ムパさん、憑依霊「白人(muzungu)」について語る。

目次

  1. 概要

  2. ムパさんの「白人」話

    1. ムミアニの白人とケヤの白人

    2. 憑依霊「白人」の施術師

  3. 考察

  4. 注釈

概要

(Oct.3, 1991のフィールド・ノートより)

「草むらの洞窟」村のNyu...老宅訪問。Mwanyotaクラン1の歴史についてのインタビュー。....(中略) Nyu...の妻Mupaは憑依霊のmuganga2 先日のBora の屋敷でのkuzika(Sept.11, 1991)で私を見たという。 彼女にはmuzungu wa mumiani4 がおり、このためmuzungu5を見ただけで、roho yinaanza kpwahuka, mpaka akokoterwe.訳文1 Malindiの息子を訪ねた際にも、azungu5が一杯なため roho ni kpwahuka kpwenda訳文2 だったという。 背中に背負う mufuko6 が欲しいという。来年のお土産約束。

訳文1: 心臓が破裂し始める。(「白人」に対して)唱えごとをしてもらわないと。 訳文2: 心臓は破裂し続ける。

(Sept.7, 1992の日記7より)

午前9時キラジニ川向うの「草むらの洞窟」村のNyu...老を訪問。Nyu...老は妖術系の呪医2だが、彼の妻Mupaは憑依霊の呪医2で、昨年訪問した際に約束していたお土産のバックパックをたいそう喜ぶ。彼女の持ち霊のムミアニの「白人」のせい。

(Sept.7, 1992のフィールドノート8より) ムミアニの白人の要求: バックパック、ソックス、白いつば広帽(野球帽みたいな?)10、靴 これらは治療するときに身につける

MupaによるMuzungu wa mumianiの説明(DB 5121-5123) 夢のなかで追いかけられる話が面白い

Muzungu wa mumianiの呪医(DB 5126-5129) Muzunguは占いが嫌い、瓢箪も嫌い kulavya nze11 はお金を払って、mihi12を示されて終わり 背中に背負うバッグはmugangaにkokotera24してもらう mihiはバッグのなかに入れる

muzunguをもっている施術師にしかkukokoteraはできない。 もっていないのに kukokoteraすると病気になる

農耕を嫌う

ムパさんの「白人」話(日本語訳)

各パラグラフ冒頭の数字をクリックすると対応するドゥルマ語テキストに飛びます。

ムミアニの白人とケヤの白人

5121

Mupa(M): それとソックスとつば広帽子ね。 Hamamoto(H): ふむ。 M: さて、私が施術に行くときには、それを被って行くのよ。(被る動作をしながら) H: おお、つばが一方にだけあるみたいなつば広帽子なんですね。 M: そうよ、あのつば広帽子よ、あの重たい28 H: なるほど。 M: そう。さて、それが欲しがられているのよ。もし私がワンピース(長衣)を着用するとしたら、帽子とソックスと靴を加えないとね。もし施術に行くなら、それらの品々を身に着けて行かないと。 H: ところでこの「白人」ですが、人をどんな風に苦しめるんですか。もし人を捕らえると、その人をどんな風に苦しめるのかって? M: 人をどんな風に苦しめるかですか? H: はい、人をどんな風に苦しめるか、そいつ、ケヤの白人は。 M: 人を捕らえると、胸の痛みね。 H: ふむ。 M: そうよ。そしてときには肋骨の脇が何かに突き刺されるみたいな。頭痛が続く、そしておさまることがない。占い(mburuga29)に行ったら、ケヤの白人のせいだと言われるのよ。 Nyu...(N): あるいは、わしらはそいつをムミアニとも呼んどるんじゃ。 M: そいつはムミアニの「白人」とも呼ばれるのよ。あの奇妙なひとたち、あの、何ていうんだっけ人間を...

5122

Hamanoto(H): えーと、血を吸う? Mupa(M): ええ、そうよ。ああ、そのとおり、あの人間に注射を打つ奴ら。だって今だに、眠るとそいつとその兵隊たちに追いかけられるんだから。さあ、追いかけられて、追いかけられて、もし捕まえられたら、あなたは処刑されて、石油缶の中に(その血を)注ぎ込まれるのよ。そいつの石油缶ときたら、ガンガラン、ガンガラン、そいつが持って(追いかけてくる)。 うまく逃げおおせたら、諦めてくれるでしょう。あなたは追いかけられている。そして、カンバ人の女性の小屋に逃げ込むの。その女性はあの「白人」の部下の兵隊の妻なのよ。その女性の小屋に逃げ込んで、見回しても、戸口がない。小さな壁の割れ目があってそこから外に出ないと。そのとても小さい割れ目を開いてもらうの。カンバ人の女性があなたに言うのよ。出て、出て、って。あなたが出ると、彼女は小屋の中に戻る。そしてあなたは朝(目覚めて)、異常な症状を感じるわ、どうしようもないほど。これがムミアニの白人よ。 そうなると、それ(の病気)は、施術師のところに行く必要があるのよ。唱えごとをしてもらわないと。そう、憑依霊の白人の施術師のところに行って、「白人」に対して唱えごとをやってもらわないとね。その病気が出てきたら、施術師のところにそれをもって行かなければ、私の施術師のところで唱えごとしてもらわなくちゃね。 Woman1(W1): シディさんに? M: ちがうちがう。私の施術師よ、以前私を調えてくれて、おかげで私が回復したその人、ベムァヴンバさんの息子よ。 Woman2: ンガタ(ngata16)はどこか行っちゃったの? M: 今ももってるわよ。

5123

Woman1(W1): その人(施術師)、「湿った窪地」村の人? Mupa(M): 「湿った窪地」の人よ。ところでそのンガタは、私自身がもっているの。私がね。自分できちんとしまっておいて、ときどき見て、身につけるのよ。 Nyu...(N): ほら、これじゃろ。 Hamamoto(H): で、そのケヤの「白人」とムミアニの「白人」ですが、同一人物なんですか。それとも... M: 二人とも一体よ。そいつ(「白人」)一人と、その手下の兵隊のカンバ人。 H: カンバ人? M: そのカンバ人を、そいつ(ムミアニの「白人」)はけっして手放さない。その手下の兵隊としていつもいっしょに行く。 H: おお、(ケヤの「白人」は)、ムミアニの手下の兵隊のこと? M: そうよ。その手下の兵隊よ。彼らは別れない。ところでその兵隊こそ、この布の持ち主なのよ。(これは)兵隊の布よ。 H: その黒い布が? M: ええ、黒い布。白いラインが縫い付けてある。(ムミアニの白人の)長衣(rinda30)みたいにね。 H: すると、それぞれが自分の長衣をもっている? M: うーん。 H: 「白人」の仲間たちは? M: いいえ、その兵隊はこれ(黒い布)を手に入れたら、それで終わり。長衣31とともに着たいときには、長衣を着て、それからこの布を巻いて結ぶのよ。

憑依霊「白人」の施術師

5126

Mupa(M): ああ、占いなら私たちはしますよ、しますとも。でもね、あの大きなバッグの持ち主(憑依霊「白人」のこと)につかまれるのよ。そいつは占いを打つのが嫌いなの。あれらの瓢箪を打つのも嫌いなの。 Hamamato(H): ふむ。 M: (瓢箪を)見るのも、覗き込むのも嫌いなの。もし近くにいたとしてごらんなさい、もう徹底的に嫌うんだから。そもそもそれらを拒んでいる。このバッグの人が来た日には、ああ!ああ、私たちのところには瓢箪なんてありません、私たちは、って言うのよ。だから(私たちが施術する際には、瓢箪には入れずに)薬(muhaso32)だけを持っていきます。それをバッグに入れて、それを肩にかけてね。 H: ふむ。 M: でも、この瓢箪って誰のもの?だって、彼(憑依霊「白人」)こそが癒しの術を握っている人でしょ。私に必要なのは、300シリングを手に入れること。それで憑依霊「白人」を外に出せるのよ。(300シリングを)手に入れて、(憑依霊「白人」を外に出してしまえば、しばらくは「白人」のせいで治療を他の施術師に受けに行かなくて済むので)一休みできるから、その方が良いでしょ。そう、たった300シリング手に入れるだけよ。だってその(彼女を治療してくれている)施術師が言うことには、「ああ、300シリングだけ持っておいで。私があなたに草木を示してあげるよ。だって、(憑依霊「白人」)はンゴマ(ngoma33)を開くこともない、ただ私が草木を示すだけだから。」 H: ふむ。彼が? M: ええ、ムウェレ(muwele37)は草木を示してもらえば終わり。 H: それで外に出したことになる。 M: このバッグはすでに持ってる。そう。あちらで外に出してもらうというのなら、そもそもバッグは手に入れたわ。そう。施術師は(憑依霊「白人」の)草木を伐っては、そのバッグの中に入れてくれる。伐ってはバッグの中に入れてくれる。ここに着くときには、草木もいっしょ。自分のバッグの中にすでに入っている草木とともに着くことになるわ。さて、憑依霊「白人」の施術はこのバッグで、順調に続いていくわ。後は、そのバッグをあちらの施術師によって、唱えごとをしてもらうだけ。

5127

Hamamoto(H): 「湿った窪地」村の? Mupa(M): そこにそのバッグをもって行って、私の施術師に唱えごとをしてもらわないとね。この近所のあの人(施術師)、もし憑依霊「白人」じゃなかったら、とうに唱えごとしてもらってるでしょうよ。でもその人は、憑依霊「白人」の施術師じゃないのよ。その人は憑依霊「白人」と知り合いじゃないの。 H: ふむ。 M: (「白人」は)自分のことを知らない人には、唱えごとしてもらわないの。 Woman1(W1): じゃあ、あなたは(「白人」と)どうやって話するの、あなたが(「白人」を)知らないとしたら。 M: ちがうってば。まずね、そいつはすごく獰猛な(強力な)憑依霊なの、あなた、キョウダイ。もう、すごいんだから。あなたが「白人」を知っていなくちゃ、あなた自身が「白人」を(身体の中に)持っていなくちゃ、それで初めて他の人に唱えごとしていいのよ。もし、あなたが「白人」を持っていなければ、行ってその人に唱えごとしたら、その人は病気になっちゃうのよ。 H: ふむ。 M: ええ。もし、あなた自分の憑依霊をもってなくて、誰かあなたに施術してもらいたい人がいたら、さて、あなたその人に唱えごとしたりする?あの、私の(施術上の)お母さんですら、私に唱えごとしないわよ。「いえいえ、あなたが互いに関係をもってしまっているあなたの相棒(憑依霊)に、私はまだ捕らえられたことがないのよ。」と言って。 W1: 彼女はまだ? M: 彼女はまだムミアニの「白人」には捕らえられたことがないのよ。だから「ああ、私はその人(「白人」)に対して唱えごとはしません。そいつが私を捕らえるといけないから。」って言うのよ。そうよ、ものすごく厄介事を引き起こす霊なのよ。畑仕事も嫌いだし。

5128

Woman1(W1): そいつ怠け者なの? Mupa(M): いいえ。荷物は嫌いね。そいつはバッグだけは好きなの。変なの。あちら(「湿った窪地」村)で、(「白人」は)まだ外に出されていないけど。白人たちって、仕事といえば荷物よね。背中に。キリフィ(Kilifi42)に行ってごらんなさいな。大きなバッグが背中に、別のバッグが腰のところに、さらに別のバッグを肩からかけてるのを見るわよ。 W1: ええ。見れば、白人たちがザァァ(背中に背負った荷物を上下させながら歩くさまを表現する擬態語)。 M: あっちでもザァァ、こっちでもザァァ。私、キリフィに行ったら、白人を大勢見るわ。そこに着いたら、熱が出ちゃうのよ。 Hamamoto(H): ふむ。あっちはたしかに白人が多いですね。 M: 多いわ。私が初めての旅で行ったとき、その場所のことは知らないで。(白人の)若い娘、年取った女性。私はキリフィは初めてで、最初はマリンディにいる私の息子のところに行こうって。でキリフィでもうすごくたくさんの白人。 W1: どっちを向いても、白い、白い、白い顔ばかり。 M: それはもう。みんなぴかぴか光ってるの。私は病気になっちゃった。こちらに着いたら、それはもう。 H: うーむ。それはお気の毒でした。 M: ええ、帰り着いたら、もう病人そのもの。 W1: あの人たち、水のあるところ水のあるところにいるのね。 M: 水だらけ。だって彼らの国がそうなんだから。うちの主人が言うには、白人の故郷は水の中だって。水がいっぱいの中でばちゃばちゃするのが彼らの好みなの。 H: うーむ。

5129

Mupa(M): うん。そんなふうにしても白人は溺れないのよ。深みにも入っていくのよ。 Hamamoto(H): うん、そうですね。 M: 深みにも入っていく。水のなかでばちゃばちゃするのが仕事。 (以下、急に、日本についてのどうでも良い話になっていくので省略)

考察

ムパさんに初めて会ったのは1991年の調査で。ご主人のNyu...老からMwanyotaクランの歴史と、それを構成するさまざまな分枝について聞くインタビューが目的だったが、偶然奥さんのムパさんが憑依霊の施術師であることがわかる。私にとっては初対面だったのだが、彼女はその前月に「酸っぱい」村で行われた埋葬の際に、そこで私を見たという。見た途端に心臓が破裂しだし、帰宅して施術師のところで唱えごとをしてもらわねばならなかったと。彼女の持霊がムミアニの白人だったせい。というわけで来年来るときにはお土産に背中に背負うバッグを忘れるなと言われた。面白いおばあさん。

というわけで翌年、再会したときには憑依霊「白人」について聞いてみた。「白人」の話自体は短く、すぐに日本での暮らしなどについての興味津々な質問攻めになって、完全に話題を彼女にコントロールされてしまったのが残念。

しかし、とても興味深い話が聞けた。彼女は、ムミアニの白人(muzungu wa mumiani)とケヤの白人(muzungu wa keya)を、後者を前者の家来の兵隊とする独自の理論をもっている。その根拠となるよく見る夢の話である、というのが面白い。ムミアニの白人は、ドゥルマ人の血を集めているのだが、その実行部隊が家来のカンバ人で彼らに追いかけ回されるという。

それにしても「白人」の憑依霊を持っている人は、白人を見ただけでも心臓バクバクで病気になるって...でも同じような話を他の「白人」持ちの施術師からも聞かされたことがある。変な形で現実の白人と連動しているのが面白い。

注釈


1 ウクルメ(ukulume)。父系クラン。母系クランは、ウクーチェ(ukuche)。ドゥルマはミジケンダの9グループのなかで、隣接するラバイと並んで二重単系出自のシステムをもつ。14ある父系クランはMwamweziおよびMurimaと呼ばれる二つのグループに分かれ、それぞれが7つのクランからなる。MurimaにはMwabeja, Mwanyota, Mwamukala, Mwalikuta, Mulaire, Mwachenda, Muchandaの7クラン、MwamweziにはMwadzine, Mwakai, Mwayawa, Muphande, Mwamundu, Mwatsangari, Mwachingodzaの7クランが属する。かつては父系的に継承されるのは土地とそこに生えている樹木、弓矢のみであった。家畜その他の動産はすべて母系相続されていた。
2 ムガンガ(muganga pl. aganga)。癒やす者、施術師、治療師。人々を見舞うさまざまな災厄や病に対処する専門家。彼らが行使する施術・業がuganga3であり、ざっくり分けた3区分それぞれの専門の施術師がいる。(1)秩序の乱れや規則違反がもたらす災厄に対処する「冷やしの施術師(muganga wa kuphoza)」(2)薬(muhaso)を使役して他人に危害をもたらす妖術使いが引き起こした災厄や病気に、同じく薬を使役して対処する「妖術の施術師(muganga wa utsai(or matsai))」(3)憑依霊が引き起こす病気や災いに対処し、自らのもつ憑依霊の能力と知識をもとに、患者と憑依霊の関係を正常化し落ち着かせる技に通じた「憑依霊の施術師(muganga wa nyama(or shetani, or p'ep'o))」がそれである。
3 ウガンガ(uganga)。癒やしの術、治療術、施術などという訳語を当てている。病気やその他の災に対処する技術。さまざまな種類の術があるが、大別すると3つに分けられる。(1)冷やしの施術(uganga wa kuphoza): 安心安全に生を営んでいくうえで従わねばならないさまざまなやり方・きまり(人々はドゥルマのやり方chidurumaと呼ぶ)を犯した結果生じる秩序の乱れや災厄、あるいは外的な事故がもたらす秩序の乱れを「冷やし」修正する術。(2)薬の施術(uganga wa muhaso): 妖術使い(さまざまな薬を使役して他人に不幸や危害をもたらす者)によって引き起こされた病気や災厄に対処する、妖術使い同様に薬の使役に通暁した専門家たちが提供する術。(3)憑依霊の施術(uganga wa nyama): 憑依霊によって引き起こされるさまざまな病気に対処し、憑依霊と交渉し患者と憑依霊の関係を取り持ち、再構築し、安定させる癒やしの術。
4 ムズング・ワ・ムミアニ(muzungu5 wa mumiani)。イスラム系の霊で、症状は貧血、嘔吐、下痢など。ローズウォーターで洗い清められることと鍋の湯気を浴びる治療。「薬」は玉ねぎといっしょに煮て飲む。ヤギの血を飲む。女性の霊で、胸のところに青と赤の日本の縦縞がある白い長衣を求める。人の血を抜き取って集め、それで薬を作っているという。大きなナイフ、と石油缶、メガネ、腕時計、石鹸、懐中電灯(電池が切れると病気になる)を要求。
5 ムズング(muzungu, pl.azungu)。「白人」(ドゥルマではいわゆる白人の肌の色は「赤」だとされている)。一説には、語源はスワヒリ語の動詞ク・ズングカ(ku-zunguka)に由来し、「無目的に歩き回る人」の意味だとされる。憑依霊の文脈では、憑依霊「白人」がいる。白人ではあるが、憑依霊の分類上は「イスラム系」である。白人という名の憑依霊には、ケヤの白人(muzungu wa keya)とムミアニの白人(muzungu wa mumiani)の2種類がいる。ケヤの白人はイギリスのアフリカ植民地軍Kings African Rifles(KAR=keya)の兵隊たちで、銃を肩にかけて進軍する。ムミアニの白人は、白衣を着て注射器でアフリカ人の血を吸い取り、それで薬を作っているという。
6 ムフコ(mufuko, pl.mifuko)。「袋、バッグ」
7 調査日誌。プライベートな行動記録だが、フィールドノートから漏れている情報が混じっているので、後で記憶をたどり直すのに便利。調査に関わる部分の抜粋をウェブ上に上げることにした。記載内容に手を加えない方針なので、当時使用していた不適切な訳語などもそのまま用いている。例えば「呪医(muganga)」、「呪薬(muhaso)」。「呪」はないだろう。現在は「施術師、癒やし手、治療師」などを用いている。記述内容に著しい間違いがある場合には、注で訂正する。日記中のドゥルマ語の単語は、訳さずドゥルマ語のままとし、注をつけることにする。またいくつかの地名については、特定を避ける必要からその地名を字義通りの日本語に訳したものに置き換える。例えば Moyeniは「皆さん休憩してください」村といった具合に。人名は身近な人々についてはそのまま、他の人々については問題ありそうな場合は省略形(イニシャルのみとか)に変更。
8 フィールドノートは帰国後テキストファイル化を進めているが、まだ完了していない。「フィールドノートより」の記述は、フィールドノートの記述をそのまま転記したものであるため、現地語や今日の観点では不適切と思われる訳語もそのままにしている。例えばnyunguを「壺」としたり、makokoteriを「呪文」としたり、muhasoを「呪薬」としたり、mugangaを「呪医」としたり、といったもの。「呪」はないだろう、「呪」は。現地語についてもあえて日本語に直さず注を付ける形で説明をつけることにする。なお記述における各セクションのタイトルや、項目のナンバリングはウェブ化に際してのものも含まれる。書き起こしテキストへの紐づけ、およびリンクも当然ウェブ化に際してのものである。画像やスケッチのキャプションもウェブ化の際のもの。植物名の同定はフィールドではできず、文献に基づく事後的な補筆である9。なお地名、人名についてはウェブ化に際して一定の配慮を施した。地名は、ドゥルマ語を字義通りの日本語に直して、例えばMwoyeni(Moyeni)村は「皆さん、お休みください」村といった具合に。人名は私とごく親しい関係になった数名の施術師とその弟子たち、近隣の友人たちを除いて、仮名またはイニシャルのみのような省略形を用いて書き直している。
9 カッコ内の学名は帰国後、同定可能だった分。フィールドワークの時点では、ただひたすら見分け能力の不足と、植物学の素養のなさを痛感するのみだった。帰国後の同定には下記の文献を参照した。1990年代以降のこれら一連の民族植物学研究には感謝しかない。すべてのドゥルマの(ましてや施術師たちの)草木の呼び名が同定可能だった訳ではないが。
Johnson, F., ed. 1971(originally 1939), Standard Swahili English Dictionary, London: Oxford University Press. (参照時にはSSEと略する)
Karisa, J.F., et.al. 2011, Mboga za Watu wa Pwani, Kilifi Utamaduni Conservation Group, Bioversity International
Kokwaro,J.O.,1993,Medicinal Plants of East Africa(Second ed.),Nairobi:Kenya Literature Bureau;
Maundu,P.,& B.Tengnasu eds.,2005,Useful trees and shrubs for Kenya,World Agroforestry Center;
Pakia,M. & J.A.Cooke,2003a, "The ethnobotany of the Midzichenda tribes of the coastal forest areas in Kenya: 1. General perspective and non-medicinal plant uses" South African Journal of Botany 69(3):370-381;
Pakia, M. & JA Cooke, 2003b, "The ethnobotany of the Midzichenda tribes of the coastal forest areas in Kenya: 2. Medicinal plant uses", South African Journal of Botany 69(3): 382–395;
Pakia, M., 2005, African Traditional Plant Knowledge Today: An ethnobotanical study of the Digo at the Kenya Coast, A dissertation submitted in fulfillment of the Requirements for the degree of a Doctor of Natural Science, at The Faculty of Biology, Chemistry and Geoscience, The University of Bayreuth, Germany; 2. Medicinal plant uses",South African Journal of Botany 2003, 69(3): 382–395;
10 チェペウ(chepeu, pl.chepeu)、スワヒリ語の chepeo に同じ。Wiktionaryによると、ポルトガル語のchapeuに由来し、主としてヨーロッパスタイルのhat、helmetを指すとされている。訳語は「つば広帽 broad-brimmed hat」。しかし野球帽のような前方にのみ鍔がある野球帽のようなものを指していることもあり、私にはどちらか一方に決めがたい。「青い芯のトウモロコシ」のカヤンバに現れた白人は鍔広のフェルト帽を被っていた。「草むらの洞窟」のムパさんは、前方のみに鍔がある野球帽のようなイメージで被る動作をジェスチャーで示していた。
11 ク・ラヴャ・コンゼ(ンゼ)(ku-lavya konze, ku-lavya nze)は、字義通りには「外に出す」だが、憑依の文脈では、人を正式に癒し手(muganga、治療師、施術師)にするための一連の儀礼のことを指す。人を目的語にとって、施術師になろうとする者について誰それを「外に出す」という言い方をするが、憑依霊を目的語にとってたとえばムルングを外に出す、ムルングが「出る」といった言い方もする。同じく「癒しの術(uganga)」が「外に出る」、という言い方もある。憑依霊ごとに違いがあるが、最も多く見られるムルング子神を「外に出す」場合、最終的には、夜を徹してのンゴマ(またはカヤンバ)で憑依霊たちを招いて踊らせ、最後に施術師見習いはトランス状態(kugolomokpwa)で、隠された瓢箪子供を見つけ出し、占いの技を披露し、憑依霊に教えられてブッシュでその憑依霊にとって最も重要な草木を自ら見つけ折り取ってみせることで、一人前の癒し手(施術師)として認められることになる。
12 ムヒ(muhi、複数形は mihi)。植物一般を指す言葉だが、憑依霊の文脈では、治療に用いる草木を指す。憑依霊の治療においては霊ごとに異なる草木の組み合わせがあるが、大きく分けてイスラム系の憑依霊に対する「海岸部の草木」(mihi ya pwani(pl.)/ muhi wa pwani(sing.))、内陸部の憑依霊に対する「内陸部の草木」(mihi ya bara(pl.)/muhi wa bara(sing.))に大別される。冷やしの施術や、妖術の施術3においても固有の草木が用いられる。muhiはさまざまな形で用いられる。搗き砕いて香料(mavumba13)の成分に、根や木部は切り彫ってパンデ(pande14)に、根や枝は煎じて飲み薬(muhi wa kunwa, muhi wa kujita)に、葉は水の中で揉んで薬液(vuo)に、また鍋の中で煮て蒸気を浴びる鍋(nyungu20)治療に、土器片の上で炒ってすりつぶし黒い粉状の薬(muhaso, mureya)に、など。ミヒニ(mihini)は字義通りには「木々の場所(に、で)」だが、施術の文脈では、施術に必要な草木を集める作業を指す。
13 マヴンバ(mavumba)。「香料」。憑依霊の種類ごとに異なる。乾燥した草木や樹皮、根を搗き砕いて細かくした、あるいは粉状にしたもの。イスラム系の霊に用いられるものは、スパイスショップでピラウ・ミックスとして購入可能な香辛料ミックス。
14 パンデ(pande, pl.mapande)。草木の幹、枝、根などを削って作る護符15。穴を開けてそこに紐を通し、それで手首、腰、足首など付ける箇所に結びつける。
15 「護符」。憑依霊の施術師が、憑依霊によってトラブルに見舞われている人に、処方するもので、患者がそれを身につけていることで、苦しみから解放されるもの。あるいはそれを予防することができるもの。ンガタ(ngata16)、パンデ(pande14)、ピング(pingu17)、ヒリジ(hirizi18)、ヒンジマ(hinzima19)など、さまざまな種類がある。ピング(pingu)で全部を指していることもある。憑依霊ごとに(あるいは憑依霊のグループごとに)固有のものがある。勘違いしやすいのは、それを例えば憑依霊除けのお守りのようなものと考えてしまうことである。施術師たちは、これらを憑依霊に対して差し出される椅子(chihi)だと呼ぶ。憑依霊は、自分たちが気に入った者のところにやって来るのだが、椅子がないと、その者の身体の各部にそのまま腰を下ろしてしまう。すると患者は身体的苦痛その他に苦しむことになる。そこで椅子を用意しておいてやれば、やってきた憑依霊はその椅子に座るので、患者が苦しむことはなくなる、という理屈なのである。「護符」という訳語は、それゆえあまり適切ではないのだが、それに代わる適当な言葉がないので、とりあえず使い続けることにするが、霊を寄せ付けないためのお守りのようなものと勘違いしないように。
16 ンガタ(ngata)。護符15の一種。布製の長方形の袋状で、中に薬(muhaso),香料(mavumba),小さな紙に描いた憑依霊の絵などが入れてあり、紐で腕などに巻くもの、あるいはライカのンガタが代表的であるが、帯状の布のなかに薬などを入れてひねって包み、そのまま腕などに巻くものなど、さまざまなものがある。
17 ピング(pingu)。薬(muhaso:さまざまな草木由来の粉)を布などで包み、それを糸でぐるぐる巻きに球状に縫い固めた護符15の一種。厳密にはそうなのだが、護符の類をすべてピングと呼ぶ使い方も広く見られる。
18 ヒリジ(hirizi, pl.hirizi)。スワヒリ語では、コーランの章句を書いて作った護符を指す。革で作られた四角く縫い合わされた小さな袋状の護符で、コーランの章句が書かれた紙などが折りたたまれて封入されている。紐が通してあり、首などから掛ける。ドゥルマでも同じ使い方もされるが、イスラムの施術師が作るものにはヒンジマ(hinzima19)という言葉があり、ヒリジは、ドゥルマでは非イスラムの施術師によるピングなどの護符を含むような使い方も普通にされている。
19 ヒンジマ(hinzima, pl. hinzima)。革で作られた四角く縫い合わされた小さな袋状の護符で、コーランの章句が書かれた紙などが折りたたまれて封入されている。紐が通してあり、首などから掛ける。イスラム教の施術師によって作られる。スワヒリ語のヒリジ(hirizi)に当たるが、ドゥルマではヒリジ(hirizi18)という語は、非イスラムの施術師が作る護符(pinguなど)も含む使い方をされている。イスラムの施術師によって作られるものを特に指すのがヒンジマである。
20 ニュング(nyungu)。nyunguとは土器製の壺のような形をした鍋で、かつては煮炊きに用いられていた。このnyunguに草木(mihi)その他を詰め、火にかけて沸騰させ、この鍋を脚の間において座り、すっぽり大きな布で頭から覆い、鍋の蒸気を浴びる(kudzifukiza; kochwa)。それが終わると、キザchiza21、あるいはziya(池)のなかの薬液(vuo)を浴びる(koga)。憑依霊治療の一環の一種のサウナ的蒸気浴び治療であるが、患者に対してなされる治療というよりも、患者に憑いている霊に対して提供されるサービスだという側面が強い。https://www.mihamamoto.com/research/mijikenda/durumatxt/pot-treatment.htmlを参照のこと
21 キザ(chiza)。憑依霊のための草木(muhi主に葉)を細かくちぎり、水の中で揉みしだいたもの(vuo=薬液)を容器に入れたもの。患者はそれをすすったり浴びたりする。憑依霊による病気の治療の一環。室内に置くものは小屋のキザ(chiza cha nyumbani)、屋外に置くものは外のキザ(chiza cha konze)と呼ばれる。容器としては取っ手のないアルミの鍋(sfuria)が用いられることも多いが、外のキザには搗き臼(chinu)が用いられることが普通である。屋外に置かれたものは「池」(ziya22)とも呼ばれる。しばしば鍋治療(nyungu20)とセットで設置される。
22 ジヤ(ziya, pl.maziya)。「池、湖」。川(muho)、洞窟(pangani)とともに、ライカ(laika)、キツィンバカジ(chitsimbakazi),シェラ(shera)などの憑依霊の棲み処とされている。またこれらの憑依霊に対する薬液(vuo23)が入った搗き臼(chinu)や料理鍋(sufuria)もジヤと呼ばれることがある(より一般的にはキザ(chiza21)と呼ばれるが)。
23 ヴオ(vuo, pl. mavuo)。「薬液」、さまざまな草木の葉を水の中で揉みしだいた液体。草木を水のなかで揉みしだく動作をク・ヴガ(ku-vuga)という。薬液は、すすったり、phungo(葉のついた小枝の束)を浸して雫を患者にふりかけたり、それで患者を洗ったり、患者がそれをすくって浴びたり、といった形で用いる。
24 ク・ココテラ(ku-kokot'era)。「唱えごとをする」を意味する動詞。唱えごとはマココテリ(makokot'eri)。ク・ルマ(ku-ruma25)も同じく「唱えごとをする」の意味だが、ク・ルマは黒い粉状の薬(ムハッソ(muhaso)やムレヤ(mureya))に対する唱えごとだと、区別する人もいる。
25 ク・ルマ(ku-ruma)。「唱える、唱えごとをする」。ク・ココテラ(ku-kokot'era)も同じ意味だが、ク・ルマは黒い粉状の薬(ムハソ(muhaso)やムレヤ(mureya))に対する唱えごとだと、区別する人もいる。名詞はマルミ(marumi26)で「唱えごと」の意。
26 マルミ(marumi, -gaga)。唱えごと。マココテリ(makokot'eri27)と同じ。動詞、ク・ルマ(ku-ruma)「唱えごとをする」より。ku-ruma は薬(muhasoとくにmureya)に対するもの、ku-kokot'era は憑依霊に対するもの、と区別する人もいる。
27 マココテリ(makokot'eri)。「唱えごと」。動詞 ku-kokot'era「唱える 24」より。同じ意味の言葉に動詞ク・ルマ(ku-ruma25)から派生したマルミ(marumi26)がある。ku-ruma は薬(muhaso, とくにmureya)に対するもの、ku-kokot'eraは憑依霊に対するもの、と区別する人もいる。
28 チェペウ(chepeu, or chepeo, pl.vyepeu, vyepeo)10は辞書などによるとヨーロッパタイプのつば広帽子(broad-brimmed hat)を指すとされているが、野球帽のような形の帽子と説明されることもある。ムパさんは「重い」という形容詞を使っているので、もしかすると前つばのあるヘルメットのような帽子を意味しているのかもしれない。
29 ムブルガ(mburuga)。「占いの一種」。ムブルガをすることをドゥルマ語ではムブルガを「打つ(kupiga mburuga)」と表現する。相談者が占いに相談に行くことを婉曲的に「山に行く(kpwenda vilimani)」と言う言い方もある。ムブルガ(mburuga)は憑依霊の力を借りて行う占い。占いに行く者は、必ずしも病人、あるいはトラブルの当事者本人であるとは限らない。むしろ事情に詳しい代理人が行くのが普通である。客は占いをする施術師の前に黙って座り、何も言わない。占いの施術師は、まず問題を抱えているのが男性であるか女性であるか、大人であるか、子供であるかを当てねばならない。次に自ら患者(あるいは問題の当事者)の抱えている問題を、それが病気であれば、頭から始まって身体を巡るように逐一挙げていかねばならない。中にトウアズキ(t'urit'uri)の実を入れたキティティ(chititi)と呼ばれる小型瓢箪を振って憑依霊を呼び、それが教えてくれることを客に伝える。施術師の言うことが当たっていれば、客は「そのとおり taire」と応える。あたっていなければ、その都度、「まだそれは見ていない」などと言って否定する。施術師が首尾よく問題をすべてあげることができると、続いて治療法が指示される。最後に治療に当たる施術師が指定される。客は自分が念頭に置いている複数の施術師の数だけ、生木の小枝を折ってもってくる。施術師は一本ずつその匂いを嗅ぎ、そのなかの一本を選び出して差し出す。それが治療にあたる施術師である。それが誰なのかは施術師も知らない。その後、客の口から治療に当たる施術師の名前が明かされることもある。このムブルガに対して、ドゥルマではムラムロ(mulamulo)というタイプの占いもある。こちらは客のほうが自分から問題を語り、イエス/ノーで答えられる問いを発する。それに対し占い師は、何らかの道具を操作して、客の問いにイエス/ノーのいずれかを応える。この2つの占いのタイプが、どのような問題に対応しているのかについて、詳しくは浜本満1993「ドゥルマの占いにおける説明のモード」『民族学研究』Vol.58(1) 1-28 を参照されたい。
30 リンダ(rinda, pl.marinda)。ワンピース。首からヒザ下までくらいの長さの、いわゆるワンピース的な衣装。憑依霊のなかには(例えば憑依霊白人(muzungu mumiani)やセゲジュ人のように)特別なデザインのリンダを要求する霊もいる。今日のミジケンダの女性に一般に見られる服装としては、通常のワンピースの上から腰にレソ(leso, pl,maleso)と呼ばれるプリントされた一枚布を腰巻きとして巻き、上半身に同じガラのレソ(通常2枚で一組で販売されている)をまとう。
31 ここではリンダ(rinda, pl.marinda30)を「長衣」と訳しているが、女性が身につけるものとしては、むしろワンピース(あるいはドレス)と言った方が良いかもしれない。Mupaは女性なので、近年のドゥルマの多くの女性のようにワンピースを着て、その上から腰布を巻いている。必ずしも誰もが同意する訳では無いが、ムミアニの白人は、女性であるとされている。で、それが必要とする衣服が、白いリンダで前に青と赤のラインが縫い付けられているもの。ケアの白人は、男のイメージが強いが(兵隊なので)、女性の施術師の場合、リンダの上にその黒い布を巻くということなのかもしれない。
32 ムハソ muhaso (pl. mihaso)「薬」、とりわけ、土器片などの上で焦がし、その後すりつぶして黒い粉末にしたものを指す。妖術(utsai)に用いられるムハソは、瓢箪などの中に保管され、妖術使い(および妖術に対抗する施術師)が唱えごとで命令することによって、さまざまな目的に使役できる。治療などの目的で、身体に直接摂取させる場合もある。それには、muhaso wa kusaka 皮膚に塗ったり刷り込んだりする薬と、muhaso wa kunwa 飲み薬とがある。muhi(草木)と同義で用いられる場合もある。10cmほどの長さに切りそろえた根や幹を棒状に縦割りにしたものを束ね、煎じて飲む muhi wa(pl. mihi ya) kunwa(or kujita)も、muhaso wa(pl. mihaso ya) kunwa(or kujita) として言及されることもある。このように文脈に応じてさまざまであるが、妖術(utsai)のほとんどはなんらかのムハソをもちいることから、単にムハソと言うだけで妖術を意味する用法もある。
33 ンゴマ(ngoma)。「太鼓」あるいは太鼓演奏を伴う儀礼。木の筒にウシの革を張って作られた太鼓。または太鼓を用いた演奏の催し。憑依霊を招待し、徹夜で踊らせる催しもンゴマngomaと総称される。太鼓には、首からかけて両手で打つ小型のチャプオ(chap'uo, やや大きいものをp'uoと呼ぶ)、大型のムキリマ(muchirima)、片面のみに革を張り地面に置いて用いるブンブンブ(bumbumbu,mbumbumbu)などがある。ンゴマでは異なる音程で鳴る大小のムキリマやブンブンブを寝台の上などに並べて打ち分け、旋律を出す。熟練の技が必要とされる。チャプオは単純なリズムを刻む。憑依霊の踊りの催しには太鼓よりもカヤンバkayambaと呼ばれる、エレファントグラスの茎で作った2枚の板の間にトゥリトゥリの実(t'urit'uri34)を入れてジャラジャラ音を立てるようにした打楽器の方が広く用いられ、そうした催しはカヤンバあるいはマカヤンバと呼ばれる。もっとも、使用楽器によらず、いずれもンゴマngomaと呼ばれることも多い。特に太鼓だということを強調する場合には、そうした催しは ngoma zenye 「本当のngoma」と呼ばれることもある。また、そこでは各憑依霊の持ち歌が歌われることから、この催しは単に「歌(wira35)」と呼ばれることもある。
34 ムトゥリトゥリ(mut'urit'uri)。和名トウアズキ。憑依霊ムルング他の草木。Abrus precatorius(Pakia&Cooke2003:390)。その実はトゥリトゥリと呼ばれ、カヤンバ楽器(kayamba)や、占いに用いる瓢箪(chititi)の中に入れられる。別名 mutsongo。
35 ウィラ(wira, pl.miira, mawira)。「歌」。しばしば憑依霊を招待する、太鼓やカヤンバ36の伴奏をともなう踊りの催しである(それは憑依霊たちと人間が直接コミュニケーションをとる場でもある)ンゴマ(33)、カヤンバ(36)と同じ意味で用いられる。
36 カヤンバ(kayamba)。憑依霊に対する「治療」のもっとも中心で盛大な機会がンゴマ(ngoma)あるはカヤンバ(makayamba)と呼ばれる歌と踊りからなるイベントである。どちらの名称もそこで用いられる楽器にちなんでいる。ンゴマ(ngoma)は太鼓であり、カヤンバ(kayamba, pl. makayamba)とはエレファントグラスの茎で作った2枚の板の間にトゥリトゥリの実(t'urit'ti34)を入れてジャラジャラ音を立てるようにした打楽器で10人前後の奏者によって演奏される。実際に用いられる楽器がカヤンバであっても、そのイベントをンゴマと呼ぶことも普通である。カヤンバ治療にはさまざまな種類がある。また、そこでは各憑依霊の持ち歌が歌われることから、この催しは単に「歌(wira35)」と呼ばれることもある。
37 ムウェレ(muwele)。その特定のンゴマがその人のために開催される「患者」、その日のンゴマの言わば「主人公」のこと。彼/彼女を演奏者の輪の中心に座らせて、徹夜で演奏が繰り広げられる。主宰する癒し手(治療師、施術師 muganga)は、彼/彼女の治療上の父や母(baba/mayo wa chiganga)38であることが普通であるが、癒し手自身がムエレ(muwele)である場合、彼/彼女の治療上の子供(mwana wa chiganga)である癒し手が主宰する形をとることもある。
38 憑依霊の癒し手(治療師、施術師 muganga)は、誰でも「治療上の子供(mwana wa chiganga)」と呼ばれる弟子をもっている。もし憑依霊の病いになり、ある癒し手の治療を受け、それによって全快すれば、患者はその癒し手に4シリングを払い、その癒やし手の治療上の子供になる。この4シリングはムコバ(mukoba39)に入れられ、施術師は患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者は、その癒やし手の「ムコバに入った」と言われる。こうした弟子は、男性の場合はムァナマジ(mwanamadzi,pl.anamadzi)、女性の場合はムテジ(muteji, pl.ateji)とも呼ばれる。これらの言葉を男女を問わず用いる人も多い。癒やし手(施術師)は、彼らの治療上の父(男性施術師の場合 baba wa chiganga)40や母(女性施術師の場合 mayo wa chiganga)41ということになる。弟子たちは治療上の親であるその癒やし手の仕事を助ける。もし癒し手が新しい患者を得ると、弟子たちも治療に参加する。薬液(vuo)や鍋(nyungu)の材料になる種々の草木を集めたり、薬液を用意する手伝いをしたり、鍋の設置についていくこともある。その癒し手が主宰するンゴマ(カヤンバ)に、歌い手として参加したり、その他の手助けをする。その癒し手のためのンゴマ(カヤンバ)が開かれる際には、薪を提供したり、お金を出し合って、そこで供されるチャパティやマハムリ(一種のドーナツ)を作るための小麦粉を買ったりする。もし弟子自身が病気になると、その特定の癒し手以外の癒し手に治療を依頼することはない。治療上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。治療上の子供は癒やし手に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る」という。
39 ムコバ(mukoba)。持ち手、あるいは肩から掛ける紐のついた編み袋。サイザル麻などで編まれたものが多い。憑依霊の癒しの術(uganga)では、施術師あるいは癒やし手(muganga)がその瓢箪や草木を入れて運んだり、瓢箪を保管したりするのに用いられるが、癒しの仕事を集約する象徴的な意味をもっている。自分の祖先のugangaを受け継ぐことをムコバ(mukoba)を受け継ぐという言い方で語る。また病気治療がきっかけで患者が、自分を直してくれた施術師の「施術上の子供」になることを、その施術師の「ムコバに入る(kuphenya mukobani)」という言い方で語る。患者はその施術師に4シリングを払い、施術師はその4シリングを自分のムコバに入れる。そして患者に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」(20シリング)を与える。これによりその患者はその施術師の「ムコバ」に入り、その施術上の子供になる。施術上の子供を辞めるときには、ただやめてはいけない。病気になる。施術上の子供は施術師に「ヤギと瓢箪いっぱいのヤシ酒(mbuzi na kadzama)」を支払い、4シリングを返してもらう。これを「ムコバから出る(kulaa mukobani)」という。
40 ババ(baba)は「父」。ババ・ワ・キガンガ(baba wa chiganga)は「治療上の(施術上の)父」という意味になる。所有格をともなう場合、例えば「彼の治療上の父」はabaye wa chiganga などになる。「施術上の」関係とは、特定の癒やし手によって治療されたことがきっかけで成立する疑似親族関係。詳しくは「施術上の関係」38を参照されたい。
41 マヨ(mayo)は「母」。マヨ・ワ・キガンガ(mayo wa chiganga)は「治療上の(施術上の)母」という意味になる。所有格を伴う場合、例えば「彼の治療上の母」はameye wa chiganga などになる。「施術上の」関係とは、特定の癒やし手によって治療されたことがきっかけで成立する疑似親族関係。詳しくは「施術上の関係」38を参照されたい。
42 ケニアの地方行政区画は2010年に大きく改定されたが、私の調査期間の多くは旧制度のもとで実施されたため、ここでの地名などは旧制度とりわけ1995年(この年にキナンゴ・ディヴィジョンがサンブル・ディヴィジョンとキナンゴ・ディヴィジョンの二つに分割された)以前の区分に基づいている。8つあったプロヴィンスの一つ Coast Provinceに属する6つのディストリクト(Kilifi, Kwale, Lamu, Mombasa, Taita Taveta, Tana River)の一つ Kwale District、その4つのDivisions(Kinango, Matuga, Kubo, Msambweni)の一つ Kinango Division、それを構成する9つのロケーションのうち、Kinango Location, Ndavaya Location, Puma Locaitonの3つが私の主な行動範囲であり、それ以外の地域には2~3日の短期間の訪問のみ。各ロケーションはさらに複数のサブ・ロケーションに分かれていた。クワレ・ディストリクトの首府クワレには中央から任命されたディストリクト・コミッショナーのオフィス、キナンゴ・ディヴィジョンの中心地キナンゴの町には同じくディストリクト・オフィサーのオフィスがあった。各ロケーションは政府に任命されたチーフがおり、サブロケーションにはサブ・チーフが行政官として任命されていた。サブロケーションの下にはドゥルマ語でラロ(lalo)と呼ばれる地域区分があった。私が「村」と呼んでいるのがこれで、実際には行政機構はそなわっておらず、単に独立した「屋敷mudzi43」の集まりにすぎず、各ラロにひとりの近隣で選ばれた「諸屋敷の長老 muzee wa midzi」がいたが、大きな権限は無く世話人的な存在であった。
43 ムジ(mudzi)はドゥルマ社会における自律的な最も基礎的社会単位である。「屋敷」という日本語は裕福な家族が暮らす広い敷地をもつ大きな家屋のイメージであるが、mudzi(複数形 midzi)には家屋の大きさの含意はない。mudziの最小単位は一人の男性とその妻、子供からなり、居住のための小屋一つとその前庭、おそらくは家畜囲いがあるだけのものである。一夫多妻であれば、それぞれの妻が自分の小屋をもち、それらが前庭を取り巻く形で配置されている。さらにそれぞれの妻の息子たちが結婚し、自分の妻の小屋を父の小屋群の前庭の周辺にもつようになると、mudziの規模は大きくなる。兄弟たちは、父の死後も同じ場所に留まり、そこは父親の名前で「~のmudzi」と呼ばれ続ける。さらに孫の世代もということになると、mudziはほとんど集落、村と呼んでもおかしくないほどの規模になる。今日ではmudziの規模は小さくなる傾向にあるが、私が調査を始めた1980年代前半には、キナンゴの町とその近傍以外の地域では、こうした大きな規模のmudziが普通に見られた。そんな訳で「屋敷」という訳語は必ずしも違和感なく用いることができた。現在でもmudziが、その内部の問題を自分たちで解決する独立した自律的単位であることには変わりはなく、そうした自律した社会集団、周囲の世界(ブッシュ)とはっきり区別された小宇宙という意味で、「屋敷」という訳語を使い続けたいと思う。