「青い芯のトウモロコシ」村ペレの屋敷での「憑依霊を見るカヤンバ」

目次

  1. 概要

    1. 2つのテキスト

    2. ペレの屋敷の人びと

    3. この日のカヤンバの背景

  2. 新たな書き起こしにもとづく日本語訳

  1. 考察

    1. 2つのテキストの比較

    2. 大真面目な喜劇: 霊の模像性

    3. 霊のイディオム: 霊の拠点としての身体

    4. 反射的な対象理解

    5. 霊の創発性

    6. まとめ

  2. 注釈

概要

「憑依霊を見る」カヤンバ(kayamba ra kulola nyama)は、「唐突のカヤンバ(kayamba ra gafula)」、「不完全なカヤンバ(kayamba ra ngudungudu)」などとも呼ばれる。前もって実施の日時を定めて行う大掛かりなンゴマ(ngoma1)やカヤンバ(kayamba4)とは異なり、さまざまな事情から急遽実施される、多くは短時間で、近所に開催を告知することもなく、しばしば屋敷の構成員のみが参加者となる小規模のンゴマ(カヤンバ)である。1983年、私が最初の(ある程度長期の)調査を行った、ドゥルマでもやや僻地といえる村で参加したこのカヤンバは、調査地をあと2日で発つその晩に開かれた。そこで私は屋敷の最長老のおじいさんが「白人」になるのを見、「白人」や、その後に現れた「ギリアマ人の長老」と人々の、なんとも奇妙で、コミカルで、同時に真剣そのもののやり取りに、ただただ度肝を抜かれていた。

このカヤンバで行われたやり取りを記録した2種類のテキストがある。一つは、調査地出発の直前の2日間に現地で作られ、後に日本語訳を作ったテキスト、もう一つは今回のウェブ化に際して、当時の録音テープから私自身が書き起こしたテキストである。こうした2種類のテキストが生まれることになった事情を、最初に説明しておきたい。

2つのテキスト

1983年の調査は3月始めに開始し9月末までの予定であったが、健康上の問題(マラリア)もあり9月半ばの帰国となった。調査地「青い芯のトウモロコシ」村を8月31日に出て(朝一番の一本のバス5が運よく運行していることを祈りつつ、もし3時間待っても来なければ、徒歩で6時間かけて移動する覚悟で)、キナンゴに向かい、そこで一泊した後に、9月1日に助手のカタナ氏とともにモンバサに移動し、夕刻の夜行列車でいっしょにナイロビに向かう予定だった。キナンゴまでは、恐れていた通り、ケヤの白人(muzungu wa keya7)よろしくデカく重い荷物を背負っての徒歩での移動となった。9月2日にナイロビ着、YMCAサウスに2週間滞在し、調査で得た語彙集の整備、発音や綴り(私はしばしばlとr、vとphとbとgbwの聞き取りをミスっていた)の修正、ドゥルマ語の基本文法の確認の作業をカタナ氏の手を借りつつ行った。

これ自体、ケニア的にはすごくタイトな予定ではあったのだが、なんと出発を2日後に控えた28日の夕食後に、私が滞在しているPereの屋敷で急遽カヤンバを開くという知らせが入る。テープレコーダーとメモ帳だけをもって早速駆けつけ、メモをとりつつ録音したのだが、いつもの手順に従って、その後で録音したテープのドゥルマ語を文字に書き起こし(普通何日もかかる作業)、それを説明してもらいながら理解していくという一連の作業のための時間がまるでない。

という訳で、カヤンバの翌日から2日間ぶっ続けで、私とカタナ氏と、カヤンバで同席していたムァエガ青年の3人で、録音されたテープを聞きながら、そこでのやり取りを逐一説明してもらい、それを書きとめる作業を行った。フィールド・ノートのメモの記述を、それらのやり取りの背景として付加しつつ、歌については何の憑依霊の歌かを書くのみにとどめ、カヤンバで起こった憑依霊と人々とのやり取りのみを書き出すという形になった。時間の制約のため解説と質疑は英語によるものになった(当時の私のまだまだ使い物にならないドゥルマ語なんかでやった日には、何日かかるかわかったものではなかったので)。 こんな感じに。 それを後日、日本語に訳したテキストが、その後、公刊した論文で使用した元資料となった。今回のウェブ化に際して訳文に若干の修正をくわえ(用語の置き換え、呪医→施術師etc.)、このページに関するデータとしてアクセス可能にしておく。現地で編集されたフィールドノート

この私にとっては重要なカヤンバの資料であり、その一部を出版された論文に用いてすらいるデータが、肝心のドゥルマ語による書き起こしデータを欠いていることは、その後もずっと引っかかっていた。がそれを書き起こしてもらうチャンスはなかった。今回のウェブ化にあたって悔いを残さないために、腹をくくってテープ2本を自分でドゥルマ語に書き起こし、それをもとにした新たな日本語訳を作ることにした。

なんと書き起こしに3週間以上もかかりっきりになってしまった。とりわけ歌のいくつかは、どんなに何度も聞き直しても、何を歌っているのかまるでわからないというものもあり、自分のドゥルマ語力の限界を感じてしまったが、地の会話の部分は(小声で聞き取れない部分は別として)なんとかそれなりに問題なく書き起こせていると思う。

この2つのテキストを比較することで何がわかるだろうか。私は調査の当初から通訳を用いての調査には信頼を置いてこなかった。インタビューをとにかくその場でわかってなくても、録音して、書き起こししたテキストをもとに学ぶというスタンスを維持してきた。唯一時間的制約に迫られて、2人の協力者の助けを借りて、大急ぎで英語のテキストを作ったのがこのカヤンバの記録だった。きっと、きちんと書き起こしたテキストを作れば、はるかに上質の資料になるだろうと思って、非力に鞭打って自分で書き起こしたわけだが、そんなに大きな違いがあっただろうか。これは最後の考察で検討してみたい。

以下のウェブページは、この新しい書き起こしテキストを基にした、4時間足らずの「憑依霊を見るカヤンバ」の紹介である。

ペレの屋敷の人びと

今回のカヤンバの患者であるマラウ(Malau wa Mwero)氏、その他登場人物について簡単に触れておく。 私の最初の集中フィールドワークは「青い芯のトウモロコシ」のPereの屋敷と呼ばれる屋敷(mudzi6)に滞在して行われた。
ペレの屋敷への入口。当時は「青い芯のトウモロコシ」地区はまだ木々の密生したブッシュが多く、その中を縦横に走る牛の放牧道やフットパスを迷いつつ辿って、遠く隔たった隣の屋敷に着くという感じの場所だった。何度迷ったことか。正しい道をたどると、突然開けた空間に出る。屋敷への入口である。ペレの屋敷も、そんなブッシュのなかに突如現れる屋敷の一つだった。
Pereの屋敷はPereというあだ名で呼ばれていたMalau氏の亡父Mwero(1970年代中期に死去)によって開かれた屋敷である9。Pereの息子たちのうち5人は、いずれも一夫多妻婚によりそれぞれの屋敷と呼べるものをもっているが、父の死後もPereの屋敷というまとまりを保ち、その重要な長老層となっていた。 マラウ氏はその最長老であり、この人口100人を超える大きな屋敷の長であり、同時に憑依霊の施術師でもあった。 息子と二人で太鼓の皮張りをするマラウ氏(右の赤いシャツの老人)

しかし高齢で病気がちのため、実質的な屋敷のリーダー格は、彼の弟であるジャワ氏(Jawa wa Mwero)であった。 ジャワ氏と3人の妻
私は4番目の弟であるカリンボ(Kalimbo wa Mwero)氏(彼はこの屋敷に二人の妻と子供たちがいたが、生活のほとんどをキナンゴの町で送り、そこで古着を売りつつ、当時の支配政党であったKANU10のyouth wing(青年部、そんな若くないけど)のリーダーとして政治的な活動を行っていた)のつてで、彼の屋敷(Pereの屋敷が正式には健在であったので、その下位屋敷と呼ぶべきだろうが)にテントを張らせてもらっていた。私はキナンゴで知り合った最初の助手(というよりもドゥルマ語の先生)のカタナ君(当時25歳)とともに、この屋敷を拠点にフィールドワークを始めた。 カタナ君は熱心な(むしろ熱狂的な)キリスト教徒で、ドゥルマの伝統的な行事からは距離をおき、憑依霊の施術の場には同席できなかったので、この屋敷のジャワ氏の息子の一人であるムァエガ青年に、そうした施術の場への同行をお願いしていた。1983年の調査はドゥルマ語を知ることが中心課題であったため、ほとんどドゥルマ語を知らない私は当初、案内者なしには、何を言われてもわからずニコニコしているだけの路傍の石的存在だったので、ムァエガ君の同行と解説はとてもありがたかった。 カタナ君とムァエガ君には、私が英語もスワヒリ語もできないということにしてもらっていた。じゃないと、インタビューで質問された人が私にわかるようにとスワヒリ語や(若者の場合は英語のことも)で答えようとしちゃうので。前もって用意しておいたドゥルマ語の質問をして、その後は、わかってもわからなくてもニコニコしながら相打ちをうつという悲しき無能インタビュア。録音したインタビューや施術のテープは、カタナ君にドゥルマ語で書き起こして(ドゥルマ語の正書法などはなかったので、私が適当に考案したもので)もらった。早朝の農作業の手伝いの後は、なにか施術やインタビューが入っているとき以外は、もっぱら屋敷の木陰のテーブルで、書き起こしてもらったテキストの未知のドゥルマ語の単語について解説(解説は最初は英語とスワヒリ語のミックスで、そのうちにドゥルマ語中心になっていった)してもらうのに費やした。屋敷の子供たちもエラソーに私にドゥルマ語の単語を教えに群がっていた。アメもあげたけど。 このやり方は、言語習得にはきわめて効率的で、そのついでにドゥルマのさまざまな制度や慣習などについての知識も(耳学問的ではあるが)増えていくので、数カ月後には簡単なインタビューの受け答え程度なら、私自身がドゥルマ語でたどたどしくできるようになっていた。とは言え、まだまだ初歩的な知識であったため、実際の儀礼や施術の場では、何が進行しているのかほとんどわからず、帰宅後、テープの書き起こしを読みながら、カタナ君にいろいろ説明してもらって、やっとああ、そういうことを言ってたんだとわかる程度。ドゥルマ語の細かいニュアンスまである程度わかるようになるまでには1986~1987の家族で訪れた長期調査を待つことになる。

Katana & MWaega1983(left) M_Hamamoto1983(right)

この日のカヤンバの背景

私が「青い芯のトウモロコシ」地区を、それもペレの屋敷を最初の調査の滞在地にしようと選んだのには、月に照らされた屋敷の広場で焚き火を囲んだ男たち、忙しく立ち働き夕食を広場に運んでくる女性たち、その周囲で石蹴りのようなことをして遊んでいる子供たちを見ていて、一目惚れした(言うまでもなくその異世界みたいに見えた雰囲気に)!という以外に、ジャワ氏がBwana Mugangaと皆から呼ばれているのを聞いたことが大きい。Bwanaは英語で言うMr.でmugangaは施術師(当時、私は呪医と訳していた)。なんと屋敷に施術師がいるんだと勘違いしたのである。

その数日後、この屋敷にカタナ君ともども移動してきた後は、じっくりとドゥルマ語の語彙を集めるかたわら、ドゥルマ語もろくにできないのに、このジャワ氏相手にいろいろ祖先崇拝関連とか、病気治療の話とか聞き始めた。が、いまいち専門家ぽくない。その後わかったのだが、Bwana Mugangaはあだ名にすぎず、ジャワさんは施術師ではなかった。彼が生まれた日が、たまたま、植民地政府が時折実施していた医師の巡回診療で、西洋人の医師がこの屋敷を訪問していた日だったから、西洋人の医師を人々が敬意を込めて呼ぶBwana Muganga「お医者様」が生まれてきた子どもの呼び名になっていただけの話だったのだ。

ちょっとがっかりする私。だが幸運なことに、病気がちの最年長長老マラウ氏が本物の憑依霊の施術師であることが判明。その後マラウさんから、憑依霊や夢や妖術使いの不思議についていろいろ聞くことができた。ラッキー。このマラウさんの健康状態が、悪くなったのが7月の始めだった。8月の始めには一週間近く顔を見なかった。遠方(モンバサ街道沿いの町サンブルの後背地)に治療を受けに行っていたという。 マラウ氏の病状悪化は、こんな風に説明されていた。

(1983/08/07のフィールドノートより) 【Malau氏の病気】

ある時、一人の女性が彼に治療を求めにやってきた。彼はほんのわずかな料金を求めたが、彼女はお金を持っていなかった。 もしmuganga11が患者を無料で治療すれば、彼自身が彼のp'ep'o13によって病気にされる。 そしてMalau氏のp'ep'oは非常に強力だった。 しかし彼は彼女を治療することにした。彼女に同情したからでもあったが、彼女が彼の弟Jawa氏に文句をいうかもしれないと思ったからでもあった。彼女はJawa氏の近い親戚であったので。 それ以来、Malau氏は彼自身のもつp'ep'oに捕らえられ、病気になった。 Mugangaはけっして自分自身を治療することはできない。 彼がSamburu54まで別のmugangaの治療を求めにいったのはこういうわけである。

治療から帰宅した後も、健康状態は芳しくなかった。そして弟のジャワ氏は兄を治療するために、兄がもっている憑依霊たちに、なぜ彼を病気にしたのか尋ねてみることにしたらしい。というわけで、急遽カヤンバを開くことになった。そして私が調査地を離れる三日前の夜いきなり、今からカヤンバやるからおいで、との連絡が入った。

患者(muwele) Malau wa Mwero 施術師(muganga) Nyawa wa Jawa(Malauたちの分類上の息子、Mwamandi在住)56 Kayamba players 屋敷の若者たち

新たな書き起こしに基づく日本語訳

以下は4時間弱のカヤンバを90分テープ2本に収めた記録の書き起こしに基づいた日本語訳テキストである。書き起こしは、ウェブ化に際して、浜本自身が新たに行ったもの。すでに説明したように、調査地を出る直前に開催された「突然のカヤンバ(kayamba ra gafula)」であったため、現地での書き起こしの時間がとれず、肝心のドゥルマ語テキストを欠いた不完全なデータの状態が長くつづいていた。今回のウェブ化に際して、ようやく重い腰を上げて書き起こしをおこなったので、古い資料との対比の意味も込めて提出する。途中休憩中の雑談などは録音されておらず、また書き起こされた会話は、主に憑依霊と施術師らのやり取りが中心で、進行の段取りなどに関する会話などはフィールドノートの方に簡単に描写されているので、書き起こしてはいない。

この日本語訳を調査時に記録したフィールドノートの記述に組み込み直したものが以下のテキストである。1983年にバタバタと作成したテキストと、今回七転八倒しながら作成した書き起こしに基づくテキストで、共通している要素は当日にメモしたフィールドノートに登場する記述である。この部分はフォントの色をにして表示する。フォントが茶色の部分は、翌日以降のカタナ君とムァエガ君の解説をそのまま採用した部分(改めて書き起こす必要を感じなかった部分)である。重複がうるさいと感じる方もいるかもしれないが、フィールドノートの記述を現時点で改訂することは、ルール違反の気がするので、そのままにしておく(各セクションのタイトルやリンクはウェブ化に際してのもの)。

マラウ長老のためのカヤンバ

別のページに、1983年の調査後に現地で編集されたフィールドノートおよび今回浜本によって新たに作成された書き起こしテキスト全文を公開しているので、以下の記述と比較・対照していただけると幸いである。

(各セクションのタイトルをクリックすると対応するドゥルマ語書き起こしテキストに飛びます)

カヤンバ開始

1983/08/28, 22:00 今からkayamba4を開くという連絡を受け、Bwana Muganga氏の前庭(muhala)に57
集まっているのはほぼPereの屋敷の人々だけ。どうやら内輪のkayambaで、近隣には告げまわってはいなかった模様。
Malau氏、呪医(muganga11) Nyawa(Mwamandi)に、kayambaを開く旨p'ep'o13たちに唱えごと(ku-kokotera)してくれるよう依頼。

<カセット1A面スタート> 1. 開始の唱えごと (1983編集のフィールドノート該当箇所) <tape1a 0:0.0> Nyawa(施術師 Malau氏の分類上の父(or息子)にあたる。Mwamandi地区在住の施術師):

けっこうです。ああ、さて、全能のムルング58、ペーポー子神13、そして憑依霊バラワ人63、私は皆さまにお話しいたします。私たちはあなた方に祝福64をお与えします。祝福がこの場に戻りますように。さあ、お一人ずつ、お一人ずついらっしゃり、何か要求をお持ちの方は、それをお告げに来てください。それこそ、私たちが願っていることです。それこそ、私たちが願っていることです。皆さま、同時にいっしょに来ないでください。一人ずつ来て、踊り、そして話してください。そして病気は今、今日、放置してください。来て、この場にそれを置き去りにしてください。私は皆さまに祝福をお与えします。さあ、このように、しっかりお聞き届けください。どうか皆さま、おだやかに。 <tape1a 0:31.0>

<tape1a 0:32.0> Mwero wa Malau(Malauの長男):

私たちは皆さんがおいでになり、病気の問題をお話くださり、しっかりとお話くださるよう欲します。調えてもらった方は、去って行かれますように。要望をお持ちの方こそ、この場においでください。ご到来ください、咳の張本人の方、ご到来ください。ここにご到来ください。

(集まった人々のそこここで雑談, 書き起こさず(識別不可能なため))

<tape1a 1:06.0> Malau: (歌の一節を口ずさみ、演奏を促す)

ご傾聴ください、エエ、ご傾聴ください

カヤンバ演奏の若者たち:

はい。

演奏開始
Mwarabu
<tape1a 1:08.0> 憑依霊アラブ人の歌1 (solo)

ヨーヨー、ご傾聴ください、ヤー、匠のみなさん ご傾聴ください、ヤー、施術師の方々、ご傾聴ください ヨーヨー、ご傾聴ください、ヤー、匠のみなさん ご傾聴ください、ヤー、施術師の方々、ご傾聴ください 私は祖霊に、慈悲深いムルングに祈ります、ヤー、施術師の方々、ご傾聴ください ヨーヨー、ご傾聴ください、ヤー、匠のみなさん ご傾聴ください、ヤー、施術師の方々、ご傾聴ください (chorus) 上記を繰り返す

演奏ストップ。カヤンバ奏者一人遅れて到着のため。挨拶(書き起こし省略)

Man(カヤンバ奏者の一人):

さあ、歌行こうぜ。 <tape1a 2:52.0>

演奏再開。20秒後、マラウ右手を上げて演奏を止める。 <tape1a 3:11.0>

1曲の後、いったん休憩 22:20 makolousiku65で紅茶、マハムリ、肉スープがでる このタイミングで休憩が入るとは、やはり内輪のカヤンバならでは?66

Malau氏、Nyawaにvuoを用意する(ku-vuga vuo39)よう促す。まだ用意してなかったのか。 Mwero(wa Malau)Nyawaを手伝い、mihi28を水の中で揉み始める。唱えごと聞き取れず。 Malau、彼らを急がせる。追加の水を持ってこさせ、vuo完成。 Malau、続いてすべてのp'ep'oの名前を挙げていく。vuoに手を入れてすくい上げながら、vuoに向かって「mulungu67が来るよう願います」といった風に。ただよく聞き取れない。

<tape1a 7:27.0> 薬液の草木揉みの唱えごと ( 1983編集のフィールドノート該当箇所) Malau:(聞き取れた単語のみ)

...その後で...私はカルメンガラ68に...皆さん全員、歓迎です...天空のキツィンバカジ81、ペーポー・マレラ御本人124、...私たちは欲します...皆さまお打ちいたします(カヤンバを演奏して差し上げます)、...用件を語ること...憑依霊が御座す所どこも、良く聞いてくださるように。...(カヤンバを弄ぶ音のせいで全く聞こえない)...皆さま方、お解きほどきください...戸惑う...全員でのように...

<tape1a 9:55.0> Malau: (小声で)

さて今、私たちは薬液を手に入れました。お一人ずつやって来て、踊り、その用件をお話しください。今より彼らにカヤンバを打たせます。一人ひとりの憑依霊よ、アラブ人のようにやって来てください。

<tape1a 10:01.0> Mwero wa Malau(Malauの長男):

私たちは願います。お一人ずつ、お一人ずつ、足の爪の先まで。このように鶏冠(chitsembe)まで。

演奏: Mwarabu 2曲、mwana mulungu 3曲 いずれでもMalau氏身体を前後に揺らすが、踊っているというほどでもない。

<tape1a 10:09.0> 憑依霊アラブ人の歌1再開 kusuka~kutsanganya (同じku-suka125のリズムで始まり、途中からリズムはkutsanganya126に) (アラブ人の歌1から休止抜きでただちに歌2に続く) <tape1a 14:29.0> 憑依霊アラブ人の歌2 kutsanganya (solo)

憑依霊アラブ人、私は神に祈ります、エー 預言者の書 もしあなたなら、私は神に祈ります 預言者のアラブ人 憑依霊アラブ人は、神に祈ります、ヘー 預言者の書

(休みなくアラブ人の歌3に続く) <tape1a 17:06.0> 憑依霊アラブ人の歌3 kutsanganya (solo)

ヨーヨー、憑依霊アラブ人 マウラーナの護符33を縫ってもらいます ハー、ご覧なさい、アラブ人 マウラーナの護符を縫ってもらいます (chorus) ハー、ご覧なさい、アラブ人 マウラーナの護符を縫ってもらいます

<tape1a 18:03.0> <tape1a 18:04.0> ムルング子神の歌1 kusuka (solo)

池には、ムルング子神、ウェー 池には、お母さん、オー お母さんに、よしよし(pore127)と言われました、ウェー 癒しの術の、主ある池に踏み込みなさいと、ウェー ホーウェー、ムルング子神、ウェー 池にはお母さん、 お母さんに、よしよしと言われました、ウェー 癒しの術の池に、踏み込みなさいと、ウェー

(chorus)

ホーウェー、ムルング子神、ウェー 池にはお母さん、 お母さんに、よしよしと言われました、ウェー 癒しの術の池に、踏み込みなさいと、ウェー

(solo)

おだやかに!(2語識別不能)ヴリの大雨が叩きつけるように降って 私の身体を苛んだ 池には、ムルング子神、ウェー

(休みなくMwanamulungu02に続く) <tape1a 21:25.0> ムルング子神の歌2 kusuka (solo)

行きましょう、行きましょう、ムルング子神の池に 行きましょう、ウェー 急いで行きましょう、ムルング子神の池に 行きましょう、ウェー 池に 私は大きな森に呼ばれました(or 私は大きな森と呼ばれています) そう、カカムェの池 主のいる池は、足を踏み入れることはできません 施術師だけが、足を踏み入れます 行きましょう、行きましょう、ムルング子神の池に 行きましょう、ウェー 池に

(chorus) 上記を反復

(休みなくMwanamulungu03に続く) <tape1a 22:56.0> ムルング子神の歌3 kutsanganya (solo)

拾えよ拾え、言われた、言われた、いったい何をしたんだ、池を怒らせる者 私はできる、拾え、私は言われた、そこまでだ、カンエンガヤツリ草は池を怒らせる者

(chorus)

拾えよ拾え、私は言われた、いったい何をしたんだ、池を怒らせる者 今日、私は言われた、そこまでだ、カンエンガヤツリ草は池を怒らせる者、エエ

(注: この歌の翻訳について

カヤンバの歌の多くがそうであるように、意味不明な歌詞が多い。ここで「拾え」と訳したtsole という言葉はドゥルマ語にはない。強いて言えば、「拾い上げる、つまみ上げる」を意味する動詞 ku-tsola のsubjunctive formに見えるが、主格辞を伴っていないので文法的にはおかしい。単なる掛け声かとも思うが。さらにmunyet'eraは、「ひどい仕打ちをする、不当に扱う、侮辱する、怒らせる」などを意味する動詞 ku-nyet'a のprepositional form である ku-nyet'eraを名詞化して動作主を意味する言葉にしたもので、ここでは「池を怒らせる者」と訳したが、ムルング子神との結びつきが強いカンエンガヤツリ草(mukangaga128)やオヒシバ(chimbikaya129)が唱えごとのなかででてくる際の決まり文句、mukangaga munyet'era ziyaやchimbikaya munyet'era ziyaに関しては、私は普段は「池に蔓延るカンエンガヤツリ草」「池に蔓延るオヒシバ」と訳している。)

演奏突然中断。 <tape1a 27.01.0> やってきた一人の女性が人々に挨拶。 Nyawaは彼女に、なぜ"taireni130"という割り込みを 求める言葉をかけなかった(Heka kupigire taireni)のか問いただし、罰金10シリングを要求。彼女はそれに対して、言ったけれど聞こえなかったのかと返す。そしてNyawaにもう唱えごとは済ませたのかと尋ね、Nyawaは済ませたと応える。

太鼓に切り替えるため、太鼓準備。 Malauが「ちょっとkayambaは置いておいて、太鼓ngoma1でやりましょう。そして私が踊るかどうか見極めましょう」と提案。

kayambaは通常はMulunguから始まる。Mwarabuから始めるのはMalau独自の流儀であるらしい131 Nyawaは、kayamba演奏者たちに、なぜMwarabuから始めたんだと尋ねている。kayamba奏者たちはMalauがそうしろと言ったからと答え、Nyawaはちょっと驚いている。

太鼓の準備ができるまで(皮の紐を引っ張って張りを出す作業)カヤンバ。

演奏
Mulungu 4曲目
この曲の書き起こしに関しては、他の曲以上に自信がない。いくつかの単語が聞き取れていない。 <tape1a 29:57.0> ムルング子神の歌4 kutsanganya (solo)

ヨーヨー、降り立て、ムルング子神 どうしたのですか、ムルング子神 ハー、ホーワ、私の癒し手(muganga)、ウェー お母さん、ムルング子神 ハー、ホーワ、私の癒し手、ウェー 私は尋ねます、ムルング子神、ハー、ホーワ 私の癒し手、ウェー

(chorus)

降り立て、ムルング子神、ウェー お母さん、ムルング子神 ハー、ホーワ、私の癒し手、ウェー 私は尋ねます、ムルング子神、ハー、ホーワ 私の癒し手、ウェー

<tape1a 31:28.0> Malauが踊らないため停止。 Malau氏 Nyawaが乳香 ubani132を持ってくるのを忘れたと文句を言う。ここではubaniは入手困難。だから霊(nyama15)がこないのだと。「私のnyamaは乳香を必要とする。」

演奏再開 <tape1a 32.27.0> mulunguをと指示されたのに、歌い出されたのはchitsimbakazi81。すぐに演奏を止められる。 <tape1a 32:49.0>

mulungu 5曲目 kutsanganya126→kubita133 <tape1a 32:51.0> ムルング子神の歌5 kutsanganya~kubit'a この歌の書き起こしは諦めた。有名な「今日のムルング mulungu wa rero」のバリエーションだが、歌詞は全く異なる。耳の良い方は書き起こしに挑戦してみて。 (solo)

.... ....

...... (chorus)

今日のムルングは私を憎んでいる、ウェー ああ、もう結構、あなたはおしゃべりさん ..... ......

停止 <tape1a 34:46.0> 踊らないムウェレにがっかり  (1983編集のフィールドノート該当箇所) Man:

ムルングは何か話しに来るだろうよ。

Man2:

来ないよ。

(人々、ため息) Man2:

カヤンバが嫌いだって言ってる。

Man:

彼自身がね。太鼓じゃないとって。

Man2:

そう。太鼓じゃないと。ええ。 <tape1a 35:01.0>

(近隣の男性(屋敷外)が、おそらくはカヤンバの音が聞こえたからだろう、やって来て挨拶)

mulungu 6曲目 kubita <tape1a 35.14.0> ムルング子神の歌6 kubit'a 私の書き起こしには、何箇所か自信のない箇所あり。 (solo)

ハヤー、お父さんに言ってね。私はあなたの最初に生まれた相棒に会って、いっしょに帰ってきますって。

(chorus)

ハヤー、お父さんに言ってね。ンゲレンゲといっしょに帰ってきてねって。

(solo)

ハヤー、お父さんに言ってね。私は年長のあなたの相棒たちに会って、いっしょに帰ってきますって。

(chorus)

ハヤー、お父さんに言ってね。ンゲレンゲといっしょに帰ってきてねって。

2分ばかりで再び中止。 <tape1a 37:22.0>

太鼓の準備完了。Malauはplayerたちに、誰か mulunguの太鼓がちゃんと打てる奴はいるのかと問う。誰もいないと判明。 malauは太鼓を小屋の中に持ってこさせ、Luphandeの息子のBejaに教える。今か? なんだか段取り悪すぎ。が、すぐ終了

小屋の中で再開 <tape1a 39:03.0> mulungu 7曲目(太鼓のみで歌なし) Nyawaも演奏に参加。Malau踊り始める。 <tape1a 39.51.0>

太鼓での演奏終了。 <tape1a 40:21.0> 憑依霊とのやりとりかと思えば (1983編集のフィールドノート該当箇所) Nyawa:

どうしたんですか?捕らえあいましたか(繋がりましたか)?

Malau:

そいつが中にいるわけじゃないよ。何も起こっていないよ。私が痛い目にあっただけさ。

(人々、爆笑) Nyawa:

そいつが痛めつけていると。けっこうです。先に行きましょう。 もしこれで、はてさて、キリャンゴナ(chiryangona134)が終わったのなら、さて(カヤンバで)ムルング(の曲)を皆さん打ってください。

以後再びカヤンバ <tape1a 41:16.0> ムルング子神の歌8 kutsanganya~kubit'a (solo)

カンエンガヤツリ草? 池が見えるよ、ハー 睡蓮の池には不思議があるよ、エー カンエンガヤツリ草には不思議があるよ、池、アー 睡蓮の池には不思議があるよ、エー

(chorus)

カンエンガヤツリ草には不思議があるよ、エー 睡蓮の池には不思議があるよ、エー カンエンガヤツリ草には不思議があるよ、エー 睡蓮の池には不思議があるよ、エー

(solo)

癒しの術? チャー、癒しの術には問題があるよ、池、チャー 睡蓮の池には不思議があるよ、エー 癒しの術には、チャー、問題があるよ、池、チャー 睡蓮の池には不思議があるよ、エー

(chorus)

カンエンガヤツリ草には問題があるよ、池、エー 睡蓮の池には不思議があるよ、エー カンエンガヤツリ草には問題があるよ、池、エー 睡蓮の池には不思議があるよ、エー

(休みなくMwanamulungu09に続く) <tape1a 43:10.0> ムルング子神の歌9 kubit'a (solo)

私の布、ハー、布、布 さて私の布、エー、布、布 私の布、ハー、布、布 さて私の布、エー、布、布 おお主よ、ウェー、はて花の人々よ 私はどうすればいいんだろう、ウェー、私の布、エー ハー、私は傲慢ではありません、さて私の布、エー

(chorus)

私の布、エー、布、布 さて私の布、エー、布、布 私の布、エー、布 さて私の布、エー、布 あなたは憑依霊をもっている、ヤー、私の布、エー 私はどうすればいいんだろう、エー、私の布、エー どこに行きましょうか、お母さん、エー、私の布、エー (即興を入れつつ、何度も繰り返す)

<tape1a 46:01.0> いったん終了し、2秒後に次の曲がスタート <tape1a 46:03.0> ムルング子神の歌10 kubit'a (solo)

ラーイラー、イッラー、ムルング子神、ヨーヨー、池に踏み込め ハー、(ムルング子神が)癒しの術の池に戻ってくる ムルング子神、ヨーヨー、池に踏み込め ハー、癒しの術の池に戻ってくる

(chorus)

ムルング子神、ヨーヨー、池に踏み込め ハー、癒しの術の池に戻ってくる ムルング子神、ヨーヨー、池に踏み込め ハー、癒しの術の池に戻ってくる

<カセット1A面終了> <カセット1B面開始> ムルング子神の歌10、激しさを増すが、やがて停止。 Malau 相変わらず踊らない。演奏者の中には外に出る者も。室内は暑くてたまらないと不平を言い合う。 私、Mulunguの曲ばかり演奏されるが、なぜかと聞く。Malauはmulunguで憑依(golomokpwa135)するはずだからという。mulunguは彼のメインのnyamaなのだそうだ。mulunguでMalauが一向に踊らないので、もう一度Mwarabuに戻ることになる。

<tape1b 3:55.0> 憑依霊アラブ人の歌022 憑依霊アラブ人の歌2と歌詞はほぼ同じだが、メロディ、リズムは別物。 (solo)

憑依霊アラブ人、私は神に祈ります、ウェー 預言者の書 ムウェレ137は神に祈ります 預言者の書

(chorus)

憑依霊アラブ人、神に祈ります、ウェー 預言者の書 ムウェレは神に祈ります、ウェー 預言者の書

<tape1b 5:08.0> 憑依霊アラブ人からやり直したものの、Malauは相変わらず踊らない 演奏終了後、9秒後に憑依霊サンバラ人の演奏が始まる。

<tape1b 5:17.0> 憑依霊サンバラ人1 kutsanganya (solo)

サンバラ人、ええ、私は癒しの術を見る(alt.癒しの術を求める) 私は、あなたサンバラ人の、一族に伝わった癒しの術を見る 私は見る。それは目に見える。 癒しの術を私は捨ててしまうでしょう、ウェー

(chorus)

サンバラ人、エエ、私は癒しの術を見る。 私はヘビの瓢箪の癒しの術を見る 私は見る。それは目に見える。 サンバラ人、私は癒しの術を捨ててしまうでしょう、ウェー。

<tape1b 12:26.0> 曲が終わると、ほとんど間髪を入れず次の曲に入る。 <tape1b 12:27.0> 憑依霊サンバラ人2 kubit'a (solo)

サンバラ人、私は癒しの術を歌い、歌う141ように言われます サンバラ人、ウェー、私は癒しの術を、歌い、歌います サンバラ人、ああ悲しい、癒しの術を歌わせて サンバラ人、ウェー、私は癒しの術を、歌い、歌います

(chorus)

サンバラ人、私は癒しの術を歌い、歌うように言われます サンバラ人、ウェー、私は癒しの術を、歌い、歌います サンバラ人、ああ悲しい、癒しの術を歌わせて サンバラ人、ウェー、私は癒しの術を、歌い、歌います

<tape1b 14:51.0> ムウェレが踊らない問題 (1983編集のフィールドノート該当箇所) マラウは相変わらず踊らない。

Nyawa:

憑依霊サンバラ人は中にいませんね。でもいないという訳ではないのです。それ(憑依状態になること)を押さえつけているもの、それが憑依霊(shetani14)であれば、私たちには理解できませんね、そうでしょ。それとも他の何なのかも、知ることはできません。でも、こうしてあれらの憑依霊たち(nyama)は(カヤンバを)打ってあげたので、それらの者たち(邪魔をしている憑依霊たち)も、彼らの流儀で打ってあげることは可能です。ということで、まずは憑依霊ドゥルマ人を最初に打とうじゃないですか。その後で、それが済んだら、先に追い進んで、仲間たちの妨害をしている可能性がある者(憑依霊)たちを見ていくことにしましょう。

Jawa:

うーむ。

Nyawa:

そうですよ。だって、この人(マラウ氏)のいつもの振る舞いに鑑みると、この人は本来とってもよく踊れる人なんですよ。

Jawa:

まずは問題を引き起こす奴から入ろう。そもそも憑依霊カンバ人がいる。こいつは面倒を引き起こしてばかりの奴だ。おまけにとっても強力だ。

Beja(カヤンバ演奏者):

じゃあ、すぐ憑依霊カンバ人を打ちましょうか?

Jawa:

違う、違う。

Beja:

ええ?

Jawa:

この長老(Nyawaのこと)が最初に打とうと言っている憑依霊から始めよう。そうでしょ。

mudurumaの演奏始まるが、Jawa Mwero氏、人々に外で打つように言う。 人々小屋の外の前庭に移動。カヤンバ演奏開始。

muduruma 3曲連続(カヤンバで)

<tape1b 15:48.0> 憑依霊ドゥルマ人の歌1 kubit'a (solo)

泣き止みなさい、子供よ、ウェー、あなたは可愛く生まれました、ウェー ドゥルマ人、あなたは杵をつく、私は臼を挽く

(chorus)

泣き止みなさい、子供よ、あなたは可愛く生まれました ドゥルマ人、ウェー、あなたは杵をつく、私は臼を挽く

(以上、即興を加えつつ何度も繰り返し、最後は次の1フレーズを反復) (solo)

泣き止みなさい、子供よ、ウェー

(chorus)

あなたは可愛く生まれました、ウェー

<tape1b 19:01.0>

<tape1b 19:02.0> 憑依霊ドゥルマ人の歌2 聞き取れない言葉が多すぎて、書き起こしを断念。ただ断片的に聞き取れる"nauya hee", "ndauya kpwehu" etc.から判断して、下記のkasidi70の歌の一変異形であると思われる。耳の良い人、書き起こしに挑戦して!

参考:[DB 6894]ドゥルマ人(カシディ)の歌 (ハミシ・ルワ・ブンダによる書き起こし)

(solo)

私は戻ります、ヘー 私は実家に戻ります、エー 私は実家に参ります、エー あなたは言われます。ダマ・ンガラがやって来たよ、旅人だよ ダマ・ンガラがやって来た、ヘー 私はゾンボに参ります、ホー、ホ 旅人カシディです あなたは私に嘘を言う、お母さん、お戻りなさい

(chorus)

私は戻ります、ヘー 私は実家に戻るでしょう、エー 私はゾンボに参ります、カシディは私に嘘を言う、あなたは言う、戻りなさい 私は戻ります、ヘー 私は実家に戻ります、エー ゾンボに参ります

<tape1b 20:56.0> 憑依霊ドゥルマ人の歌3 カルメンガラの歌 kubit'a この曲は通常は kusuka125のリズムで演奏されるが、ここではkubit'a133で演奏されている (solo)

ヨー、エー、カルメンガラ、エー ヨー、エー、カルメンガラ、エー 外の問題を私は知っている、内の問題も私は知っている ヨー、エー、カルメンガラ、エー もしお前が男なら、やって来なさい

(chorus)

ヨー、ワー、カルメンガラ、エー ヨー、ワー、カルメンガラ、エー 外の問題を私は知っている、内の問題も私は知っている ヨー、ホワー、カルメンガラ 男、やって来なさい

参考: カルメンガラの歌 kusuka

<tape1b 22:48.0> 憑依霊ドゥルマ人の歌4 はっきりと聞き取れない箇所が多く、以下の書き起こしは不完全である。 (solo)

ドゥルマの子供は、貧しさを憎んでいます ドゥルマは癒しの仕事を憎んでいます ドゥルマは仕事のために出かけました お母さんの子供は、癒しの術のせいで私を憎んでいます ドゥルマ、ヘー、臼を挽く、こちらでは杵をつく

(chorus)

ドゥルマの子供は、貧しさを憎んでいます ドゥルマは癒しの仕事を憎んでいます ドゥルマ、ウェー、こちらで臼を挽き、杵をつく ドゥルマの子供は、尋ね始めました ドゥルマは癒しの仕事を憎んでいます ドゥルマ、ヘー、臼を挽き、こちらでは杵をつく お母さんの子供は、癒しの術のせいで私を憎んでいます ドゥルマ、ヘー、臼を挽き、こちらでは杵をつく

<tape1b 26:09.0>

憑依霊カンバ人(kaphele)を打とうか (1983編集のフィールドノート該当箇所) 憑依霊ドゥルマ人の歌では皆、けっこう盛り上がった。マラウ氏を除いて。彼は相変わらず踊らなかった。

<tape1b 26:16.0> Beja(カヤンバの歌い手):

ところで、彼の踊り具合はこんな感じだから、別のを打ちましょう。さて、例のカブェレ(kaphele142)を打つとしましょう。

カヤンバ演奏開始 憑依霊カンバ人の歌(kaphele)、カヤンバ演奏による (solo)

子安貝の護符と小さな矢筒...

<tape1b 26:17.0> すぐ停止。ngoma1で打つようにと

太鼓(ngoma)の打ち手の交代。大きなmbumbumbu1をNyawaが、chapuo1をBwana Muganga57が担当することになる。 mukamba (ngomaで)再開

<tape1b 29:30.0> カブェレ(憑依霊カンバ人の歌)、太鼓演奏による この歌の歌詞はほぼ聞き取れたのに、その単語がどれ一つとして理解できなかったので、カタナ氏に電話でアドバイスを求めたところ、歌詞がドゥルマ語ではなくカンバ語だと判明。カタナ氏は私の書き起こしを訂正してくれ、さらに歌詞の意味も説明してくれた。 (solo)

子安貝の護符(kaphele142)と小さな矢筒(karyaka143)、立派に作ってあげましょう、イトゥの息子さんよ (chorus) 子安貝の護符と小さな矢筒、立派に作ってあげましょう、イトゥの息子さんよ

ついにMalau踊りだす。 女性たちの笑い

<tape1b 34:26.0> 憑依霊カンバ人との交渉1 (1983編集のフィールドノート該当箇所) Nyawa:

さて、どうかお話しください、お話しください。なぜなら私たちはあなたをお呼びしようとしているのです、私たちは。今日このごろ、私たちは病気の問題に取り組んでいます。その病気はずいぶん以前に始まりました。そしてどうやら、それはあなたのせいだ、あなたカンバ人こそがこの者をつかみ、治らないようにしている張本人だ、あなたカンバ人が、と言われているのです。本当でしょうか?もしあなたの仕業なら、そしてあなた自身に、何か欲しいものがあって、それを私たちがまだ知らない、そういう理由をおもちなのでしたら、お願いします。私たちにわかるように説明してください。私たちは傾聴いたします。

Malau:

Mmn.(そのまま沈黙)

Nyawa:

その人(カンバ人)、中にいますか?

Malau:

そいつは封じることができるんじゃ、はては...(聞き取れない)

Man:

そいつ、とうに出ていっちゃてるよ、そいつ。(人々笑う) あとはその人...

Jawa:(その男が言い終わる前に被せて言う)

それとも、そいつをちゃんとカンバ風に扱ってやれば?

Man:

もう出て行っちゃった、てば。

Woman:

カンバ人、行っちゃった。

Jawa:

でも、カンバ語で話せばいい、違うか?そしたらそいつは、なんと...

Malau:

...(話し始めるが、あまりにも小声でほぼ聞き取れない)

ニャワとマラウの会話が続く。しかし、声が小さすぎてときおりの"unasikia"(「おい、聞いているか?」)以外には、かろうじて"muzungu wa keya"(「ケヤの白人」)が聞き取れた(後者は空耳かも)のみ。ほぼ何も聞き取れない。書き起こすのは諦めた。もちろん、ニャワ、マラウ、ジャワの3人は互いの言ったことを理解しているはず。

Jawa氏の隣りにいた彼の息子ムァエガ君によると、マラウは、「mukambaはここにいる。でも私はとくにしてほしいことはない。でもここにはもっと深刻な奴らがいる。奴らは自分たちの欲しい物がある。ケヤの白人(muzungu wa keya7)。それにDena99が新しい服を要求している。スボンとジャケット。」ただし、これは編集されたフィールド・ノートにあるように、翌日テープを再生しながらリビューした際に提供された情報である。

Jawa:

その大物144に手拍子で(歌を)打ってやることから始めては?彼自身が、私はカヤンバの方で行きたいと言うまで。その理由は、手拍子でやった月には、彼はとっても良く踊ったんだよ。まさに、やって来る憑依霊は誰も、もう踊る踊る。私たちが行ってそれをしたら、即だよ。私たち自身「今日は大仕事だね」と言ったほど。でも今は、彼が踊るのを邪魔している憑依霊が何者なのか、かなえてもらいたいどんな要求があるのか、私たちにはわからない。

Nyawa:

まさにそうですね。

Malau & Nyawa:(再びひそひそ声でやりとり)

....(約20秒間、まったく聞き取れない)...

Malau、自分の小屋に引き下がる。 Malau小屋に戻って、

マラウ氏を待ちながら ([1983編集のフィールドノート該当箇所なし])

Nyawa:(Jawaに向かって)

というわけで、あいつ(カンバ人)が言うには、最初にムミアニ(の白人145)を済ませなさいと。

Jawa:

ああ、そうだよね。

Nyawa:

じゃあ、ムミアニを扇ぎましょう146

Jawa:

ふむ。

Nyawa:

そいつが過ぎたら、その先で、他の要求をすでに持っている者をね。

Jawa:

そういうことで、ね。

<tape1b 37:05.0> <tape1b 37:38.0> Nyawa:(カヤンバ演奏者たちに向かって)

さあさあ、going, going, going, ムミアニの白人を歌って!

<tape1b 37:39.0> Jawa:

最初はカヤンバで打ってやって、そう、しっかり聞かせてやりましょう。

Man:

うん。

Jawa:

そう。

<tape1b 37:44.0> 屋敷の若者たちは、カヤンバを弄びながら冗談を言いあっている(書き起こさず)。 やがてマラウ、小屋から灰色ズボンとワイシャツに着替え、豹の皮の帯を巻いたフェルトのつば広帽を被って現れる。Muzungu(白人)8である。

<tape1b 38:13.0> カヤンバ奏者1:

どんな風に始める?

カヤンバ奏者2:

まずは、ムミアニの白人を打つだけだろ、さっさと。

カヤンバ奏者1:

俺、歌を知らないんだよ。いや、思い出させてくれよ。

演奏再開 muzungu wa mumiani145 2曲演奏

<tape1b 38:19.0> ムミアニの白人の歌1 ソリストは時折"pesa"(お金)という単語を"pawa"(power「力」)に置き換えて歌い、合唱もそれに従う。 演奏中、マラウはトランス状態で踊っている風で、ジャワとニャワは彼に話しかけている(おそらく説得しようとしている)。しかし、マカヤンバの大きな音のため、彼らの言葉はほぼ聞き取れない。 (solo)

私は金が欲しい、エー 私は金が欲しい 私は金を欲しがることで知られています、エー 私は金が欲しい

(chorus)

私は金が欲しい、エー 私は金が欲しい 私は金を欲しがることで知られています、エー 私は金が欲しい アアー、ウォオー、オオー 以上が、さまざまに即興を加えて何度も繰り返される

(切れ目なく、次の曲につながる) <tape1b 45:11.0> ムミアニの白人の歌2 (solo)

遠いよ、エー、お母さん 遠いよ、行程は遠い 遠い、遠いよ、行程は遠い、行程は遠い

(chorus)

遠いよ、エー、お母さん 遠いよ、行程は遠い 遠い、遠いよ、お母さん、遠い、行程は遠い

(solo)

遠いよ、ウェー、ムミアニ 遠いよ、行程は遠い

(chorus)

遠いよ、ウェー、ムミアニ 遠いよ、行程は遠い

(solo)

遠いよ、ウェー、ムミアニ

(chorus)

遠いよ、行程は遠い

<カセット1B面終了>

(浜本注(August 30, 1983): Mumianiの途中でテープが終了していたのに気づかず、それに気づいて新しいテープに交換したときには muzungu wa keya の演奏は終了、さらにその直後の大騒ぎも未録音。録音は、以下の Du!Du!Du!の直前から。翌日、Katana氏、Mwaega君とでテープをレビューした際に、欠落した部分での会話のやり取りは記憶で補った。)

未録音部分についてのフィールドノートの記述 演奏 muzungu wa keya 1曲(Funga safari) 最初は手拍子で、次いでkayambaで (Mwaega君による、ケヤの歌詞) > Funga safari, funga safari > Safari, Funga safari > Shauli ya bwana, Shauli ya bwana > Shauli ya Keya7 > (訳) > 旅の支度をしろ、旅の支度をしろ > 旅、旅の支度をしろ > ご主人の勝手、ご主人の勝手 > ケヤの勝手

Malau 完全にgolomokpwa135し、分けの分からない言葉(英語風)で喚き始める。 Nyawaは演奏を止めるよう指示する。 Malauは、なにか怒っているような感じで喚きまくる。唯一聞き取れた英語の単語は"why!?"となぜか"20shilling!!" muganga Nyawa氏との「対話」が始まる。

Malauは、相変わらず理解不能な英語風の言葉を喋り続ける。それに対してNyawa氏は Yes! Yes!"の返答を繰り返す。珍妙な対話、そしてMalauにスワヒリ語でしゃべってくれるようお願いする。

(ここからのやり取りが記憶で再構成した部分) Nyawa: あなたの言葉は実に難しい。私たちがわかるようにどうかスワヒリ語で話してください。あなたはmuzungu wa keya7ですか。何が欲しいのですか。 Malau: (スワヒリ語に切り替え)私はmuzungu wa keyaだ。muzungu wa keyaだ。私は袋がほしい。背中に背負う袋(mufuko wa mgongoni)と鉄砲。ちゃんと聞いているか? Nyawa: 聞いていますとも。 Malau: 袋を手に入れたなら、そこには鉄砲も必要だ。袋の中にはすべてがそろってなければならない。鉄砲は本物じゃなくてもよい。木で作ったものでよい。背中に背負う袋を手に入れたら、盛大なkayambaを開かなければならない。そのとき人々はKeyaの兵隊のように振る舞わねばならない。Du!Du!Du! (以上のやりとりが私とMwaega君の記憶で再構成した部分)

<カセット2A面スタート> ケヤの白人との交渉 (1983編集のフィールドノート該当箇所) 以下のやり取りは主としてスワヒリ語(ときどきドゥルマ語表現が混じるが)。ドゥルマ語が用いられている文章はその都度示す。マラウは終始、囁くような小声で語り、聞き取りにくい。

Nyawa:

あなたは太鼓そのものを使ったンゴマを希望する。

Malau:

ドゥ!ドゥ!ドゥ!

Nyawa:

ドゥ!ドゥ!ドゥ!いわばケヤ(keya7)のあの行進みたいなね。

Malau:

バッ!バッ!バッ!(同じく行進の擬態語) 聞いているか?

Nyawa:

うむ。

(背景で女たちが会話に興じている)

Mwaega:

あなた方、お静かに。あなた方、世間話でもしているの...(ドゥルマ語)

Jawa:

ご婦人方、どうしてそんなに喧しいんだい。

Malau:

そして鉄砲。お前は(1語聞き取れない)全部といっしょに探してこい。それとあの大きなバッグ。それと、手に入れねばな。...の(バッグ)を。

Nyawa:

カーキ色の?

Malau:

ヴィアシ・ヤシ(viasi149 yasi150)のためのバッグじゃ。

Nyawa:

ヴィアシ・ヤーシ。

Malau:

そうじゃ。カーキ色のことはほっておけ。ちょうどこんな感じの。(ドゥルマ語)

Nyawa:

はい。

Malau:

じゃが、こっちの小さいバッグは、ここに下げる(肩を指して)。

Jawa:

そしてあの大きいバッグは、ここ背中に背負う。

Malau:

そうじゃ。ここ(背中)になければならん。そして石油缶(daba)も、ここ背中にな。聞いとるか?

Nyawa:

聞いています。(ドゥルマ語)

Malau:

なんとなれば、ここ背中じゃが、あいつ自身が言うには、不可能なほどの荷物があるんじゃとな。

Jawa:

その通りです。彼が言うには、彼は(苦痛を)感じる。当人が言うことには、ここ背中のところがとても痛いんだと。(ここからドゥルマ語での発話)というわけで、そのバッグが必要になる。どこに行くのも、このバッグを背中に背負って行かねばならない。ありとあらゆる物が中に入っている。ベッドだって中に入っている。そうじゃないかい。もし疲れたら、どこにいようとも彼はそこで眠る。

Malau:

ということで、あの大きなバッグを手に入れねばならん。手に入れねばな。あの大きいバッグ、まさにケヤのバッグを手に入れねばな。それとヴィアシ(viasi149)じゃ。

Nyawa:

ヴィアシ(viasi)、ヴィアシ、ヴィアシとは物、それとも151

Jawa:

それは物だよ。つまり道具(vifaya, pl.of chifaya)というか、武器(silaha)というか...(スワヒリ語とドゥルマ語が混ざっている)

Man:

道具、武器... (ここから発話はもっぱらドゥルマ語になる)

Jawa:

つまり荷物みたいなもの。上に載せるものだよ。ヴィアシが目につくところにあると、盗まれちゃうだろ...

Man:

それはこんな風に中に入れておかないと。

Musoza(one of Malau's sons):

鉄砲だけど、模型でいいんだよね。木を削って作られたもの?

Jawa:

うむ。

Malau:(突然叫び出す)

ゴォア!

(人々、笑い) 本人の健康が先 (1983編集のフィールドノート該当箇所 Nyawa:

さて、今、私はこう言おうとしているのですが、よろしいですね。あなたこそが、この者がちゃんと息ができず(文字通りには少ない息)、腹が詰まり、咳がでる、それをもたらした張本人であろうと。ああ、結構、結構。オーケー!

Jawa: (興奮して、大声で、やや支離滅裂っぽい語りになっている)

そして今、私たちは何をすれば良いのでしょう?まさにあなたこそがその者であると、また彼に少しの回復をもたらしさえする者であると確認するためには。あなたのためにそのバッグを探してくれば、回復を目にすることができると?それとも今、あなたが...。そこでそのモノなんですが、あなた自身が行くことは可能でしょうか。あなたが腰をあげ、あなたは理解しているはずで、あなた自身で行って、選んでくる。あなた自身が、これこそがそうだと承知の上で。ねえ、体のなかは健康じゃないんですよ。ちゃんと本当のことをお話ください。

Nyawa:(先の発言に続いて、Malauに語り続けているのだが、Jawa氏の大声が被さっていて、よく聞き取れない)

...なぜならこの者は、咳のせいでできない、腹が詰まっているせいでできない、そしてできない...

Jawa:

しばしば、口をきくこと自体、彼にはできない。

Nyawa:

口をきくことすら、彼には難しい。

Jawa:

ええ、そうです。

Nyawa:

そういうわけで、私たちは改善が欲しい。もしかしたら、彼自身が行くことができるというくらいの持ち直しが。なぜなら、彼がすこし回復を感じたら...

Jawa:

彼が、身体の中になんの問題もないと感じるなら。

Malau:(彼自身もドゥルマ語で)

聞いとるか!

Nyawa:

はい。

Malau:(スワヒリ語まじりのドゥルマ語で)

お前!そいつはケヤの男だ。聞いとるか?そいつはケヤの白人だ。そいつがそんな風に欲しがっている本人だ。しかしな、ここには癒し手たち(あるいは施術師たち)がおる。

Nyawa:(スワヒリ語で。以下しばらくスワヒリ語のみのやりとり)

癒し手たちがいる?

Malau:

ンガイ(ngai152)のな。

Nyawa:

ンガイの癒し手たちがいる...。

Malau:

それにケヤの連中がおる。

Jawa:

ンガイっていうのは憑依霊カンバ人のことだ。

Nyawa:

癒し手たちというのは、彼らンガイの一族だ。

Malau:

わかるか?さて、あいつらが要求をもっとるんだ。要求と面倒事をもっとる。

Nyawa:

うむ。

<tape2a 2:58.0> Malau:

聞いとるか?言うとくが、こんな風に話されとる..(聞き取れない)...。さらに、あれらのバッグが手に入るじゃろう。じゃが、特に欲しがられとるのはあの大きいバッグじゃ。それこそ背中にな。

Nyawa:

それで、いよいよ彼は回復にむかえるのですか。

Malau:

品々をもっていない連中がみんな到来しとる。今じゃな、お前...(聞き取れない).. ...お前、さてここ(背中?)に大きいやつ(バッグ)があって...(ゲップと唸り声の他、聞き取れない)...

Nyawa:

あなた、あなたのあの荷物ですが、例の背中の真ん中の問題だけですか?それともあなたは、咳の張本人でもある、それとも腹詰まりの張本人でもあるのですか?というのも、もしあなたが背中の荷物の話ばかりして、でも腹は相変わらずで、咳も相変わらずだったら。人に咳をさせている者、腹も一杯にしている者についても、同じようにお話くださいよ、あなた。だって、私が思いますに、あなたは私の友人、これらについてお知りになることができる方です。もし、あなた一人(がそれらの張本人)だというのなら、そうおっしゃってください。そうすれば、私たちはあなたに、あなたが反論できる重要なお話(具体的な交渉の提案)をして差し上げましょう。私たちはそれを待っております。 <tape2a 4:10.0> (6秒間の沈黙) <tape2a 4:16.0> Nyawa: 息はかすか、腹は膨れ上がる...

Jawa:

そのとおりだ。

Nyawa:

彼は咳き込む。

Jawa:

そればかり!

Nyawa:

背中の中央が重苦しい

Jawa:

うむ。

Nyawa:

もしあなたが、これらの症状すべての張本人なら、バッグが理由で。もしそうなら、私一人のせいだと、ただ言ってください。今....(誰かの激しい咳の音で3語聞き取れない)。

<tape2a 4:30.0> Malau:

なぜなら。

Nyawa:

むむ。

(10秒沈黙(背景のささやき声での雑談を除く)) 白人、紙巻きタバコを欲しがる (1983編集のフィールドノート該当箇所) Malau:

ここに(沈黙2秒)、一つ物がある。(2語聞き取れず)わしがここに落ち着けるようにな。わしには紙巻きタバコがいるんじゃ。わしはケヤの男じゃから!

<tape2a 4:53.0> Jawa:

これらで良いか彼に尋ねてくれ。

Nyawa:

紙巻きタバコこそ、彼らの食べ物。

Jawa:

これらのタバコを彼に見せてやって。それで良いか聞いてくれ。もしそれらで良いなら、ちょうど、あちら(彼の小屋)に余分があるんだ。エンバシーだよ、これは153。あのスポーツマンみたいなものさ154。もしここに火があったら、味見できるだろうに。で、どんな具合いか彼に味わってもらう。余分をもってますよ。もし彼が嗅いでみるのなら。1箱、2箱だって彼に与えることができる。たとえ2箱でも彼はあちらで手に入れることができます。エンバシーだよ。

Nyawa:(Malauにタバコを一本示しながら)

エンバシー、エンバシー、エンバシー。

Jawa:

それで良いのかどうか、火に入れて感じてもらっても良い。その香りは、スポーツマンと同じだ。これがあなたの望んでいるものなのか、私にはわからないけど、でもこれらはまさに白人たちの紙巻きタバコだよ。 <tape2a 6:01.0>

<tape2a 6:04.0> Nyawa:

白人たちは、荷物を背負うのが好きだ。そうして出発し、遠くへ行く。すごく痛い思いをしているのに、白人は荷物を降ろさない。(人々笑う。そのせいで2語ほど聞き取れない)

Man1:

それが白人たちのあり方だね。

Man2:

鉄だよ(手強い人々だよ)。(バッグの)中に家も入ってるんだぜ。

Nyawa:(スワヒリ語に戻って)

これはナンバーワン(namba wan)の紙巻きタバコだよ。この種の紙巻きタバコは、まさに長老たちが吸って、旅を続けるんだ。これだよ、このタバコではだめだと?

Jawa:

それでは、だめだと?

Nyawa:

スポーツマンが欲しいらしい。

Jawa:

スポーツマンでも結構だ、別に困らない。でも高価だけど。

Nyawa:

これを3回欲しいのかい、じゃあ、来てしっかり味わって。私はお尋ねします...

Jawa:

ときとして、私が彼に尋ねようと、尋ねると、すっかり口を閉ざしてしまう。

Nyawa:

ちがうよ。声が出ないんだよ。腹が詰まる、ぐったりする、息が少なくなる。さて、もしあなたのせいなら、スポーツマンを好む者よ、他に仲間もいないなら(彼が独りで病気を引き起こしたのなら)、ただ一言いってください。あなた、背中に背負う荷物を欲する者よ、さっとバッグの件を手に入れに行ってください。彼は言うでしょう。あなたこそ彼を捕まえていた者だと確認したと。あなたは言えばいいのです。私には何も言うことはありません。もう、誰も反対するものはいません。あなたが言えば、それだけです。あなたが、そのとおり私ですと言えば。私のせいですと言うだけ、それで終わりです。 <tape2a 7:15.0>

簡単には同意しない白人: 約束の詳細1 (1983編集のフィールドノート該当箇所) <tape2a 7:30.0> (突然、Malauは理解できない叫び声を上げ始める)

Nyawa:(笑いながら)

ワイ(why)?

(Malauは何やら「英語的」な何かを叫び続ける。そして最終的にはすすり泣き始める)

<tape2a 8:15.0> Nyawa: (周囲の若者たちもみな笑っている)

ハーッ、ハッハッハッ、ありがとう!ああ、あなた長老、もしお泣きになるなら、それはあなたの勝手です。でも私たちはあなたの返事を待ってるんです。いったい何年間を過ごされたのか、私は知りません。長老、あなたが家で眠ることなく、ブッシュで過ごされていたのか。はあ、さてもしあなたが、その人なら、妨害していた張本人があなたなら、私に説明してください。でもこんなふうな言葉で話さないでください。ヘッ、ヘッ、ヘ、ヘ。笑っているみたいでしょうが、苦々しいのです。なぜならこれは実に苦々しいからです。

<tape2a 8:41.0> Malau:

聞け。ところで、ケヤの男たちじゃ。

Nyawa:(相変わらず笑い続けながら)

ハッ、ハッ、ハッ。なんと!さあさあゆっくり説明してくださいな。ヘー、ヘッ、ヘッ。

Malau:

結構。...(ほとんど聞き取れないが、途中で「クレメトゥ メタ(kulemetu meta)」と聞こえる箇所がある。これはケニアに駐留し、第二次世界大戦中に多くの写真を残したKings African RiflesのH.J.クレメンツ中尉(lieutenant H.J. Clements)の可能性がある)...

Nyawa:

なんとクレメトゥがいる?あの戦さの人たちじゃないか?ヤー、ヤー、ヤー、ヤー。ああ、ああ、ああ。お気の毒です、長老。

Jawa:

でも、あなたは遠くの森にいる。彼らのとっても大きな森があるんだ。白人はそこには暮らせない。砦(boma155)に住まねばならない。そして旅に戻る。でもその後はまたそちらの砦に戻ってくる。ゆっくりと旅をなさいな、あなた、私がそう願っているように。

(ここまで、ニャワは終始、笑い転げている)

<tape2a 9:17.0> Malau:(ほとんど叫ぶように)

聞いているか?

Nyawa:

うむう。

Malau:

もし、お前があの言葉(約束)を覚えとったら。

Nyawa:

うむう。

Malau:(突然声をひそめて)

もし、お前が遠~くの荒~地に旅にでたら。じゃが、お前が行けば、たぶんこの病人は治るじゃろうからな。

Jawa:

ああ、そうとも。私たちもそう言っている。ああ、まさに私たちもそう言っている。

Malau:

そうすればその後に...(聞き取れない)...なぜなら、こいつは敵どもに打ち負かされるからじゃ。そいつも昔は問題なかった。そもそもここには、お前の憑依霊がたくさんおる。

Nyawa:

ううむ。

Malau:

しかしあの言葉(約束)....(数語、聞き取れない)...は全力でなされる必要がある。もし努力したら、成果は手に入るじゃろう。じゃから、この鉄砲も手に入る。

(このやり取りの間じゅう、女性たちが会話に興じており、そのせいでマラウのひそひそ声がとても聞き取りにくくなっている) <tape2a 10:18.0> Jawa:(女性たちに)

お黙りなさい、お黙りなさい。

(会話止まる。12秒の沈黙) <tape2a 10:30.0> Jawa:

私たちは何をするよう求められているのでしょう?

Nyawa:

あのバッグを手に入れるように。

Jawa:

ええ。

Nyawa:

それと鉄砲の模型(picha157)も手に入れないと。そうすれば、全てはうまくいくはず。

(10秒ほど沈黙) <tape2a 10:45.0> Malau:

さあ、....(はっきり聞き取れない)...仕事。

Jawa:

その鉄砲の模型だけど、人が必要なのか?それを削って作ってくれる人。それとも、鉄砲の模型はどんな種類の物を手に入れるのか?私は尋ねて欲しい。良い例が欲しい。鉄砲のような形に削った木の模型もある。彼本人が上に置いていた。そして歌(カヤンバ)が開かれ、彼自身がそれを手にとって、行進し、またそれを安置した。その時の彼の例は、鉄砲の形に木を削ったものだった。158

Malau: (小声で)

...の模型。

Nyawa:

木の。

Malau:

木の模型じゃ。あのムトゥンド(mutundo160)の木の。...(よく聞き取れない)...

Jawa:

ええ、まさに黒ムトゥンド(mutundo myeusi)。昔、キブィンゴ(地名161)で、この人(Malau)本人が削って作ったんだ。彼がその後それをどこに置いたのか、私は知らない。

(これを聞くや否や、そこにいた若者や子供たちが大声で笑い転げる。"amechonga"という言葉を何度もくりかえしては。私にはなにがそんなに面白いのか皆目見当もつかない。) <tape2a 11:33.0>

Nyawa:

さて、私たちには何の不都合もございません。話していただいたことは、傾聴いたします。私は、あなた方のせいだと知っているのですから。私どもはするべきことはするつもりです。そしてこの者(Malau)も、頑張って歩いて行きます。なぜなら、人は、その要求に叶うものに満足することで、満足するものだからです。

Jawa:

そうとも、そこが重要だ。まずはそこで同意しあってください。

<tape2a 11:52.0> Nyawa:

もしあなたが知られていないなら、あなたは彼をとき解いて、例の品物を探しに行かせてください。こんな風におっしゃってください。「今、私は病気を彼から除去します。なぜなら、これまで私は、バッグを欲っしていることを知られていませんでした。また鉄砲を欲していることを知られていませんでした。こうして除去したら、人は知ります。私が病気を除去し、彼を解放したことを。ですが、もし彼がその約束を守らないなら、私は彼を二本の腕をもって捕らえ、二度と放さないでしょう」と。あなたがそんな風におっしゃれば、私がその示された道を辿らず、我々を驚き戸惑わせた病気をあなたに取り除かせないようにしたりするでしょうか。なぜならそれは私たちを驚き戸惑わせる病気だったのですから。明日の昼にでも、あるいは明後日の昼、あるいは明々後日の昼、あるいはそれ以降にでも...

<tape2a 12:27.0> Malau:(突然叫ぶ)

ゴルァ!

Nyawa:(慌てて早口になり)

彼(Malau)に問題がなければ、私たちも即、鉄砲を削る作業をし、バッグを調達しに参ります。彼の状態が、目覚めたら相変わらずで、明後日になっても相変わらずなら、そう私たちは間違っていたと知ることになるでしょう。私たちは別の憑依霊かを選ぶことになるでしょう。そして、なんと、あなた、長老を蔑ろにすることになります。でも、あなたが病気を彼から除去していれば、私たちも、あなた自身との約束だけに集中いたします。

Malau:(最初は聞き取れないほどの小声で、やがて理解不能な言葉で)

...結構...welcome.....hard ...

<tape2a 13:45.0> Nyawa:

この後は、どうかスワヒリ語を話してください。だって、その言葉は本当に難しいんですから、それは。

Jawa:

むん。あなた、スワヒリ語で説明してください。口にだされたそれらの言葉を、さあスワヒリ語で説明してください162

<tape 2a 13:57.0> Malau:

ううう。....(よく聞き取れない)...それらの言葉(約束、問題)。

Nyawa:

私たちがすでにやった話には戻らないでください。

他の憑依霊たちもいる (1983編集のフィールドノート該当箇所) Malau:

なぜなら、ここには一人のやつがおるんじゃ。

Nyawa:

ふ、ふぅ。

Malau:(彼はひそひそ声で話している上、後ろでは女性たちが雑談に興じているため、彼の言葉はほとんど聞き取れない。)

このスディアーニ27...(聞き取れない)...この病気の...(聞き取れない)...風の冷たさ...(聞き取れない)...ある...(聞き取れない)...この旅、そいつはいる。じゃが、我々は、それらの歩みを変えんようにしよう。

<tape2a 14:37.0> Jawa:

いったい何人いるんですか。この問題を引き起こしている、あなた方のなかには。私たちはあの白人、ケヤの白人に耳を傾けました。

Malau:

やつら(憑依霊)カンバ人じゃ。

Jawa:

カンバ人なのか?

Nyawa:

そのカンバ人は何を欲しがってるんだ?

Malau:

そのカンバ人は癒しの術(uganga)を欲しがっとる。

Nyawa:

癒しの術を欲しがってる。

Malau:

そいつはわしらの椅子をまだもらってない。なぜなら、だから、子供らもおる。 切符(かなえてもらいたい要求を切符と呼んでいる)を欲しがっとる連中だ。でもこいつ、こいつは手に入れたがっとる。あの大きなバッグを手に入れたいと。そいつは、鉄砲は後でいい。じゃが、まず大きなバッグは手に入れねば。さて...

Jawa:

それで病気はなくなる?

Malau:

病気か、神がおるじゃろ。

約束の詳細2: 木の台とお椀と揚げパン (1983編集のフィールドノート該当箇所) Nyawa:

私たち、我々は日時を決めておきたいのです。日時を決めて、決めておきたい。なぜなら、とってもたくさんの物を買うんですから。なぜなら憑依霊(shetani)が多いんですから。だから今こうして、私たちが耳を傾けた問題について明らかにしましょう。日時を決めましょう。病人を御覧なさい。

Jawa:

そう。病人の状態を見ること。

Nyawa:

私たちがあなた方のことをきちんと忘れないように。日時を決めましょう。しかじかの日に、体力が本当にましになっていれば、私たちはあのバッグを探します。どうしてかって?

Jawa:

思うんだけど、キナンゴの町を探せば、そのバッグを見つけることができるんじゃないか。

Nyawa:(Jawaの言うことには取り合わず)

あなた方も私たちと同じく、言っていることはだいたい同じです。今日、日時を決めましょう。バッグを追い求める日時を。

Jawa:

あなたがあなたのバッグを手に入れられますように。でもまずは病人のいささかの回復を見届け、彼に何の問題もないと見届けないと。病気が立ち去り、彼が食事を食べれば満腹し、腸もとき解かれて、再び便秘になることもない。さて、あなたがそんなふうにしてくださると、あなたの道筋が順調にたどられるでしょう。あなたは、この人こそただ一人、王(mfalme)であるところの者(これらの症状を引き起こしていた張本人の憑依霊)だと知られることになります。そうですとも、あなたの道筋は順調に辿られるでしょう。

<tape2a 16:53.0> Malau:

聞いとるか?...(よく聞き取れない)...卵...卵は調えてもらわねば、卵はその上で調えられねば。聞いとるか?小さい木の台(kaulingo)、こんな風な、こんな風な、を用意して。聞いとるか?そしてお椀(chibakuli)を一つ買っておかないと。さらに、わしのために揚げパン(mahamuri163)3個を買い、そこに置いておく。

(唐突に叫び声を上げる。アジョッ!ガァッ!)

Malau:

まだ...(聞き取れない)...そこで、大きな旅になるだろう、聞いとるか?

Nyawa:

ケヤ?旅というのはケヤの旅?

Malau:

違う!

Jawa:

そのお椀はいつ用意するのか?新品のお椀か?それともお椀なら何でも良いのか?この屋敷にあるようなやつで、(木をくり貫いて)作れるやつか?

Malau:

新品じゃ。

Jawa:

新品?

Nyawa:

ところでお椀のなかには揚げパンを3個入れるのでしょうか。

Malau:

うむ。

Nyawa:

ところで、そこで歌(wira3)も...

Jawa:

ちょっと待って。その場所は...

Nyawa:

場所と言っても、まあ本人のところとか...

Malau: (突然スワヒリ語で叫ぶ)

お前、わしを招待しろ!

(そのまま再び「英語」を叫び始める)

Nyawa:

はい、はい、はい。

Malau:(「英語」を喋り続ける。理解不能だが、ときおり例えば "yale keya apate kula kombe chini164"(と聞こえる気がしたり)とか、"25cents"とかが聞こえたりする)

Nyawa: (笑いながら)

何をおっしゃっているのやら、我が友よ。

Malau: (さらに数秒間「英語」で語ったのちに)

ところで、それは...例えば明日にでも作ること。

Nyawa:

例えば明日?おやおや。

<tape2a 18:53.0> <tape2a 18:57.0> Jawa:

そのお椀ならとりに行ける。私が探しに行ける。揚げパンといっしょに探しに行く。手に入れられるだろうよ。もう少しちゃんと説明してくれ。

Malau:

(はっきり聞き取れない)...なぜならキナンゴは遠い。

Nyawa:

うーむ。うむ。

Malau:

(お椀は)キナンゴにある。なぜならただのプラスチック製(lailoni)のやつ。それみたいな。

Nyawa:

色は何色?

Malau:

色は...(聞き取れない)

Jawa:

プラスチック、プラスチックだよ、あれみたいな。青(緑を含む)chibitsi bitsi165色だよ。ねえ友よ(私に向かって)、あのお椀(私が所持している青い洗面器を指しているのか)の予備はもってないかい?

Hamamoto:

予備はありません。そもそも私のあれはお椀じゃないです。洗顔用の小さい洗面器ですよ。ところで、どんな色のお椀がいるのですか(chibitsiという色名を理解していない)?

Jawa:

ああ、もういいよ。もし持ってないなら、結構だよ。

Malau:

ああ、そこまでじゃ。一つあればいいんじゃ。一つ手に入ったら、その上に置いておけ。

Nyawa:

揚げパンは?

Malau:

3つじゃ。そして彼ら上の連中に、食事を与えろ。あいつらケヤに。祖霊たちが、彼を上手に促してくれたらな。...(よく聞き取れない)...そんな風に食べ、食べ、ンゴマじゃ。病気は治まるじゃろう、扇がれて、治まるじゃろう。(白人)本人たちは上空を旅する。聞いとるか?マシーン(Machine)じゃ。それらの荷物も。

Nyawa:

うーむ。

Malau:

もしお前が遅れたらな、そいつ(白人?)は、怒るじゃろうな。あいつらのバッグのことで。 <tape2a 20:30.0>

<tape2a 20:41.0> Jawa:

では、説明してください。バッグはキナンゴで手に入れることができるのかどうか。もし、彼自身が...

Malau:

ないぞ。

Jawa:

ない?モンバサかマリアカーニまで行く必要があるのか?

Malau:

そちらで手に入る。

Jawa:

バッグ、この私の友人(=Hamamoto)は、あちらにもっていないかな、バッグはもっていないかな、大きいやつ。

Mwaega:

例えばどんな種類の?

Jawa:

少しこんな色をした種類の。このカーキの少しグリーンに近いみたいな。

Mwaega:

ああ、彼はもってません。

Hamamoto:

私はもってません。

Mwaega:

マンダラがもっているような?

Jawa:

いいや、マンダラがもっているやつは、何というか、プラスチックのだろ、あれは。色も赤(褐色)だし、お前。うちの(Jawaの長男の)ムエロがもっているようなのじゃないだろうか?うん、私が思うに、あれ(マンダラの)は違う。ちょうどこの種の蚊帳(chandalua166)みたいな(色)のが欲しいんだ。

Malau:

そのとおりじゃ。

Jawa:

そしてそれは大きい必要がある。(白人たちが背負う)バッグ167みたいなね。そう、どでかいバッグ(dzibegi168)を欲しがっている。そうでしょ?

Nyawa:

さて、その通りでしたら、事は実に結構です。しかしながら、私たちはこの者が、自分であれらの物を探しに行けるだろうとわかるほどの改善を得るよう、欲しているのです。この者の身体に余裕ができるように。なぜなら、現在、この者は口を開こうとすると、もう咳き込んでしまい、肋骨が握られて息が少ししかできず、腹は詰まり、食事もとらない。さて、あなたが「その通り」というその言葉を口にされたとすれば、私たちは異論はございません。しかし...

<tape2a 22:25.0> Jawa:

さて、ちょっと合意しましょう。すでに申した約束の日時ですが、明日にでも...

Nyawa:

それは不可能ですよ。だって、お椀もあちら(キナンゴ)で見つける必要があるんだから。

Jawa:

そうだね。お椀を見つける必要がある、そうだね。

Nyawa:

はい。

<tape2a 22:38.0> Jawa:

それに例のバッグ。あのバッグも。

Malau:(スワヒリ語で、以下マラウとニャワのやり取りはスワヒリ語)

それ。ちゃんと聞いているか?もし手に入るのなら、例のバッグとあのお椀だと言っておくぞ。バッグをしかと手に入れたら、それこそ私が一番欲していることだ。

Nyawa:

ええ。

Malau:

さて、彼がバッグを手に入れたら、私は(さらに)言葉(約束)が欲しい。

Nyawa:

あなたは手に入れるでしょう。

Malau:

さて、そうすると、彼に(約束を果たすために)歩き回る体力を得させよう。彼がここで出会う言葉はとてもたくさんある。じゃが、(1語聞き取れない)は厳しい。...(聞き取れない)..彼は全く歩き回ることができない。

Jawa:(ドゥルマ語)

ところで例のバッグはマリアカーニで手に入るだろうか。

Nyawa:(ドゥルマ語)

それは探してみないと。確証はありませんよ。

Malau:(スワヒリ語)

聞いとるか?さあ、お前が話すんじゃ。

Nyawa:(ドゥルマ語)

バッグは探してまいります。バッグは探してまいります。私たちはそれの在り処について確かなことは知らないからです。キナンゴに見に行って、見つからなければ、マリアカーニに見に行きます。見つからなかったら、モンバサで求めます。という訳であなたがバッグを手に入れる明確な日時は約束できません。でも私たちはバッグを探しに行きますし...

Jawa: (ニャワが言い終わる前に、割り込んで発言、ドゥルマ語)

ところで、ところで、ところでそのお椀だけど、明日にでもそれを求めに行くことはできます、明日にでも。

Nyawa:(ドゥルマ語)

お椀の約束についても、お椀は手に入るでしょう。お椀をまず手に入れましょうか、それとも難しい問題を先にして、バッグをまずなんとかしましょうか。それともそれらの物は、まずほっておいて、バッグといっしょにやって来させましょうか。

Malau:(スワヒリ語)

バッグ、わしはケヤのバッグは、中身をきちんと詰めて欲しい、さらにはその弾薬(viasi)もすっかりすっかり。後は人々に歌わせる、あれら歌の数々を。

Nyawa:(ドゥルマ語)

そしてケヤのお椀(chibakulingbwa169)もここに。

Malau:

そうじゃ。

Nyawa:(ドゥルマ語)

全ては申し分なし。

Malau:(スワヒリ語)

けっこう。そのとおり。

Nyawa:

けっこう、けっこう。

Malau:(スワヒリ語)

(ンゴマの)日を計画しろ。あの連中(憑依霊たち)を歓迎してやるんじゃ。

Nyawa:(ドゥルマ語)

今、私たちはあなたに日時を与えることはできません。だって、(品物を)探しにいかないとならないから。

Malau:

じゃあ。

最後の説得: 患者自身が自分で買いに行けるほど健康になること (1983編集のフィールドノート該当箇所) Nyawa:(ドゥルマ語)

私たちはあなたに嘘をつきたくありません、私の友よ。でも、私たちは品物をあなたに行って探してほしいのです。ラー、イラーヒ(アラーの他に神なし)。だから彼に体力を与えてください。満腹をもたらす食事を、そして良い息を彼にもたらす...

Malau:(叫ぶ)

ゴアッー!

Nyawa:(ドゥルマ語)

あなたが私たちと理解し合えたと知ることは、結構なことです。私たちはあなたがバッグを欲しがっておられることを理解しました。そしてお椀も来て、あなたの御要望を上々に調えます。こうした品々すべては、お探しして手に入れます。でも、この者にも余力をお与えください。なぜなら今、彼は立ち尽くし、つまり驚き困惑しているのです。彼に余力をお与えください。咳き込むこともなし、腹が詰まることもなし、なしです。そうすれば彼は知ることになります。「なんと私の友が、私を本当にとき解いてくれた。後は私が頑張って彼との約束を果たそう」と。彼は嘘つきではありません。争いははるか以前に始まりました。でも今...

<tape2a 24:56.0> Jawa:(Nyawaが話し終える前に、Jawaはそれを遮り喋りだす、ドゥルマ語)

さあ、こんな風に彼に言ってください、こんな風に。あなたは彼に体力を与え、彼自身が自分で出発し、モンバサへ行き、品物を探しに行き、手に入れて...

(Jawaが言い終わらないうちに、Malauは叫び、「英語」でまくし立て始める。直ちにNyawaが割って入り、彼を説得し始める)

Nyawa:(ドゥルマ語)

あなた自身が行って、あなた自身で探すことは可能ですか?あなた自身が見れば、私の品はこれだとわかる。だって、もし人を遣わしたら、その人はあなたに、あなたの意に沿わぬものを持って来るかもしれません。でもあなた自身が行けば、そこでは「私はこれを買うだろうと、わかる」だってあなたなんだから。

Jawa:(ドゥルマ語)

彼に言ってください。明日にでも彼が体力を手に入れることができ、力を燃やして、明日バスに乗って出発するようにと。

Nyawa:(ドゥルマ語)

明日、あなたは行くことができますか、私の友よ。なぜならあなたの真のお目当ての問題なんですから。それによって、彼も小康を得るのですから。あなた、行けますよね?

(Malauはずっと「英語」を話し続けている) Nyawa:

(彼がしゃべる)激しい(怒っているような)言葉のあるものは、私にもわからない。

Jawa:

彼はどうやら拒絶しているようだね。

Nyawa:(スワヒリ語で)

明日、それを探せるでしょうか?明後日ならできますか、行くことができますか?キナンゴに行って、それで駄目なら、マリアカーニ、そこでも駄目なら、モンバサ。あなたがそのバッグを握るまで。

<tape2a 26:02.0> 数秒の間 <tape2a 26:08.0> Nyawa:(スワヒリ語で)

はー。わかるでしょう。子供たちにそのバッグを買うことができますか?

Jawa:(スワヒリ語で)

彼らはそれを知りません。そもそも、子供たちは別のものを買ってしまうかもしれない。そして彼が連れてこられ、やって来たら、(あなたは)その子に(買ってきましたよと)言われる。で見てみると、それじゃない(自分が欲しいと思っていた物とは違う)。本人が「私が行ってきます」と言うようにした方が、良いでしょう。

Nyawa:(スワヒリ語で)

さあ、明後日、彼が小康を得たら、彼に行って彼のバッグを見てもらいましょう、彼が見つけるまで。明後日です。

Jawa:(スワヒリ語)

彼が出かけているあいだに、木の台(ulingo)は用意されて、きちんと設置されます。というのも、ここでは私は子供たちを捕らえて、木の台を設置するべき場所を彼らに示すことができるから。あなたは人々に木の台を用意させるのに、どの場所を確保しますか。あちらの小屋の後ろでしょうか、あの小屋の?ええ?

Malau:

そうじゃ。

Nyawa:(ドゥルマ語)

さてさて、私たちの問題はそれで落着です。

Jawa:(ドゥルマ語)

正確にどの日にするかは、彼に任せましょう。私が思うに。彼に余力がある、まさにそんな日。

<tape2a 27:04.0>

<tape2a 27:15.0> Nyawa:

ああ、月が上ってきた。月は夜の時間を欲したんだな。

Jawa:

ああ、(月は)何時間もかけて行くよ。あちらの方に帰って行くまでね。

<tape2a 27:28.0> Mwaega:

もう7時(午前1時)だ170

Man:

7時か。もうすぐ夜明けだな(夜明けまで5時間たらず)。

<tape2a 27:51.0> Malau:(突然叫ぶ、その後は静かに話す、スワヒリ語)

ガァヨッ!聞け。神に祈ろう。明日の日、明後日、明々後日(この単語のみドゥルマ語)、もし神がおるのなら、この者はわずかながら歩く力を手に入れる。(その力が)弱まらなければ、さあ、彼は行くじゃろう。

Jawa:(Nyawaに向かって)

はっきりさせてください、あなた。彼に聞いてください。その当日(そろった品物を憑依霊に献上するンゴマの日)ですが、そこでは太鼓そのものが必要とされているのか、それとも今のようにカヤンバだけでも結構なのか。

Nyawa:

彼は、カシャカシャ(wayawaya =カヤンバを鳴らす音の擬音語)など知らんと言ってます。

Jawa:

なるほど、太鼓が必要とされているんですね。

Nyawa:(スワヒリ語)

太鼓そのものが求められています。

<tape2a 28:45.0> Jawa:(スワヒリ語)

あの彼がここを出る(バッグを自分で手に入れるために)その日に、太鼓(複数)をしっかり探して、準備を調えておくべきだろうか、ええ?

Nyawa:(ドゥルマ語)

彼は太鼓そのものを使ったンゴマ1だと言ってます。

Jawa:(ドゥルマ語)

そうだね。言いに行かないと。これらのことを皆に周知したいんだよ。

Nyawa:

でも、当人は明日、あるいは明後日、明々後日つまり3日目の昼間に、遠方に出かける体力が手に入るだろうと言っています。本人がそう言ってます。

Jawa:

ええ、そこは問題ありません。問題ありません。

スディアニ導師を呼ぶ (1983編集のフィールドノート該当箇所) Malau:(スワヒリ語で)

私はお前に言ったはずじゃ。スディアニは要求をもっている連中じゃと。憑依霊ソマリ人も要求をもっている連中じゃと。

(赤ちゃんが激しく泣き出したためマラウとニャワのひそひそ話は聞こえなくなってしまう。) <tape2a 29:32.0> Nyawa:

さあさあ、若者たち!皮張りの太鼓を!スディアニ、スディアニ、ただちに。

Jawa:

それに憑依霊ソマリ人。はあ、詰めて詰めて。お前さんたち、カヤンバをにぎって、彼のために打ってあげなさい。

(スディアニの歌が始まる。最初の歌はマラウの合図で途中で中断される。若い男が2番目の歌を歌い始めるが、これもメインの演奏が始まる前に止められる。最終的に、演奏する曲はマラウ自身が指定する。) <tape2a 29:32.0> すぐに中断されたスディアニの歌 1 (solo)

彼らの家に行きます、エエ ヘー、ワー、彼らの家に行きます、エエ (1語不明)スディアニ (1語不明)、エエ、イイ、エエ

(chorus)

彼らの家に行きます 彼らの家に行きます (1語不明)スディアニ 彼らの家に行きます、オオ、オオ、オオ

<tape2a 30:39.0> すぐに中断されたスディアニの歌 2 いきなりkubit'aのリズムで演奏開始 歌詞は、スディアニの歌5と同じ

Man1:

カヤンバ、速すぎるぜ。

Man2:

あいつら速いのが好きなんだよ。

(kutsanganyaのリズムに変えて打ち始めるが、歌が始まる前に制止される。 Man1:

なに?この人、歌について何か言ってる。じゃあ、ちょっと歌ってみせてください。

Malau:

(小声で)ジャラジャラヨー、昔の道程

Kayamba Players:

はいはい

<tape2a 31:21.0> スディアニの歌 3 (solo)

ジャラジャラ、ヨー、昔の道程 ジャラジャラ、ヨー、昔の道程 マウラナ(主よ)、ウェー

(chorus)

ジャラジャラ、ヨー、昔の道程 ジャラジャラ、ヨー、昔の道程 マウラナ(主よ)

(途切れずに、次の曲に) <tape2a 33.58.0> スディアニの歌 4 (solo)

アラーフ アクバル、アラーフ アクバル

(chorus)

アラーフ アクバル、アラーフ アクバル

(solo)

アラーフ スワラ

(chorus)

アクバル アラーフ アクバル

(途切れずに、次の曲に) <tape2a 42:11.0> スディアニの歌 5 (solo)

スディアニ、ウェー、嘘つきだ171 スディアニ、ウェー、嘘つきだ ナイライラー、アクバル、ウェー アラブ人がいるよ、ウェー 予言の書を語るよ スディアニ、ウェー、嘘つきだ

(chorus) 上と同じを繰り返す

Malau 無反応 スディアニはいない (1983編集のフィールドノート該当箇所) Man1:

ああ、ああ、ああ、スディアニは全然いない。

Nyawa:

イスラム教徒たちは今日は来ないようだ。憑依霊ソマリ人も放っておこう。

Jawa:

ふむ。

Nyawa:

さあ、デナ、デナ。もうデナを打ってくださいな。

演奏 Dena4曲 (歌の書き起こしと翻訳には時間がかかりすぎるので、もう止め。デナの歌のうち、すでに知っていたのは5番目の一番カンタンなやつのみ。それだけ歌詞を示す。)

<tape2b 1:42.0> デナの歌1

<tape2b 3:32.0> デナの歌2

<tape2b 5:26.0> デナの歌3

<tape2b 7:10.0> デナの歌4

デナとの交渉1 (1983編集のフィールドノート該当箇所) Malau は再び憑依状態に(yugolomokpwa)。Nyawa演奏停止の指示。 <tape2b 8:41.0> Kayamba player1:

わあ。素面だよ。

Kayamba player2:

デナは(Malauの)中にいないのかい?

(何人もが同時に喋っているので書き起こしは困難。カヤンバ演奏の若者たちは、懸命に演奏してMalauを踊らせたのに、憑依霊がすでにマラウから出てしまったと思って、不満そう。もう帰って眠りたいなどという声も聞こえる) Jawa:(Nyawaに向かって)

まずは、彼(Malau)にちょっと尋ねてみてよ、あなた。

kayamba player1:

もう出てしまってるよ。

(この発言に、人々笑う) Jawa:

いや、いや。

Mwaega:

(Malauは)驚き戸惑っているみたいだよ。

Nyawa:(Malauに)

どんな具合いですか、まるでもっと歌を打ってほしいみたいに震えているその人は。ギリアマ人の長老さんですか、歌を打ってもらいたい人は?

Malau:

...(ほとんど聞き取れない。私には "Atu ile gani"と聞こえるような気がする箇所がある。カタナ君によると(翌日のレビューの際の)Malauはギリアマ語を喋っているという。)

Man:

彼、なんて言っているんだい?

Nyawa:

「ここにいるお前ら、まったくうまく行かないぞ」と言ってます。

演奏再開 Dena <tape2b 9:30.0> デナの歌5 kubit'a (カヤンバ奏者たち、別のデナの歌の演奏を開始する。) (solo)

ああ、お母さん、もう震えている お母さん、もう震えている ここに布がある (chorus) ああ、お母さん、もう震えている お母さん、もう震えている

Malau 右手で制してすぐに止めさせる。

<tape2b 11:14.0> Malau:

ここの女たちは...(ほとんど聞き取れない)...

デナとの交渉2 (1983編集のフィールドノート該当箇所) <tape2b 11:23.0> Nyawa:

私はこう尋ねているのですよ。そのギリアマの長老こそ、火の張本人なのですか。デナなのですか。身体を熱くしている張本人なのですか、と。

Malau:

わしらが、わかるじゃろ、それをしとると言われとる。あいつはそれに敵わないんじゃ。

Nyawa:

あなた方がそれをしでかした。いったいあなた方がどんな酷い仕打ちをされたからというのですか172

(しばし沈黙) <tape2b 11:44.0> Malau:

見ろよ。わしは一切何ももらっとらん。

Nyawa:

何も一切手に入れていない?

<tape2b 12:01.0> Malau:

わしのズボンは破れてしもうた。

Nyawa:

あなたはズボンそのものが欲しい。ふう、なるほど。

Malau:

この問題は、ずっと放っておかれとった。

Nyawa:

ふむ、ふむ。

Malau:

それが欲しかったんじゃ。

Nyawa:

あなたは、ズボンそのものが欲しかった。

Jawa:

どんな種類のズボンですか?

Malau:

黒だよ。(聞き取れない)..それ..(聞き取れない)

Nyawa:

黒の?

Malau:

わしはそれをずっと履き続けとったんじゃが、いつの年だったかのう、それは。madamada173に行ったときに、そこで駄目になったんじゃ(そこで死んだ)。

Jawa:(Musoza(Malauの息子の一人)に向かって)

お前のズボンはだめになった(yasira)んじゃなかったけ。確か黒いやつだったんじゃ?

Musoza:

なんの話かわかりません。

Woman(Malauの妻の一人):

(現在Malauはズボンは)もってないわ。だめになったわ。

Jawa:

だめになった?

Nyawa:(Malauに向かって)

あなたは火(熱 moho)がありました。あなた方はそれを消したくない。客人はずっと放っておかれていた。つまり知られていない。

<tape2b 12:50.0> Malau:

わしらはずいぶん以前にやって来たんじゃが、放っておかれていた。わしらはずいぶん以前にやって来てたんじゃ。

Jawa:

じゃあ、彼にその発熱がお前一人のせいなのか、お前の友人のせいなのか、聞いてくれ。だってこうして言葉を交わして、問題が十分に明らかになるんだから。

Nyawa:

ところで、あなたは身体のなかに火があり、ズボンがないという理由から、火がそのままでいいと思っているのか、それともあなたの仲間たちがいて、彼らが火を掻き立てて再度燃え上がらせているのか、どちらなんですか。

Malau:

わしの友人は、言われたんじゃ。

Nyawa:

そいつは何と言ったんですか?

Malau:

わしは、彼が誰に言われたのかは知らんがな、それによると、彼が行くとそこは焚き火のある広い前庭(rome174)で、彼がそいつ(火をかき立てようとしている者)を咎めて、そいつを追い立てると、そいつはさっといなくなる。じゃが、別のやつがやって来て、また火を掻き立てるんじゃ。 聞いとるか? さて、火は去る(消え去る)じゃろう。でもちょっと時間がかかる。でも火は去るじゃろう。

Jawa:

まさに、火は立ち去るように願います。だって、今や、あなたの衣服の要望は、承りましたから。さらにあなた方には歌も差し上げます。太鼓そのものによる本格的なンゴマが打たれますよ。

Malau:

お前の場所じゅうに、やって来て混ざり合っている、と言うんじゃ。

Jawa:

ええ、そうでしょうね。

Malau:

やつらの焚き火広場(rome174)で、自分らは全員混ざり合っているとな。

Jawa:

そうでしょうね。

Malau:

お前に一回だけ言ってやるぞ。お前に言うぞ。この問題を放置するがいい。この問題が火をどんどん燃やすぞ、ここで。わしらが火をつけているなどと陰口をたたいてはいかん。聞いとるか?

Nyawa:

ふうむ。

Malau:

なぜならな、友よ、あそこにおるのは一人だけじゃないんじゃ。あいつらカンバ人もおる。聞いとるか?

Nyawa:

聞いてます。

Malau:

こいつ白人もそこにおる。

Nyawa:

ええ。

Malau:

聞いとるか?

Nyawa:

聞いてます。

Malau:

それならいい。

Jawa:

白人は、ケヤの白人7ですか、それともムミアニの白人145ですか?

Malau:

ムミアニの白人じゃ。

Jawa:

ムミアニのですか? 石油缶を欲しがるやつですか?

Malau:

うう。

Jawa:

おお!そいつが、このデナといっしょになって、発熱を引き起こす張本人なのですか?

Nyawa:

全員がですよ。つまり全員ずっと、焚き火広場に集っているんですから。

Jawa:

彼はそう言ってるよね。

Nyawa:

そして男の子がそこにやって来て火を集めて勢いづけるんだ。そしてそこにはいない...(それを止める者は、と続くはず)

Jawa:

ところで、そこには子供たちを叱る大人はいないのですか?「おい、お前、そこで何をしようというんだ」みたいな言葉をかけて。

Malau:

調停役の人間じゃな、ちょうど我らみたいな。

Jawa:

そうじゃないですか。まさに私が言っているのはそれです。

Malau:

ああ、でも、おまえ、お前が私のことを知らないのなら。

Jawa:

ああ、今では、私たちはあなたのことを知るでしょう、今なら。今ですらですね、私はそれを望んでいます。私たちはあなたに何と申し上げたでしょうか?

Man1:

あなたは彼の衣服のことで同意しあいましたね。

Man2:

衣服の要望があるのかい?寒いときにまとう布、それともズボンだっけ?

Man1:

ああ、シャツと布だろ。

Nyawa:

その長老はズボンを欲しているんですよ。

Jawa:(Nyawaに向かって)

さて、彼にこう聞いてください、あなた。あなた方が、子供たちを鎮めることができる長老なのかと。子供がもしそちらに行きそうになったら、あなたは来てこう言う「おい、お前、火に触れるな。火を集めて火勢を強めちゃだめだ」と。さて子供たちをこう鎮めるのは、誰でしょう?あなた方長老です。 今、ここで合意しあおうじゃないですか、友よ。ンゴマ(ngoma1)も差し上げます。問題の火が、この病人から離れ、燃え上がりませんように。二度と燃え上がりませんように。

Nyawa:(Malauに)

私たちに力いっぱい太鼓を打たせてください。

Jawa:(Malauに)

私たちで打ちましょう。あなたには(そうする)体力がおありでしょう。ええ?

<tape2b 16:27.0> Malau:

言わんかったかな、我が友よ。こいつが、とても面倒なやつなんじゃ。こいつカンバ人が。こいつは物事を紛糾させてばかりいる(milingo175)んじゃよ、あんた。

Nyawa:

そいつは事態をややこしくするやつ。

Malau:

まずこいつの問題を片付けた方がいい。そいつのやり方で調えてやれ。そいつを、きちんと置いてやるんじゃ。...(以下、よく聞き取れない)

Jawa:(Nyawaに)

彼にこんな風に言ってくれ。約束の日時(mbara)は明日ということになるが、さて、この明日という約束期日と、先程ここで合意した私たちの約束期日は重なり合ってよいのか、それともどうしたらいいのだろう。この点、しっかりと合意しておきましょう。というのも、私たちは明日という約束期日がある。あなたはまず出発し、あちらのカンバ人(を治療する施術師)のところへ行き、はあ、さて、カンバ人をそいつのやり方で調えてもらう、最後まで。はあ、ここに先ほど、私たちは例のケヤの白人との約束の期日も置いていました。

Malau:

お前たちは、まず最初は、そいつの要望の品を探してやらんとな。

Jawa:

ケヤの白人かい?

Malau:

あの荷物(mizigo)を欲しがっている者。

Jawa:

そういうことなら、問題ありません。というのも、私は合意しておきたいのです。だって、(ケヤの白人のための)品々を探す旅を、あなたが(自分とは別の憑依霊の要求を優先させたことに怒って)捕らえてしまい、その結果、あなたが病気をさらに重くしてしまうとしたら、それはよくないでしょう。だから、ちゃんと合意をしておきたいのです。

Jawa: (Nyawaに向かって)

では、あなた、続けてください。彼に、子供たち(が火で遊んで、火勢を強めてしまわないように)を止めるように、彼の子供たち、孫たちを鎮めるように、言ってください。

Malau:

聞いているか?

Nyawa:

聞いています。

Malau:

友よ。わしは本物の長老じゃ。

Nyawa:

長老。

Malau:

じゃが、黒い巨人(dzitu iru144)はまったく人に知られておらん。

Jawa:

今や、あなたはとても良く知られることになるでしょう。

Malau: (ひそひそ声であるうえに、背後で赤ん坊が泣いていて、ほとんど聞き取れない(「...」は聞き取れていない部分))

...この男は、面倒なやつじゃ。良き人のところには......(2語ほど不明)がやって来る。...同じようにその場を立ち去って、友よ、なあ、お前は...(1語不明)あちらの仕事の場所には、行き着かんじゃろうな。...結果、なんと歌も歌われんじゃろう。じゃが、そいつには、わしらは歌を手に入れるじゃろうと言っておきなさいな。

Nyawa:(上の語りのなかで、なんども「ふ、むん」と相槌を打っている)

Malau:

わしはあちらの裂け目176で寝とったがな、そこでは彼は別のバッグを手に入れることはできんぞ。

Nyawa:

たしかに。

Malau:

じゃが、わしは...(1語不明)寝る。

Nyawa:

私どもも、あなたに嘘をつくことはできませんよ。

Jawa:

私たちはあなたにけっして嘘をつきません。

Nyawa:

もし私があなたを騙すとしたら、それは私どもの過ちです。でも私たちはあなたがあの火を鎮めてくださることを願っています。そちら(焚き火)に近づく子供を見たら、その子を鎮めるよう、さらに努めてください。それでこそ、私どもは、あなたが重要な言葉を実行されるのだと知り、さらには御本人も、「なんと、私は仲間の長老たちから知られるようになったぞ」とおわかりになるでしょう。でも、もしあなたが子供が火のところに近づくのを見ても、「さあ、もっともっと火を掻き立てなさいな」とおっしゃる。そんな風に振る舞うなら、その人は我々を驚き戸惑わせることになります。なぜなら私たちは、この者が小康状態を得るようになってこそ、屋敷でも、あなたの要望を「私たちも、この長老に調えて差し上げよう」ということになるのに、長老の方は突然、愚かさの度を強めて、「さあ、もっと火を掻き立てなさい」などとおっしゃるのですから。

<tape2b 19:13.0> Jawa:(Nyawaに)

彼にこんな風に尋ねてください。あのあなたの衣服、さてあのズボンですが、あなたはモンバサにズボンを探しに行くことができ、それは手に入るでしょうか。彼は、彼のズボンを手に入れることができるでしょうか、それをすっかり。

Nyawa: (ニャワが話し始めるとすぐにジャワも同時に話し始め、声が重なり合って内容もほとんど同じなので、聞き取りづらい上に、別々に区別しつつ書くのは煩雑である。ここではニャワの発言のみを書き起こす。)

ケヤの白人のバッグを探しに行くための旅で、彼はそれ(ズボン)を手に入れられるかもしれません。もしそれが見つかれば、そのことで(憑依霊の要求を一つ満たすことで)問題(utu)を一つ取り除くことになります。それによって問題(utu、病気)を減少させたいのですから。こうして病気が減らせるなら、本人もさらなる課題(utu、憑依霊が要求しているモノ)を探しに行く余力を手に入れるのです177

Jawa:

さあ、今度はあの品(miyo)を探しに行こうと。

Nyawa:

さて、今もしあなた方がこの者を...

Malau:(部分的にギリアマ語の単語を織り交ぜながら)

私の友よ、あちらではそんなふうに問題を語るがよろしい、でも(今は)そんな風に語るのはなしじゃ。なぜなら、もし施術なら、そんな風に語るがよろしい、お語りなさい。でもその後でこの憑依霊ガラ人とマサイ人に、あなた方はそれぞれ時間をもつんじゃぞ。

Jawa:

それは問題ないです。私は喜んでそこにおります。そもそも、お別れを告げるだけのこと。私は声がでませんが、彼らに今、カヤンバを打ってあげたいところです。我々はこのように人数も少ないですが。

Nyawa:

はい、私どもも、しっかりお聞き届けしました。それらの方々にも私たちは祝福を差し上げます。ですが屋敷から、火が取り除かれますよう、皆さん178。ここには怠惰な者(憑依霊との約束を怠る者)はいません。いませんとも。

Jawa:

いません。

Nyawa:

言わば、私たちは驚き戸惑っているのです。こんな風にどこを握ってもらっても、私たちは(その握った人に)わかってもらえる。どこにも良いところはないと。でも、あなたがお話しくださったように、もしあなたが私たちに光をもたらしてくださるのなら、私たちがあなた方の(が示された)道筋にしっかり従うということはおわかりでしょう。

<tape2b 20:53.0> Malau:(周囲の人々はてんでに会話に興じており、ある者はカヤンバをいじって音を立てていたりするので、マラウの押し殺した声はほとんど聞き取れない)

なぜなら、私の友よ、...(よく聞き取れない)ムシパ(mushipa179)がある。ところで誰もがムシパの病をもっておる。ムシパはけっして治すことはできん。...(よく聞き取れない)どんな薬もそこには届かない。

Nyawa:

そこには届かない。

Malau:

まったく届かない。

Nyawa:

はい、ええ、大丈夫です。私たちも、そうした施術をし、もしそれが首尾よく目的にかない、あなたが小康状態を得る。そうすればあなたも品物を求めに行く余力が手に入ります。私たちもあなた方に歌を差し上げに参ります。そして私たちもしっかりと乞い願います。そして力を合わせて、私たちはムシパも治すことになるでしょう。さらにあなたは、ムシパも治すことができるとお知りになり、私たちが手付だけを行った約束の残りを、あなたに調えて差し上げるでしょう。

Jawa:

そのとおりです。

Nyawa:

でも、この者をとき解いてください。彼は「御主人様!」と申して(あなた方の前にひれ伏して)おります。彼はあなた方(の要望)を調えます。彼は後ずさりしません。この者をとき解いてください。息が、ちゃんとした息としてやってきますように。さらに彼に、咳き込まない余力を手に入れさせてください。食事を食べれば、よい排便が得られますように。これこそ普通のことです。彼は知ることになるでしょう。「ええ、そうだ。なんとあなた方は私をとき解いてくれた、ええ、そうだ。私の方でもあなた方のためにしっかり調えて差し上げましょう」と。さて、彼は「御主人様!」と申しております。彼はあなた方の要望をお調えします。どうか友よ、この者をとき解いて、互いに仲直りしてください。この争いはずっと以前に始まったものです、これは。

<tape2b 22:34.0> Nyawa:(カヤンバ奏者の若者たちに向かって)

さあ、長老の皆さん、憑依霊マサイ人を打ちましょう。その後で、憑依霊ガラ人で締めくくりましょう。

演奏 masai3曲

<tape2b 22:38.0> 憑依霊マサイ人の歌1 kusuka (solo)

ハヤー、ライラ、内陸部、ハヤー、ライラ、内陸部 ハヤー、ライラ、内陸部、ハヤー、ライラ、内陸部

(chorus)

ハヤー、ライラ、内陸部、ハヤー、ライラ、内陸部 ハヤー、ライラ、内陸部、ハヤー、ライラ、内陸部

(solo) ....聞き取れない (chorus)

ハヤー、ライラ、内陸部、ハヤー、ライラ、内陸部 ハヤー、ライラ、内陸部、ハヤー、ライラ、内陸部

切れ目なく次の歌に続く <tape2b 26:48.0> 憑依霊マサイ人の歌2 kutsanganya (solo)

内陸部のときの声、池

(chorus)

ハー、池

(何度も繰り返し)

切れ目なく次の歌に続く <tape2b 28:07.0> 憑依霊マサイ人の歌3 kutsanganya この曲は憑依霊マサイの歌として知られた"rero ni kondo"(今日は争い)の一つのバージョンと思われるが、歌詞を書き起こすのは困難

切れ目なく次の歌に続く <tape2b 28:33.0> 憑依霊マサイ人の歌4 kubit'a おそらく"zumo ra chimasai"の一つのバージョンだろう

切れ目なく次の歌に続く <tape2b 30:30.0> 憑依霊マサイ人の歌5 kubit'a (solo)

マイェー、マサイは眠らない マイェー、マサイは眠らない ムベガ(mbega180)の毛皮をユサユサさせながら、徹夜で踊る

(chorus)

マイェー、マサイは眠らない マイェー、マサイは眠らない (足首につけた)ンズガ(nzuga182)をカチャカチャ鳴らしながら、徹夜で踊る

マサイはいないようだ ([1983編集のフィールドノート該当箇所]なし) <tape2b 32:12.0> Jawa:

(なかにはマサイ人は)いないな。

Nyawa:

じゃあ、ガラ人、ガラ人、ガラ人。

演奏 mugala <tape2b 32:14.0> 憑依霊ガラ人の歌1 kutsanganya (solo)

もし私が寝ていたら、お母さんに歌を乞います ハヤー、ガラ人を偵察しに行っておいで

(chorus)

もし今日なら、私は乞うかもしれません ハヤー、ガラ人を偵察しなさい

ケヤの白人との最後の交渉 (1983編集のフィールドノート該当箇所) 突然Malauは再び理解不可能な英語風の言葉を喚き出す。 <tape2b 36:38.0> Malauは再び「英語」を喋りだし、憑依霊ガラ人の歌は止まる。彼の「英語」によるスピーチは1分以上続いた。

<tape2b 37:56.0> Nyawa:

私の言葉は、極上のドゥルマ語でお話しいたします。というのも私たちは、この者が病気であることに、驚き戸惑っているのです。私たちは彼の争いのもとが、バッグと鉄砲だと聞かされました。それらが求められているのだと。

Malau:

ヤー(Yah)。

Nyawa:

さて、私たちは、拒みませんでした。でも私たちはこの者が、彼自らがバッグを求めに行き、これこそ私のバッグだと認め、買うというところまで、健康を取り戻してほしいのです。 彼がバッグを持って来くれば、私たちは、盛大で極上の歌とともに、あなた方にそのバッグを差し上げに参ります。ですが、私たちは彼が小康を見せてほしいのです。それが私たちがここでお伝えしたいことです。 というのも、この者は、咳と、腹部の膨満と、排便が得られないことに驚き、途方に暮れているからです。 もしあなたが本当に彼を捕らえている方なのでしたら、彼に小康状態を得させ、例のバッグを探しに行かせてください。なぜならもし人を遣わしたとしたら、その者が間違ったバッグを買ってきてしまうだろうからです。 でも彼が自分で行けば、あなたにとっても、彼がバッグを手に入れて、「私の友人が、私のために正しいバッグを手に入れてくれている」とおわかりになるでしょう。

Malau:(咳き込みながら)

問題ない。見ろ、見ろ。神に祈るぞ。

Nyawa:

うむ。

Malau:

(もし神が)望むなら、その病気は順調に去るだろう。

Nyawa:

その病気が徹底的に去ってほしいです。順調そのものに。

Jawa:

みんな、すっかり疲れ果ててます。

Malau:(スワヒリ語で)

さて、聞け。こんな風に和やかに別れを告げることなら、私も言っておこう。あの咳こそが、病気なんじゃ。

Nyawa:

まったく。息が切れ切れです。

Malau:(スワヒリ語で)

喉が小さく小さくなっとる。息がちょっとしか[通らん]のじゃ183。そうなんじゃ。

Nyawa:

それと腹が詰まっていて、便がでない。また高熱も立ち去らない。そして身体の痺れ。夜毎、夜毎、彼は身体を包むシーツを握ることもできない。あなた、私の友よ、これらこそあなたがなさっていることです。だから私はあなたがとき解いてくださり、彼にバスに乗って探しに行けるだけの、体力の余裕が手に入るよう願います。バスが(モンバサに)入り、彼がバッグを求めて、手に入れますように。さらにあのお椀も手に入りますように。さらにあの石油缶も手に入るなら、同じように持ってこれますように。 あなたはこれらの品々を、歌とともに与えられます、我が友よ。どうか身体をしっかりとき解いて、お仕事をなさってください。なぜなら、歌は、あなたが(癒しの術の)仕事をなさる人だと知っております。

Jawa:

彼、憑依霊ソマリ人、彼ソマリ人にも話してください、ソマリ人にも。彼に言ってください。もし行ってナイフを見つけたら、そのナイフを、(次に)行ったときに簡単に見つけられるように、どこかに置いておかせましょう。このナイフも、強く手に入れる必要があるものなんですよ。そいつはあなたのナイフを手に入れることになる。これで(憑依霊)ソマリ人と揉めているのです(争いがある)。私たちはこの問題をこのまま放置したくない。問題(の解決)に行かないことで、その言葉(問題)は、後々に厄介事をもたらしかねないから。そうした品が手に入るのなら、それを目にしたのなら、私たちはそれがほしい。持って帰りたい。憑依霊ソマリ人は、自分のナイフを要望しているのです。しばしば彼こそがトゲ(激しく突き刺すような痛み)の張本人なのです。そしてあの咳込みも、しばしばあなたソマリ人が張本人なのです。

Nyawa:

争いはバッグです。争いはバッグです。バッグこそがまさに問題なのです。

Jawa:

ええ。

Nyawa:

あの鉄砲ですら、まずは保留です。でも彼のバッグだけは。

Jawa:

じゃあ、鉄砲は、まずはゆっくり調えることにしましょう。あとでゆっくり丁寧に美しく彫ればいい。まず彼本人が健康を取り戻したらね。

Nyawa:

さて、私たちは、つつがなきことこそ、私たちが欲していることです。彼自身が自分で行って、自分で行って、必要な品物すべてを探し、それをその手にしっかり握るまで。でも、人を遣わすのは駄目です。それはお金を意味なく無駄にすることです、そして品物も、不適切な品物が持ってこられます。でもあなた自身が行けば、あなたも「ああ、御覧なさい、私は私の意に沿った品物を手に入れた」と知ることができます。 さあ、素晴らしいモノを、あなたは極上そのものの歌とともにお受け取りになります。ですが、今はこの者はなにも良いコトを感じていません。

Jawa:

まずは咳込みが去りますように、息が...

Nyawa:(Jawaの語りを遮るように)

咳き込みよ、去れ、彼の息よ、良くあれ、腹が詰まることなかれ、身体が痺れることなかれ、食事を取れば、満腹、それでこそ彼は力を得ます。食べ物を食べないドゥルマ人、彼はどこから力を手に入れられましょうか。

Malau:

そのとおり。

Nyawa:

彼をとき解いてください、彼をとき解いてください、私の友よ、彼をとき解いてください。

<tape2b 41:52.0>

<tape2b 41:56.0> Jawa:

祝福を欲しがっている(カヤンバで自分の歌を演奏してもらいたがっている)別の憑依霊がいるに違いないね、そうじゃないかい?

Nyawa:

いやいや。私が見るに、彼が最後です。ごらんなさい、彼ら(カヤンバ奏者の若者たち)もう休んでいますよ。 (若者たち、「もういいよ」みたいな感じの不満声) Jawa: わかりました。

Man(カヤンバ奏者の一人):

8時10分(午前2時10分)だよ、もう。

<tape2b 42:10.0> Nyawa: (改まった調子で)

さようなら、私の友よ! 上々に。あなたはバッグを手に入れられます。あなたの紙巻きタバコ・スポーツマンもしっかりとその場にあるでしょう。

Malau:

紙巻きタバコは明日手に入るだろうか?

Jawa:

明日行って、ここに持ってきます。

<tape2b 42:26.0> Nyawa:

彼をとき解いてください。なぜなら、あなたが彼をとき解くだけで、彼は「ああ彼こそは、調えて差し上げるべき私の友人だ」と知ることになります。でも今は彼は驚き途方に暮れています。彼には尋ねる言葉すらありません。

木の台(ulingo)についての補足(1983編集のフィールドノート該当箇所) (皆がやれやれ終わったと思っただろうとき、ジャワさんが、また別の話題を振ってくる!) <tape2b 42:34.0> Jawa:

あの木の台(ulingo)だけど、だいたい、ちょっと高めがいいのかな、それとも木の台は、人が寝る際に自分の持ち物をそこに置いて、ちゃんとあるのが確認できるくらいの、およそそんな高さかな。

Nyawa:

ああ、人が座ったら、ちょうど...

Jawa:

その人が見える...

Malau:

ちょっとよじ登るくらいの木の台。

Nyawa:

よじ登るくらいの高さの木の台?

Malau:

人の身長くらいの(高さの)木の台だよ。

(人々、どっと笑う) Nyawa:

人の背丈?

Malau:

それよりちょっと高い。7フィートほど。

Jawa:(スワヒリ語で)

人が少し進み出て、さてこんな風に(腕を伸ばして)木の台の一番上部をしっかりとつかむ。こんな風に手でつかんで、人の身長がもし届いていたら。そう。それで問題ないね。

Malau:

たいして大きな物じゃない。なぜなら人がここ下に立って、そうすれば(手を伸ばしてつかんで登れば)、その上に着ける。

Nyawa:

彼らが戦闘するために、木の台が必要となる。上るんだ。

Jawa & others:

なるほど。わかります。

Man:

あの白人たちが、好きそうなことだ。

Jawa:

それについては問題はありません。

施術師ニャワ氏による締めの言葉 (1983編集のフィールドノート該当箇所) <tape2b 43:31.0> Nyawa:(改まった口調で)

さて、ありがとうございます。私の友よ。彼をとき解いてください。そして子供たちが火を掻き立てることがないように、彼らをお鎮めください。

<tape2b 43:40.0> Malau:(Nyawaの語りを遮って話し出すが、その声はほとんど聞こえない)

(よく聞き取れない)...わかったか?

Nyawa:

わかったかですって?

Malau:(マラウはほとんど聞き取れないほどのささやき声で話す。彼の声は、後ろで若い男たちが互いに話す声や、カヤンバをいじっる音にかき消されてしまう。)

私には神の裁決についてはわからないし、他の問題についても知らない。私たちにとって言えることは、しかしながら...(聞き取れない)...言葉(問題)...なぜならば...

Nyawa:

ああ、知り得ないことについては、私たちは、それについて話すことはできません。

Malau:

(聞き取れない)...知ること、私はお前に話してやろう。でも私は知らない。(聞き取れない)私は話してあげよう。もしおりおりに手に入れたなら、お前に話してやろう。

<tape2b 44:23.0> transcribed Duruma text of this paragraph Nyawa:

さて、けっこうです。私たちはケヤのバッグについての言葉はお聞きしました。十分お聞きしました。私は、バッグを求めに行ける体力を彼が得て、バッグが手に入るよう、そしてあなたが、極上の歌とともにそれをお受け取りになるよう、願います。さらにケヤのお椀も手に入るよう、さらに石油缶もまた行って手に入り、購入されるよう、そしてすべてのモノがこの場にやって来て、そこにあるよう(願います)。なぜなら、あなたご自身、私たちには後ろ向きになること(約束を違えようとする姿勢)はなく、また、あなたの方でも後ろ向きにことをなしたりなさらない(とわかるからです)。ああ、この争いはずいぶん以前に始まりました。そしてもしそれがあなたのせいだとしても、私たちはかつてはそのことを知らなかったのです。でも、今日、私たちはあなたのせいだったのだと、しかとわかりました。 彼が回復すれば、彼はあなたの要望を調えてくれます。彼は、疲れているのです。だから彼をとき解いてください。彼は、ご主人様と申しております。彼をとき解いてください。腹が小さくなり、息は美しく来たり、咳は去り、健康になり、あなたが欲しいと望むあなたの品物の数々を探しに行く体力をつけますように。

<tape2b 45:11.0> <tape2b 45:18.0> Nyawa:

あなた方、デナの皆さま方全員、あなた方、そのときには、全員、心ゆくまで踊ってください。

Jawa:

彼らが、もう十分と思えるまで踊りますように。

Nyawa:

まさに上々な踊りを。でも今は、彼をとき解いて、この火を取り去り、彼に多くの不思議を見せないでください、多くの症状を見せないでください、そして彼に道を導いてください。正しい道のみをしっかりと導いて、つつがなきことを私どもに示し、彼にあなた方の品々を見つけさせてください。彼はけっして怠け者ではありません。彼はただ驚き途方に暮れているのです。

<tabe2b 45:43.0> <tape2b 45:47.0> Nyawa:

さあ、申し上げることはこれだけです。

Jawa:

問題は小さくなりました。

Man:

問題は減少しました。

<tape2b 46:17.0> ジャワ氏による締めの言葉 (1983編集のフィールドノート該当箇所) Jawa:

さて皆さん、私はカヤンバを開いたほうが良いのではないかと申しました。(憑依霊の)皆さん、どうかおいで下さい、もしいらっしゃるのなら、見てもらってくださいと。あるいは場所を得られず、来なかったり、ただ通り過ぎていく方も。でも、御覧なさい。こうして問題は外に出てまいりました。上々に!そうです。結果は良好でした。良好に、私たちは約束を交わしました。上々の終わりでした。 (1983/08/29 02:20AM 終了)

考察

2つのテキストの比較

私自身の書き起こしに基づく日本語訳と、現地でテープレコーダーを聞きながら、ドゥルマ語と英語を交えつつなされた説明をもとにした日本語訳が違っているのは当然のことである。

現地ではテープレコーダーの貧弱なスピーカーに耳をつけんばかりにして聞いたが、よく聞こえない部分も多かったし、短い相槌などはいちいち取り上げられなかった。2日で全部説明してね!という私の無理っぽい要望に一所懸命に応えてくれたが、なにしろ急ぎの仕事だ。完璧とはいかないだろう。一方、日本ではテープの内容をPCに取り込み、フリーではあるがそれなりの機能(部分的音量増幅とかそれなりのノイズ除去とか)を供えたソフトで操作しつつ、それなりに高性能のヘッドフォンで聞き取ったので、情報量はこちらの方が圧倒的に多かったに違いない。

他方、特定の言語を母語としている者には正弦波イリュージョンのように、脳がノイズを補完して言語音として聞き取るという機能が働くので、私にはほとんどノイズにしか聞こえないもののなかにドゥルマ語母語者は文や単語を読み取ることができる。というわけで、私が最新設備でも聞き取れなかった単語が、当時のカタナ君たちにはちゃんと聞き取れていたということもありうる。私にもときどきそれが起きる。何度聞いても意味不明の音声だったものが、ある瞬間に知っている単語に変化する!でもそんなことを当てにして何度も聞いていたら一本のテープの書き起こしに何か月もかかってしまいそう。

自分で書き起こしをしてみるまでは、もしかしたらすごくデータの質が上がって、なにか発見があるかも、などと期待していたが、労力の割にはさほどの収穫はなかったような気がする。ただ、面白い傾向がわかった。

実際に書き起こしたテキストのなかには憑依霊(p'ep'o)という言葉は、それが憑依霊の名前の一部になっている場合(例えば mwana p'ep'o=憑依霊アラブ人の別名のように)を除いては一箇所も出てこないのだが、私のフィールドノートや、カタナ・ムァエガ版テキストには何度も繰り返し出てくる。

例えば薬液(vuo)を作成した際のMweroの唱えごとには、一こともp'ep'oと言う言葉が使われていないにもかかわらず、「すべての霊(p'ep'o)よ」と呼びかけられたことになっている、など。あるいは単に憑依霊に対して「あなた」と呼びかけられているところを、わざわざ「あなたp'ep'o」としているなど、枚挙にいとまがない。これは「誤り」にしては多すぎる。むしろ、まだドゥルマ語が不自由で、憑依の問題について良くわかっていない素人の私に忖度して、わかりやすく「呼びかけられているのが人ではないよ」と強調してくれているのだろうと思う。

事実、カタナ・ムァエガ版テキストは、私自身の書き起こしからの日本語訳よりも、圧倒的にわかりやすい。たとえば、カヤンバの締めくくりにニャワ氏が行った「白人」に対するスピーチだが、カタナ・ムァエガ版(その英語での解説)と、私が自分で書き起こしたドゥルマ語テキストから日本語訳したものを読み比べてみると、カタナ・ムァエガ版も短時間の作業だったにしては、ちゃんと大事なところは押さえられていて、書き起こし翻訳版と比べて、十分資料としても通用するような気がする。おまけに前者の方が圧倒的に簡潔でわかりやすい。私のがドゥルマ語の語り口に引っ張られて、こなれていない日本語になってしまっているのに対して、カタナ・ムァエガ版は、最初からわかりやすい英語なので、それを日本語に直すのに苦労しないという違いもあるだろう。が、それ以上にカタナ・ムァエガ君の解説が、私というアホな日本人の聞き手に配慮したものになっているということも大きな要因。他にもカタナ・ムァエガ版は、もとの語りにはなかった単語が付け加わっていたり、わかりやすさに工夫が凝らされている。

という訳で、私の「通訳なんて有害さ」原理主義は、おおいに揺らいでしまったわけだが、 元の語りに忠実であることは、必ずしも悪いことじゃないので、わかりにくさは少々あっても、しばらくはこれで行くことにする。でも通訳の使用もそんなに悪いことじゃないかも。私はこれからもしないけど。

大真面目な喜劇: 霊の模像性

これは私が憑依霊の「白人(muzungu8)」に出会った初めての経験だった。「ケヤの白人(muzungu wa keya7)」、そいつは冗談みたいなやつだ。ケヤとはイギリスのアフリカ植民地軍(King's African Rifles)の略称KARなのだが、人々的にはケヤ(keya)と発音する。兵士であり、銃を担いで常にブッシュを行進し回っている。そいつが宿主を病気にしているというのである。背中の中央部が重苦しい、咳が出て、息が苦しい、腹づまりで排便がちゃんとできない。それもこれも単に背中に背負うリュックサックというか背嚢というかと、木を削って作った鉄砲の模型が欲しかったからと。ついでに揚げパンを食べるためのプラスチックのお椀とか、それを人の背丈くらいある木の台の上で食べたいとか。そうそう紙巻きタバコも必需品だ。銘柄も「スポーツマン154」ご指定だ。

なんだか妙にパチモンくさい「白人」である。よく怒鳴る、というか叫ぶ。そして英語を喋るのだが、とても英語とは思えない代物で、ときおりwelcomeとかtwenty shillingsとか25centsといった単語が脈絡なく出てくるので、笑うしかない。私がそう思っているだけではなく、施術師ニャワ氏などは、思わず吹き出してしまって、「笑っているみたいでしょうが、苦々しいのです。なぜならこれは実に苦々しいからです。」と苦しい言い訳をする始末。周りの女性や若者たちも笑っている。

別の機会に、憑依霊アラブ人がなんちゃってアラビア語をしゃべっていた時のエピソードを思い出す。モンバサ在住の敬虔な(きっとそうに違いない)ムスリムの商人が、妖術による災いの治療をムリナ氏のところで受けていたのだが、その途中で--よくあることなのだが--ムリナ氏がアラブ人の霊に憑依されてしまったのだった。「あれアラビア語じゃないですよね」と私は無粋な質問をしたのだが、返って来たのは、同意の目配せでも皮肉めいた笑いでもなく、真面目な顔で、あれは憑依霊のアラビア語なので私たちには理解できないのは当たり前だという答えであった。アラブ人の霊だからといって、なぜわざわざ専用言語をしゃべるのか(アラビア語っぽい)、普通にアラビア語を喋ればよいのにと思うのは素人の浅はかさだろうか。(そもそも喋れる訳がないじゃないか、などと無粋なことは言わないで。霊が存在すると前提しての理屈です。)

「ケヤの白人」にしても、もしかしたらKing's African Riflesの実在のクレメント中尉のいる部隊にいたみたいなことを言いながら、しゃべる言葉は英語に似て非なる憑依霊の英語だし、欲しがる銃は木を削って作った模型でいいという。

ちなみに憑依霊の「白人」には「ムミアニの白人」というのもおり、こちらは女性の憑依霊だと言われ、白いワンピース(というか長衣で、赤と青のラインが縫い付けられている)や、石油缶、ナイフ、メガネなどを欲しがる。現地の人々を捕らえてその血を抜き(石油缶は血を入れておくのに必要)、その血を材料にして薬を作っているらしい。そんな白人など現実にはいないぞ、と思いきや、海岸地方では植民地時代から何回かにわたりムミアニの白人出現のパニックが起きているという。植民地行政官の記録にも記されているし、1939年に編まれたJohsonのStandard Swahili-English Dictionaryにもmumiani殺人を恐れる現地の人々についての記載がある。1986年から1987年にかけての私の調査の時点でも、この現地人の血を奪う白人の噂が再燃していた。詳しくは別項で。

この「白人」の霊に見られるパチモンくささ、ズレまくりに対する私の当時の違和感を、猪口才な理論的語りに変えたのが1985年の、憑依霊についての私の恥論文だった。その違和感の源泉は、私自身の霊観念の基本構図が、ケニア海岸部のそれとは単に違っていることに起因するものだった。だって、日本人にとってどこかの南洋の島に日本兵の霊が出ると聞いたら、それはそこで戦死した日本兵のまさに亡霊だろう。その亡霊が片言の日本語を喋ったりしたら嫌である。おもちゃの銃を担いで行進したりしたら嫌である。だってそれらの霊は、実際の日本兵が死後変化した存在だからだ。日本兵という実質が連続しているはずである。私はその論文のなかで、そうした霊表象を「換喩的霊表象」と呼んだ。それに対してケニア海岸部の白人の霊は、けっして実在したKing's African Riflesの兵士が変容することによって誕生した霊、死ぬことで生まれた霊ではない。私はそれを指示対象が時間的に変容したものとして造形された換喩ではなく、実質の相違を前提としてそこに等価性を打ち立てようとする隠喩的表象操作に基づく霊表象、「隠喩的霊表象」と呼び、ケニア海岸部の霊表象を産んだ表象生産が、換喩ではなく隠喩であると主張した。

まあいいけど、話はもっと簡単なのかもしれない。人間を構成する一要素であるキブリについて人々が、それを影、水面や瞳に映し出された像、ピチャ(picha)、コピーであると語っていたように、オリジナルと何の実質の連続性ももたない模像のようなものとしての霊。それらが実体として大暴れするそうした模像たちの世界が、霊の世界なのだろう。だから銃だってpicha、模型でいいのだし、言語だってそれらしい模像でいい、当然本体の霊自身も模像。しかし厄介なことに、こうした模像たちが、実世界に介入して実際に人を病気にしたりするのだ。

霊のイディオム: 霊の拠点としての身体

霊は動き回っている。しかしその過程でいくつもの停留場所(chituo184)をもっている。霊が人に憑依するということには、さまざまな意味があるが、第一にはその人の身体が霊にとってお気に入りの停留場所の一つになるということである。人の方で何もしなければ、霊は気に入った人の身体の中に腰を下ろしてしまう。霊に腰を下ろされてしまうと、その部位に人は苦痛を感じる。それゆえ、霊が引き起こした病気の最初の対処は、霊に腰を下ろす椅子を与えてやることである。それがンガタ、ピング、パンデなどの一連の私が護符という訳をとりあえず与えたモノの役割である。

こうして多くの霊たちの停留場所になった身体は、しばしば霊たちの「砦ngome」であると語られる。霊が去って他の場所に赴くことで病気は軽快する。しかしまた霊たちが戻ってくると病気が再発する。もちろんなにか具体的な要求をもっている霊は、その要求をかなえてもらうために患者の身体の上に居座ってしまうかもしれない。

「ケヤの白人」の場合も、この同じ語り口が見られる。ケヤの白人は兵士なので、ブッシュからブッシュへと移動を繰り返している。でも必ず、彼らの基地(boma)に戻ってこなければならない。そしてまたそこから、新たな旅にでる。ケヤの白人にとっては休息のための帰還なのだが、患者にとっては「白人」の帰還は病気の回帰でもある。

「白人」が背中に背負うバッグ(袋(mufuko))にこだわる理由も、これに関係がある。あまりにも運ぶべき荷物が多いので、「白人」は背中が痛い。だから背中に背負う大きなバッグが必要なのだと。まるでバッグがあれば苦痛がなくなるとでも言っているようだが、実際、人々がそう考えている節もある。なぜなら「白人」はバッグの要求をかなえるために患者の背中の真ん中が重苦しくなる苦痛をあたえているのだとされているのだから。

バッグがあれば「白人」は長くゆっくり旅をつづけることができる。砦(患者の身体)に頻繁に帰ってくる必要がない。「白人」自身が「遠~くの荒~地に旅にでたら、...たぶんこの病人は治るじゃろう」と言っている(ちょっと人称が混乱している気がしないでもないが)。

「白人」自身が自らの苦痛を緩和するために大きなバッグを必要としているが、それでゆっくり長旅が可能になることが、患者の病気が治ることにつながっているという、ある意味、一貫したロジックが見て取れるのが面白い。

憑依霊に気に入られてしまうことは、人間の側から見るとただただ迷惑なことなのだが、憑依霊の要望に応えることが、憑依霊を「砦」つまり患者の身体から長期遠ざけることを可能にする。それにしても憑依霊、迷惑すぎです。シェラであれ、憑依霊ドゥルマ人であれ、「白人」であれ、すべての憑依霊についての語りの基本イディオムである。

反射的な対象理解

これも1985年の恥論文で指摘したことだが、現物の白人についての人々の理解(誤解)と、「白人」が人々につきつける要求やその振る舞いについての理解は、反射的に形成されている。白人が紙巻きタバコを好むように「白人」も紙巻きタバコを要求する。でも彼は高級なエンバシーよりも廉価のスポーツマンを好む。なぜかこちらこそ白人のタバコらしい。

「白人」の要求を理解するために、白人に対する(必ずしも正しくない)理解が、頻繁に持ち出される。例えば「白人は荷物を背負うのが好きだ」みたいな。荷物のせいで痛い思いをしているのに、それを下ろしたがらない(笑い)?みたいな。

霊の要求が、想像していたものとおそらくずれていたら、白人についての別の理解ですぐ、修正される。「白人」木の台(ulingo)を作って、そこに卵、プラスチックのお椀、揚げパンを用意しろ、といったときおそらく人々は(私も)テーブルで食事する白人の習慣を思い浮かべていたに違いない。上空をマシーン(飛行機か)で旅する仲間にそこで食事を与えて、ンゴマを演奏する、と言われても、同じ理解の範囲内だ。だが、最後にその木の台の高さが人の身長よりも高く、よじ登らなければならないものだと明かされたとき、テーブルでの食事モデルは、直ちに修正される。ケヤの白人は兵隊であり、戦闘では木の台(おそらく監視のための?)が必要になる、で皆なっとく。「あの白人たちが好きそうなことだ」で一件落着。

まさに本体とピチャ(picha)=picture「像」の関係である。像は本体の理解の手がかりであり、本体の理解が像を基礎づける。相互の反射関係である。

霊の創発性

この夜の「憑依霊を見るカヤンバ」でケヤの白人と並んで、交渉の相手となった「ギリアマ人の長老」デナ(dena)は、私が注釈用に作った説明では、以下のような存在。

デナ(dena)。憑依霊の一種。ギリアマ人の長老であるとされるが、8つの頭をもった大蛇という姿もとる。
8つの頭をもつ蛇の姿で描かれたデナ ギリアマ老人としてはヤシ酒と牛乳を好む。別名マクンバ(makumbaまたはmwakumba)。突然の旋風に打たれると、デナが人に「触れ(richimukumba mutu)」、その人はその場で倒れ、身体のあちこちが「壊れる」のだという。瓢箪子供に入れる「血」はヒマの油ではなく、バター(mafuha ga ng'ombe)とハチミツで、これはマサイの瓢箪子供と同じ(ハチミツのみでバターは入れないという施術師もいる)。症状:発狂、木の葉を食べる、腹が腫れる、脚が腫れる、脚の痛みなど、ニャリ(nyari100)との共通性あり。治療はアフリカン・ブラックウッド(muphingo)ムヴモ(muvumo/Premna chrysoclada)ミドリサンゴノキ(chitudwi/Euphorbia tirucalli)の護符(pande30)と鍋。ニャリの治療もかねる。要求:鍋、赤い布、嗅ぎ出し(ku-zuza)の仕事。ニャリといっしょに出現し、ニャリたちの代弁者として振る舞う。ニャリも人の姿と蛇の姿をもつが、施術師によっては、ニャリは蛇なので言葉を喋れない。そこでデナがニャリたちの代弁者となると説明する人もいる。でもデナも蛇なんですが。

という訳で、それなりに独特の存在なのだが、この日のカヤンバにおいては、「わしは誰からも知られておらんのじゃ」みたいな地味なキャラ。おまけに、要求しているのが黒いズボン。これまで履いていたのが、擦り切れてだめになったからと。

しかし、さすが、憑依霊たちの一大派閥ニャリ系の代弁者長老デナ。ここではマラウ氏の身体に集まってきている憑依霊たちの状態を、人々に的確に描写して見せている。一般には「砦」、ケヤの白人にとっては基地・要塞である患者の身体は、デナによると一つの屋敷とされる。屋敷の人びと、つまり患者の身体に寄っている憑依霊たちは屋敷の真ん中の広場(rome)に焚かれた大きな焚き火の周りに集まっている。この燃え盛る焚き火が、マラウ氏の発熱の症状である。その火を鎮めねばならない。でもあまりにも多くの霊たちが、ごちゃまぜになっているのだ。そこにはカンバ人も、白人(ムミアニの白人)も、ガラ人やマサイ人までいる。そして誰かが火を掻き立てているのを見咎めて、注意し、そいつが立ち去っても、別のやつがやって来て、火を掻き立てる。この描写が、やがて屋敷のガキどもが火で遊んでいるのだとされ、そこでいよいよ、ニャワ氏は、デナに対して、長老ならガキどもをちゃんとコントロールしろよ、と迫るのである。そうすれば、あなたは真の長老として皆に知られることになるだろうと。

屋敷の比喩が、鮮明なイメージでマラウの病状を説明し、長老が頑張って屋敷の子供たちをコントロールすることで治癒がもたらされるという希望が、大きな説得力を人々に対してもつだろうことは疑いの余地がない。

私がここで強調したいのは、この長老による屋敷のコントロールという語りが、憑依霊の病気について行われたのは、私の経験では、これが最初で最後だったということである。わずか数時間の、「突然のカヤンバ」のなかで憑依霊の病気とその解消についての創発的なイメージが、憑依霊と施術師、周りの人々によって作り出されたのである。

まとめ

カヤンバにおいては、患者の姿の上に立ち現れる憑依霊(たち)と、人々との間に即興的な、まるで何幕かの舞台を見ているかのようなドラマが繰り広げられる。自分の要求を満たしてくれるよう執拗に迫る憑依霊、それに対して、それを約束しつつ、でもその前に病人の状態を軽快してほしいと交渉する人々。憑依霊は病人を先に健康にすることに同意せず、ただ自分の要求をかなえるよう繰り返し迫る。一見、コミカルなやり取りだが、病人の親族も施術師も真剣そのものである。

深刻かつコミカル、激しい音楽と人々(特に女性たち)の踊り、娯楽の場であり、厳しい交渉の場でもあるというカヤンバの一端が、短時間であるがゆえに、凝縮して味わえる機会であった。

注釈


1 ンゴマ(ngoma)。「太鼓」あるいは太鼓演奏を伴う儀礼。木の筒にウシの革を張って作られた太鼓。または太鼓を用いた演奏の催し。憑依霊を招待し、徹夜で踊らせる催しもンゴマngomaと総称される。太鼓には、首からかけて両手で打つ小型のチャプオ(chap'uo, やや大きいものをp'uoと呼ぶ)、大型のムキリマ(muchirima)、片面のみに革を張り地面に置いて用いるブンブンブ(bumbumbu,mbumbumbu)などがある。ンゴマでは異なる音程で鳴る大小のムキリマやブンブンブを寝台の上などに並べて打ち分け、旋律を出す。熟練の技が必要とされる。チャプオは単純なリズムを刻む。憑依霊の踊りの催しには太鼓よりもカヤンバkayambaと呼ばれる、エレファントグラスの茎で作った2枚の板の間にトゥリトゥリの実(t'urit'uri2)を入れてジャラジャラ音を立てるようにした打楽器の方が広く用いられ、そうした催しはカヤンバあるいはマカヤンバと呼ばれる。もっとも、使用楽器によらず、いずれもンゴマngomaと呼ばれることも多い。特に太鼓だということを強調する場合には、そうした催しは ngoma zenye 「本当のngoma」と呼ばれることもある。また、そこでは各憑依霊の持ち歌が歌われることから、この催しは単に「歌(wira3)」と呼ばれることもある。
2 ムトゥリトゥリ(mut'urit'uri)。和名トウアズキ。憑依霊ムルング他の草木。Abrus precatorius(Pakia&Cooke2003:390)。その実はトゥリトゥリと呼ばれ、カヤンバ楽器(kayamba)や、占いに用いる瓢箪(chititi)の中に入れられる。別名 mutsongo。
3 ウィラ(wira, pl.miira, mawira)。「歌」。しばしば憑依霊を招待する、太鼓やカヤンバ4の伴奏をともなう踊りの催しである(それは憑依霊たちと人間が直接コミュニケーションをとる場でもある)ンゴマ(1)、カヤンバ(4)と同じ意味で用いられる。
4 カヤンバ(kayamba)。憑依霊に対する「治療」のもっとも中心で盛大な機会がンゴマ(ngoma)あるはカヤンバ(makayamba)と呼ばれる歌と踊りからなるイベントである。どちらの名称もそこで用いられる楽器にちなんでいる。ンゴマ(ngoma)は太鼓であり、カヤンバ(kayamba, pl. makayamba)とはエレファントグラスの茎で作った2枚の板の間にトゥリトゥリの実(t'urit'ti2)を入れてジャラジャラ音を立てるようにした打楽器で10人前後の奏者によって演奏される。実際に用いられる楽器がカヤンバであっても、そのイベントをンゴマと呼ぶことも普通である。カヤンバ治療にはさまざまな種類がある。また、そこでは各憑依霊の持ち歌が歌われることから、この催しは単に「歌(wira3)」と呼ばれることもある。
5 「青い芯のトウモロコシ」村は、ドゥルマの中心交易町キナンゴから30キロちょっと奥にはいった地域だった。キナンゴをモンバサ街道沿いの町サンブルを結ぶ、ヴィグルンガーニ経由のダートロード沿いのムガマーニから歩いて20分ほどのところに、私が当時暮らしていたムァニョータ氏族の屋敷(mudzi6)があった。サンブルとキナンゴ間には、当時朝夕2往復する乗り合いバスがあった。地域の人々は早朝に往復する10人乗りくらいの小型のバスを「小さい男」を意味するカルメ(kalume)と名付け、夕方に往復する20人乗りくらいのバスを「小さい女」を意味するカチェツ(kachetu)と呼んでいた。どちらも、とくにカチェツは頻繁に故障し(エンジンはいつも押しがけだった)、ムガマーニのバス停の樹の下で何時間も無駄に待つことも稀ではなかった。来なければその日のサファリは諦めるしかない。結局キナンゴまでは最初からバスを諦めて徒歩で片道6時間かけて行く方が確実なくらいだった。
6 ムジ(mudzi)はドゥルマ社会における自律的な最も基礎的社会単位である。「屋敷」という日本語は裕福な家族が暮らす広い敷地をもつ大きな家屋のイメージであるが、mudzi(複数形 midzi)には家屋の大きさの含意はない。mudziの最小単位は一人の男性とその妻、子供からなり、居住のための小屋一つとその前庭、おそらくは家畜囲いがあるだけのものである。一夫多妻であれば、それぞれの妻が自分の小屋をもち、それらが前庭を取り巻く形で配置されている。さらにそれぞれの妻の息子たちが結婚し、自分の妻の小屋を父の小屋群の前庭の周辺にもつようになると、mudziの規模は大きくなる。兄弟たちは、父の死後も同じ場所に留まり、そこは父親の名前で「~のmudzi」と呼ばれ続ける。さらに孫の世代もということになると、mudziはほとんど集落、村と呼んでもおかしくないほどの規模になる。今日ではmudziの規模は小さくなる傾向にあるが、私が調査を始めた1980年代前半には、キナンゴの町とその近傍以外の地域では、こうした大きな規模のmudziが普通に見られた。そんな訳で「屋敷」という訳語は必ずしも違和感なく用いることができた。現在でもmudziが、その内部の問題を自分たちで解決する独立した自律的単位であることには変わりはなく、そうした自律した社会集団、周囲の世界(ブッシュ)とはっきり区別された小宇宙という意味で、「屋敷」という訳語を使い続けたいと思う。
7 ムズング・ワ・ケヤ(muzungu8 wa keya)。イスラム系の霊で、治療はローズウォーターの水で洗われること。ヤギを屠ってその血を飲む。男性の霊で、要求するものは白いランニングシャツ、白い短パン、靴、ソックス。背中に背負うリュックサック。木で作った(模型の)銃。人を見ると鉄砲で撃ってくるという(夢の中で)。ケヤ(keya)はイギリスのアフリカ植民地軍Kings African Rifles(KAR=keya)のこと。
8 ムズング(muzungu, pl.azungu)。「白人」(ドゥルマではいわゆる白人の肌の色は「赤」だとされている)。語源はスワヒリ語の動詞ク・ズングア(ku-zungua)に由来し、「無目的に歩き回る人」の意味だとされる。憑依霊の文脈では、憑依霊「白人」がいる。白人ではあるが、憑依霊の分類上は「イスラム系」である。白人という名の憑依霊には、ケヤの白人(muzungu wa keya)とムミアニの白人(muzungu wa mumiani)の2種類がいる。ケヤの白人はイギリスのアフリカ植民地軍Kings African Rifles(KAR=keya)の兵隊たちで、銃を肩にかけて進軍する。ムミアニの白人は、白衣を着て注射器でアフリカ人の血を吸い取り、それで薬を作っているという。
9 ペレの屋敷に所属する人々は、ドゥルマの14ある父系クランの一つムァニョータ氏族を構成する「戸口(muyango)」の一つである「クツォンガの人々atu a kutsonga」呼ばれる分枝に属している。「クツォンガの人々」はさらにいくつかのグループ(「家屋(nyumba)」)に分かれているが、その一つである「ジャワの家屋」に属する。ペレの屋敷の創始者であるペレことムウェロは「ジャワの家屋」の始祖ジャワの息子の一人である。ペレは最終的にその祖父ニャワが住んでいた「青い芯のトウモロコシ」に落ち着くまでに、何回か屋敷を移転している。そして新しい土地に移動する際に、妻の一人とその子供たちをその土地に残していくといった、この時期のドゥルマの人々の移動の戦略に従って移動した。第一夫人はプーマ・ロケーションのキブィンゴの屋敷に子供とともに残った。このような形で複数の屋敷をもったペレは最終的に「青い芯のトウモロコシ」地区に戻りそこで没した。
10 KANU(Kenya African National Union)。ケニア独立後の1964年に対抗勢力であったKADU(Kenya African Democratic Union)を吸収し、KANUは事実上の単一支配政党となっていたが、初代大統領Jomo Kenyattaの死後、その後を次いだDaniel Arap Moi大統領のもとでの1982年の憲法改正でKANUの一党独裁体制が完成した。1991年に盛り上がりを見せた民主化要求の流れのなか、1991年12月に憲法による一党独裁は終わりを告げ、1992年には初めての多党制のもとでの総選挙が行われた。その後もKANUの勝利は続いたが、2002年の総選挙でMwai Kibaki率いるNARK(National Rainbow Coalition)の勝利により、KANUによる40年に及ぶ一党支配と24年に及ぶMoi大統領の治世はようやく終わりを告げた。
11 ムガンガ(muganga pl. aganga)。癒やす者、施術師、治療師。人々を見舞うさまざまな災厄や病に対処する専門家。彼らが行使する施術・業がuganga12であり、ざっくり分けた3区分それぞれの専門の施術師がいる。(1)秩序の乱れや規則違反がもたらす災厄に対処する「冷やしの施術師(muganga wa kuphoza)」(2)薬(muhaso)を使役して他人に危害をもたらす妖術使いが引き起こした災厄や病気に、同じく薬を使役して対処する「妖術の施術師(muganga wa utsai(or matsai))」(3)憑依霊が引き起こす病気や災いに対処し、自らのもつ憑依霊の能力と知識をもとに、患者と憑依霊の関係を正常化し落ち着かせる技に通じた「憑依霊の施術師(muganga wa nyama(or shetani, or p'ep'o))」がそれである。
12 ウガンガ(uganga)。癒やしの術、治療術、施術などという訳語を当てている。病気やその他の災に対処する技術。さまざまな種類の術があるが、大別すると3つに分けられる。(1)冷やしの施術(uganga wa kuphoza): 安心安全に生を営んでいくうえで従わねばならないさまざまなやり方・きまり(人々はドゥルマのやり方chidurumaと呼ぶ)を犯した結果生じる秩序の乱れや災厄、あるいは外的な事故がもたらす秩序の乱れを「冷やし」修正する術。(2)薬の施術(uganga wa muhaso): 妖術使い(さまざまな薬を使役して他人に不幸や危害をもたらす者)によって引き起こされた病気や災厄に対処する、妖術使い同様に薬の使役に通暁した専門家たちが提供する術。(3)憑依霊の施術(uganga wa nyama): 憑依霊によって引き起こされるさまざまな病気に対処し、憑依霊と交渉し患者と憑依霊の関係を取り持ち、再構築し、安定させる癒やしの術。
13 ペーポー(p'ep'o, pl. map'ep'o)。p'ep'oは憑依霊一般を指すが、憑依霊アラブ人(Mwarabu)と同義に用いられる場合もある。ペーポー子神(mwana p'ep'o)という呼称は、憑依霊アラブ人に対する呼称。なお憑依霊一般については p'ep'oの他に、shetani14もあるが、ドゥルマ地域ではnyama(「動物」を意味する普通名詞15)という言葉が最も一般的に用いられる。
14 シェタニ(shetani, pl.mashetani)。憑依霊を指す一般的な言葉の一つ。スワヒリ語。同じくスワヒリ語には憑依霊を指す言葉としてシャイタニ(shaitani, pl.mashaitani)もあるが、こちらはドゥルマでは用いられていない。他にペーポ(p'ep'o, pl.map'ep'o)もスワヒリ語起源で、ドゥルマで憑依霊の意味で用いられているが、スワヒリ語では「精霊」の意味以外に「他界」「死後の世界」「精霊の棲み処」など場所や空間の意味でも用いられる。ドゥルマ語固有の憑依霊を指す言葉としては、ニャマ(nyama, pl.nyama)があり、憑依霊の話しをする際に最もよく耳にするのがこれである。nyama は「動物、肉」を意味する普通名詞でもある。
15 ニャマ(nyama)。憑依霊について一般的に言及する際に、最もよく使われる名詞がニャマ(nyama)という言葉である。これはドゥルマ語で「動物」の意味。ペーポー(p'ep'o13)、シェターニ(shetani14スワヒリ語)も、憑依霊を指す言葉として用いられる。名詞クラスは異なるが nyama はまた「肉、食肉」の意味でも用いられる。憑依霊はさまざまな仕方で分類される。その一つは「ニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini16)」と「ニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa18)」の区別。前者は「身体にいる憑依霊」の意味で人に憑いて一生続く関係をもつ憑依霊。憑依霊の施術師たちの手を借りて交渉し、霊たちの要求を満たしてやることで、霊と比較的安定して友好的(?)な関係を維持することができる。このタイプの霊の多くは除霊できない。後者は「除去の憑依霊」の意味で、女性に憑くが、その子供を殺してしまうので除霊(kukokomola17)が必要な霊。後者の多くは、妖術使いによって送りつけられたジネ系の霊で、イスラム教徒の施術師による除霊を必要とする。他にも「上の霊(nyama wa dzulu)」と呼ばれる鳥の霊たちがあり、こちらはドゥルマの施術師によって除霊できる。この分類とは別に憑依霊を、「海岸部の憑依霊(nyama wa pwani52)」あるいは「イスラム系の憑依霊(nyama wa chidzomba25)」と「内陸部の憑依霊(nyama wa bara53)」の2つに分ける区別もある。
16 ニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini, pl. nyama a mwirini)「身体の憑依霊」。除霊(kukokomola17)の対象となるニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa, pl. nyama a kuusa)「除去の憑依霊」との対照で、その他の通常の憑依霊を「身体の憑依霊」と呼ぶ分類がある。通常の憑依霊は、自分たちの要求をかなえてもらうために人に憑いて、その人を病気にする。施術師がその霊と交渉し、要求を聞き出し、それを叶えることによって病気は治る。憑依霊の要求に応じて、宿主は憑依霊のお気に入りの布を身に着けたり、徹夜の踊りの会で踊りを開いてもらう。憑依霊は宿主の身体を借りて踊り、踊りを楽しむ。こうした関係に入ると、憑依霊を宿主から切り離すことは不可能となる。これが「身体の憑依霊」である。こうした霊を除霊することは極めて危険で困難であり、事実上不可能と考えられている。
17 ク・ココモラ(ku-kokomola)。「除霊する」。憑依霊を2つに分けて、「身体の憑依霊 nyama wa mwirini16」と「除去の憑依霊 nyama wa kuusa1819と呼ぶ呼び方がある。ある種の憑依霊たちは、女性に憑いて彼女を不妊にしたり、生まれてくる子供をすべて殺してしまったりするものがある。こうした霊はときに除霊によって取り除く必要がある。ペポムルメ(p'ep'o mulume26)、カドゥメ(kadume43)、マウィヤ人(Mawiya44)、ドゥングマレ(dungumale47)、ジネ・ムァンガ(jine mwanga48)、トゥヌシ(tunusi49)、ツォビャ(tsovya51)、ゴジャマ(gojama46)などが代表例。しかし除霊は必ずなされるものではない。護符pinguやmapandeで危害を防ぐことも可能である。「上の霊 nyama wa dzulu41」あるいはニューニ(nyuni「キツツキ」42)と呼ばれるグループの霊は、子供にひきつけをおこさせる危険な霊だが、これは一般の憑依霊とは別個の取り扱いを受ける。これも除霊の主たる対象となる。動詞ク・シンディカ(ku-sindika「(戸などを)閉ざす、閉める、閉め出す」)、ク・ウサ(ku-usa「除去する」)、ク・シサ(ku-sisa「(客などを)送っていく、見送る、送り出す(帰り道の途中まで同行して)、殺す」)も同じ除霊を指すのに用いられる。スワヒリ語のku-chomoa(「引き抜く」「引き出す」)から来た動詞 ku-chomowa も、ドゥルマでは「除霊する」の意味で用いられる。ku-chomowaは一つの霊について用いるのに対して、ku-kokomolaは数多くの霊に対してそれらを次々取除く治療を指すと、その違いを説明する人もいる。
18 ニャマ・ワ・クウサ(nyama wa kuusa, pl. nyama a kuusa19)。「除去の憑依霊」。憑依霊のなかのあるものは、女性に憑いてその女性を不妊にしたり、その女性が生む子供を殺してしまったりする。その場合には女性からその憑依霊を除霊する(kukokomola17)必要がある。これはかなり危険な作業だとされている。イスラム系の霊のあるものたち(とりわけジネと呼ばれる霊たち22)は、イスラム系の妖術使いによって攻撃目的で送りこまれる場合があり、イスラム系の施術師による除霊を必要とする。妖術によって送りつけられた霊は、「妖術の霊(nyama wa utsai)」あるいは「薬の霊(nyama wa muhaso)」などの言い方で呼ばれることもある。ジネ以外のイスラム系の憑依霊(nyama wa chidzomba25)も、ときに女性を不妊にしたり、その子供を殺したりするので、その場合には除霊の対象になる。ニャマ・ワ・ズル(nyama wa dzulu, pl.nyama a dzulu41)「上の霊」あるいはニューニ(nyuni42)と呼ばれる多くは鳥の憑依霊たちは、幼児にヒキツケを引き起こしたりすることで知られており、憑依霊の施術師とは別に専門の施術師がいて、彼らの治療の対象であるが、ときには成人の女性に憑いて、彼女の生む子供を立て続けに殺してしまうので、除霊の対象になる。内陸系の霊のなかにも、女性に憑いて同様な危害を及ぼすものがあり、その場合には除霊の対象になる。こうした形で、除霊の対象にならない憑依霊たちは、自分たちの宿主との間に一生続く関係を構築する。要求がかなえられないと宿主を病気にするが、友好的な関係が維持できれば、宿主にさまざまな恩恵を与えてくれる場合もある。これらの大多数の霊は「除去の憑依霊」との対照でニャマ・ワ・ムウィリニ(nyama wa mwirini, pl. nyama a mwirini16)「身体の憑依霊」と呼ばれている。
19 クウサ(ku-usa)。「除去する、取り除く」を意味する動詞。転じて、負っている負債や義務を「返す」、儀礼や催しを「執り行う」などの意味にも用いられる。例えば祖先に対する供犠(sadaka)をおこなうことは ku-usa sadaka、婚礼(harusi)を執り行うも ku-usa harusiなどと言う。クウサ・ムズカ(muzuka)あるいはミジム(mizimu)とは、ムズカに祈願して願いがかなったら云々の物を供犠します、などと約束していた場合、成願時にその約束を果たす(ムズカに「支払いをする(ku-ripha muzuka)」ともいう)ことであったり、妖術使いがムズカに悪しき祈願を行ったために不幸に陥った者が、それを逆転させる措置(たとえば「汚れを取り戻す」20など)を行うことなどを意味する。
20 ノンゴ(nongo)。「汚れ」を意味する名詞だが、象徴的な意味ももつ。ノンゴの妖術 utsai wa nongo というと、犠牲者の持ち物の一部や毛髪などを盗んでムズカ21などに隠す行為で、それによって犠牲者は、「この世にいるようで、この世にいないような状態(dza u mumo na dza kumo)」になり、何事もうまくいかなくなる。身体的不調のみならずさまざまな企ての失敗なども引き起こす。治療のためには「ノンゴを戻す(ku-udza nongo)」必要がある。「悪いノンゴ(nongo mbii)」をもつとは、人々から人気がなくなること、何か話しても誰にも聞いてもらえないことなどで、人気があることは「良いノンゴ(nongo mbidzo)」をもっていると言われる。悪いノンゴ、良いノンゴの代わりに「悪い臭い(kungu mbii)」「良い臭い(kungu mbidzo)」と言う言い方もある。
21 ムズカ(muzuka)。特別な木の洞や、洞窟で霊の棲み処とされる場所。また、そこに棲む霊の名前。ムズカではさまざまな祈願が行われる。地域の長老たちによって降雨祈願が行われるムルングのムズカと呼ばれる場所と、さまざまな霊(とりわけイスラム系の霊)の棲み処で個人が祈願を行うムズカがある。後者は祈願をおこないそれが実現すると必ず「支払い」をせねばならない。さもないと災が自分に降りかかる。妖術使いはしばしば犠牲者の「汚れ20」をムズカに置くことによって攻撃する(「汚れを奪う」妖術)という。「汚れを戻す」治療が必要になる。
22 マジネ(majine)はジネ(jine)の複数形。イスラム系の妖術。イスラムの導師に依頼して掛けてもらうという。コーランの章句を書いた紙を空中に投げ上げるとそれが魔物jineに変化して命令通り犠牲者を襲うなどとされ、人(妖術使い)に使役される存在である。自らのイニシアティヴで人に憑依する憑依霊のジネ(jine)と、一応区別されているが、あいまい。フィンゴ(fingo23)のような屋敷や作物を妖術使いから守るために設置される埋設呪物も、供犠を怠ればジネに変化して人を襲い始めるなどと言われる。
23 フィンゴ(fingo, pl.mafingo)。私は「埋設薬」という翻訳を当てている。(1)妖術使いが、犠牲者の屋敷や畑を攻撃する目的で、地中に埋設する薬(muhaso24)。(2)妖術使いの攻撃から屋敷を守るために屋敷のどこかに埋設する薬。いずれの場合も、さまざまな物(例えば妖術の場合だと、犠牲者から奪った衣服の切れ端や毛髪など)をビンやアフリカマイマイの殻、ココヤシの実の核などに詰めて埋める。一旦埋設されたフィンゴは極めて強力で、ただ掘り出して捨てるといったことはできない。妖術使いが仕掛けたものだと、そもそもどこに埋められているかもわからない。それを探し出して引き抜く(ku-ng'ola mafingo)ことを専門にしている施術師がいる。詳しくは〔浜本満,2014,『信念の呪縛:ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌』九州大学出版会、pp.168-180〕。妖術使いが仕掛けたフィンゴだけが危険な訳では無い。屋敷を守る目的のフィンゴも同様に屋敷の人びとに危害を加えうる。フィンゴは定期的な供犠(鶏程度だが)を要求する。それを怠ると人々を襲い始めるのだという。そうでない場合も、例えば祖父の代の誰かがどこかに仕掛けたフィンゴが、忘れ去られて魔物(jine22)に姿を変えてしまうなどということもある。この場合も、占いでそれがわかるとフィンゴ抜きの施術を施さねばならない。
24 ムハソ muhaso (pl. mihaso)「薬」、とりわけ、土器片などの上で焦がし、その後すりつぶして黒い粉末にしたものを指す。妖術(utsai)に用いられるムハソは、瓢箪などの中に保管され、妖術使い(および妖術に対抗する施術師)が唱えごとで命令することによって、さまざまな目的に使役できる。治療などの目的で、身体に直接摂取させる場合もある。それには、muhaso wa kusaka 皮膚に塗ったり刷り込んだりする薬と、muhaso wa kunwa 飲み薬とがある。muhi(草木)と同義で用いられる場合もある。10cmほどの長さに切りそろえた根や幹を棒状に縦割りにしたものを束ね、煎じて飲む muhi wa(pl. mihi ya) kunwa(or kujita)も、muhaso wa(pl. mihaso ya) kunwa(or kujita) として言及されることもある。このように文脈に応じてさまざまであるが、妖術(utsai)のほとんどはなんらかのムハソをもちいることから、単にムハソと言うだけで妖術を意味する用法もある。
25 ニャマ・ワ・キゾンバ(nyama wa chidzomba, pl. nyama a chidzomba)。「イスラム系の憑依霊」。イスラム系の霊は「海岸の霊 nyama wa pwani」とも呼ばれる。イスラム系の霊たちに共通するのは、清潔好き、綺麗好きということで、ドゥルマの人々の「不潔な」生活を嫌っている。とりわけおしっこ(mikojo、これには「尿」と「精液」が含まれる)を嫌うので、赤ん坊を抱く母親がその衣服に排尿されるのを嫌い、母親を病気にしたり子供を病気にし、殺してしまったりもする。イスラム系の霊の一部には夜女性が寝ている間に彼女と性交をもとうとする霊がいる。男霊(p'ep'o mulume26)の別名をもつ男性のスディアニ導師(mwalimu sudiani27)がその代表例であり、女性に憑いて彼女を不妊にしたり(夫の精液を嫌って排除するので、子供が生まれない)、生まれてくる子供を全て殺してしまったり(その尿を嫌って)するので、最後の手段として危険な除霊(kukokomola)の対象とされることもある。イスラム系の霊は一般に獰猛(musiru)で怒りっぽい。内陸部の霊が好む草木(muhi)や、それを炒って黒い粉にした薬(muhaso)を嫌うので、内陸部の霊に対する治療を行う際には、患者にイスラム系の霊が憑いている場合には、このことについての許しを前もって得ていなければならない。イスラム系の霊に対する治療は、薔薇水や香水による沐浴が欠かせない。このようにきわめて厄介な霊ではあるのだが、その要求をかなえて彼らに気に入られると、彼らは自分が憑いている人に富をもたらすとも考えられている。
26 ペーポームルメ(p'ep'o mulume)。ムルメ(mulume)は「男性」を意味する名詞。男性のスディアニ Sudiani、カドゥメ Kadumeの別名とも。女性がこの霊にとり憑かれていると,彼女はしばしば美しい男と性交している夢を見る。そして実際の夫が彼女との性交を求めても,彼女は拒んでしまうようになるかもしれない。夫の方でも勃起しなくなってしまうかもしれない。女性の月経が終ったとき、もし夫がぐずぐずしていると,夫の代りにペポムルメの方が彼女と先に始めてしまうと、たとえ夫がいくら性交しようとも彼女が妊娠することはない。施術師による治療を受けてようやく、彼女は妊娠するようになる。その治療が功を奏さない場合には、最終的に除霊(ku-kokomola17)もありうる。逆に女性のスディアニもいて、こちらは夢の中で男性を誘惑し、不能にする。
27 スディアニ(sudiani)。スーダン人だと説明する人もいるが、ザンジバルの憑依を研究したLarsenは、スビアーニ(subiani)と呼ばれる霊について簡単に報告している。それはアラブの霊ruhaniの一種ではあるが、他のruhaniとは若干性格を異にしているらしい(Larsen 2008:78)。もちろんスーダンとの結びつきには言及されていない。スディアニには男女がいる。厳格なイスラム教徒で綺麗好き。女性のスディアニは男性と夢の中で性関係をもち、男のスディアニは女性と夢の中で性関係をもつ。同じふるまいをする憑依霊にペポムルメ(p'ep'o mulume, mulume=男)がいるが、これは男のスディアニの別名だとされている。いずれの場合も子供が生まれなくなるため、除霊(ku-kokomola)してしまうこともある(DB 214)。スディアニの典型的な症状は、発狂(kpwayuka)して、水、とりわけ海に飛び込む。治療は「海岸の草木muhi wa pwani」28による鍋(nyungu36)と、飲む大皿と浴びる大皿(kombe40)。白いローブ(zurungi,kanzu)と白いターバン、中に指輪を入れた護符(pingu33)。
28 ムヒ(muhi、複数形は mihi)。植物一般を指す言葉だが、憑依霊の文脈では、治療に用いる草木を指す。憑依霊の治療においては霊ごとに異なる草木の組み合わせがあるが、大きく分けてイスラム系の憑依霊に対する「海岸部の草木」(mihi ya pwani(pl.)/ muhi wa pwani(sing.))、内陸部の憑依霊に対する「内陸部の草木」(mihi ya bara(pl.)/muhi wa bara(sing.))に大別される。冷やしの施術や、妖術の施術12においても固有の草木が用いられる。muhiはさまざまな形で用いられる。搗き砕いて香料(mavumba29)の成分に、根や木部は切り彫ってパンデ(pande30)に、根や枝は煎じて飲み薬(muhi wa kunwa, muhi wa kujita)に、葉は水の中で揉んで薬液(vuo)に、また鍋の中で煮て蒸気を浴びる鍋(nyungu36)治療に、土器片の上で炒ってすりつぶし黒い粉状の薬(muhaso, mureya)に、など。ミヒニ(mihini)は字義通りには「木々の場所(に、で)」だが、施術の文脈では、施術に必要な草木を集める作業を指す。
29 マヴンバ(mavumba)。「香料」。憑依霊の種類ごとに異なる。乾燥した草木や樹皮、根を搗き砕いて細かくした、あるいは粉状にしたもの。イスラム系の霊に用いられるものは、スパイスショップでピラウ・ミックスとして購入可能な香辛料ミックス。
30 パンデ(pande, pl.mapande)。草木の幹、枝、根などを削って作る護符31。穴を開けてそこに紐を通し、それで手首、腰、足首など付ける箇所に結びつける。
31 「護符」。憑依霊の施術師が、憑依霊によってトラブルに見舞われている人に、処方するもので、患者がそれを身につけていることで、苦しみから解放されるもの。あるいはそれを予防することができるもの。ンガタ(ngata32)、パンデ(pande30)、ピング(pingu33)、ヒリジ(hirizi34)、ヒンジマ(hinzima35)など、さまざまな種類がある。ピング(pingu)で全部を指していることもある。憑依霊ごとに(あるいは憑依霊のグループごとに)固有のものがある。勘違いしやすいのは、それを例えば憑依霊除けのお守りのようなものと考えてしまうことである。施術師たちは、これらを憑依霊に対して差し出される椅子(chihi)だと呼ぶ。憑依霊は、自分たちが気に入った者のところにやって来るのだが、椅子がないと、その者の身体の各部にそのまま腰を下ろしてしまう。すると患者は身体的苦痛その他に苦しむことになる。そこで椅子を用意しておいてやれば、やってきた憑依霊はその椅子に座るので、患者が苦しむことはなくなる、という理屈なのである。「護符」という訳語は、それゆえあまり適切ではないのだが、それに代わる適当な言葉がないので、とりあえず使い続けることにするが、霊を寄せ付けないためのお守りのようなものと勘違いしないように。
32 ンガタ(ngata)。護符31の一種。布製の長方形の袋状で、中に薬(muhaso),香料(mavumba),小さな紙に描いた憑依霊の絵などが入れてあり、紐で腕などに巻くもの、あるいはライカのンガタが代表的であるが、帯状の布のなかに薬などを入れてひねって包み、そのまま腕などに巻くものなど、さまざまなものがある。
33 ピング(pingu)。薬(muhaso:さまざまな草木由来の粉)を布などで包み、それを糸でぐるぐる巻きに球状に縫い固めた護符31の一種。厳密にはそうなのだが、護符の類をすべてピングと呼ぶ使い方も広く見られる。
34 ヒリジ(hirizi, pl.hirizi)。スワヒリ語では、コーランの章句を書いて作った護符を指す。革で作られた四角く縫い合わされた小さな袋状の護符で、コーランの章句が書かれた紙などが折りたたまれて封入されている。紐が通してあり、首などから掛ける。ドゥルマでも同じ使い方もされるが、イスラムの施術師が作るものにはヒンジマ(hinzima35)という言葉があり、ヒリジは、ドゥルマでは非イスラムの施術師によるピングなどの護符を含むような使い方も普通にされている。
35 ヒンジマ(hinzima, pl. hinzima)。革で作られた四角く縫い合わされた小さな袋状の護符で、コーランの章句が書かれた紙などが折りたたまれて封入されている。紐が通してあり、首などから掛ける。イスラム教の施術師によって作られる。スワヒリ語のヒリジ(hirizi)に当たるが、ドゥルマではヒリジ(hirizi34)という語は、非イスラムの施術師が作る護符(pinguなど)も含む使い方をされている。イスラムの施術師によって作られるものを特に指すのがヒンジマである。
36 ニュング(nyungu)。nyunguとは土器製の壺のような形をした鍋で、かつては煮炊きに用いられていた。このnyunguに草木(mihi)その他を詰め、火にかけて沸騰させ、この鍋を脚の間において座り、すっぽり大きな布で頭から覆い、鍋の蒸気を浴びる(kudzifukiza; kochwa)。それが終わると、キザchiza37、あるいはziya(池)のなかの薬液(vuo)を浴びる(koga)。憑依霊治療の一環の一種のサウナ的蒸気浴び治療であるが、患者に対してなされる治療というよりも、患者に憑いている霊に対して提供されるサービスだという側面が強い。https://www.mihamamoto.com/research/mijikenda/durumatxt/pot-treatment.htmlを参照のこと
37 キザ(chiza)。憑依霊のための草木(muhi主に葉)を細かくちぎり、水の中で揉みしだいたもの(vuo=薬液)を容器に入れたもの。患者はそれをすすったり浴びたりする。憑依霊による病気の治療の一環。室内に置くものは小屋のキザ(chiza cha nyumbani)、屋外に置くものは外のキザ(chiza cha konze)と呼ばれる。容器としては取っ手のないアルミの鍋(sfuria)が用いられることも多いが、外のキザには搗き臼(chinu)が用いられることが普通である。屋外に置かれたものは「池」(ziya38)とも呼ばれる。しばしば鍋治療(nyungu36)とセットで設置される。
38 ジヤ(ziya, pl.maziya)。「池、湖」。川(muho)、洞窟(pangani)とともに、ライカ(laika)、キツィンバカジ(chitsimbakazi),シェラ(shera)などの憑依霊の棲み処とされている。またこれらの憑依霊に対する薬液(vuo39)が入った搗き臼(chinu)や料理鍋(sufuria)もジヤと呼ばれることがある(より一般的にはキザ(chiza37)と呼ばれるが)。
39 ヴオ(vuo, pl. mavuo)。「薬液」、さまざまな草木の葉を水の中で揉みしだいた液体。草木を水のなかで揉みしだく動作をク・ヴガ(ku-vuga)という。薬液は、すすったり、phungo(葉のついた小枝の束)を浸して雫を患者にふりかけたり、それで患者を洗ったり、患者がそれをすくって浴びたり、といった形で用いる。
40 コンベ(kombe)は「大皿」を意味するスワヒリ語。kombe はドゥルマではイスラム系の憑依霊の治療のひとつである。陶器、磁器の大皿にサフランをローズウォーターで溶いたもので字や絵を描く。描かれるのは「コーランの章句」だとされるアラビア文字風のなにか、モスクや月や星の絵などである。描き終わると、それはローズウォーターで洗われ、瓶に詰められる。一つは甘いバラシロップ(Sharbat Roseという商品名で売られているもの)を加えて、少しずつ水で薄めて飲む。これが「飲む大皿 kombe ra kunwa」である。もうひとつはバケツの水に加えて、それで沐浴する。これが「浴びる大皿 kombe ra koga」である。文字や図像を飲み、浴びることに病気治療の効果があると考えられているようだ。
41 ニャマ・ワ・ズル(nyama wa dzulu, pl. nyama a dzulu)。「上の動物、上の憑依霊」。ニューニ(nyuni、直訳するとキツツキ42)と総称される、主として鳥の憑依霊だが、ニューニという言葉は乳幼児や、この病気を持つ子どもの母の前で発すると、子供に発作を引き起こすとされ、忌み言葉になっている。したがってニューニという言葉の代わりに婉曲的にニャマ・ワ・ズルと言う言葉を用いるという。多くの種類がいるが、この病気は憑依霊の病気を治療する施術師とは別のカテゴリーの施術師が治療する。時間があれば別項目を立てて、詳しく紹介するかもしれない。ニャマ・ワ・ズル「上の憑依霊」のあるものは、女性に憑く場合があるが、その場合も、霊は女性をではなく彼女の子供を病気にする。病気になった子供だけでなく、その母親も治療される必要がある。しばしば女性に憑いた「上の霊」はその女性の子供を立て続けに殺してしまうことがあり、その場合は除霊(kukokomola17)の対象となる。
42 ニューニ(nyuni)。「キツツキ」。道を進んでいるとき、この鳥が前後左右のどちらで鳴くかによって、その旅の吉凶を占う。ここから吉凶全般をnyuniという言葉で表現する。(行く手で鳴く場合;nyuni wa kumakpwa 驚きあきれることがある、右手で鳴く場合;nyuni wa nguvu 食事には困らない、左手で鳴く場合;nyuni wa kureja 交渉が成功し幸運を手に入れる、後で鳴く場合;nyuni wa kusagala 遅延や引き止められる、nyuni が屋敷内で鳴けば来客がある徴)。またnyuniは「上の霊 nyama wa dzulu41」と総称される鳥の憑依霊、およびそれが引き起こす子供の引きつけを含む様々な病気の総称(ukongo wa nyuni)としても用いられる。(nyuniの病気には多くの種類がある。施術師によってその分類は異なるが、例えば nyuni wa joka:子供は泣いてばかり、wa nyagu(別名 mwasaga, wa chiraphai):手脚を痙攣させる、その他wa zuni、wa chilui、wa nyaa、wa kudusa、wa chidundumo、wa mwaha、wa kpwambalu、wa chifuro、wa kamasi、wa chip'ala、wa kajura、wa kabarale、wa kakpwang'aなど。これらの「上の霊」のなかには母親に憑いて、生まれてくる子供を殺してしまうものもおり、それらは危険な「除霊」(kukokomola)の対象となる。
43 カドゥメ(kadume)は、ペポムルメ(p'ep'o mulume)、ツォビャ(tsovya)などと同様の振る舞いをする憑依霊。共通するふるまいは、女性に憑依して夜夢の中にやってきて、女性を組み敷き性関係をもつ。女性は夫との性関係が不可能になったり、拒んだりするようになりうる。その結果子供ができない。こうした点で、三者はそれぞれの別名であるとされることもある。護符(ngata)が最初の対処であるが、カドゥメとツォーヴャは、取り憑いた女性の子供を突然捕らえて病気にしたり殺してしまうことがあり、ペポムルメ以上に、除霊(kukokomola)が必要となる。
44 マウィヤ(Mawiya)。民族名の憑依霊、マウィヤ人(Mawia)。モザンビーク北部からタンザニアにかけての海岸部に居住する諸民族のひとつ。同じ地域にマコンデ人(makonde45)もいるが、憑依霊の世界ではしばしばマウィヤはマコンデの別名だとも主張される。ともに人肉を食う習慣があると主張されている(もちデマ)。女性が憑依されると、彼女の子供を殺してしまう(子供を産んでも「血を飲まれてしまって」育たない)。症状は別の憑依霊ゴジャマ(gojama46)と同様で、母乳を水にしてしまい、子供が飲むと嘔吐、下痢、腹部膨満を引き起こす。女性にとっては危険な霊なので、除霊(ku-kokomola)に訴えることもある。
45 マコンデ(makonde)。民族名の憑依霊、マコンデ人(makonde)。別名マウィヤ人(mawiya)。モザンビーク北部からタンザニアにかけての海岸部に居住する諸民族のひとつで、マウィヤも同じグループに属する。人肉食の習慣があると噂されている(デマ)。女性に憑依して彼女の産む子供を殺してしまうので、除霊(ku-kokomola)の対象とされることもある。
46 ゴジャマ(gojama)。憑依霊の一種、ときにゴジャマ導師(mwalimu gojama)とも語られ、イスラム系とみなされることもある。狩猟採集民の憑依霊ムリャングロ(Muryangulo/pl.Aryangulo)と同一だという説もある。ひとつ目の半人半獣の怪物で尾をもつ。ブッシュの中で人の名前を呼び、うっかり応えると食べられるという。ブッシュで追いかけられたときには、葉っぱを撒き散らすと良い。ゴジャマはそれを見ると数え始めるので、その隙に逃げれば良いという。憑依されると、人を食べたくなり、カヤンバではしばしば斧をかついで踊る。憑依された人は、人の血を飲むと言われる。彼(彼女)に見つめられるとそれだけで見つめられた人の血はなくなってしまう。カヤンバでも、血を飲みたいと言って子供を追いかけ回す。また人肉を食べたがるが、カヤンバの席で前もって羊の肉があれば、それを与えると静かになる。ゴジャマをもつ者は、普段の状況でも食べ物の好みがかわり、蜂蜜を好むようになる。また尿に血や膿が混じる症状を呈することがある。さらにゴジャマをもつ女性は子供がもてなくなる(kaika ana)かもしれない。妊娠しても流産を繰り返す。その場合には、雄羊(ng'onzi t'urume)の供犠でその血を用いて除霊(kukokomola17)できる。雄羊の毛を縫い込んだ護符(pingu)を女性の胸のところにつけ、女性に雄羊の尾を食べさせる。
47 ドゥングマレ(dungumale)。母親に憑いて子供を捕らえる憑依霊。症状:発熱mwiri moho。子供泣き止まない。嘔吐、下痢。nyama wa kuusa(除霊ku-kokomola17の対象になる)19。黒いヤギmbuzi nyiru。ヤギを繋いでおくためのロープ。除霊の際には、患者はそのロープを持って走り出て、屋敷の外で倒れる。ドゥングマレの草木: mudungumale=muyama
48 ジネ・ムァンガ(jine mwanga)。イスラム系の憑依霊ジネの一種。別名にソロタニ・ムァンガ(ムァンガ・サルタン(sorotani mwanga))とも。ドゥルマ語では動詞クァンガ(kpwanga, ku-anga)は、「(裸で)妖術をかける、襲いかかる」の意味。スワヒリ語にもク・アンガ(ku-anga)には「妖術をかける」の意味もあるが、かなり多義的で「空中に浮遊する」とか「計算する、数える」などの意味もある。形容詞では「明るい、ギラギラする、輝く」などの意味。昼夜問わず夢の中に現れて(kukpwangira usiku na mutsana)、組み付いて喉を絞める。症状:吐血。女性に憑依すると子どもの出産を妨げる。ngataを処方して、出産後に除霊 ku-kokomolaする。
49 トゥヌシ(tunusi)。ヴィトゥヌシ(vitunusi)とも。憑依霊の一種。別名トゥヌシ・ムァンガ(tunusi mwanga)。イスラム系の憑依霊ジネ(jine22)の一種という説と、ニューニ(nyuni42)の仲間だという説がある。女性がトゥヌシをもっていると、彼女に小さい子供がいれば、その子供が捕らえられる。ひきつけの症状。白目を剥き、手足を痙攣させる。女性自身が苦しむことはない。この症状(捕らえ方(magbwiri))は、同じムァンガが付いたイスラム系の憑依霊、ジネ・ムァンガ50らとはかなり異なっているので同一視はできない。除霊(kukokomola17)の対象であるが、水の中で行われるのが特徴。
50 ムァンガ(mwanga)。憑依霊の名前。「ムァンガ導師 mwalimu mwanga」「アラブ人ムァンガ mwarabu mwanga」「ジネ・ムァンガ jine mwanga」あるいは単に「ムァンガ mwanga」と呼ばれる。「スルタン(sorotani)」、「スルタン・ムァンガ」も同じ憑依霊か。イスラム系の憑依霊。昼夜を問わず、夢の中に現れて人を組み敷き、喉を絞める。主症状は吐血。子供の出産を妨げるので、女性にとっては極めて危険。妊娠中は除霊できないので、護符(ngata)を処方して出産後に除霊を行う。また別に、全裸になって夜中に屋敷に忍び込み妖術をかける妖術使いもムァンガ mwangaと呼ばれる。kpwanga(=ku-anga)、「妖術をかける」(薬などの手段に訴えずに、上述のような以上な行動によって)を意味する動詞(スワヒリ語)より。これらのイスラム系の憑依霊が人を襲う仕方も同じ動詞で語られる。
51 ツォビャ(tsovya)。子供を好まず、母親に憑いて彼女の子供を殺してしまう。夜、夢の中にやってきて彼女と性関係をもつ。ニューニ42の一種に加える人もいる。鋭い爪をもった憑依霊(nyama wa mak'ombe)。除霊(kukokomola17)の対象となる「除去の霊nyama wa kuusa19」。see p'ep'o mulume26, kadume43
tsovyaの別名とされる「内陸部のスディアニ」の絵
52 ニャマ・ワ・プワニ(nyama wa pwani, pl.nyama a pwani)。「海岸部の憑依霊」。イスラム系の霊(nyama wa chidzomba25)に同じ。非イスラム系の土着の憑依霊たち、ニャマ・ワ・バラ(nyama wa bara)との対比で、この名で呼ばれる。
53 ニャマ・ワ・バラ(nyama wa bara, pl. nyama a bara)。「内陸系の憑依霊。」イスラム系の霊がニャマ・ワ・プワニ(nyama wa pwani, pl. nyama a pwani)、つまり「海岸部の憑依霊」と呼ばれるのに対比して、内陸部の非イスラム的な憑依霊をこの名前で呼ぶ。
54 サンブル(Samburu)。ナイロビとモンバサを結ぶ街道沿いの小さな交易町。モンバサからナイロビに向かい、マリアカーニを過ぎると、次の主要交易町がサンブルである。ドゥルマの中心町キナンゴで分岐する道の一つは、ヴィグルンガーニを経由してサンブルに至るダートロードで、私の最初の調査地「青い芯のトウモロコシ」村もこのダートロード沿いにあった。このダートロードでサンブルのちょっと手前に、ムガマーニ55がある。
55 ムガマーニ(Mugamani)。地名。mugama は実が食用、幹が薬用になる高木。目立つ木なので、ムガマーニ(ムガマのところ)という地名をもつ場所は多い。学名Mimusops somalensis(Pakia&Cooke2003:393)
56 今回のカヤンバで施術師を務めた。ペレの屋敷の人々と同じく「ジャワの家屋」に属しており、始祖ジャワの息子の一人を祖父にもつ。ペレの屋敷の長老たちにとっては分類上の「息子」ということになる。「青い芯のトウモロコシ」地区から徒歩でおよそ2時間弱(さほど遠くない)のところに位置するムァマンディ地区在住。
57 ブワナ・ムガンガ(bwana muganga)。ブワナ(bwana)はスワヒリ語で「主人、主」を意味するが、名前などの前に付ける、英語のMr.に当たる敬称でもある。ムガンガ(muganga)は施術師。ここでブワナ・ムガンガと呼ばれているJawa Mwero氏は、この屋敷の長であるMalau氏の弟。私がこの屋敷を滞在地にしようと思った理由の一つに、施術師(当時は「呪医」などと呼んでいたが)がいる!と勘違いしたというのがある。仲良くなったらいろいろ教えてもらえるかも、みたいな。でも、ジャワ氏は施術師ではなく、単に彼が生まれた日が、植民地政府が派遣している医師(西洋人の医師を人々はブワナ・ムガンガと呼んでいたのだ)がこの村に回ってくる日だったことに由来するあだ名に過ぎなかった。という訳で、私の勘違いだったのだが、幸運にも彼の兄のマラウ氏が、この地域では名前の知られた憑依霊の施術師だったので、私の狙い通りに私は施術師がいる屋敷に滞在することになった。私はジャワ氏をブワナ・ムガンガというあだ名の方で呼んでいたので、このテキストでは一貫してブワナ・ムガンガの名前を用いている。新しい書き起こしでは、本名のJawa氏を使っている。
58 ムァナムルング(mwanamulungu)。「ムルング子神」と訳しておく。憑依霊の名前の前につける"mwana"には敬称的な意味があると私は考えている。しかし至高神ムルング(mulungu)と憑依霊のムルング(mwanamulungu)の関係については、施術師によって意見が分かれることがある。多くの人は両者を同一とみなしているが、天にいるムルング(女性)が地上に落とした彼女の子供(女性)だとして、区別する者もいる。いずれにしても憑依霊ムルングが、すべての憑依霊の筆頭であるという点では意見が一致している。憑依霊ムルングも他の憑依霊と同様に、自分の要求を伝えるために、自分が惚れた(あるいは目をつけた kutsunuka)人を病気にする。その症状は身体全体にわたる。その一つに人々が発狂(kpwayuka)と呼ぶある種の精神状態がある。また女性の妊娠を妨げるのも憑依霊ムルングの特徴の一つである。ムルングがこうした症状を引き起こすことによって満たそうとする要求は、単に布(nguo ya mulungu と呼ばれる黒い布 nguo nyiru (実際には紺色))であったり、ムルングの草木を水の中で揉みしだいた薬液を浴びることであったり(chiza37)、ムルングの草木を鍋に詰め少量の水を加えて沸騰させ、その湯気を浴びること(「鍋nyungu」)であったりする。さらにムルングは自分自身の子供を要求することもある。それは瓢箪で作られ、瓢箪子供と呼ばれる59。女性の不妊はしばしばムルングのこの要求のせいであるとされ、瓢箪子供をムルングに差し出すことで妊娠が可能になると考えられている60。この瓢箪子供は女性の子供と一緒に背負い布に結ばれ、背中の赤ん坊の健康を守り、さらなる妊娠を可能にしてくれる。しかしムルングの究極の要求は、患者自身が施術師になることである。ムルングが引き起こす症状で、すでに言及した「発狂kpwayuka」は、ムルングのこの究極の要求につながっていることがしばしばである。ここでも瓢箪子供としてムルングは施術師の「子供」となり、彼あるいは彼女の癒やしの術を助ける。もちろん、さまざまな憑依霊が、癒やしの仕事(kazi ya uganga)を欲して=憑かれた者がその霊の癒しの術の施術師(muganga 癒し手、治療師)となってその霊の癒やしの術の仕事をしてくれるようになることを求めて、人に憑く。最終的にはこの願いがかなうまでは霊たちはそれを催促するために、人を様々な病気で苦しめ続ける。憑依霊たちの筆頭は神=ムルングなので、すべての施術師のキャリアは、まず子神ムルングを外に出す(徹夜のカヤンバ儀礼を経て、その瓢箪子供を授けられ、さまざまなテストをパスして正式な施術師として認められる手続き)ことから始まる。
59 ムァナ・ワ・ンドンガ(mwana wa ndonga)。ムァナ(mwana, pl. ana)は「子供」、ンドンガ(ndonga)は「瓢箪」。「瓢箪の子供」を意味する。「瓢箪子供」と訳すことにしている。瓢箪の実(chirenje)で作った子供。瓢箪子供には2種類あり、ひとつは施術師が特定の憑依霊(とその仲間)の癒やしの術(uganga)をとりおこなえる施術師に就任する際に、施術上の父と母から授けられるもので、それは彼(彼女)の施術の力の源泉となる大切な存在(彼/彼女の占いや治療行為を助ける憑依霊はこの瓢箪の姿をとった彼/彼女にとっての「子供」とされる)である。一方、こうした施術師の所持する瓢箪子供とは別に、不妊に悩む女性に授けられるチェレコchereko(ku-ereka 「赤ん坊を背負う」より)とも呼ばれる瓢箪子供60がある。瓢箪子供の各部の名称については、図62を参照。
60 チェレコ(chereko)。「背負う」を意味する動詞ク・エレカ(kpwereka)より。不妊の女性に与えられる瓢箪子供59。子供がなかなかできない(ドゥルマ語で「彼女は子供をきちんと置かない kaika ana」と呼ばれる事態で、連続する死産、流産、赤ん坊が幼いうちに死ぬ、第二子以降がなかなか生まれないなども含む)原因は、しばしば自分の子供がほしいムルング子神58がその女性の出産力に嫉妬して、その女性の妊娠を阻んでいるためとされる。ムルング子神の瓢箪子供を夫婦に授けることで、妻は再び妊娠すると考えられている。まだ一切の加工がされていない瓢箪(chirenje)を「鍋」とともにムルングに示し、妊娠・出産を祈願する。授けられた瓢箪は夫婦の寝台の下に置かれる。やがて妻に子供が生まれると、徹夜のカヤンバを開催し施術師はその瓢箪の口を開け、くびれた部分にビーズ ushangaの紐を結び、中身を取り出す。夫婦は二人でその瓢箪に心臓(ムルングの草木を削って作った木片mapande30)、内蔵(ムルングの草木を砕いて作った香料29)、血(ヒマ油61)を入れて「瓢箪子供」にする。徹夜のカヤンバが夜明け前にクライマックスになると、瓢箪子供をムルング子神(に憑依された妻)に与える。以後、瓢箪子供は夜は夫婦の寝台の上に置かれ、昼は生まれた赤ん坊の背負い布の端に結び付けられて、生まれてきた赤ん坊の成長を守る。瓢箪子どもの血と内臓は、切らさないようにその都度、補っていかねばならない。夫婦の一方が万一浮気をすると瓢箪子供は泣き、壊れてしまうかもしれない。チェレコを授ける儀礼手続きの詳細は、浜本満, 1992,「「子供」としての憑依霊--ドゥルマにおける瓢箪子供を連れ出す儀礼」『アフリカ研究』Vol.41:1-22を参照されたい。
61 ニョーノ(nyono)。ヒマ(mbono, mubono)の実、そこからヒマの油(mafuha ga nyono)を抽出する。さまざまな施術に使われるが、ヒマの油は閉経期を過ぎた女性によって抽出されねばならない。ムルングの瓢箪子供には「血」としてヒマの油が入れられる。
62 ンドンガ(ndonga)。瓢箪chirenjeを乾燥させて作った容器。とりわけ施術師(憑依霊、妖術、冷やしを問わず)が「薬muhaso」を入れるのに用いられる。憑依霊の施術師の場合は、薬の容器とは別に、憑依霊の瓢箪子供 mwana wa ndongaをもっている。内陸部の霊たちの主だったものは自らの「子供」を欲し、それらの霊のmuganga(癒し手、施術師)は、その就任に際して、医療上の父と母によって瓢箪で作られた、それらの霊の「子供」を授かる。その瓢箪は、中に心臓(憑依霊の草木muhiの切片)、血(ヒマ油、ハチミツ、牛のギーなど、霊ごとに定まっている)、腸(mavumba=香料、細かく粉砕した草木他。その材料は霊ごとに定まっている)が入れられている。瓢箪子供は施術師の癒やしの技を手助けする。しかし施術師が過ちを犯すと、「泣き」(中の液が噴きこぼれる)、施術師の癒やしの仕事(uganga)を封印してしまったりする。一方、イスラム系の憑依霊たちはそうした瓢箪子供をもたない。例外が世界導師とペンバ人なのである(ただしペンバ人といっても呪物除去のペンバ人のみで、普通の憑依霊ペンバ人は瓢箪をもたない)。瓢箪子供については〔浜本 1992〕に詳しい(はず)。
63 ムバラワ(mubarawa)。イスラム系憑依霊、バラワ人は、ソマリアの港町バラワに住むスワヒリ語方言を話す人々。イスラム教徒。症状:肺、頭痛。赤いコフィア,チョッキsibao,杖mukpwajuを要求
64 ラジ(razi, yiyi-)。スワヒリ語のradhiより。「祝福、平安」および後ろに動詞のsubjunctiveをともなって、「よろこんで~する」という慣用表現にも用いられる。"Mino ni razi nende kpwenu"「よろこんであなたのお宅に参ります」といった風に。
65 マコロツィク(makolotsiku)。マコロウツィク(makoloutsiku)、マコロウシク(makolousiku)とも。徹夜のカヤンバ(ンゴマ)の中間に挟まれる休憩時間で、参加者に軽い料理(揚げパンと紅茶が多い)あるいはヤシ酒が振る舞われる。この経費も主催者もちであるが、料理や準備には施術師の弟子(anamadziやateji)たちもカヤンバ開始前から協力する。
66 後から考えると、これをマコロウシク(夜中の休憩の軽食)と考えたのは間違い。「突然のカヤンバ(憑依霊をみるカヤンバ)」なら徹夜は予定されていなかったはず。単に遅めの夕食を参加者全員に振る舞ったものだったと思われる。
67 ムルング(mulungu)。ムルングはドゥルマにおける至高神で、雨をコントロールする。憑依霊のムァナムルング(mwanamulungu)58との関係は人によって曖昧。憑依霊につく「子供」mwanaという言葉は、内陸系の憑依霊につける敬称という意味合いも強い。一方憑依霊のムルングは至高神ムルング(女性だとされている)の子供だと主張されることもある。私はムァナムルング(mwanamulungu)については「ムルング子神」という訳語を用いる。しかし単にムルング(mulungu)で憑依霊のムァナムルングを指す言い方も普通に見られる。このあたりのことについては、ドゥルマの(特定の人による理論ではなく)慣用を尊重して、あえて曖昧にとどめておきたい。
68 カルメンガラ(kalumeng'ala)。直訳すれば「光る小さな男」。憑依霊ドゥルマ人(muduruma69)の別名、男性のドゥルマ人。「内の問題も、外の問題も知っている」と歌われる。
69 ムドゥルマ(muduruma, pl. aduruma)。憑依霊ドゥルマ人、田舎者で粗野、ひょうきんなところもあるが、重い病気を引き起こす。多くの別名をもつ一方、さまざまなドゥルマ人がいる。男女のドゥルマ人は施術師になった際に、瓢箪子供を共有できない。男のドゥルマ人は瓢箪に入れる「血」はヒマ油だが女のドゥルマ人はハチミツと異なっているため。カルメ・ンガラ(kalumengala 男性68)、カシディ(kasidi 女性70)、ディゴゼー(digozee 男性老人72)。この3人は明らかに別の実体(?)と思われるが、他の呼称は、たぶんそれぞれの別名だろう。ムガイ(mugayi 「困窮者」)、マシキーニ(masikini「貧乏人」)、ニョエ(nyoe 男性、ニョエはバッタの一種でトウモロコシの穂に頭を突っ込む習性から、内側に潜り込んで隠れようとする憑依霊ドゥルマ人(病気がドゥルマ人のせいであることが簡単にはわからない)の特徴を名付けたもの、ただしニョエがドゥルマ人であることを否定する施術師もいる)。ムキツェコ(muchitseko、動詞 kutseka=「笑う」より)またはムキムェムェ(muchimwemwe(alt. muchimwimwi)、名詞chimwemwe(alt. chimwimwi)=「笑い上戸」より)は、理由なく笑いだしたり、笑い続けるというドゥルマ人の振る舞いから名付けたもの。症状:全身の痒みと掻きむしり(kuwawa mwiri osi na kudzikuna)、腹部熱感(ndani kpwaka moho)、息が詰まる(ku-hangama pumzi),すぐに気を失う(kufa haraka(ku-faは「死ぬ」を意味するが、意識を失うこともkufaと呼ばれる))、長期に渡る便秘、腹部膨満(ndani kuodzala字義通りには「腹が何かで満ち満ちる」))、絶えず便意を催す、膿を排尿、心臓がブラブラする、心臓が(毛を)むしられる、不眠、恐怖、死にそうだと感じる、ブッシュに逃げ込む、(周囲には)元気に見えてすぐ病気になる/病気に見えて、すぐ元気になる(ukongo wa kasidi)。行動: 憑依された人はトウモロコシ粉(ただし石臼で挽いて作った)の練り粥を編み籠(chiroboと呼ばれる持ち手のない小さい籠)に入れて食べたがり、半分に割った瓢箪製の容器(njele123)に注いだ苦い野草のスープを欲しがる。あたり構わず排便、排尿したがる。要求: 男のドゥルマ人は白い布(charehe)と革のベルト(mukanda wa ch'ingo)、女のドゥルマ人は紺色の布(nguo ya mulungu)にビーズで十字を描いたもの、癒やしの仕事。治療: 「鍋」、煮る草木、ぼろ布を焼いてその煙を浴びる。(注釈の注釈: ドゥルマの憑依霊の世界にはかなりの流動性がある。施術師の間での共通の知識もあるが、憑依霊についての知識の重要な源泉が、施術師個々人が見る夢であることから、施術師ごとの変異が生じる。同じ施術師であっても、時間がたつと知識が変化する。例えば私の重要な相談相手の一人であるChariはドゥルマ人と世界導師をその重要な持ち霊としているが、彼女は1989年の時点ではディゴゼーをドゥルマ人とは位置づけておらず(夢の中でディゴゼーがドゥルマ語を喋っており、カヤンバの席で出現したときもドゥルマ語でやりとりしている事実はあった)、独立した憑依霊として扱っていた。しかし1991年の時点では、はっきりドゥルマ人の長老として、ドゥルマ人のなかでもリーダー格の存在として扱っていた。)
70 カシディ(kasidi)。この言葉は、状況にその行為を余儀なくしたり,予期させたり,正当化したり,意味あらしめたりするものがないのに自分からその行為を行なうことを指し、一連の自分本位の、場違いな行為、身勝手な行為、無礼な行為、(殺人の場合は偶然ではなく)故意による殺人、などがkasidiとされる。人として最悪なのだが、なぜか憑依霊ドゥルマ人の特徴とされ、とりわけ女性の憑依霊ドゥルマ人は、まさにカシディという名前で呼ばれる。なんという自画像。「mutu wa kasidi=kasidiの人」は無礼者。「ukongo wa kasidi= kasidiの病気」とは施術師たちによる解説では、今にも死にそうな重病かと思わせると、次にはケロッとしているといった周りからは仮病と思われてもしかたがない病気のこと。仮病そのものもkasidi、あるはukongo wa kasidiと呼ばれることも多い。あるいは重病で意識を失ったかと思うと、また「生き返り」を繰り返す病気も、この名で呼ばれる。またカシディは、女性の憑依霊ドゥルマ人(muduruma69)の名称でもある。カシディに憑かれた場合の特徴的な病気は上述のukongo wa kasidi(カシディの病気)であり、カヤンバなどで出現したカシディの振る舞いは、場違いで無礼な振る舞いである。男性の憑依霊ドゥルマ人とは別の、蜂蜜を「血」とする瓢箪子供(mwana wa ndonga71)を要求する。
71 ムァナ・ワ・ンドンガ(mwana wa ndonga)。ムァナ(mwana, pl. ana)は「子供」、ンドンガ(ndonga)は「瓢箪」。「瓢箪の子供」を意味する。「瓢箪子供」と訳すことにしている。瓢箪の実(chirenje)で作った子供。瓢箪子供には2種類あり、ひとつは施術師が特定の憑依霊(とその仲間)の癒やしの術(uganga)をとりおこなえる施術師に就任する際に、施術上の父と母から授けられるもので、それは彼(彼女)の施術の力の源泉となる大切な存在(彼/彼女の占いや治療行為を助ける憑依霊はこの瓢箪の姿をとった彼/彼女にとっての「子供」とされる)である。一方、こうした施術師の所持する瓢箪子供とは別に、不妊に悩む女性に授けられるチェレコchereko(ku-ereka 「赤ん坊を背負う」より)とも呼ばれる瓢箪子供60がある。
72 ディゴゼー(digozee)。憑依霊ドゥルマ人の一種とも。田舎者の老人(mutumia wa nyika)。極めて年寄りで、常に毛布をまとう。酒を好む。ディゴゼーは憑依霊ドゥルマ人の長、ニャリたちのボスでもある。ムビリキモ(mubilichimo73)マンダーノ(mandano74)らと仲間で、憑依霊ドゥルマ人の瓢箪を共有する。症状:日なたにいても寒気がする、腰が断ち切られる(ぎっくり腰)、声が老人のように嗄れる。要求:毛布(左肩から掛け一日中纏っている)、三本足の木製の椅子(紐をつけ、方から掛けてどこへ行くにも持っていく)、編んだ肩掛け袋(mukoba)、施術師の錫杖(muroi)、動物の角で作った嗅ぎタバコ入れ(chiko cha pembe)、酒を飲むための瓢箪製のコップとストロー(chiparya na muridza)。治療:憑依霊ドゥルマの「鍋」、煙浴び(ku-dzifukiza 燃やすのはボロ布または乳香)。
73 ムビリキモ(mbilichimo)。民族名の憑依霊、ピグミー(スワヒリ語でmbilikimo/(pl.)wabilikimo)。身長(kimo)がない(mtu bila kimo)から。憑依霊の世界では、ディゴゼー(digozee)と組んで現れる。女性の霊だという施術師もいる。症状:脚や腰を断ち切る(ような痛み)、歩行不可能になる。要求: 白と黒のビーズをつけた紺色の(ムルングの)布。ビーズを埋め込んだ木製の三本足の椅子。憑依霊ドゥルマ人の瓢箪に同居する。
74 マンダーノ(mandano)。憑依霊。mandanoはドゥルマ語で「黄色」。女性の霊。つねに憑依霊ドゥルマ人とともにやってくる。独りでは来ない。憑依霊ドゥルマ人、ディゴゼー、ムビリキモ、マンダーノは一つのグループになっている。施術師によっては、マンダーノをレロニレロ75とともにディゴ系の霊とする、あるいはシェラ76の別名だとするなど、見解の違いもある。症状: 咳、喀血、息が詰まる。貧血、全身が黄色くなる、水ばかり飲む。食べたものはみな吐いてしまう。要求: 黄色いビーズと白いビーズを互違いに通した耳飾り、青白青の三色にわけられた布(二辺に穴あき硬貨(hela)と黄色と白のビーズ飾りが縫いつけられている)、自分に捧げられたヤギ。草木: mutundukula、mudungu
75 レロニレロ(rero ni rero)。レロ(rero)はドゥルマ語で「今日」を意味する。憑依霊シェラ(shera76)の別名ともいう。施術師によっては、憑依霊ドゥルマ人のグループに入れる者もいる。男性の霊。一日のうちに、ビーズ飾り作り、嗅ぎ出し(kuzuza77)、カヤンバ(kayamba)、「重荷下ろし(kuphula mizigo)102」、「外に出す(ku-lavya konze121)まですべて済ませてしまわねばならないことから「今日は今日だけ(rero ni rero)」と呼ばれる。シェラ自体も、比較的最近になってドゥルマに入り込んだ霊だが、それをことさらにレロニレロと呼んで法外な治療費を要求する施術師たちを、非難する昔気質の施術師もいる。草木: mubunduki122
76 シェラ(shera, pl. mashera)。憑依霊の一種。laikaと同じ瓢箪を共有する。同じく犠牲者のキブリを奪う。症状: 全身の痒み(掻きむしる)、ほてり(mwiri kuphya)、動悸が速い、腹部膨満感、不安、動悸と腹部膨満感は「胸をホウキで掃かれるような症状」と語られるが、シェラという名前はそれに由来する(ku-shera はディゴ語で「掃く」の意)。シェラに憑かれると、家事をいやがり、水汲みも薪拾いもせず、ただ寝ることと食うことのみを好むようになる。気が狂いブッシュに走り込んだり、川に飛び込んだり、高い木に登ったりする。要求: 薄手の黒い布(gushe)、ビーズ飾りのついた赤い布(ショールのように肩に纏う)。治療:「嗅ぎ出し(ku-zuza)77、クブゥラ・ミジゴ(kuphula mizigo 重荷を下ろす102)と呼ばれるほぼ一昼夜かかる手続きによって治療。イキリク(ichiliku104)、おしゃべり女(chibarabando105)、重荷の女(muchet'u wa mizigo106)、気狂い女(muchet'u wa k'oma107)、狂気を煮立てる者(mujita k'oma108)、ディゴ女(muchet'u wa chidigo118、長い髪女(mwadiwa119)などの多くの別名をもつ。男のシェラは編み肩掛け袋(mukoba120)を持った姿で、女のシェラは大きな乳房の女性の姿で現れるという。
77 クズザ(ku-zuza)は「嗅ぐ、嗅いで探す」を意味する動詞。憑依霊の文脈では、もっぱらライカ(laika)等の憑依霊によって奪われたキブリ(chivuri78)を探し出して患者に戻す治療(uganga wa kuzuza)のことを意味する。ライカ(laika80)やシェラ(shera76)などいくつかの憑依霊は、人のキブリ(chivuri78)つまり「影」あるいは「魂」を奪って、自分の棲み処に隠してしまうとされている。キブリを奪われた人は体調不良に苦しみ、占いでそれがこうした憑依霊のせいだと判明すると、キブリを奪った霊の棲み処を探り当て、そこに行って奪われたキブリを取り戻し、身体に戻すことが必要になる。その手続が「嗅ぎ出し」である。それはキツィンバカジ、ライカやシェラをもっている施術師によって行われる。施術師を取り囲んでカヤンバを演奏し、施術師はこれらの霊に憑依された状態で、カヤンバ演奏者たちを引き連れて屋敷を出発する。ライカやシェラが患者のchivuriを奪って隠している洞穴、池や川の深みなどに向かい、鶏などを供犠し、そこにある泥や水草などを手に入れる。出発からここまでカヤンバが切れ目なく演奏され続けている。屋敷に戻り、手に入れた泥などを用いて、取り返した患者のキブリ(chivuri)を患者に戻す。その際にもカヤンバが演奏される。キブリ戻しは、屋内に仰向けに寝ている患者の50cmほど上にムルングの布を広げ、その中に手に入れた泥や水草、睡蓮の根などを入れ、大量の水を注いで患者に振りかける。その後、患者のキブリを捕まえてきた瓢箪の口を開け、患者の目、耳、口、各関節などに近づけ、口で吹き付ける動作。これでキブリは患者に戻される。その後、屋外に患者も出てカヤンバの演奏で踊る。それがすむと、屋外に患者も出てカヤンバの演奏で踊る。クズザ単独で行われる場合は、この後、患者は、再びキブリをうばわれることのないようにクツォザ(kutsodza101)を施され、ンガタ32を与えられる。やり方の細部は、施術師によってかなり異なる。
78 キヴリ(chivuri)。人間の構成要素。いわゆる日本語でいう霊魂的なものだが、その違いは大きい。chivurivuriは物理的な影や水面に写った姿などを意味するが、chivuriと無関係ではない。chivuriは妖術使いや(chivuriの妖術79)、ある種の憑依霊によって奪われることがある。人は自分のchivuriが奪われたことに気が付かない。妖術使いが奪ったchivuriを切ると、その持ち主は死ぬ。憑依霊にchivuriを奪われた人は朝夕悪寒を感じたり、頭痛などに悩まされる。chivuriは夜間、人から抜け出す。抜け出したchivuriが経験することが夢になる。妖術使いによって奪われたchivuriを手遅れにならないうちに取り返す治療がある。chivuriの妖術については[浜本, 2014『信念の呪縛:ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌』九州大学出版,pp.53-58]を参照されたい。また憑依霊によって奪われたchivuriを探し出し患者に戻すku-zuza77と呼ばれる手続きもある。詳しくは別項を参照されたい。
79 キブリの妖術(utsai wa chivuri)。人のキブリ78は妖術使いによっても奪われうる。イスラム系の妖術では妖術使いの使い魔となっている魔物(majine22)その他の手段によって犠牲者のキブリを呼び込む。自分を呼ぶ声が聞こえて、それにうっかり返事すると、その瞬間に犠牲者のキブリは妖術使いに捕らえられてしまう。妖術使いによって捕らえられたキブリは水を張った容器の水面にその人の姿として映し出される。それを妖術使いが切ると、その瞬間に人は死ぬ。非イスラムのドゥルマ的妖術においては、妖術使いは自分の身近な親族(とりわけ母や姉妹などの女性親族)を(妖術によって)殺害し手に入れた親族のキブリを閉じ込めた瓢箪をもっている。これが「キブリの瓢箪(ndonga ya chivuri)」と呼ばれるものである。閉じ込められたキブリは妖術使いの命令に従って、別の犠牲者のキブリを呼び込む。ここでも犠牲者は自分の名前が呼ばれているのを聞き、思わず返事した瞬間に、そのキブリは妖術使いの瓢箪のなかに取り込まれる。西遊記で似たような話しを読んだような。妖術使いは取り込んだキブリをじっくり痛めつけるが、最後にはそれを「切る」ことで犠牲者に死をもたらす。これら妖術使いに対抗する妖術を治療する施術師がいるが、これらの施術師も「キブリの瓢箪」をもっている。自分のもっているキブリの瓢箪を使って、妖術使いに捕まえられているキブリを取り返すのである。キブリは施術師の瓢箪の中に取り込まれ、そこから犠牲者の体内に戻される。問題は、妖術使いに対抗するキブリの施術師がもっている瓢箪も、彼自身が自分の女性親族を殺して作ったものだとされている点である。というわけでキブリの妖術に対抗する施術師もある意味、妖術使いと同じ穴のムジナだという側面をもつ。というわけでいずれにしてもキブリの瓢箪は怖い瓢箪なのである。

彼女の亡夫は名高い妖術系の施術師であった。彼がもっていたキブリの瓢箪。彼の術は強力で危険であったため、子供たちはだれもそれを相続したがらなかった。
80 ライカ(laika, pl. malaika)、ラライカ(lalaika)とも呼ばれる。複数形はマライカ(malaika)で、スワヒリ語では「天使」(単複ともにmalaika)の意味になるのだが、関係ないかも。ライカにはきわめて多くの種類がいる。多いのは「池」の住人(atu a maziyani)。キツィンバカジ(chitsimbakazi81)は、単独で重要な憑依霊であるが、池の住人ということでライカの一種とみなされる場合もある。ある施術師によると、その振舞いで三種に分れる。(1)ムズカのライカ(laika wa muzuka82) ムズカに棲み、人のキブリ(chivuri78)を奪ってそこに隠す。奪われた人は朝晩寒気と頭痛に悩まされる。 laika tunusi86など。(2)「嗅ぎ出し」のライカ(laika wa kuzuzwa) 水辺に棲み子供のキブリを奪う。またつむじ風の中にいて触れた者のキブリを奪う。朝晩の悪寒と頭痛。laika mwendo87,laika mukusi88など。(3)身体内のライカ(laika wa mwirini) 憑依された者は白目をむいてのけぞり、カヤンバの席上で地面に水を撒いて泥を食おうとする laika tophe89, laika ra nyoka89, laika chifofo92など。(4) その他 laika dondo93, laika chiwete94=laika gudu95), laika mbawa96, laika tsulu97, laika makumba98=dena99など。三種じゃなくて4つやないか。治療: 屋外のキザ(chiza cha konze37)で薬液を浴びる、護符(ngata32)、「嗅ぎ出し」施術(uganga wa kuzuza77)によるキブリ戻し。深刻なケースでは、瓢箪子供を授与されてライカの施術師になる。
81 キツィンバカジ(chitsimbakazi)。別名カツィンバカジ(katsimbakazi)。空から落とされて地上に来た憑依霊。ムルングの子供。ライカ(laika)の一種だとも言える。mulungu mubomu(大ムルング)=mulungu wa kuvyarira(他の憑依霊を産んだmulungu)に対し、キツィンバカジはmulungu mudide(小ムルング)だと言われる。男女あり。女のキツィンバカジは、背が低く、大きな乳房。laika dondoはキツィンバカジの別名だとも。「天空のキツィンバカジ(chitsimbakazi cha mbinguni)」と「池のキツィンバカジ(chitsimbakazi cha ziyani)」の二種類がいるが、滞在している場所の違いだけ。キツィンバカジに惚れられる(achikutsunuka)と、頭痛と悪寒を感じる。占いに行くとライカだと言われる。また、「お前(の頭)を破裂させ気を狂わせる anaidima kukulipusa hata ukakala undaayuka.」台所の炉石のところに行って灰まみれになり、灰を食べる。チャリによると夜中にやってきて外から挨拶する。返事をして外に出ても誰もいない。でもなにかお前に告げたいことがあってやってきている。これからしかじかのことが起こるだろうとか、朝起きてからこれこれのことをしろとか。嗅ぎ出しの施術(uganga wa kuzuza)のときにやってきてku-zuzaしてくれるのはキツィンバカジなのだという。
82 ライカ・ムズカ(laika muzuka)。ライカ・トゥヌシ(laika tunusi)の別名。トゥヌシは洞窟などのムズカの主。またライカ・ヌフシ(laika nuhusi83)、ライカ・パガオ(laika pagao)、ライカ・ムズカは同一で、3つの棲み処(池、ムズカ(洞窟)、海(baharini))を往来しており、その場所場所で異なる名前で呼ばれているのだともいう。ライカ・キフォフォ(laika chifofo)もヌフシの別名とされることもある。
83 ライカ・ヌフシ(laika nuhusi)、ヌフシ(nuhusi)はスワヒリ語で「不運」を意味する。ドゥルマ語の「驚かせる」(ku-uhusa)に由来すると説明する人もいる。ヌフシはまたムァムニィカ同様、内陸部と海を往復する霊であるともされる。その通り道は婉曲的に「悪い人の道njira ya mutu mui(mubaya)」と呼ばれ、そこに屋敷などを構えていると病気になると言われる。ある解釈では、ヌフシは海で人に取り憑いた場合は、海のパガオ(ライカ・パガオ(laika pagao84))が憑いているなどと言われるが、単にヌフシの別名に過ぎない。ライカ・ムズカ(laika muzuka82)もヌフシの別名。ムズカに滞在中に取り憑いた際の名前である。その証拠に、この3つは同じ症状を引き起こす。つまり「口がきけなくなる」という症状。霊がその気になれば喋れるのだが、その気がなければ、誰とも口をきかない。
84 ライカ・パガオ(laika pagao)。海辺で取り憑くライカ。ライカ・ヌフシ(laika nuhusi83)の別名。ジネ・パガオ(jine pagao)という名前で、ジネ(jine85)に数えられることも。
85 ジネ(jine, pl. majine)。イスラムでいうところのジン(精霊)。スワヒリ語ではjini。ドゥルマの憑依霊の世界では、イスラム系の憑依霊の一グループで、犠牲者の血を奪うことを特徴とする。血を奪う手段によって、さまざまな種類があり、ジネ・パンガ(panga)は長刀(panga(ス))で、ジネ・マカタ(makata)はハサミ(makasi(ス))で、ジネ・キペンバ(chipemba)はカミソリの刃(wembe)で、ジネ・バラ・ワ・キマサイ(jine bara wa chimasai)は槍で、ジネ・シンバ(またはツィンバ)(jine simba/tsimba)はライオン(tsimba)の鋭い爪で、といった具合に。ジネ・ンゴンベ(jine ng'ombe)はウシ(ng'ombe)が屠殺されるときのように喉を切り裂かれて血が奪われる。ジネ・ムヮンガ(jine mwanga)は犠牲者を組み敷き首を絞めることによって。一方、こうした自らの意思で宿主にとり憑く憑依霊としてのジネとは別に、より邪悪なイスラムの妖術によって作り出されるジネ22もあるとされる。コーランの章句を書いた紙を空中に投げると、それが魔物に変わり、命令通りに犠牲者を殺す。
86 ライカ・トゥヌシ(laika tunusi)。ヴィトゥヌシ(vitunusi)は「怒りっぽさ」。トゥヌシ(tunusi)は人々が祈願する洞窟など(muzuka)の主と考えられている。別名ライカ・ムズカ(laika muzuka)、ライカ・ヌフシ。症状: 血を飲まれ貧血になって肌が「白く」なってしまう。口がきけなくなる。(注意!): ライカ・トゥヌシ(laika tunusi)とは別に、除霊の対象となるトゥヌシ(tunusi)がおり、混同しないように注意。ニューニ(nyuni42)あるいはジネ(jine)の一種とされ、女性にとり憑いて、彼女の子供を捕らえる。子供は白目を剥き、手脚を痙攣させる。放置すれば死ぬこともあるとされている。女性自身は何も感じない。トゥヌシの除霊(ku-kokomola)は水の中で行われる(DB 2404)。
87 ライカ・ムェンド(laika mwendo)。動きの速いことからムェンド(mwendo)と呼ばれる。mwendoという語はスワヒリ語と共通だが、「速度、距離、運動」などさまざまな意味で用いられる。唱えごとの中では「風とともに動くもの(mwenda na upepo)」と呼びかけられる。別名ライカ・ムクシ(laika mukusi)。すばやく人のキブリを奪う。「嗅ぎ出し」にあたる施術師は、大急ぎで走っていって,また大急ぎで戻ってこなければならない.さもないと再び chivuri を奪われてしまう。症状: 激しい狂気(kpwayuka vyenye)。
88 ライカ・ムクシ(laika mukusi)。クシ(kusi)は「暴風、突風」。キククジ(chikukuzi)はクシのdim.形。風が吹き抜けるように人のキブリを奪い去る。ライカ・ムクセ(laika mukuse)とも。ライカ・ムェンド(laika mwendo) の別名。
89 ライカ・トブェ(laika tophe)。トブェ(tophe)は「泥」。症状: 口がきけなくなり、泥や土を食べたがる。泥の中でのたうち回る。別名ライカ・ニョカ(laika ra nyoka)、ライカ・マフィラ(laika mwafira90)、ライカ・ムァニョーカ(laika mwanyoka91)、ライカ・キフォフォ(laika chifofo)。
90 ライカ・ムァフィラ(laika mwafira)、fira(mafira(pl.))はコブラ。laika mwanyoka、laika tophe、laika nyoka(laika ra nyoka)などの別名。
91 ライカ・ムァニョーカ(laika mwanyoka)、nyoka はヘビ、mwanyoka は「ヘビの人」といった意味、laika chifofo、laika mwafira、laika tophe、laika nyokaなどの別名
92 ライカ・キフォフォ(laika chifofo)。キフォフォ(chifofo)は「癲癇」あるいはその症状。症状: 痙攣(kufitika)、口から泡を吹いて倒れる、人糞を食べたがる(kurya mavi)、意識を失う(kufa,kuyaza fahamu)。ライカ・トブェ(laika tophe)の別名ともされる。
93 ライカ・ドンド(laika dondo)。dondo は「乳房 nondo」の aug.。乳房が片一方しかない。症状: 嘔吐を繰り返し,水ばかりを飲む(kuphaphika, kunwa madzi kpwenda )。キツィンバカジ(chitsimbakazi81)の別名ともいう。
94 ライカ・キウェテ(laika chiwete)。片手、片脚のライカ。chiweteは「不具(者)」の意味。症状: 脚が壊れに壊れる(kuvunza vunza magulu)、歩けなくなってしまう。別名ライカ・グドゥ(laika gudu)
95 ライカ・グドゥ(laika gudu)。ku-gudula「びっこをひく」より。ライカ・キウェテ(laika chiwete)の別名。
96 ライカ・ムバワ(laika mbawa)。バワ(bawa)は「ハンティングドッグ」。病気の進行が速い。もたもたしていると、血をすべて飲まれてしまう(kunewa milatso)ことから。症状: 貧血(kunewa milatso)、吐血(kuphaphika milatso)
97 ライカ・ツル(laika tsulu)。ツル(tsulu)は「土山、盛り土」。腹部が土丘(tsulu)のように膨れ上がることから。
98 マクンバ(makumba)。憑依霊デナ(dena99)の別名。
99 デナ(dena)。憑依霊の一種。ギリアマ人の長老であるとされるが、8つの頭をもった大蛇という姿もとる。ギリアマ老人としてはヤシ酒と牛乳を好む。別名マクンバ(makumbaまたはmwakumba)。突然の旋風に打たれると、デナが人に「触れ(richimukumba mutu)」、その人はその場で倒れ、身体のあちこちが「壊れる」のだという。瓢箪子供に入れる「血」はヒマの油ではなく、バター(mafuha ga ng'ombe)とハチミツで、これはマサイの瓢箪子供と同じ(ハチミツのみでバターは入れないという施術師もいる)。症状:発狂、木の葉を食べる、腹が腫れる、脚が腫れる、脚の痛みなど、ニャリ(nyari100)との共通性あり。治療はアフリカン・ブラックウッド(muphingo)ムヴモ(muvumo/Premna chrysoclada)ミドリサンゴノキ(chitudwi/Euphorbia tirucalli)の護符(pande30)と鍋。ニャリの治療もかねる。要求:鍋、赤い布、嗅ぎ出し(ku-zuza)の仕事。ニャリといっしょに出現し、ニャリたちの代弁者として振る舞う。ニャリも人の姿と蛇の姿をもつが、施術師によっては、ニャリは蛇なので言葉を喋れない。そこでデナがニャリたちの代弁者となると説明する人もいる。でもデナも蛇なんですが。
100 ニャリ(nyari)。憑依霊のグループ。内陸系の憑依霊(nyama a bara)だが、施術師によっては海岸系(nyama a pwani)に入れる者もいる(夢の中で白いローブ(kanzu)姿で現れることもあるとか、ニャリの香料(mavumba)はイスラム系の霊のための香料だとか、黒い布の月と星の縫い付けとか、どこかイスラム的)。カヤンバの場で憑依された人は白目を剥いてのけぞるなど他の憑依霊と同様な振る舞いを見せる。実体はヘビ。症状:発狂、四肢の痛みや奇形。要求は、赤い(茶色い)鶏、黒い布(星と月の縫い付けがある)、あるいは黒白赤の布を継ぎ合わせた布、またはその模様のシャツ。鍋(nyungu)。さらに「嗅ぎ出し(ku-zuza)77」の仕事を要求することもある。ニャリはヘビであるため喋れない。Dena99が彼らのスポークスマンでありリーダーで、デナが登場するとニャリたちを代弁して喋る。また本来は別グループに属する憑依霊ディゴゼー(digozee72)が出て、代わりに喋ることもある。ニャリnyariにはさまざまな種類がある。ニャリ・ニョカ(nyoka): nyokaはドゥルマ語で「ヘビ」、全身を蛇が這い回っているように感じる、止まらない嘔吐。よだれが出続ける。ニャリ・ムァフィラ(mwafira):firaは「コブラ」、ニャリ・ニョカの別名。ニャリ・ドゥラジ(durazi): duraziは身体のいろいろな部分が腫れ上がって痛む病気の名前、ニャリ・ドゥラジに捕らえられると膝などの関節が腫れ上がって痛む。ニャリ・キピンデ(chipinde): ku-pindaはスワヒリ語で「曲げる」、手脚が曲がらなくなる。ニャリ・キティヨの別名とも。ニャリ・ムァルカノ(mwalukano): lukanoはドゥルマ語で筋肉、筋(腱)、血管。脚がねじ曲がる。この霊の護符pande30には、通常の紐(lugbwe)ではなく野生動物の腱を用いる。ニャリ・ンゴンベ(ng'ombe): ng'ombeはウシ。牛肉が食べられなくなる。腹痛、腹がぐるぐる鳴る。鍋(nyungu)と護符(pande)で治るのがジネ・ンゴンベ(jine ng'ombe)との違い。ニャリ・ボコ(boko): bokoはカバ。全身が震える。まるでマラリアにかかったように骨が震える。ニャリ・ボコのカヤンバでの演奏は早朝6時頃で、これはカバが水から出てくる時間である。ニャリ・ンジュンジュラ(junjula):不明。ニャリ・キウェテ(chiwete): chiweteはドゥルマ語で不具、脚を壊し、人を不具にして膝でいざらせる。ニャリ・キティヨ(chitiyo): chitiyoはドゥルマ語で父息子、兄弟などの同性の近親者が異性や性に関する事物を共有することで生じるまぜこぜ(maphingani/makushekushe)がもたらす災厄を指す。ニャリ・キティヨに捕らえられると腰が折れたり(切断されたり)=ぎっくり腰、せむし(chinundu cha mongo)になる。胸が腫れる。
101 ク・ツォザ・ツォガ(ku-tsodza tsoga)。妖術の治療などにおいて皮膚に剃刀で切り傷をつけ(ku-tsodza)、そこに薬(muhaso)を塗り込む行為。ツォガ(tsoga)は薬を塗り込まれた傷。ある種の憑依霊は、とりわけ憑依霊ドゥルマ人や多くのイスラム系の憑依霊は、自分の憑いている者がこうして黒い薬を塗り込まれることを嫌う。したがって施術には前もって憑依霊の同意を取って行う必要がある。そうせずにクツォザすることは患者を一層重篤にする。
102 憑依霊シェラに対する治療。シェラの施術師となるには必須の手続き。シェラは本来素早く行動的な霊なのだが、重荷(mizigo103)を背負わされているため軽快に動けない。シェラに憑かれた女性が家事をサボり、いつも疲れているのは、シェラが重荷を背負わされているため。そこで「重荷を下ろす」ことでシェラとシェラが憑いている女性を解放し、本来の勤勉で働き者の女性に戻す必要がある。長い儀礼であるが、その中核部では患者はシェラに憑依され、屋敷でさまざまな重荷(水の入った瓶や、ココヤシの実、石などの詰まった網籠を身体じゅうに掛けられる)を負わされ、施術師に鞭打たれながら水辺まで進む。水辺には木の台が据えられている。そこで重荷をすべて下ろし、台に座った施術師の女助手の膝に腰掛けさせられ、ヤギを身体じゅうにめぐらされ、ヤギが供犠されたのち、患者は水で洗われ、再び鞭打たれながら屋敷に戻る。その過程で女性がするべきさまざまな家事仕事を模擬的にさせられる(薪取り、耕作、水くみ、トウモロコシ搗き、粉挽き、料理)、ついで「夫」とベッドに座り、父(男性施術師)に紹介させられ、夫に食事をあたえ、等々。最後にカヤンバで盛大に踊る、といった感じ。まさにミメティックに、重荷を下ろし、家事を学び直し、家庭をもつという物語が実演される。またシェラの癒やしの術を外に出すンゴマにおいても、「重荷下ろし」はその重要な一部として組み込まれている。
103 ムジゴ(muzigo, pl.mizigo)。「荷物」「重荷」。
104 イキリクまたはキリク(ichiliku)。憑依霊シェラ(shera76)の別名。シェラには他にも重荷を背負った女(muchet'u wa mizigo)、長い髪の女(mwadiwa=mutu wa diwa, diwa=長い髪)、狂気を煮たてる者(mujita k'oma)、高速の女((mayo wa mairo) もともととても素速い女性だが、重荷を背負っているため速く動けない)、気狂い女(muchet'u wa k'oma)、口軽女(chibarabando)など、多くの別名がある。無駄口をたたく、他人と折り合いが悪い、分別がない(mutu wa kutsowa akili)といった属性が強調される。
105 キバラバンド(chibarabando)。「おしゃべりな人、おしゃべり」。shera76の別名の一つ。「雷鳴」とも結びついている。唱えごとにおいて、Huya chibarabando, musindo wa vuri, musindo wa mwaka.「あのキバラバンド、小雨季の雷鳴、大雨季の雷鳴」と唱えられている。おしゃべりもけたたましいのだろう。
106 ムチェツ・ワ・ミジゴ(muchet'u wa mizigo)。「重荷の女」。憑依霊シェラ76の別名。治療には「重荷下ろし」のカヤンバ(kayamba ra kuphula mizigo)が必要。重荷下ろしのカヤンバ
107 ムチェツ・ワ・コマ(muchet'u wa k'oma)。「きちがい女」。憑依霊シェラ76の別名ともいう。
108 ムジタ・コマ(mujita k'oma)。「狂気を煮立てる者」。憑依霊シェラ(shera76)の別名の一つ。憑依霊ディゴ人(ムディゴ(mudigo109))の別名ともされる。
109 ムディゴ(mudigo)。民族名の憑依霊、ディゴ人(mudigo)。しばしば憑依霊シェラ(shera=ichiliku)もいっしょに現れる。別名プンガヘワ(pungahewa, スワヒリ語でku-punga=扇ぐ, hewa=空気)、ディゴの女(muchet'u wa chidigo)。ディゴ人(プンガヘワも)、シェラ、ライカ(laika)は同じ瓢箪子供を共有できる。症状: ものぐさ(怠け癖 ukaha)、疲労感、頭痛、胸が苦しい、分別がなくなる(akili kubadilika)。要求: 紺色の布(ただしジンジャjinja という、ムルングの紺の布より濃く薄手の生地)、癒やしの仕事(uganga)の要求も。ディゴ人の草木: muphorong'ondo110, mupweke111, mutundukula112, mupera(mpera113), manga114, mbibo(mubibo115), mukanju(mkanju116)
110 ムゴロゴンド(mung'orong'ondo)、ムルングおよび憑依霊ディゴ人、シェラの草木。同じ(だと思うのだが)植物は、施術師によってはムロゴンド(murong'ondo)、ムブォロゴンド(muphorong'ondo)などとも呼ばれている。特徴的な照りのある大きな葉があり、ゴバンノアシの仲間、おそらくBarringtonia racemosa。樹皮を剥いで潰したものが魚をとる毒として用いられるということからも、これに違いない。
111 ムプェケ(mupweke)。憑依霊ディゴ人、シェラの草木。英名Rigid star-berry。Diospyros squarrosa、ドゥルマでの別名はムズング・ムホ(mudzungu muho)(Pakia&Cooke2003:389)。これに対し、Maundu&TengnasはムプェケをDiospyros mespiliformis、英名African Ebonyとしている(Maundu&Tengnas2005:199)。
112 ムトゥンドゥクラ(mutundukula, pl.mitundukula)。タロウ・ウッド、イエロー・プラム。Ximenia americana(Pakia&Cooke2003:380)。憑依霊ディゴ人、マンダーノの草木。葉を煮たものは目の薬になる; 実 tundukula は食用になる。一方別の箇所では、Dichapetalum zenkeri(Pakia&Cooke2003b:389)とされている。別の植物が同じ名前で呼ばれているということか。
113 ムペラ(mpera, pl.mipera)。muperaと発音する人も。グァヴァの木。Psidium guajava(Maundu&Tengnas2005:362)。内陸部の草木(muhi wa bara)の一つ。
114 マンガ(manga)。キャッサバ(Manihot esculenta)。ドゥルマでは手のかからない救荒食物として栽培されている。ディゴで好まれている食物の一つ。憑依霊ディゴ人、その他シェラなどディゴ系の憑依霊に憑依されたドゥルマ女性もキャッサバを好むようになる。憑依霊ディゴ人の草木。
115 ムビボ(mbibo, pl.mibibo(mubibo, pl. mibibo))。カシューナッツの木。別名 mukanju(mkanju)116、muk'orosho(mkorosho)117。Anacardium occidentals(Maundu&Tengnas2005:98)。カシューナッツの実自体はk'oroshoと呼ばれる。内陸部の草木(muhi wa bara)として「鍋」の成分の一つに。
116 ムカンジュ(mukanju, pl.mikanju(mkanju, pl.mikanju))。カシューナッツの木。mbibo115を見よ。
117 ムコロショ(mukorosho, pl.mikorosho)。カシューナッツの木。mbibo115を見よ。
118 ムチェツ・ワ・キディゴ(muchet'u wa chidigo)。「ディゴ女」。憑依霊シェラ76の別名。あるいは憑依霊ディゴ人(mudigo109)の女性であるともいう。
119 ムヮディワ(mwadiwa)。「長い髪の女」。憑依霊シェラの別名のひとつともいう。ディワ(diwa)は「長い髪」の意。ムヮディワをマディワ(madiwa)と発音する人もいる(特にカヤンバの歌のなかで)。mayo mwadiwa、mayo madiwa、nimadiwaなどさまざまな言い方がされる。
120 ムコバ(mukoba)。持ち手、あるいは肩から掛ける紐のついた編み袋。サイザル麻などで編まれたものが多い。憑依霊の癒しの術(uganga)では、施術師あるいは癒やし手(muganga)がその瓢箪や草木を入れて運んだり、瓢箪を保管したりするのに用いられるが、癒しの仕事を集約する象徴的な意味をもっている。自分の祖先のugangaを受け継ぐことをムコバ(mukoba)を受け継ぐという言い方で語る。また病気治療がきっかけで患者が、自分を直してくれた施術師の「施術上の子供」になることを、その施術師の「ムコバに入る(kuphenya mukobani)」という言い方で語る。患者はその施術師に4シリングを払い、施術師はその4シリングを自分のムコバに入れる。そして患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者はその施術師の「ムコバ」に入り、その施術上の子供になる。施術上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。施術上の子供は施術師に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る(kulaa mukobani)」という。
121 ク・ラヴャ・コンゼ(ンゼ)(ku-lavya konze, ku-lavya nze)は、字義通りには「外に出す」だが、憑依の文脈では、人を正式に癒し手(muganga、治療師、施術師)にするための一連の儀礼のことを指す。人を目的語にとって、施術師になろうとする者について誰それを「外に出す」という言い方をするが、憑依霊を目的語にとってたとえばムルングを外に出す、ムルングが「出る」といった言い方もする。同じく「癒しの術(uganga)」が「外に出る」、という言い方もある。憑依霊ごとに違いがあるが、最も多く見られるムルング子神を「外に出す」場合、最終的には、夜を徹してのンゴマ(またはカヤンバ)で憑依霊たちを招いて踊らせ、最後に施術師見習いはトランス状態(kugolomokpwa)で、隠された瓢箪子供を見つけ出し、占いの技を披露し、憑依霊に教えられてブッシュでその憑依霊にとって最も重要な草木を自ら見つけ折り取ってみせることで、一人前の癒し手(施術師)として認められることになる。
122 ムブンドゥキ(mubunduki)。Bourreria nemoralis(Pakia&Cooke2003b:388)。憑依霊レロ・ニ・レロ(rero ni rero75)の草木。
123 ンジェレ(njele, pl.njele)。くびれのない瓢箪を半分に割って作った容器。スープや牛乳を飲んだり、薬液の容器としても用いられる。
124 マレラ(marera)。憑依霊の名前。マレラ子神(mwana marera)はムルング子神(mwanamulungu58)の別名。動詞ku-rera(子供を「養う、養育する」)より、子供を養育するものとしてのムルングの特性を表す。施術師によってはマレラを憑依霊ディゴ人(mudigo109)やシェラ(shera76)のグループに入れる者もいる。
125 クスカ(ku-suka)は、マットを編む、瓢箪に入れた牛乳をバターを抽出するために前後に振る、などの反復的な動作を指す動詞。ンゴマの文脈では、カヤンバを静かに左右にゆすってジャラジャラ音を出すリズムを指す。憑依霊を「呼ぶ kpwiha」リズム。
126 ク・ツァンガーニャ(ku-tsanganya)。カヤンバの演奏速度(リズム)は基本的に3つ(さらにいくつかの変則リズムがある)。「ゆする(ku-suka)」はカヤンバを立ててゆっくり上下ひっくりかえすもので、憑依霊を「呼ぶ(kpwiha)」歌のリズム。その次にやや速い「混ぜ合わせる(ku-tsanganya)」(8分の6拍子)のリズムで患者を憑依(kugolomokpwa)にいざない、憑依の徴候が見えると「たたきつける(ku-bit'a)」の高速リズムに移る。
127 ポーレ(pore)。名詞・副詞として、ゆっくりしたさま、穏やかなさま、礼儀正しいさまなどを指す。間投詞としては、穏やかに、もの静かに、ゆっくりと、などに加えて、ひどい目に遭った人や、感情を高ぶらせている人に対して、相手がクールダウンするように、宥めたり、同情の意を示したり、謝ったりする言葉として用いられる。憑依の文脈では私はこれを「お静まりください」と訳している場合が多いが、コンテクストによっては異なる訳語を当てている。「ごめんなさい」「おきのどくです」「おかわいそうに」「おちついて」など。
128 ムカンガガ(mukangaga, pl.mikangaga)水辺に生える葦のような草木, 正確にはカンエンガヤツリ Cyperus exaltatus、屋根葺きに用いられる(Pakia2003a:377)。ムルングやライカなど水辺系(池系)の憑依霊(achina maziyani)の薬液をキザ(chiza37)、池(ziya38)として据える際に、その周りに植える(地面に差し込む)など頻繁に用いられる。またムカンガガ子神(mwana mukangaga)は、憑依霊ムルング(mwanamulungu58)の別名の一つである。
129 キンビカヤ(chimbikaya)。オヒシバ。Eleusine indica(Pakia 2005:142)。イネ科オヒシバ属の雑草。ムルング(mulungu)の草木
130 タイレ(taire)。2つの意味で用いられる間投詞。(1)施術の場で、その場にいる人々の注意を喚起する言葉として。複数形taireniで複数の人々に対して用いるのが普通。「ご傾聴ください」「ごらんください」これに対して人々は za mulungu「ムルングの」と応える。(2)占いmburugaにおいて施術師の指摘が当たっているときに諮問者が発する言葉として。「その通り」。
131 その後1986年以降、キナンゴ近辺での調査になり、イスラム教徒が多数派のディゴ地域においてはカヤンバは「憑依霊アラブ人」から始めるのが通例であることを知る。キナンゴ周辺ではムルングから始める方がまだ優勢であったが、憑依霊アラブ人から始めるのもごく普通に知られていた。1983年の「青い芯のトウモロコシ」村界隈では、憑依霊アラブ人からカヤンバを開始するのはまだ珍しかったと思われる。
132 ウバニ(ubani)。乳香
133 クビタ(ku-bit'a)。「投げ倒す、叩きつける」を意味する動詞。憑依霊の文脈では、カヤンバ演奏のリズムで最も速いリズム。憑依の兆候を見せた患者を、本格的な憑依状態に導く。同じ歌詞の繰り返しになるが、演奏者たちは躍起になって患者を憑依状態にしようとする。
134 キリャンゴナ(chiryangona, pl. viryangona)。施術師(muganga)が施術において用いる、草木(muhi)や薬(muhaso, mureya など)以外に必要とする品物をキリャンゴナという。施術に不可欠な媒体や補助物。治療に際しては、施術師を呼ぶ際にキリャンゴナを確認し、依頼者側で用意しておかねばならない。施術に必要なものは少量なので、転じて、なにかを少しだけ用いる際にも、これは単なるキリャンゴナだよ、などと言ったりもする。ここでは憑依霊ムルング子神が太鼓での演奏を要求していると解釈されていたのだが、せっかく太鼓で打ったのに憑依されなかったので、このちょっとした演奏でもう必要は満たされたのだろうとニャワ氏は考えたのだろう。
135 ゴロモクヮ(ku-golomokpwa)。動詞ク・ゴロモクヮ(ku-golomokpwa)は、憑依霊が表に出てきて、人が憑依霊として行為すること、またその状態になることを意味する。受動形のみで用いるが、ku-gondomola(人を怒らせてしまうなど、人の表に出ない感情を、表にださせる行為をさす動詞)との関係も考えられる。憑依状態になるというが、その形はさまざま、体を揺らすだけとか、曲に合わせて踊るだけというものから、激しく転倒したり号泣したり、怒り出したりといった感情の激発をともなうもの、憑依霊になりきって施術師や周りの観客と会話をする者など。憑依の状態に入ること(あること)は、他にクカラ・テレ(ku-kala tele)「一杯になっている、酔っている」(その女性は満たされている(酔っている) muchetu yuyu u tele といった形で用いる)や、ク・ヴィナ(ku-vina)「踊る」(ンゴマやカヤンバのコンテクストで)や、ク・チェムカ(ku-chemuka)「煮え立っている」、ク・ディディムカ(ku-didimuka136)--これは憑依の初期の身体が小刻みに震える状態を特に指す--などの動詞でも語られる。
136 ク・ディディムカ(ku-didimuka)は、急激に起こる運動の初期動作(例えば鳥などがなにかに驚いて一斉に散らばる、木が一斉に芽吹く、憑依の初期の兆し)を意味する動詞。
137 ムウェレ(muwele)。その特定のンゴマがその人のために開催される「患者」、その日のンゴマの言わば「主人公」のこと。彼/彼女を演奏者の輪の中心に座らせて、徹夜で演奏が繰り広げられる。主宰する癒し手(治療師、施術師 muganga)は、彼/彼女の治療上の父や母(baba/mayo wa chiganga)138であることが普通であるが、癒し手自身がムエレ(muwele)である場合、彼/彼女の治療上の子供(mwana wa chiganga)である癒し手が主宰する形をとることもある。
138 憑依霊の癒し手(治療師、施術師 muganga)は、誰でも「治療上の子供(mwana wa chiganga)」と呼ばれる弟子をもっている。もし憑依霊の病いになり、ある癒し手の治療を受け、それによって全快すれば、患者はその癒し手に4シリングを払い、その癒やし手の治療上の子供になる。この4シリングはムコバ(mukoba120)に入れられ、施術師は患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者は、その癒やし手の「ムコバに入った」と言われる。こうした弟子は、男性の場合はムァナマジ(mwanamadzi,pl.anamadzi)、女性の場合はムテジ(muteji, pl.ateji)とも呼ばれる。これらの言葉を男女を問わず用いる人も多い。癒やし手(施術師)は、彼らの治療上の父(男性施術師の場合 baba wa chiganga)139や母(女性施術師の場合 mayo wa chiganga)140ということになる。弟子たちは治療上の親であるその癒やし手の仕事を助ける。もし癒し手が新しい患者を得ると、弟子たちも治療に参加する。薬液(vuo)や鍋(nyungu)の材料になる種々の草木を集めたり、薬液を用意する手伝いをしたり、鍋の設置についていくこともある。その癒し手が主宰するンゴマ(カヤンバ)に、歌い手として参加したり、その他の手助けをする。その癒し手のためのンゴマ(カヤンバ)が開かれる際には、薪を提供したり、お金を出し合って、そこで供されるチャパティやマハムリ(一種のドーナツ)を作るための小麦粉を買ったりする。もし弟子自身が病気になると、その特定の癒し手以外の癒し手に治療を依頼することはない。治療上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。治療上の子供は癒やし手に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る」という。
139 ババ(baba)は「父」。ババ・ワ・キガンガ(baba wa chiganga)は「治療上の(施術上の)父」という意味になる。所有格をともなう場合、例えば「彼の治療上の父」はabaye wa chiganga などになる。「施術上の」関係とは、特定の癒やし手によって治療されたことがきっかけで成立する疑似親族関係。詳しくは「施術上の関係」138を参照されたい。
140 マヨ(mayo)は「母」。マヨ・ワ・キガンガ(mayo wa chiganga)は「治療上の(施術上の)母」という意味になる。所有格を伴う場合、例えば「彼の治療上の母」はameye wa chiganga などになる。「施術上の」関係とは、特定の癒やし手によって治療されたことがきっかけで成立する疑似親族関係。詳しくは「施術上の関係」138を参照されたい。
141 ク・ロンガ(ku-ronga)。施術師たちの「専門用語」のようなもので、解釈はなかなか難しい。一般の人々やカヤンバ奏者たちにとっては、ク・ロンガするとは、憑依霊たちを「呼ぶ(kpwiha)」行為を指す。カヤンバで特定の憑依霊の歌を演奏する際に最初にカヤンバを左右に振り動かすク・スカ(ku-suka)という憑依霊を呼ぶリズムが用いられるが、このク・スカの行為がク・ロンガだという。他方、施術師たちの唱えごとからは、憑依霊が癒やしの術を(「外に出すことを」)「求める、欲している」という意味で使用していると解釈されることがしばしばある。また人間が癒やしの術を手に入れようと求めることもク・ロンガという動詞で語られることもある。ク・ロンガから派生した動詞にク・ロンゲシャ(ku-rongesha)がある。動詞ク・ロンガのcausativeである。こちらは「招待の鍋(nyungu ya kurongesha)」のように、憑依霊たちを「招待する、呼ぶ」という意味が主であるが、人が癒やしの術をク・ロンガ「求める」際に、それに相応しいようにさまざまな準備(鍋治療とか)や訓練を受けることを、その受動態ク・ロンゲシュワ(ku-rongeshwa)を使って語る。コンテクストに応じて訳し分ける必要がある。厄介なことにディゴ語ではku-rongaは「歌う」という意味になる。書き起こし担当者の意見に従って「歌う」と訳すことにした箇所もある。
142 キブェレ(chiphele, pl.viphele)。ウシの革にタカラガイの殻とビーズを縫い付けて作った護符31の一種。憑依霊マサイ人、カンバ人など用。カブェレ(kaphele)とも呼ばれる。
chipheleの一例 E.O. Orchardson, 1986,A Socio-historical Perspective of the Art and Material Culture of the Mijikenda of Kenya(Phd.dissertation, SOAS)よりfig.22
143 リャカ(ryaka, pl.maryaka)。「矢筒、矢おい」。
144 ジツ・イール(dzitu iru)。「黒い巨人」という訳でいいのだろうか。dzituは人(mutu)のaugmentative。ただし形容詞との呼応は、ほんとならdzitu dziruとなるはずなのだが...なぜMalau氏がこの言葉を用いたのか不明。
145 ムズング・ワ・ムミアニ(muzungu8 wa mumiani)。イスラム系の霊で、症状は貧血、嘔吐、下痢など。ローズウォーターで洗い清められることと鍋の湯気を浴びる治療。「薬」は玉ねぎといっしょに煮て飲む。ヤギの血を飲む。女性の霊で、胸のところに青と赤の日本の縦縞がある白い長衣を求める。人の血を抜き取って集め、それで薬を作っているという。大きなナイフ、と石油缶、メガネ、腕時計、石鹸、懐中電灯(電池が切れると病気になる)を要求。
146 ク・ブンガ(ku-phunga)。字義通りには「扇ぐ」という意味の動詞だが、病人を「扇ぐ」と言うと、それは病人をmuweleとしてカヤンバを開くという意味になる。スワヒリ語のク・プンガ(ku-punga147)も、ほぼ同じ意味で用いられる。1939年初版のF.ジョンソン監修の『標準スワヒリ・英語辞典』では、「扇ぐ」を意味する ku-pungaの同音異義語として"exorcise spirits, use of the whole ceremonial of native exorcism--dancing, drumming,incantations"という説明をこの語に与えている。ザンジバルのスワヒリ人のあいだに見られる憑依儀礼に言及しているのだが、それをエクソシズムと捉えている点で大きな誤解がある。少なくとも、ドゥルマの憑依霊のために開催するンゴマやカヤンバには除霊という観念は当てはまらない。しかしニューニ(nyuni42)の治療を専門とするニューニの施術師(muganga wa nyuni)たちは、ニューニに対する施術をク・ヴンガ(ku-vunga)とク・ブンガ(ku-phunga、あるいはスワヒリ語を用いてク・プンガ(ku-punga))の二つに区別している。前者は、引きつけのようなニューニ特有の症状を示す乳幼児に対し薬液(vuo39)を、鶏の羽根をいっぱい刺した浅い籠状の「箕(lungo148)を用いて患者の子供に振り撒くことを中心に据えた治療を指し、後者は母親に憑いたニューニを女性から除霊する施術を指すのに用いている。ここではexorcismという説明が文字通り当てはまる。
147 ク・プンガ(ku-punga)。スワヒリ語で「扇ぐ、振る、除霊する」を意味する動詞。ドゥルマ語のク・ブンガ(ku-phunga146)と同じく、病人を「扇ぐ」と言うと病人をムウェレ(muwele137)としてンゴマやカヤンバ1を開くという意味になる。除霊する(ku-usa nyama, kukokomola17)という目的で開く場合以外は、除霊(exorcism)の意味はない。しかしニューニ(nyuni42)の治療を専門とするニューニの施術師(muganga wa nyuni)たちは、ニューニに対する施術をク・ヴンガ(ku-vunga)とク・ブンガ(ku-phunga、あるいはスワヒリ語を用いてク・プンガ(ku-punga))の二つに区別している。前者は、引きつけのようなニューニ特有の症状を示す乳幼児に対し薬液(vuo39)を、鶏の羽根をいっぱい刺した浅い籠状の「箕(lungo148)を用いて患者の子供に振り撒くことを中心に据えた治療を指し、後者は母親に憑いたニューニを女性から除霊する施術を指すのに用いている。ここではexorcismという説明が文字通り当てはまる。
148 ルンゴ(lungo, pl.malungo or nyungo)。「箕(み)」浅い籠で、杵で搗いて脱穀したトウモロコシの粒を入れて、薄皮と種を選別するのに用いる農具。それにガラス片などを入れた楽器(ツォンゴ(tsongo)あるいはルンゴ(lungo))は死者の埋葬(kuzika)や服喪(hanga)の際の卑猥な内容を含んだ歌(ムセゴ(musego)、キフドゥ(chifudu))の際に用いられる。また箕を地面に伏せて、灰をその上に撒いたものは占い(mburuga)の道具である。ニューニ42の治療においては、薬液(vuo39)を患者に振り撒くのにも用いられる。
149 Did Mwaega and Katana mistake "viasi" (plural of kiasi = ammunition) for "viazi" (plural of kiazi = potato), or did they say "viasi" correctly, and I misheard and thought it to be "viazi" ? In any case, in the edited text that combined my field notes from the day of Kayamba with the commentary on the audio tape they provided the following day, I used the expression "viazi = potato," even though I found it strange. Of course, it was explained as "something necessary for a gun," but I left it at that without investigating what that specifically meant.
ムワエガやカタナが「viasi(kiasiの複数形=弾薬)」を「viazi(kiaziの複数形=ジャガイモ)」と間違えていたのか、彼らはちゃんとviasiと言っていたのに、私が聞き間違えてviazi=potatoだと思ったのか。ともかく、カヤンバ当日の私のフィールド・ノートに、翌日に彼らが行ってくれた録音テープの内容解説を統合した編集されたテキストでは、私は奇妙に思いつつも「viazi=ジャガイモ」という表現をそのまま使っている。もちろん、「銃に必要なもの」と説明されているのだが、私はそれが具体的には何であるかを追究しないままに放置した。恥ずかしい。
150 According to "A Standard Swahili-English Dictionary", "yasi" means yellow powder from India used by women as a cosmetic. Perhaps Malau is referring to something like gunpowder.
A Standard Swahili-English Dictionaryによると、「yasi」はインド産の黄色い粉で、女性が化粧品として使うものだそうだ。viasi yasiでマラウは火薬のようなものを指していたのだろうか。
151 This statement also shows that Nyawa, who belongs to the younger generation(the same as Malau's sons' generation), did not understand what "viasi" meant at this point.
この発言から、若い世代(マラウの息子たちと同じ世代)に属するニャワがこの時点ではスワヒリ語の「viasi」の意味を理解していなかったらしいとわかる。
152 ンガイ(ngai)。憑依霊カンバ人の別名。「稲妻のンガイ(ngai chikpwakpwala)」は男性で、白い長腰巻き(キコイ)を必要とする。「コロコツィのンガイ(ngai kolokotsi)」または「ゴロゴシ(gologoshi)」は女性のカンバ人で、呼子(filimbi)とハーモニカ(chinanda)を要求し、黒い薄手の布(グーシェ(gushe))を纏う。「閃光のンガイ(ngai chimete)」は白地に赤い線が入った布(カンバ語でngangaと呼ばれる布)を要求する。ngangaはドゥルマ語では「稲妻(chikpwakpwala)」の意。
153 ケニアの高級紙巻きタバコ。モンバサにでた際に、何カートンか買って長老たちへのお土産にしていた。それほど喜ばれなかった。Jawa氏にも1カートン渡していた。
154 SportsmanもEmbassyもケニア製の紙巻きタバコの商品名だが、前者が1パック6~10シリングであったのに対し、後者は15~20シリングと高級品だったと記憶している。当時は1シリングは約20円だった。Jawa氏はSportsmanの方が高いと言っているが。
155 憑依霊の施術師たちは唱えごとの中などで、しばしば病人の身体を憑依霊にとっての「砦(ngome156)」にたとえる。このJawa氏の語りの中でのboma(スワヒリ語で基地、砦)についても同様である。病人の身体が霊の白人にとっての「基地、砦」であり、霊がそこに帰ってきて腰を下ろすと、その人は病気になるとされている。したがって、白人に長く旅ができるよう「背負うバッグ」を与えると、白人は旅を続け、長く不在になるので、患者の健康状態は良好になる。
156 ンゴメ(ngome)。憑依の文脈では、憑依霊たちが棲まう砦(ngome)、つまり患者の身体のこと。
157 ピチャ(picha, pl.picha)。「写真、絵」もちろん英語の pictureから来ている。しかしピチャは単なる「写真、絵」だけではなく、「模型」「模像」さらには「コピー」の意味も持つ。たとえば、私は帰国する際に施術師チャリから瓢箪子供をプレゼントされたことがあるが、このときチャリは「この瓢箪は、なかに心臟(削って作った木片)も血(ヒマの油)も薬(muhaso24)も入ってないただのピチャだから、心配しなくて良い」と言ってくれた。
158 1983年に現地で編集したテキストでは、この発言の後半はMalauの息子のMusozaが言ったとされているが、テープを何度聞いてもJawa氏の一連の発言の一部であることははっきりしている。また素材となる木についてもそのテキストではmuphingo159となっているが、録音されたテープではmuphingoは確認できない。
159 ムブィンゴ(muphingo)。アフリカ・ブラックウッド。幹の外側は通常の木質だが、芯は黒檀のように黒く重く固い。Dalbergia melanoxylon(Pakia&Cooke2003b:391)。憑依霊ドゥルマ人の草木。
160 Mutunda (pl. mitunda). Sideroxylon inerme(Pakia&Cooke2003b:393). Also known "mutunda-koma". A tree that makes up coastal forests and riparian forests. It is heavy, hard, and fire-resistant, so it is used as building material. It can also be found inland along rivers. Both Mr. Malau and Mr. Jawa use the name Mutundo. While there is a tree called mutundu(Croton macrostachyus), a tree found in central and western Kenya, and not found in Coastal region. The name is used by the Kikuyu people. It is not used among the Duruma. It doesn't exist in the Swahili vocabulary either(Maundu&Tengnas2005:180). On the other hand, the name "mtunda" exists in the Swahili vocabulary. Here, I've interpreted and translated "mutundo" as "mutunda" when the two of them mention it. Perhaps there's another tree in Durma called "mutundo." If anyone knows, please let me know.
ムトゥンダ(mutunda, pl.mitunda)。Sideroxylon inerme(Pakia&Cooke2003b:393)。別名「ムトゥンダ・コマ(mutunda k'oma)」。沿岸林や河畔林を構成する樹木。重く、硬く、耐火性があるため、建築材料として使用される。内陸の川沿いにも見られる。マラウ氏とジャワ氏はどちらもムトゥンド(mutundo)という名前を使用している。一方、ムトゥンドゥ(mutundu)と呼ばれる木(Croton macrostachyus)が、ケニア中央部と西部に見られるが、海岸地方には見られない。ムトゥンドゥはキクユ語の名称である。スワヒリ語の語彙にも存在しない(Maundu&Tengnas2005:180)。一方、「mtunda」はスワヒリ語の語彙に含まれている。ここでは二人が言及している"mutundo"を"mutunda"だと解釈して訳している。もしかしたらドゥルマには別に"mutundo"という名前をもった木があるのかもしれない。ご存じの方は教えて欲しい。
161 キブィンゴ(Chiphingo)。地名。アフリカン・ブラックウッド(muphingo159)の指小形に由来。「小さなブラックウッド村」ということになる。「青い芯のトウモロコシ」地区に屋敷を開くまえにPereの屋敷の創始者Mweroが妻たちとともに屋敷をもっていた地区。Mweroはそこに彼の第一夫人とその子供たちを残して、「青い芯のトウモロコシ」に移住した。当時のドゥルマの人々の移住の典型的なパタン。
162 ドゥルマの人々は流暢にスワヒリ語も喋れるのだが、このジャワ氏のように文法的にはやや不正確なところがある。neno(pl. maneno)の名詞クラスはJi-Maクラス(Ma-クラス)なので、ここは"Yale maneno yaliokwamba yametoka"となるべきところである。なんて、たいして喋れない私が偉そうに言うな、みたいな。
163 ハムリ(hamuri, pl. mahamuri)。(ス)hamriより。一種のドーナツ、揚げパン。アンダジ(andazi, pl. maandazi)に同じ。
164 文法的には少し変だが(主語と主格接頭辞が呼応していない)、無理やり訳すと「やつらケヤが手に入れるように、下で大皿で(の)食事をする」みたいな。
165 ドゥルマの色彩名称。形容詞:「白い」 -eruphe; 「黒い」-iru; 「赤い」-a kundu(茶色も含む); 「青い、緑の」 -chitsi(chanachitsi)、chibitsiとも言う。itsiは「生(なま)の意味。つまり草などの生の色である。鶏を例にすると、k'uk'u mweruphe「白い鶏」jogolo dzeluphe「白い雄鶏」、k'uk'u mwiru「黒い鶏」jogolo dziru「黒い雄鶏」、k'uk'u wa kundu「赤い(褐色の)鶏」jogolo ra kundu「赤い雄鶏」などとなる。
166 チャンダルア(chandalua, chandarua, pl.vyanda-、ドゥルマ語ではchandaluwaと発音される)。スワヒリ語で「蚊帳」を意味するが、キャンバス地の布、それを用いたテントの意味もある。私はここでは「蚊帳」と訳したが(現地の人々が利用する安価な蚊帳には濃緑色のネットが用いられている)、1983年の時点でムァエガとカタナは「政府のテント」と説明している。
167 ミフコングヮ(mifukongbwa)。mifukoは「袋、バッグ」を意味するmufukoの複数形。-ngbwaは名詞の後ろに付けて、特定の誰かを念頭に置いて、「所有者のいる~」といった意味あいをもたせる接尾辞。ここでは「白人(muzungu)」が問題になっているので、mifukongbwaで白人が背負うようなバッグといった意味になる。もしかしたら当時私が使用していたバックパックのような、という意味で用いていたのかもしれない。
168 ジベギ(dzibegi)。ベギ(begi)は英語のbagに由来するスワヒリ語。dziはドゥルマ語おける増大辞(augmentative)。「巨大バッグ」ということになる。
169 -ングヮ(-ngbwa)。名詞の後ろに付けて、特定の誰かを念頭に置いて、「所有者のいる~」といった意味あいをもたせる接尾辞。
170 ドゥルマの時間の捉え方は、イスラム世界(スワヒリ世界)におけるそれに類している。一日は日没に始まり、次の日の日没までである。日本の呼び方で午後7時は、スワヒリ・ドゥルマではsaa mwenga(saa moja in Kiswahili)つまり1時で、一日の最初の1時間が経過したことを示す。日本の呼び方で午前0時はスワヒリ・ドゥルマではsaa sita、つまり6時である。日本の呼び方で午前6時はスワヒリ・ドゥルマではsaa kumi na mphiri(mbiri in Kiswahili)12時となる。ここから一日の後半のカウントが始まり、日没前の午後6時、スワヒリ・ドゥルマ風に言えば12時で一日の終りとなる。という訳でドゥルマ語で8時(saa nane)といえば、日本の呼び方では夜中の2時、あるいは昼の午後2時を指すことになる。
171 憑依霊スディアニの歌のこの箇所は、mulongoではなくmurongoかもしれない。私はlとrの聞き分けが苦手なので、自分の書き起こしには自信がない。動詞 ku-ronga(施術師用語だが、「憑依霊に呼びかける、招待する」という意味があり、その名詞形 urongi は、憑依霊に関する「施術」を意味する)に由来し、murongoは憑依霊のために開催するンゴマやカヤンバの意味になる。ただ、この歌のコンテクストにはなんとなくそぐわない。人によっては、ここをmurondoと歌う人もいる。しかしこの言葉はドゥルマ語としては意味をもたない。ディゴ語では動詞ku-rondaは、「欲する、欲しがる」の意味。
172 ku-koswa は動詞 ku-kosa 「間違い、過ちを犯す」の受動形だが、相手がなにか間違いを犯して、それによって腹をたてている状態であることを意味する表現として広く用いられる。相互形 ku-kosana は互いに間違いを犯しあった、という意味ではほとんど用いられず、「互いに喧嘩している、喧嘩状態にある、仲違いしている」という意味で用いられる。人が怒るのは、相手に原因がある(相手が間違ったことをしたから)みたいな理屈だ。
173 マダマダ(madamada)。ドゥルマ語では(ギリアマ語でも)「斑点模様」を意味するのだが(例えば、mbuzi ya madamada 斑点模様のヤギ)、それでは意味が通じない。クラプフとレブマンの19世紀の辞書では「半乾燥 partly dry」という訳が付けられているが、これでも意味不明。
174 ロメ(rome, pl.marome)。「焚き火」を意味するコメ(kome, pl.makome)のaugmentative形でもあるが、屋敷内の人々が集って語りあったり、一緒に食事をとったりする、屋敷の中央部にある屋外の広場。かつて人々は夕方になるとロメに火を起こし、屋敷の全ての男がそこに集い共に食事をとった。そこで寝る時間まで会話や教育や物語が話された。今日では3~4世代の父系親族が暮らす大きな屋敷そのものが姿を消しつつあるが、1980年代半ばくらいまではキナンゴから離れた地域(「青い芯のトウモロコシ」のような)ではまだ普通に見られた。
175 ミリンゴ(milingo pl.of mulingo)。「取り巻く、周回する、巻き付く、絡みつく」などを意味する動詞ku-lingaより派生した名詞。単なる「周回運動、一周」を意味する他に、比喩的に「事態が絡み合いもつれる様」も指す。
176 スワヒリ語で、「裂け目、ギャップ、穴」などを意味する。ドゥルマ語ではphengo。クワレ・カウンティにはPengoと呼ばれる地名もある。シンバヒルの近く。
177 モノ(utu)が多義的に用いられている。u-classの名詞はしばしば抽象名詞なのだが、そのu-classの代表がモノ(utu)である。それは物、問題、課題、病気などさまざまな内容に置き換えうる。
178 ここでは「屋敷(mudzi)」で患者の身体に言及している。すでに見たように、患者の身体を、憑依霊たちがやって来て一時滞在する「砦(ngome, boma)」として語るのは広く見られる語り口である。憑依霊がやって来て、椅子がなければ、患者の身体に直接腰を下ろしてしまうので、それが患者に苦痛を与える。憑依霊たちは大勢でやって来て、統率がとれず、家や砦を荒らして、壊してしまうこともある。これも病気となる。ここではマラウ氏の身体が屋敷に例えられ、その屋敷の中心に屋敷の人びとが集う前庭があり、その焚き火の周りに屋敷の長老たちが集まり、そこに各妻たちが食事を持ち寄り、共食しつつ談話に興じるというのが、伝統的な屋敷のイメージとなっている。この前庭の大きな焚き火がロメ(rome, 焚き火(kome)のaugmentative)で、屋敷の成員の団結の象徴的なイメージになっている。ただこのカヤンバの文脈では、長老たちの目を盗んで子供たちがやってきていたずらで火勢を強めてしまうことが、マラウ氏の発熱の原因とされている。
179 ムシパ(mushipa, pl.mishipa)。動脈、静脈、神経、筋肉、腱などを総称してムシパという。またそれらの病気、ヘルニア、痛み、各部膨満や浮腫。スワヒリ語のmshipaに同じ。mushipa wa ndani 腹部の膨満,腹の中がごろごろいう(鶏の肉,良く煮えていない肉などによって引き起こされるとされる)、mushipa wa njiri 鼠径部ヘルニア、mushipa wa chidzungu 睾丸が膨満する、mushipa wa kutserera 睾丸が膨満して下に垂れ下がってしまう、mushipa wa p'ep'o 憑依霊のせいで起こるムシパ、など幅広い。象皮病もこれに含むこともある。
180 ムベガ(mbega, pl.mbega)。オナガザル科のアビシニアコロブス(Colobus guereza)。そのマント状の長い毛が特徴の毛皮を、背中に付けて、肩を激しく上下させて白い長い毛の房(chio181)を振るわせる伝統的な踊りもムベガと呼ばれる。写真はwikipediaより。

ドゥルマの祖先の墓で行われた供犠の際のダンス。黒いズボンとベストの男がムベガの毛皮を背負って踊っている。オモチャの動画カメラによるもので、かなり悲惨な画質だが。
181 チオ(chio, pl.vio)、キオ(kio, pl.vio)とも。ムベガ(mbega、アビシニアコロブス)の特徴的な長く白い毛の房。詳しくはムベガ180参照。
182 ンズガ(nzuga)。三日月型の中空の鉄のペレット(2cm X 5cm)の中にトウモロコシの粒を入れた体鳴楽器(idiophone)。足首などにつけて踊ることでリズミカルな音を出す。
183 動詞ク・アパ(ku-apa)はスワヒリ語で「誓う」を意味するが、この文章中では意味をなさない。しかし何度聞き直してもマラウ氏ははっきりkuapaと言っている。なおkooはスワヒリ語で「喉」。ku-awa であれば、汗や血が「出る」という意味の動詞である。まったく根拠はないが、ここは「喉が狭くて、息が少ししか出ない」みたいな感じで解釈しておいた。
184 キトゥオ(chituo, pl.vituo)「中継地、仮泊まり場、駅」。スワヒリ語のkituo(p. vituo)に同じ。憑依の文脈では、憑依霊たちが移動の過程で滞留する場所。人にとっては危険な場所でもある。