもムズカとはどういう場所なのか。あまり熱心に調査していないので申し訳ないのだが、例えば施術師たちによるムズカについての雑談などから、その一端がうかがわれるだろう。そのページで少し考察したように、ムズカはおそらく(まったく推測の域を出ないのだが)かつては森(伝統的なカヤ(kaya98)とか)の中の聖所で、長老たちが共同体にかかわる様々な祈願、とりわけ雨を支配する神ムルングに降雨祈願を行う場所だったと思われる。後背地のミジケンダ諸集団が分散する過程で、それぞれの地域で降雨祈願に限らず、よろず個人的な祈願を行うことができる場所ともなり(後者は海岸部のイスラム教徒の社会で見られる洞窟などの祈願所とも重なりあうのだろう)、よろず祈願には、当然妖術使いや他人を妬む個人による悪しき祈願(ライバルの没落を願うみたいな)も含まれるだろう(と想像される)結果、妖術使いたち御用達な、ちょっと怪しい場所にもなってきた。
同時に、ムズカに棲む「主」の正体は、海岸部の祈願所のように主としてイスラム系の霊だということになってきたが、もともとバオバブの虚穴や水辺の洞窟、淵を棲み処と考えられていたライカやキツィンバカジがそのまま主とされたり、相変わらずいざという場合の降雨祈願の場所(おそらくムルングなどが「主」)だとされたり、混沌とした状況。ライカに商売繁盛を祈願したり、キツィンバカジに誰かの不幸を祈願したりというのは、どうにも筋違いだし、彼らは(ムルングも含め)イスラム系の霊とは相容れないのだが、そのあたりが曖昧なままで、なにやら訳のわからないちょっと怖い場所になっている、というあたりが現状なのだろう(いい加減なこと言うなよ>私)。 その結果、地域の長老ならぬ施術師たちにとっても、いまやムズカは、そこに棲む憑依霊との交渉(キブリを返してもらうとか)や、妖術使いの悪しき祈願をキャンセルする施術やらで、いろいろ関わらざるを得ない場所になっている、みたいな。
というわけで、この日も、持ち霊によってムズカでの妖術使いによる悪しき祈願について知らされたチャリたちが、急遽、その悪しき祈願をキャンセルしようと突発的に、カウンター祈願を行うことになったというわけである。
チャリたちにとって、これはけっして初めてのことではない。彼らと知り合って、2週間目に私はチャリが施術師になったきっかけの出来事や、「ジャコウネコの池」に移り住んだ経緯を話してもらっているが、すでにそこでも「ジャコウネコの池」の住人の誰かからの妖術攻撃を受けた経験を語っている。同じムズカでの悪しき祈願である。1988年のことらしい。もちろん、その妖術使いが誰であるのかは、チャリたちは「知っている」が、そこでは(今回の場合と同様)明かされていない。
以下の翻訳テキストは、こうした背景をもつものとして読んでいただけると幸いだ。
各パラグラフの冒頭の数字をクリックすると対応するドゥルマ語(またはスワヒリ語)テキストに飛びます。
1854 (スワヒリ語での祈願)
Murina(Mu): ...このような時間に来ることもなかったでしょう。私はここに苦難と憂慮のせいで参りました。そしてこれらこそ私が今苦しんでおります困難です。私の困難とは他でもありません、病気と私の生きる糧です。何者かが私の生きる糧を封じようとしているのです。しかし私は申します。もしその者がここに来たなら、あなたは平安なるムハンマドのために「アラーの他にアラーなし」の言葉をお受け入れくださいと。 (「アラビア語」風の言葉で祈願を続ける。書き起こし不可能) (スワヒリ語に戻る) それは絶対だめです、旦那さま。それは絶対だめです、旦那様。私は自分を覆うものを開くためにやって参りました。覆うものとは何でしょうか?それは闇です。私のために70と7の扉を開けてください。慈悲の扉を開けてください。キブラの扉を開けてください。メッカの扉を開けてください。そして、私のために繁栄の扉を開けて下さい。スムハディ(意味不明)の、また洞窟に御座す御主人様がた、北99の、そして小雨季の、そして南の方々、皆さま。さて今こうして、私はあなた洞窟の人(Mupanga)に申し上げます。私はあなたにこのご馳走を持ってきました。
Murina(Mu): さて、正直に言いますが、もし私の仕事が、本当に解きほどかれたのがわかりましたら、私はあなたのために、誠に誠に山のような雄鶏をお届けに参りましょう。また、あなたのカップとともに。私はあなたを忘れません。今それを探し求めておりますが、まだ手には入れておりません。ですから、なおいっそう私に力をお与え下さい。いっそう私に私の幸運をお与え下さい。そして、私の子供たちがいるところ、私のヤギがいるところ、私の妻がいるところ、私の畑があるところ、私にさらに一層の健やかさをお与えください。あらゆるものを、私の鶏がいるところ、すべての鶏を昼に夜にお見守りください。 私につきまとい、搾取する者は、その時、その者をして自分自身から搾取させてください。私たちには罪はありません。私たちは自分自身で得た糧を食べております。私たちは全能の神の慈悲を祈り求めます。私たちが善を祈り求めることを望まぬ者には、その時、その者をして自分自身から搾取させて下さい。あなたご自身で、彼の罪をご覧になれるでしょう。私どもには罪はございません。私たちは全能の神によって私たち自身が得た糧を食べております。シャイルラー・ルラーヒ。 (ムリナ氏は、再び書き起こし不可能な彼のなんちゃって「アラビア語」での唱えごとに戻る)
1856 (続いて、チャリがドゥルマ語による唱えごとを行う)
Chari(C): うう。私はこのような時間にお話しすることはなかったでしょう。私がお話しするのは、心配のせいなのです。私の身体について私が抱いている心配です。この私は、病気とともに歩んできています。今も、自分自身を見ると病人です。そう、もう私はこの世にいないと人が語るほどです。私は病気とともに彷徨いたしました。そして病気は、祖先のもっていた癒しの術が現れたものとわかりました。この祖先がもっていた癒しの術を、私自身が招いたわけではありません。祖先そのものの癒しの術です、この病気は。さて、私は彷徨い歩きました。最初はマリアカーニ100、そして「採石場の場所」村、はてはラバイ101の土地まで。どこにも私たちの屋敷はもてませんでした。そして私たちの屋敷をここキナンゴ(より正確にはキナンゴ・サブ・ロケーション103、「ジャコウネコの池」ラロ、ムバ...地区)で手に入れたのです。ここキナンゴで屋敷を手に入れた頃、そう、なんと癒しの術には順調に寄付が寄せられました(多くの報酬が得られた)。でも、人が鶏を買っているのを見られると、その人は嫉妬されるのです。 こんな風にお話ししたくはありません。しかしその者は、計略をもって屋敷を出ると、ここに来てその言葉を縷々述べて、私の屋敷の生きる糧を封じるのです。私は、つつがなきことだけを祈願します。私は、私の仕事(が順調であることを)祈願します。でももし、その者がここに来たり、「彼ら稼ぐ者たちが、何も手に入れませんように。彼らが仔ヤギを手に入れたら、その仔山羊が死にますように」と語るとしたら。
Chari(C): 「彼らが仔ヤギを手に入れ、それが妊娠したら、流産しますように。そして彼女本人も、すべての出産を流してしまい、子供を持てませんように」と。さて、今、ごらんください。残されたのはただの幻影(picha105)。この腹のなかで子供がうごくのです。なのに妊娠は、消えてしまいます。腹の中には、胎児が脚をつっぱらせるように揺する者がいます。それが胎児なのか、何者かが故意にそうしたことを引き起こしているのか、私たちにはわかりません。もしここにやって来た者が、「あの女はここに、こうした状態のままでいるように、彼女の生きる糧がここで現状のままであるように」と語ったのであれば。 私は人に対して罪を犯していません。私のしていることは、この癒しの術そのものによって、生きる糧を手に入れることです。そしてこの癒しの術も、私が招いたものではありません。それは私たちの一族の(が病気を通して私に強いた)癒しの術なのです。それを追い払うことなどできないものなのです。さらに私は、(ムズカのような)特別な場所に赴き、私の隣人が富を手に入れませんようになどと語ったりいたしません。私は、誰もがそれぞれ富を手に入れて欲しい。私はただ私がつつがなきこと、私の夫とわが子たちともどもつつがなきことを祈願いたします。 ここにやって来て、「私は彼女が、その家で家族の者ともども、すっかり覆われてしまうよう(無力で何もなしえぬよう(bububu106))願います」と語った者、その者こそ罪人というべき者です。皆様方もその者をご覧になるでしょう。私たちは、ここキナンゴにやって来てこのかた、他人に対して罪を犯しておりません。
Chari(C): 私たちは、いまだ、他人に対して悪しきことを祈願したことはございません。私たちは、私たちの家でのつつがなきことを祈願いたします。私たちは家で食べる食事を調えます。生活の糧は自ずとやって来ます。なのに私たちは妬まれているのです。今、もし人がここにやって来て、「あの者たちが、この世にいながら、この世にいないかのようでありますように」と言うのであれば。 さて、癒しの術を先日、私は「外に出し」に行ってまいりましたことを報告いたします。その癒しの術が、上々に輝きますことを願います。稼ぎ、物(財)を手に入れ、物が家に満ちる、それらの物こそが、より大きな家族をもたらすものではないでしょうか。 今日、私たちは家に癒しの術をもっております。でも癒しの術は、物をもたらしません。私たちはいったい何によって救われるのでしょうか?私たちのお金は出ていくばかりで、戻っては来ません。今、私は乞い願いにまいりました。私たちの行います祈願は、もし人がここに来て、あのようなことを祈願し、(その祈願が成就した場合に差し出す)何かを約束していたのであれば、私はそれを今払ってしまいます。そして、お金が順調にやってくるのがわかれば、私はあなた方のご馳走をあらためて差し上げに参ります。私は同じく白い雄鶏を持ってまいります。それもとっても大きい鶏を。この鶏のことではありません。
Chari(C): この鶏は、お願いのための鶏です。私は、(チャリたちを、あるいはチャリたちの汚れ(nongo47)を)置きにやって来たそいつに代わって、(彼の願いの)成就の代価を払ってしまいます。その者が女性であるのか、男性であるのか、私たちは知りません。でも私たちは、その者が置きにやって来たことを知っているのです。ときに、私は眠っていると、夢で教えられるのです。私はムズカを(夢で)見せられました。そのムズカは他ではありません。まさにここの洞窟そのものです。 今こうして、私は解きほどきに参りました。まずは私のヤギたちからはじめ、私の鶏たちです。鶏たちは以前のように満ち満ちることは二度となくなっています。果ては、私自身、健康はもはやありません。そして私の夫も、つつがなさはない。今はただ、病気だけが前に進んでいくのです。子供たちもそろって元気をなくしています(字義通りには「生き返えりません」)。もし、その者が家全体に対して悪しき唱えごとをしたせいであるのなら、私は、そうすべてを解きほどきに参りました。 ヤギたちがいるところ、鶏たちがいるところ、そして私自身とわが子たちと、私の夫がいるところ、私たち全員がつつがなきことを。 これで終わりです。私が言いたいことは以上です。そして私の癒しの術が順調に進みますよう望みます。 (ムリナ、白い雄鶏を屠る)
Chari(C): ムズカにぎっちりと置かれてしまったのよね。 Murina(Mu): ちょっとカリンボ、通してくれるかい? Hamamoto(H): ああ、ごめんなさい。 C: このお米はここにばら撒けばいいの?さあ、皆様方、今日は皆さまはここで生のお米を召し上がります。次に参りますときには、私は煮た本物のワリ(wari108)をもって来ますね。そしてあなた方の鶏といっしょに。でも今日はこれを召し上がれ。私には罪はありません。罪人は、ここに呪詛しにやって来た奴らです。これでいいの? Mu: そのナイフを貸して。そいつはしっかり終わらせておかないと。
チャリは、夢の中で彼女に憑いている霊から、何者かがこのムズカでチャリの家族の破滅を祈願したと教えられた。そしてその朝、すぐに準備を整え、ムズカでの対抗祈願を行った。単純明快なシチュエーションである。
ところで人はどんな風にしてムズカで他人の幸福を台無しにすることができるのだろうか。ただムズカにやってきて、相手の不幸を祈願する言葉を発するだけだろうか。チャリがパラグラフ[1859]で用いている置きにやって来る(kudza ika)という表現が、実際に妖術使いがやる行為に言及している。目的語抜きに用いられているこの表現は、何を置きに来るのか、については語っていない。「私(犠牲者)をムズカに置きに来た」あるいは「私の汚れ(nongo47)をムズカに置きに来た」と具体的(?)に述べることもあるが、単に目的語を明示せず「置きにやって来た」で何をしたのかが聞き手にはわかるようになっている。
つまり妖術使いは、ターゲットの持ち物、衣服の切れ端、毛髪、寸借した小銭などを密かにムズカに持っていき(この行為を「汚れを持っていく(ku-wala nongo109)」という)、ムズカの中に置き(この行為が犠牲者、あるいはその汚れをムズカに「置く(kpwika)」行為である)、ターゲットの不幸を祈願する。それによってターゲットは、チャリの表現にもあるように「この世にいながら、この世にいないかのような(dza u mumo dza kamo)」つまり生きているとも生きていないともつかない状態になる。そう祈願するのである。ムズカを異界と現世とのゲートウェイだと想像すると、なんとなく腑に落ちる表現ではあるが、人々がそう想像しているかどうかはわからない。
この妖術の怖いところは、その手軽さである。これを行うためには何か特別の妖術のための「薬(muhaso)」を苦労して入手する必要もなければ、そうした薬を発動させるための特別な唱えごとを知っている必要もない。やろうと思えば誰にでも、ズブの素人にでもできる妖術だけに厄介だ。
ムズカでの祈願は、それが成就すると、必ずその対価を払い(ku-ripha muzuka, ku-usa muzuka46)に来ないといけない。それは白い雄鶏や白いヤギの供犠であったりする。さもないと祈願した者自身に不幸が見舞う。
占いの中で「汚れの妖術」が言及されることは、稀ではない。チャリは占いで、相談者の問題の原因を主として憑依霊によるものと語ることが多い。しかし相談者が、納得しない場合には、しばしば妖術のなかでも「汚れの妖術」を指摘する(ちなみに、次に多いのは「フュラモヨ(fyulamoyo110)」である)。ありふれており、上で述べたように手軽で、なおかつ同じ理由から犯人である妖術使いの探索、告発へと簡単にはつながっていかないのが良いのかもしれない。 チャリが占いの中で「汚れの妖術」に触れた一例として、すでに訳出したもののなかから一つ挙げておこう。この占いでも、前半はもっぱら憑依霊が問題になっているが、相談者がそれだけで納得せず「おまけの占い」まで求めて来たため、妖術についての語りが始まっている。誰かが汚れを奪ってムズカに置いたことが指摘され、汚れを取り戻すやり方が指示されている。自分たちでムズカで祈願した後に、ムズカの塵芥その他を自分で集めておいて、施術師を呼んでそれで「汚れを取り戻し」てもらうように、というものである。 「汚れの妖術(utsai wa nongo)」にかけられていると占いでわかった者は、妖術系の施術師に「汚れを戻す(ku-udza nongo)」を依頼する。施術師は最寄りの(必ずしも妖術使いが「汚れ」を置きに行ったムズカでなくても、任意のムズカで犠牲者の汚れを取り戻すことができると考えられている(都合良すぎ?)。ムズカに溜まった落ち葉や塵芥(フフト fufuto111)を採集し、それを様々な冷しの草木などを配合した薬液に加え、それで犠牲者を洗ってやる。あるいはフフトを燻してその煙を犠牲者に浴びさせる。これが通常の施術である。
この種のムズカ利用の妖術の通常の解除方法とは、一味違ったやり方をチャリたちはとっている。ちょっと意表を突かれた感じがある。
ムリナの唱えごとは、とりわけそのなんちゃってアラビア語の部分が全く理解不可能なのでなんとも言えないが、妖術使いに対抗する部分では、やや抽象的な形で自分たちに悪をなそうと(つまり自分たちの手に入れるものを奪おうと)つきまとっている者(妖術使い)自身から奪って下さいという内容の祈願になっている。しかし全体としては、自分たちの仕事や健康を祈願し、それが成就すれば、その対価の支払いとして今差し上げた鶏以上の素晴らしいご馳走を差し上げます、というものである。
それに対して、チャリの祈願は直面している問題について一層具体的に描写している点が特徴である。そして自分たちは、他人の不幸を願ったりしたことはないと繰り返し、強調している。しかし、何と言ってもチャリの祈願の驚くべき特徴は、妖術使いが行った祈願に対抗するそのやり方である。チャリたちの不幸を祈願した妖術使いは、もしそれが成就した暁にはムズカにその対価の支払いにやってこなければならない。チャリはなんとその支払を、妖術使いに代わって自分たちが今支払ってしまうというのだ。そうすればムズカの主は、今後、今以上に妖術使いの祈願を実行する意味を失ってしまう。おそらくこれは、妖術使いの攻撃を、憑依霊が夢で教えてくれたおかげで、妖術使いの祈願が真に深刻な実害をもたらす前に対処できたということなのだろう。もう妖術使いの願いがかなったことにして、今、対価の支払いをしてしまう。そしてチャリたちの仕事の繁栄と健康を求める祈願でいわば上書きし、そちらが成就した暁にはその対価の支払いとしてもっと盛大なご馳走をしましょうと約束しているわけである。
ああ、こんなやり方がありうるんだ、と私は意表を突かれ、目からウロコが落ちたような気分だった。施術師たちの創意工夫は馬鹿にできない。私の日々の問題解決には応用できそうにないのが残念だが。

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tsovyaの別名とされる「内陸部のスディアニ」の絵 ↩