「憑依霊を見る」カヤンバ。初めて憑依霊のせいだと診断された際などに、実際に霊が憑いているのか、どの霊が憑いているのかを確かめるためのカヤンバ。「憑依霊を見る」に代表される比較的短時間で随時開催される小規模なカヤンバは、他の前もって開催日時を定めて開かれる他のカヤンバと区別して、「唐突のカヤンバ(ンゴマ) kayamba ra gafula1」と呼ばれることもある。それとの対比で、期日を定めて行うカヤンバは「期日のカヤンバ kayamba ra mbara」と呼ばれることもある。もっとも「唐突のカヤンバ」は「憑依霊を見るカヤンバ」に限らず、緊急に治療目的で開かれる任意のカヤンバに当てはまる。これにはまた「不完全なカヤンバ(ンゴマ) kayamba ra ngudungudu」という言い方も用いられる。
開催の日時を定めて行う大掛かりなンゴマ5やカヤンバ2とは異なり、多くは短時間で、また近所に開催を告知することもなく(屋敷どうしが比較的近接しているキナンゴ周辺の地域では隣り近所には直前になって「迷惑をかけるかもしれない」との告知がなされることがある)、しばしば屋敷の構成員のみが参加者となる小規模なンゴマである。
よくあると言われるのが、病気などについての占いで繰り返し憑依霊(nyama6)のせいだと指摘され、占いどおりに施術を受けても一進一退。本当に憑依霊のせいなのだろうか、どの憑依霊なのか、確認した方がよいかもと考えて、占いで名前を挙げられた霊についてカヤンバを演奏してみるという形をとる。本当にそれらの霊が患者を捕らえているのかどうか、そしてもし捕らえているのであれば、何を要求しているのか、を知ることが目的である。
憑依霊の施術師は呼ばれるが、施術師の助手たちが大挙してやってくることはなく、カヤンバの演奏も屋敷の若者たちがやってしまうこともある。
という訳で、内輪のンゴマという性格が強く、その開催頻度の割には、調査で実際に観察する機会は思ったほど多くない。調査者が特定の大きな屋敷のなかで暮らしているとか、特定の施術師の施術にまめに同行するとかなら、内輪の集まりに出る機会もそこそこあるかもしれないが、そうでなければ、参加は難しい。
という訳で、この種のカヤンバに参加した事例としては、最初の比較的長期の調査の際に住まわせてもらっていた屋敷で、午後10時にいきなり、これからやるよと言われて、あわてて参加した一回と、たまたま数10メートルしか離れていなかったお隣さんで開かれた一回だけしか私も参加経験がない。でも、どちらも、4時間に満たない短いカヤンバだったが、極めて興味深いものだった。一つは、屋敷の最長老の重い病気が、施術師でもある彼のどの憑依霊の仕業なのかを調べるためのカヤンバ、もう一つは、女性が産む子供が次々と死んでしまうのが、どうやら憑依霊の仕業らしいということで、場合によってはその場で除霊10してしまおうと急遽開かれたカヤンバ。
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tsovyaの別名とされる「内陸部のスディアニ」の絵 ↩