(1991/10/04 の日記より)
Oct.4, 1991, Fri, jumma
jumma[^jumma]なので、今日はuganga1はない。何か質問しようとMurina宅訪問。自転車がパンクしたというので、さっそく腕の見せどころとパンクの修理を試みる。一つ穴を見つけて塞いだが、まだ空気がパンパンに入らない。チャリが昨夜見た夢の話をする。私がライカを捕まえる話!...パンク修理のため3人でキナンゴに行くことに。
施術師と憑依霊とのコミュニケーションの最も普通の形態が、夢である。といってもコミュニケーションのイニシアティヴは憑依霊。憑依霊は夢にやって来て、施術のやり方、自分のための歌、憑依霊の草木などについて教えてくれる。
この日のチャリの夢は、意味もあまりよくわからないし、施術的に意味があるものとも言えない。単に私が出てきたというだけ。
以下の語りのドゥルマ語テキスト 下記の和訳のパラグラフ冒頭の数字をクリックすると対応するドゥルマ語テキストに飛びます。
録音は途中から。録音前の部分は、チャリ、ムリナ、浜本は3人で朝早く「ジャコウネコの池」のムリナの屋敷に向かっていたが、その途中のマンゴーの木のところに、一人の女性がいるのを見つける。3人はそちらに向かっていく。 Chariは話を続ける。
3353 「...なんとそっちでは彼女は食べちゃってるわけ。それでこの人(ムリナ)が言うには「おや、あなたはこんな時間に身体を冷やすマンゴーを食べている。まだ何も食事を口にしていないのにね。」その人が言うには「いいえ、マンゴーは大丈夫。マンゴー食べると便通があるのよ。」さて、私たちももう、そこに来ていました。その女性のいる所には、憑依霊ディゴ人2の布と、シェラ11の布とデナ70の布があるの。でもその女性の仲間の人たち自身は貧しそうなの。同情をそそるほど。そこには半分ほど使った小麦粉の小袋がある。さて、私はその袋を手にとります。カリンボ(浜本)が言うのよ。「おや、お母さん、その小麦粉の小袋を持っていくんですか。あまり残らないですよ。(キナンゴの)商店には小麦粉はいっぱいあるのに。」(私は言います)「その女性のためにとってある小麦粉なのよ。そう彼女貧乏だから。」彼女はただ座っています。さて彼女は、その小麦粉をあとで少しとって、水に入れてかき混ぜて、それをそのまま飲むつもり。で、あなた(ムリナ)は彼女をつかんで、言うのね。「あんた、その小麦粉を生のまま食べるつもりかい。惨めじゃないの。」すると彼女は「ああ、惨めよ」。あなた(浜本)は言います。「それらの布は何の布ですか」。彼女が言うには「デナの布、そしてそれは憑依霊ディゴ人の布とシェラの布よ」
3354 あなた(浜本)が言うには「そう。これらはお母さんの布ですよ。」私もそこに行きます。あなたは「ほら、お母さん、お受け取りください。これらはあなたの布ですよ。シェラと憑依霊ディゴ人とデナの布。受け取って、もって行ってください。この人が盗んだんです。今は、まるで貧しいふりをしていますが。同情を引いてますが。」さて、私たちはその場を離れました。そしてちょうどあの辺りに来たとき、この人(ムリナ)が「カリンボ、ちょっとあのマンゴーのところに戻ってよ。戻って、この編み袋にマンゴーの実を入れて、もってきてよ。」あなた(浜本)は「いや、止めましょう。あの女性はマンゴーの根元にとどまらせましょう。あれらの布を私が取り上げたので、彼女はもうあそこから動けないんです。私たちが戻って彼女のためにカヤンバを打ってあげたら、それで初めて彼女も立ち去ります。」こうして私たちそこを離れたの。カリンボは去って、自分のカヤンバを持って帰ってきたわ。そしてこう言うの。「お母さん、さあ彼女にカヤンバを打ってあげながら、家まで連れていきましょう。だって私の見るところ、彼女は人間じゃありません、この者は。ライカ18です。そして私たちの癒しの術をもっているんです。この者は、ここに私たちの癒しの術とともに置かれていました。さあ、この者のためにカヤンバを打って、家まで連れていきましょう。家に着いたら、さて、この者を追い払いましょう。この者は私たちの癒しの術のためにここに置かれていたのです。」
3355 さて、カリンボは彼女のためにカヤンバを打ちにやって来ました。もうバガッバガッ(カヤンバを激しく打っている様)。「ムルング子神、ホーウェー、池に雨がやって来る...」私は言ったの。「その歌はそんな風に歌うものじゃないわよ」。あなた(浜本)が言うには「いいえ、私は歌いますよ。私はこの者を立ち上がらせたいんです。」そしてンゴーッ、彼女は引き抜かれたわ。これくらいまで、引き抜かれました。するとドゥワーッ、全速力。カリンボも彼女といっしょに、ここ、家まで。着くとあなたは言う。「さあ、終わりましたよ。私たちの癒しの術を、こうして持ち帰りました。」さて、彼女(憑依霊)はそこで突然ゴロモクヮしました(憑依状態になる)。そしてそこから出ると、彼女は言ったの。「では、私は立ち去ります」そう言うと、私もはっと目が覚めたのよ。 でもカリンボがまさに彼女を連れてきてくれたのね。夢のなかであなたが言うには、「この者(ライカ)こそ、私たちの(ライカの)癒しの術をこんな風に惨めに(うまく行かなく)している張本人なんです。だってこんな風に私たちの癒しの術は、この場に布とともにじっとしてしまっている。デナの布、憑依霊ディゴ人の布、シェラの布、すべてお母さんの布ですよ。」 彼女(ライカ)はそこで小麦粉をほんの少量ずつ、水で溶いただけのを飲んでるの。小麦粉の本当に小さな袋がそこに立てかけてある。さて、彼女は小さなコップをもって来て飲んでるのよ。腰を下ろしている。この人(ムリナ)は言うの。「ねえ、この粉は鉄で焼かなくて良いのかい」すると彼女(ライカ)は言うの。「ああ、私はとっくに生で飲んでるわ。ここには私たちのカリンボがいるからね。」
せっかくインタビューに来たのに、自転車のパンク修理とかだし、暇だったしで、夢に私が出てきたというので気まぐれに録音したのだが、はっきり言ってほとんど意味不明だ。
チャリは1989年に、ライカとシェラとデナについて「外に出す」ンゴマを受けた。しかしそのやり方には完全には満足していない。チャリ自身のライカやシェラの病気に対する施術がうまくいったのかどうか、私はその翌年の2月に帰国し、1991年の夏まで再び調査地には戻らなかったため、よくわからない。しかしチャリとムリナは1990年に別の施術師のもとで再度、ライカとシェラについて「外に出す」ンゴマを受け直すことになった。しかしそれも不首尾に終わった。その後、チャリは生死の境をさまよう病気に捕らえられ、キブリの妖術による攻撃も受け、それらの治療のために、それまでの施術などによる蓄え(ヤギなど)をすべて失ってしまった。1991年の11月に施術師MwainziとAnzaziのもとで三度目の「外に出す」ンゴマを受けることになっていた。この夢はそのンゴマの一ヶ月前の、未だチャリのライカとシェラについての施術がうまく行かない(チャリの言葉によると「封じられてしまった」)状態における夢だったことになる。
屋敷の近くのマンゴーの木の根元で、小麦粉を水で溶いただけで食している不思議な女性に出会う。そこにはライカとシェラとデナの布が置いてあり、私がその女性の正体をライカだと見破って、ライカがチャリの癒しの術(これらの憑依霊に関する)をマンゴーの木の根元に自分といっしょに固定し、動けなくしてしまったことが、チャリの施術がうまく行かない理由だと見抜いたことになっている。そしてライカをマンゴーの木の根元からカヤンバ演奏によって引き抜き、チャリに癒しの術を取り返してあげた。
いや、いや、私にそんな力、ありませんので、ごめんなさい。

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tsovyaの別名とされる「内陸部のスディアニ」の絵 ↩
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